日本男子、思いを巡らす
俺は今、考え込んでいた。
まぁ、まずはミミカカだな。
神誉さんは激怒した。
かのアーパークソビッチギャルを必ずや除かなければならぬと決意した。
神誉さんには人を軽んじる輩の気持ちがわからぬ。
まぁ、恥の多い人生は置いておこう。
俺は自分の事を我慢強い方だと思っていた。
ここで、日本に於ける男性像について語ろう。
男のくせに、男らしく、という言葉がある様に、男は我慢の生き物だ。
つまり、矢面に立ち、無駄口を叩かず、理不尽に歯を食い縛る事を求められる。
逆に何かに依存した・甘えた態度、感情を発露させる事は、男として未熟だと判断される。
………理不尽に過ぎると思わないだろうか。
辛い時はある。泣きたくなる時だってある。何も思わない訳がない。怒りを爆発させたくなる瞬間が来る。
だというのに、まるで感情等ないかの様に振る舞わなければならない。
クレーマーの一般客に、理不尽な取引先に、自分が悪くなくても頭を下げて謝らなければならない。
社会における理想の男性像とは、最早まるでロボットの様だとは思わないだろうか?
これが女なら泣こうが喚こうが、女だから、と一種許容されるところがある様に思う。
まぁ女には女で何かあるのかもしれないが、俺は男なので女の苦労なんて知らない。
女はよく男の権利に対して不公平だとか言うが、余りにものを見ていない意見の様に思える。
あぁ、いかんな。只の愚痴っぽい。
要は俺は耐える事に慣れている、という話だ。
社会に押し付けられる男性観に、それなりに応えてきたつもりだ。
しかし。
俺が我慢して、押し殺してきた感情。
それら発露する事のなかった感情は、霧散消沈してしまったのか?
神誉さんはインドの山奥で修行して、俗世での刺激全てを受け流す事ができる様になったのか?
そんな訳はない。そんなところで修行したら、俺は提婆達多の魂を宿してしまう。
俺はただ溜め込んだだけだ。
ひたすら中に押し込めて。
ぎゅうぎゅう詰めにして。
最後には許容範囲を超えて、大爆発を起こす。
今回の騒動はつまり、俺の堪忍袋の緒が切れたという形だ。
色んな意味で考えが足りない、ミミカカの明け透けな態度。
特に、あんなに懸命に頑張って、更に結果を出しているシャーシャちゃんを下に見た事が許せなかった。
俺の怒りは、普段溜め込んでいる分、一度爆発すれば収まりが効かない。
ここは日本でない。
特に俺は、この異世界の地で、抜きん出た力を持っている。
つまり我慢する必要がない。
理不尽だと思う事。
許せないと思う事。
間違っていると思う事。
全ての悪を、個人の意思によって正す事ができる。
さっきまで得意満面だったミミカカ。
それが一瞬にして恐怖に顔を歪める。
声にならない声を漏らして逃げ惑う。
人の表情を観察する事が大好きな俺。
生粋のサディストの心に満ちる愉悦。
暫くミミカカを甚振って、反応を愉しんだ。
だが、やはり俺は我慢する事に慣れている。
我慢とは冷静を保つ事に等しい。
………ふと我に返ったのだ。
反射的に不味いと思った。
今、俺は何をした?
自分の意思1つで裁こうとした?
短い間とは言え共に行動したミミカカを?
一応、俺が直接付けた傷というものはない。
だが、それが免罪符になるものか。
どうすればカバーできる?
どうすれば事態の沈静化を図れる?
どうすれば失態をなかった事にできる?
俺は必死に考えた。
その結果が、ミミカカの短慮を省みて、それが引き起こす最悪の事態を再現した、という筋書きだ。
自分の失態をごまかす為、必死にミミカカのまずかったところを説いた。
本当は怒りたくなんてなかったんだ。
でもそうしないとミミカカが大変な事になってしまう。
これはミミカカの為を思っての事なんだ。
恩着せがましく、白々しく、厚顔無恥。あぁ、なんて下種野郎。
嘘を付く時、男は人から目をそらしがちになるそうだ。
逆に本当の事を言う時は目を合わせるらしい。
つまり、目を合わせさえすれば、本当の事になる。
その昔、不倫の裁判で、こんな事があったそうだ。
男は妻の不倫の物証を完璧に取り揃えた。
不倫をした女は只真っ直ぐ前を向いて、言い淀む事なく潔白を主張した。
因みに物証が揃っていると言ったとおり、不倫をしたのは妻の方だ。
にも関わらず、不倫の訴えは跳ね除けられ、妻の嘘八百がまかり通ってしまったという。
女の裁判官が不倫妻の訴えを見て「疚しいところがなく信頼に足る」と判断した為だ。
男が我慢の生き物なら、女は感覚の生き物だ。
不合理に過ぎるが、今回はそこに付け入る。
俺は意図的にミミカカを正面にとらえて、目を真っ直ぐ合わせ、言葉を重ね続けた。
自分に疚しいところはないとばかりに。
幸いにして汚らしい不倫女の事例と違って、俺には真実を述べているという側面が少なからずあった。
ミミカカが軽挙・短慮に過ぎた、という点だ。
もし自らの生殺与奪権を持った、上位者に対してあんな言動があっては、命がいくつあっても足りない。
全くの嘘なら無理だが、理屈さえあれば主張できる事はある。
結果、見事に騙し通せてしまった。
ちなみにだが、俺がごまかしたものはもう1つある。
それはミミカカの腕にできた傷だ。
シャーシャちゃんをけしかけた時、ナイフによる追撃を受けて腕にできたものだ。
二の腕を真横に走る一筋の赤い線。
その生々しい痕がまるで、俺の失態を批難している様にすら思えた。
ミミカカの腕が傷付いたのは、俺の軽挙のせいだと。
消したい、と心底思った。
だから俺はミミカカの肩を掴んだ。
正確に言えば、二の腕、ナイフによる傷跡を覆い隠す様に。
そして回復の魔法が発動して、痕も残らずに傷は綺麗に癒えた。
あの回復の魔法が発動したのは、ミミカカの傷を痛ましいと思ったからか。
それとも、自分の罪の象徴を消し去りたいと思ったからなのか。
不安に震えた表情。
疑う様な怯えた表情。
驚いた表情。
呆けた様な表情の後、綻ぶ様にこぼれる笑った表情。
目まぐるしく、魅力的に移り変わる表情を見ながら。
どこか他人事の様にそう思った。
さて、目の前の事に取り組もうか。
取り組むべきものの名はナーナ嬢。
シャーシャちゃんの友達になってくれた子らしい。
一度会いたいとは思っていたところだ。
その願いがこんなところで成就するとは思っていなかったが。
赤いふわふわした髪。
ウルフカットってやつだな、多分。
髪型の厳密な定義は難しいので、間違ってるかもしれないが。
そんな暫定ウルフカットの髪から、猫の様な耳が突き出してる。
時々ピクピク動いてるのが甚くぷりちー。
振り子のようにゆったりとしたリズムで左右に揺れる、ふわふわの尻尾もぷりちー。
何故服を着たナーナ嬢の、尻尾の状態がわかるのか?
彼女がボトムを腰履きにして、尻尾を外に出しているからだ。
何故ナーナ嬢のボトムが、腰履きだと知っているのか?
目的が不明だったナーナ嬢を、不動金縛りの魔法で拘束した時、シャツが捲れ上がった状態で固定された為だ。
不動金縛り―――名前の通り対象を動けなくする為に開発した魔法だ。
原理は簡単。超強力な磁力を発生させて、引き合う力で身体の自由を奪う。
………いやぁ、この利用法を思い付くのに、随分遠回りしたもんだ。
磁力と言えば、磁石や鉄を対象にしたもの、という固定観念があったからだ。
だから、投げナイフで目標に磁力を付与して、誘導性を持たせるだとか。
或いは、壁に磁力を付与して、爪先鉄芯の安全靴で壁を歩くだとか。
若しくは、敵が全身板金鎧でも着ていれば、拘束できないかとか。
そんな利用法ばかりが思い浮かんだが、割りと最近まで見落としていた、ある事実に気付く。
投げナイフの目標。
壁走りする壁の建材。
それらが磁性体であるかに関係なく、全てに任意で、磁力を付与できていた事に。
つまり磁力の精霊は、磁性の有る無しに関わらず、強制的に磁性を帯びさせる事ができる。
植物だろうが、空間だろうが、人体だろうが、一切関係なく。
さらに磁力の応用は、防御魔法無害化の防御面を向上させた。
従来の光量・音量・熱量の調節に加えて、飛来物の乱反射が可能となったのだ。
今まで飛来物に対しては、燃焼させた上で、逆ベクトルの重力を持たせる事で防御していた。
この防御の弱点はおわかりだろうか?
答えは単純な投石だ。
石を燃焼させる程の温度を、自分で制御せず、自動で発動させるのは危険がありすぎる。
その為石を始めとした、燃焼不能な飛来物は消失させる事ができない。
更に反重力の壁も、その軽い質量で簡単に突破してくる。
もし重さ100gの物体に、1Gの反対ベクトルの力をかけても、100g分の力の減速にしかならない。
高速で飛来した投石を無効化するには至らない。
全てを弾き飛ばす様な、強力な反重力を自動で発動させるのも、影響があまりに大きすぎるのでできない。
だが磁力によって発生させた斥力は、殆どの飛来物に対する防御を可能にする。
反重力と違い、磁力の斥力は質量に依らず、常に定量。
また、力のベクトルも完全な反対方向ではない。
これらの特性は、飛来物を逸らす事に長けている。
さて、こんな強力な磁力バリアだが、実戦で試せたのは今回が初だ。
それは何故か。
普段からは使用できない為である。
一応なんで使用できないか言っておこうか?
磁力バリアを使用した俺とシャーシャちゃん達同行者。
お互いに磁力が発生して、自由行動が取れなくなる為だ。
磁力バリアが使用できるのは、個別行動を取っている時に限られる。
万能な訳ではないのだ。残念。
それでも強力なのは確かだ。
さて。
そんな強力な磁力の戒めを解かれ、自由の身となったナーナちゃんだ。
「あー、ナーナちゃんでいいですか?」
「うん、お兄さんの呼びたい様に呼べばいいよ」
そんな度量の広さを見せる返事をするケモ耳ロリータ。
「ふむ。そう言われると迷うな………兀突骨と呼んでみるか」
「うん、ボクが悪かったよ。お兄さんには普通に名前で欲しいな」
「兀突骨はお気に召さなかったか」
「兀突骨って言われて、喜ぶ女の子はいないと思うなぁ、ボクは」
やっぱ駄目だったかぁ、兀突骨。
ちなみに兀突骨は三国志演義に登場する蛮族の王の名前だ。
鱗に覆われた3メートル近い巨体を誇る男である。
蛇とかを生食して、その脳みそをご馳走としている。
「ではナーナちゃん」
「うん、どうしたのかな、お兄さん?」
目をパチクリさせ、首をコテンと傾げて返事するナーナちゃん。
軽く握った拳を、その口元に添えているのがあざとい。
「こっちは取り込み中だったんですが、何をしに来たんでしょうか?」
「あー、忙しいところに割り込んでごめんね、お兄さん?でもボク、シャーシャちゃんに用があったんだよ」
「シャーシャちゃんに?何かあったんですか?」
「フフーン!ボクはシャーシャちゃんの1番の友達であると同時に、1番のライバルでもあるんだ!前戦った時は負けたから、パワーアップを遂げてリベンジを果たしに来たのさ!」
「ライバル、だと?」
その言葉を聞いて驚いた。
ライバル。
その何気ない単語に秘められた意味は多い。
ライバルを自認するという事は、その実力と匹敵する何かを持っているという事になる。
大人すら遥か凌駕する実力を持つ、奇跡の魔法少女であるシャーシャちゃんと。
実際、登場した時は空を飛んで現れた。
それもまるで、シャーシャちゃんのホバー移動を、そのまま空中移動に転じた様に自由自在に。
卓越した魔法の才能の持ち主である事は明らかだ。
そして何より、ライバルという言葉そのものを用いた事。
それがどうしたと思われるかもしれないが、かなり重要な事だ。
というのもこの異世界にはどうやら、ライバルに該当する概念が存在していないらしいからだ。
シャーシャちゃんに説明した中で、魔法少女について欠かせない要素というものがあった。
変身して可憐な衣装を身に纏う事。
専用の武器を持っている事。
強力な魔法が使える事。
この辺りの説明はできた。
続いて周囲の環境についての説明。
親友ポジションのキャラ。
ライバルポジションのキャラ。
マスコットポジションのキャラ。
この内、親友以外のポジションは、異世界語自動翻訳の対象とされなかったのだ。
そういえば敵対関係に有る人物を認めるというのは、日本独自の文化だとか聞いた事がある。
諸外国で敵と言えば、問答無用で倒すべき存在なのだ。
それはフランス国歌であるラ・マルセイエーズの歌詞からも分かる。
敵ながら天晴、等と称える考えはないらしい。
どんな強敵でも「戦ったアイツ等は、クソみたいな奴等だった」となるのが外国流。
どうも敵を認めるのは、苦戦をごまかす為の弱気な発言だと見做されるものらしい。
実に即物的・短絡的であると言えよう。
ライバルは英語なんだから、日本独自って事はないだろって?
競争相手という意味はあるんだが、そこに日本の様な、好意的・肯定的ニュアンスは一切ないんだそうだ。
そんなこんなで好敵手という概念は異世界にもなく、説明は難航した。
「………敵ならね、なんでね、やっつけないの?」
ごくごく純粋にわからないと言った様子で尋ねてくる、シャーシャちゃんの真っ直ぐな視線。
互いに認めあった存在だと説明すれば、
「………あのね、ライバルってね、ともだちのことなの?」
と返ってきた。
新しい概念を、言葉で伝えるのは難しいのだと実感した。
ちなみにだがマスコットキャラについての説明は、より難解を極めた。
「概ね獣みたいな耳とか尻尾を持った、可愛らしい姿をしています」
「………あのね、マスコットってね、何をする人なの?」
マスコットという概念も去ることながら………役目?
アイツら………何の為にいるんだ?
………アレか!乙女ゲーのナビ妖精みたいなものか!
ちなみに乙女ゲーのナビ妖精とは、普段ゲームをしない女性層に、チュートリアルを行う存在だ。
概ね導入にテンプレートがあって、
「○○と攻略対象が恋愛する事で、魔法の力が発生するんだ。僕達はその魔法の力を集めるのが目的だから、うまく行くように応援・サポートするよ」
と結ばれる。
そして大体、世界がピンチで「恋愛→魔法の力→世界を救う→ハッピーエンド」となる。
これが愛は世界を救う、というやつだな。
その昔「世界を救わなきゃダメですか?」と問い掛けたRPGがあったが。
救う必然性がないジャンルで世界を救ったりするのが不思議だ。
少し話が逸れたがつまり、導入を円滑に進める為の舞台装置的な存在といえる。
………そんなのどうやって説明すればいいんだ。
因みにだが、光の虚像と、遠方に声の振動を届ける魔法を駆使して、シャーシャちゃんに友達やライバル、マスコットという存在を作ろうかと思ったが、早々に断念している。
いくら精巧に作ろうと、実際に触れる事が叶わない。
それに、シャーシャちゃんの反応に応じて、動きを変えるとなれば、俺は行動の監視に手一杯になる。
どう考えても直ぐに破綻して、工作が露見する。
ひいては俺への不信感に繋がり、魔法少女の破綻へ繋がる恐れがある以上、やるべきではないという結論に達した。
そういう訳で、説明の半ばで諦めていた要素であった2つの要素。
その内のライバルが弄せずに、労せずに、出現した。
切磋琢磨する相手の存在は、成長に欠かせないというのは定番だろう。
これでより魔法少女覚醒計画は充実する。全くの僥倖だ。
………更に言えば、マスコットキャラの問題すら解決した。
神刀ユ・カッツェが自我を持った事件だ。
シャーシャちゃんをサポートする意思を持っている様だし。
マスコットの役目をサポートと定義すれば、神刀ユ・カッツェはマスコットといえる。
競い合うライバルに、導くマスコット。
これから先、シャーシャちゃんの才能はどんどん開花していく事だろう。
奇跡の魔法少女は、美しい花が咲く事の約束された、巨大な蕾となったと言えよう。
しかし。
やはりライバルの概念はこの異世界にない筈だった。
だと言うのにそれを戸惑いなく口にしたナーナちゃん。
更に気になっている点はまだある。
着ている服が明らかにこの異世界のものでない。
それもどう見ても、日本の既製品にしか見えない。
しかも俺とシャーシャちゃんが着ている、ワークシャツとカーゴパンツと同じものに見える。
足先を包んでいるのも俺と同じ安全靴。
腰から下げているのも、鞘の誂えから言って、この異世界の物には到底見えない。
「ナーナちゃんはもしかして、僕の同郷人ですか?」
「うん、お兄さんやシャーシャちゃんと同じく、ボクもニホコクミだよ」
そうではないかと思ったが、その答えには別の疑問が生まれる。
「………」
今もピコピコと動いてるケモ耳と尻尾だ。
俺の知ってる限り、大和民族にケモ耳と尻尾なんてあざといものは標準装備されてない。
しかし装備といい、ライバルを知っていた事といい。
更には兀突骨に反応した事といい。
もっと遡れば、ムムカカ村でシャーシャちゃんが「綾取りが上手」と言った事といい。
明らかに異世界人としては説明の付かない知識を持っている。
彼女は一体何者なのか?
「ナーナちゃん?」
「うん、何かな、お兄さん?」
「なんでそんな作り物っぽい胡散臭い喋り方なんですか?」
「………ちょっと傷付いたよ。そんなに胡散臭いかな、この喋り方」
垂れ下がったしっぽが、小さく細かく振られていた。
17/4/22 投稿・誤字の修正