日本男子、魔法少女に期待する
俺は今、イライラしていた。
地面の上を文字通り、滑る様に移動するシャーシャちゃん。
………いやぁ、ホバー移動ってロマンだよね!
スーッと音もなく迫って、事も無げに対象を無力化する。
シャーシャちゃんの戦いぶりは、男の子の憧れの姿であると言える。
自由に。
自在に。
滑らかに。
思い通りに。
シャーシャちゃんは移動する。
急加速、急停止も思いのまま。
急停止してつんのめる事もない。
高Gによって失神する事もない。
奇跡のホバー移動は瞬発力と運動性が高く、実に戦闘向きの性能を誇る。
一応、俺の真・自由落下に対して全て勝っている、という訳ではない。
例えば最大速度という点では、自由落下に圧倒的な優位性がある。
ものの10秒で、時速約360km。
流石にシャーシャちゃんといえど、レーサーバイクを超えるスピードの世界には未だ突入してない。
さて。
では真・自由落下。
ホバー移動と逆に、長距離移動に向いているのだろうか?
答えは否である。
というのも、使用者の肉体が耐えられない。
これは人体の構造に起因する問題だ。
人間の体重の内、頭部が占めるのはどの程度かご存知だろうか。
おおよそ5キログラム程。
概ね全体重の内の8%程であるといわれている。
ところで転落死した人間は、どこから地面に落ちるかご存知だろうか?
答えは頭だ。
頭部は人体のパーツの中でも重たい上に、体の末端部に付いている為、バランスが大変悪いのだ。
その為人間は、頭から落下する羽目になる。
これは当然、魔法を用いた場合でも、重力に身を任せている以上は同様の結果となる。
この事が一体、どの様な問題を生むのか?
………大問題である。
要するに重力に身を任せた状態だと、人体は逆さ吊りになっているも同然である。
一応聞いておこう。
人間、逆さ吊りだと死に至るという事はご存知だろうか?
普段人間は、重力ベクトル方向と逆方向に頭が存在する。
脳に流れる血液は、基本的にその状態で適量なのだ。
それが重力ベクトル方向と同一方向に頭が存在していたら?
脳への血液、過剰供給問題の発生である。
自由落下で空を飛び続けた場合、脳の血管が破裂しかねないのだ。
俺が初めて重力を操作して長時間使用したのは、魔法を会得したその日。
早く町に戻る為に使用した時の事だ。
一緒に移動した3人は、速度と現象に驚いていて、それどころじゃなかった様だが、俺は違う。
どんどん頭に血が登っていくのが感じられ、最後は頭がフラフラしていた。
いや、待てよ?
3人と言ったが、シャーシャちゃんは全く平気そうだったぞ?
もしかして、重力に対してまで、奇跡の耐性があるのか?
末恐ろしいな。
まぁそんな理由で、長時間の重力ベクトルの操作は、それ単体では健康上危険なのだ。
一応、既に解決策は見つけている。
俺の靴が爪先鉄芯入りの、安全靴である事から思い付いた、磁力の制御だ。
重力ベクトル方向に磁力を発生させる事で、爪先を引き寄せる。
そうする事で頭の位置を、重力ベクトル方向から遠ざける事ができる。
その為に飛行する俺の体勢は、両足を突き出したドロップキックの様な姿勢に限定される。
この辺りの違いも、シャーシャちゃんのホバー移動を羨ましいと思う所以だ。
自由な姿勢1つとる事ができないのだ。
そして慣性の法則が働く以上、急激な停止・方向転換はできない。
自由落下というのは、名前ほど自由ではないと実感した。
………しかし!
俺は滑空ドロップキックによって、血管破裂の恐怖を乗り越えた!
この問題を乗り越えた先に待つのは?
レーサーバイクも真っ青のスピード天国である!
俺は10秒加速すれば、上空を時速360kmの超高速で滑空できるのだ!
しかも加速時間を増やせば、速度はまだまだ上がる!
進行方向に円錐状のコーンのイメージで、風を噴出し続けて、空気を切り裂きながらの飛行!
両足を突き出した体勢と、この空気抵抗を軽減して自身を保護する、空気のバリア!
そして、この超高速の巡航移動状態にある俺は、シャーシャちゃんですら手出しできない無敵の状態でもある!
しかも!
相手からの干渉を避けながら!
俺からは一方的に攻撃を加える事ができる!
独壇場だ!
回避の時には頭を悩まされた慣性の法則だが、攻撃に関しては力強い味方となる!
超高速で移動する俺が、中空に大岩を生成したらどうなるか?
俺の元から射出された大岩は、慣性の法則に従う!
時速360kmで移動していれば、大岩も時速360kmで射出されるのだ!
まぁ、それでも攻撃地点が大変大雑把になるという問題はある。
なにせ英雄降臨状態であっても、情報源となる経験が少なすぎて、計算誤差が大きいのだ。
これを、磁力の精霊から力を借りてカバーする。
磁力の精霊は本来磁性を持たない物体・空間に無理矢理磁性を付与できる。
それを利用して、攻撃目標と大岩に引き合う磁力を付与し、誘導性を持たせる。
ある程度狙った地点に収束して着弾するので、威力からすれば十分実用範囲だろう。
それに、どちらかといえば趣味の範疇だし。
巡航戦闘機「大和」には、対地大岩ミサイルを超える威力・精度を誇る、無敵の機銃がついている。
その名も七色念力光線機銃。
七色念力光線の魔法は、波紋の型と並ぶ、俺の切り札となる魔法の1つだ。
その効果は、それまでの光剣を更に肥大化させたもの。
即ち、照射範囲を大幅に広げ、尚且つ、その威力を強化して、対象を消滅させる事ができる。
七色念力光線が対象を消滅させるのは、宇宙パワーの為である。
………何かね、その胡乱なものを見る様な目は?俺は本気だぞ?
皆さん、地球に今まで落ちてきた、隕石の数をご存知だろうか?
ご存知ならば凄い。
何せ無数に落ちてきていて、数知れないからだ。
そんな筈はないって?
いや、事実だ。
ただし、地表に落ちる前に殆ど燃え尽きているが。
俺が宇宙パワーと呼んだものの正体がもうわかっただろうか?
答えは大気との摩擦熱である。
大質量の隕石と言えど、大気圏へ突入すれば、凄まじい摩擦熱で燃え尽きてしまう。
この現象を思い出し、熱量の行き着く先を消滅とイメージした。
その為、七色念力光線の照射地点に存在していたものは、全て文字通りに燃え尽きて消滅してしまう。
光線の名の通り、光の性質を持っているので、狙いは正確かつ長射程で高速。
ちなみに、光線が七色のグラデーションで変化するのは、只の趣味………というかノリだ。意味はない。
別に通常の白い光でもよかったのだが………いや、なに。
七生魔法少女の設定を考えていた時の、「七色念力光線」という言葉の響きを気に入っててな。
この魔法は、七生魔法少女の設定を実現する為に出来た、デザイン先行型のものである。
これも魔法少女覚醒計画の副産物であると言えよう。
さて。
俺の事はいい。
シャーシャちゃんの事もいい。
グララはどうでもいい。
貴重な第1種永久機関………である疑いがある以上、大切にする必要はある。
だが、飽くまで疑いがあるだけだ。実際にそうなのかはわからない。
仮に第1種永久機関だったところで、恐ろしくて安易に利用もできない。
重要でありすぎるが故に、最早利用法がないという本末転倒さだ。
それより何より………グララには生おっぱい拝ませてもらった!それも何回も!
この前皆に、名前を漢字で当て字したけど、あれは今振り返っても会心のネーミングだった!
布切れ一枚乳放り出し女のコイツに、「愚裸々」以外の漢字を当てるなんてとんでもない!
走り方が変なグララは、ランニングさせると着衣が乱れる!
元より酷かったこの乱れは、でんでん太鼓が加わる事で更に加速した!
何故かでんでん太鼓を常に手放さない為、元々持っていた杖と合わせて両手が塞がり、着衣の乱れを直せないのだ!
着衣を胸の谷間で挟み込んだ、非常に扇情的な姿!
きれいなピンク色がゆさゆさ揺れる!
眼福!
思わず天皇陛下に感謝を捧げる!
こんにちわおっぱい!
はじめましておっぱい!
ありがとうおっぱい!
………取り乱してすまないが、それだけ俺にとって、生おっぱいは衝撃的だった!
あの感動は最早言語化できない!
改めて、ありがとう、グララ!
お前は俺に大切なものをくれた!
人と話をする時は、その人に顔を向けましょう、という。
グララと話す時は、おっぱいを見る事になってもう大変!理性が!脳が!
彼女いない歴20年の、プロ童貞である俺にグララのもたらした衝撃は大きかった。
しかめっ面がデフォルトの俺も、思わず顔がにやけそうな程。
が、流石にそんな低俗さは振りまけない。
シャーシャちゃんの前では、毅然とした態度でありたい。
信頼に足る人物であり続ける為、グララ如きに屈してられない。
という訳で俺はグララの前で、殊更厳しい表情を作る。
グララとのちょっとした受け答えも、不必要に攻撃的で刺々しくなる。
そうしないと、グララの魅力に屈しそうになるからだ。
グララなんて全然好きじゃないし!超どうでもいいし!
あんなちょっとばかり形が良くて綺麗なピンク色なんて好きじゃないし!
好きな子に素直になれなくて、意地悪する糞ガキみたいな言動になってる俺(20歳)。
俺がどうでもいいと言えば、グララなんかどうでもいいのだ!フン!
土下座すれば好きなだけ触って良いと言われたら、即座に前言を覆すだけの覚悟が俺にはある、
良くないのはミミカカだ。
全く良くない。けしからん。
関係ないが、けしからんと聞くと、エロ方面を連想するのは、俺だけだろうか?
ちなみに残念ながら、ミミカカの話は全くエロくない。
本当にただただ残念なだけだ。
「見てください、ヤマトーさん!すごいでしょ、ほら!」
ミミカカが嬉々とした表情で繰り出すのは魔法戦技。
それは空を飛び、光で敵を倒すという、この異世界では画期的なものだ。
ぶっちゃけると俺の魔法の丸パクり。
奇跡の可能性へ配慮した、俺の心遣いを踏みにじる仕打ちといえよう。
しかもよりによって、初期の魔法をパクりやがった。
人体の構造上、使用に制約のある自由落下。
焼き切るのに時間がかかり、即効性のないレーザー光線。
全て俺による細かな改良が施される前で弱点だらけ。
あー。
一応レーザー光線の魔法には、ミミカカ独自の改良らしき跡が見られた。
なので単純に使用したレーザーの魔法よりは即効性がある。
その改良とは出力強化。
即ち、投入する光量の増加である。
要するに物量による解決だ。
改造としては最低レベルのお粗末なものといっていい。
精霊の使用量が、効果に対して非効率的。
何より単純に光量を増している以上、眩しくて大迷惑。
その眩しさは、周囲にいる俺達は疎か、使用者本人が失明する程の強烈な光だ。
全員が無事なのは一重に、俺が常に無害化の魔法を使用しているからだ。
極端な冷熱。鼓膜を破る様な轟音。目を焼く光。
身体を害する様な、外部からの過剰な刺激は、全て俺が遮断し続けている。
もし俺の魔法がなければ、奇跡の魔法少女シャーシャちゃんの前途洋々なる未来も、暗く閉ざされてしまっていたかもしれない。
魔法は丸パクリ。
困ったことがあれば力押し。
周囲の迷惑は顧みない。
トリプル役満のクソ野郎三冠王で、スリーストライクバッターアウト。
人生チェンジしてやり直してこい。
正直言おう。
あらゆる点で考えなしに振るわれる魔法戦技。
何も考えていない様な笑った顔。
それらを見ると、非常にイライラする。
無性にイライラする。心底イライラする。
………だが、俺も一応大人だ。
日本の社会において、男性は感情を封じる事を求められる。
男らしく、男のくせに。
男とは、常に我慢を強いられるものだ。
俺とて日本男子である以上、その強制からは逃れられない。
どれほど不本意な事でも、大抵の事は飲み下してきた。
たかが16歳のアーパークソビッチギャルが癪に障っただけだ。
我慢できる。
筈だった。
「アタシ、ヤマトーさんと同じ魔法が使えるようになったんですよ!シャーシャなんかよりもすごいでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺はアイツを睨みつけていた。
「チッ」
反射的に舌打ちと、抑えきれない怒気が漏れる。
「あ………」
情けない声と、どさっという物音がした。
アイツは後ろ手に身体を支えながら、腰を抜かしていた。
「たかが猿真似だけで俺と並んだ?」
俺はより強力な魔法を作り出す為、常日頃から試行錯誤を繰り返している。
つまりは俺の魔法とは、努力の結晶、または成果である。
そんな俺の努力、頑張りは、軽々しく踏みにじられた。
下らない、大した違いはない、と嘲笑された様なものだ。
「お前如きが」
それだけでも十分許しがたい。
だが、それ以上に許せない事がある。
「シャーシャを超えただと?」
あろうことか。
異世界最高の宝である、シャーシャを馬鹿にした。
「図に乗るなああああああっ!」
威圧、或いは圧倒とでも名付けるべき魔法が発現する。
過去数回発現した、俺の激しい感情を本能のまま、相手に叩きつける魔法だ。
科学的な説明は一切なく、奇跡の領域に踏み入った魔法の1つでもある。
「い、ひぃ、ひっ、ひ、ひ」
そんな威圧を受けたアイツは、既に過呼吸状態になっている。
シャーシャは奇跡を起こす魔法少女だ。
奇跡の力の行使に必要なのは、ただイメージするだけ。
では、そこにシャーシャの努力はないのだろうか?
答えは勿論、否だ。
イメージするだけと言っても、ただ思ったら何でもできるようになる訳ではない。
シャーシャはイメージを確たるものにする為、必死に努力をする。
例えば最初の奇跡は、劇的な身体能力の強化だ。
そこらの大人を凌駕するだけの、思考能力・身体能力を発揮する様になった。
それらは全て、地道な努力によって作られた事を、側で見ていた俺は知っている。
毎日走った。
毎日勉強した。
毎日筋トレした。
毎日格闘の鍛錬をした。
休みたいとは言わなかった。
遊びたいとは言わなかった。
ひたすらに俺の言った事を、一所懸命に実現しようとした。
だからこそ報われた。
シャーシャが努力した事は、他ならぬシャーシャ自身が知っている。
自分はこんなに頑張った。だからきっと強くなれるに違いない。
奇跡は、シャーシャの不断の努力によって培われる。
もしもどこかで、手を抜いていれば。
怠けていれば。怠っていれば。
他ならぬ自分が自覚する。
きっと奇跡にはならなかっただろう。
シャーシャの生育環境上、大人に逆らうという事はできないのかもしれない。
それでも、彼女は一切の不平不満を飲み込み、真面目に努力したのは事実だ。
俺は努力した人間、真面目な人間こそが報われるべきだと思う。
頑張った者がいい目を見るべきだ。
そう思うのは何かおかしな事だろうか?
逆に努力をしない人間。
とりわけ努力をあざ笑うタイプの人間。
そういった人間を俺は蔑視している。
「ひっ、ひぃ、ひぃぃぃいいいいいっ」
たかが猿真似程度でシャーシャを虚仮にした屑。
そんな屑が目の前にいる。
恐怖の色が浮かんだ表情で。
とめどなく目からは涙が溢れている。
あぁ、もっと泣かせたい!
もっと震わせたい!
もっと怯えさせたい!
もっと追い詰めたい!
殴りたい!
嬲りたい!
詰りたい!
もっともっともっと!
泣き顔を見ると高ぶる!
心の底から震え上がる程の歓喜!
余裕のない人間の表情のなんと美しい事か!
………だが、駄目だ。
一気に冷静になる。
冷静になった理由は唯1つ。
シャーシャが俺を見ているからだ。
シャーシャは暴力を振るわれて育った。
大人に理不尽を突きつけられて育った。
俺はそんな彼女に、不安を抱かせない様に努めてきた。
不安に思わない様に。
不審に思わない様に。
光が物を切り裂くものか。
人が空をとぶものか。
本来なら与太話と切って捨てられるようなもの。
それでもシャーシャなら俺を信じる。
無償の奉仕は信頼を生み。
育った信頼は奇跡を生む。
そしてその奇跡を、俺が自らの内に取り込み、力として還元する。
人を信じる純粋さ。
全力で取り組む真面目さ。
疑問を挟まない愚直さ。
魔法少女覚醒計画。
その計画は、1人のいたいけな少女を、価値を知った大人が、自分の思い通りに動かす事で実現する。
シャーシャに信頼される為に、全てを注いだと言っていいだろう。
シャーシャは俺にとって夢であり、希望であり、目標であり、目的であり、全てであり、宝だ。
そんなシャーシャを?
俺のシャーシャを?
虚仮にする?
それは俺の全てを否定するに等しい行為だ!
「シャーシャちゃん」
俺は怒気を抑えて振り返る。
「信じられない事に、アイツは、僕と同じ力を持っていて、あろう事か魔法少女であるシャーシャちゃんをも凌駕したとほざいています」
努めてゆっくり、落ち着いて話す。
「許せる事ではありません。あらゆる手段を用いて叩き潰しなさい」
17/3/25 投稿・誤字の修正