日本男子、匙を投げる
俺は今、溜息を吐いていた。
魔法戦技―――。
それはホマレー流護身術と、魔法を組み合わせた、全く新しい戦闘技術………。
うおおぉぉぉっ!!
小芝居が一段落した所で………。
ホマレー流護身術は次のステージへ向かう時が来た。
今まで魔法は、只の単発火力として考えられてきた。
だがそれには無駄が多い。
より魔法を有効活用するにはどうすればいいか?
その考えをひたすらに突き詰める。
当然、使用する魔法の質は、個人により差がある。
最適な戦闘技術を磨く為には、自分自身が自主的に、開発・発展させていく必要がある。
何より無限の可能性を持った奇跡である魔法の為に。
俺が余計な入れ知恵をして、勝手に魔法の限界を定める訳にはいかない。
よって、ホマレー流護身術の様に、俺が2人に教えを授ける事は決してできないのだ。
以上が魔法戦技の………建前だ。
そう。
建前だ。
魔法戦技は、もっと切実な事情から開発されている。
「自主性を重んじ、個人個人の個性を尊重します」
多分、どこかで似たフレーズを聞いた事があるだろう美辞麗句だ。
これをより平易な日本語に直せ、と言われたらどう答えるだろうか?
自己責任、責任放棄、投げっぱなし。
俺なら思いつくのはこんなところだな。
何を隠そう魔法戦技は、俺がシャーシャちゃんの指導を放棄する為に、創始された技術なのだ!
………何を大威張りで無責任な事を言ってるんだって?
是非弁明の機会を与えてほしいものだ。
俺にだって言い分はある。
まず最初に。
シャーシャちゃんは滅茶苦茶強い。
鞘に入ったままの神刀を用いた日々の鍛錬。
これがもう頭打ちの状態だったのだが………つい先日、成立しなくなったのだ
「………シッ!」
「シッ!ハッ!」
「………フッ!ヤッ!」
「テッ!タッ!」
英雄降臨を全開で発動させて漸く、俺はシャーシャちゃんと渡り合える。
英雄降臨の効果を改めて列挙しよう。
大きな効果は
・身体能力の大幅向上
・主観的時間の引き伸ばし
・思考能力の向上
となる。
この内、思考能力の向上といっても、普段わからなかった事がわかる訳ではない。
通常の思考の延長線上にあるものに、より早くアクセスできる、というのが適切な説明だろう。
考え抜いてわかる様な事が、すぐに分かる様になる。
また「もしこうなったらどうなる」という仮定の積み上げが容易になる。
更に、集中力を極限まで高める事で、主観的な時間が大幅に引き伸ばされる。
目に見えるものが全て、スローモーションに見えるという訳だ。
この2つを組み合わせると、ある効果を発揮する様になる。
思考を突き詰める事で、把握している現在の状況の、延長線上にある未来を予測して、それに対応する事ができる様になる。
擬似的なものではあるが、高精度の未来予測が可能になるのだ。
つまり「このままだとどうなるのか」がはっきり分かる様になる。
尤も擬似的と言った通り、予測の対象は自分が認知・把握しているものに限られる、という制限はある
そうでなければいくら考えても、予測しようがないからだ。
あくまで未来予測であって、未来予知ではないのだ。
身体能力向上と、高精度未来予測。
この2つの反則的強化を用いて、俺とシャーシャちゃんは漸く互角なのである。
シャーシャちゃんは凄まじい集中力と反射神経で、英雄降臨状態の俺に渡り合えるのだ。
シャーシャちゃんの強さを格闘ゲーム風に説明しよう。
そのキャラ性能は、高機動・高火力・切り返し完備の超強キャラといったところだ。
高性能な技が多く、相手に触りに行く事、押さえ込む事が得意。
ローリスクの崩し行動が豊富にある上に、小技から即死圏内となる連続技持ち。
ついでに当たり判定が小さい上に、ローリスクの拒否行動も完備している。
触りに行くとは、中距離以遠でお互いに様子見している状態から、攻撃をしかける事だ。
押さえ込むとは、行動後の隙の無さ等から、相手に反撃をさせないという意味になる。
崩しとは、ガード崩しの略で、相手のガードの種類を見て、そのガードで対応できない攻撃をする行為の事だ。
当たり判定が小さいとは、攻撃に接触するとダメージを受ける面積の事で、小さい方が防御面に有利に働く。
拒否行動とは、相手からの攻撃に対しての対抗手段の事だ。
シャーシャちゃんはそれら全てを、高レベルで兼ね備えた、隙の全くない調整ミス筆頭キャラだ。
シャーシャちゃんのオーソドックスな攻撃、神刀による逆手突きを見てみよう。
無駄のない突きは真っ直ぐ伸びて、素早く引き戻される。
繰り出す攻撃の中で、尤もリーチがある上に、隙が禄にない。
更にその攻撃は鋭く、十分な威力を持っている以上、片手間では捌けない。
こんな高性能な技を、シャーシャちゃんはあくまで牽制目的で使用してくる。
この突きを防いだり、回避して体勢を崩すと、そこからはもうシャーシャちゃんの独壇場だ。
一気に肉薄して、至近距離で纏わり付く様に、相手に張り付く。
シャーシャちゃんにとって勝負とは、基本的にはこの距離を取るまでの事である。
そしてこの距離を取ったシャーシャちゃんは、最早無敵だ。
大抵の相手よりも身体の小さなシャーシャちゃんは、リーチが短い。
しかし逆に攻撃の回転が早い為、近距離の猛攻は他の追随を許さない。
この距離に入られると、英雄降臨で強化状態の俺でも敗色濃厚である。
防御側は、シャーシャちゃんとは全く逆の理由で、懐に入られると一方的に不利になる為だ。
更に、腕の可動範囲を想像してみてくれ。
上から来る攻撃なら、頭上に腕を掲げて防御できると思う。
しかし下から来る攻撃は、低ければ低いほど、腕でカバーするのが難しいのがわかるだろうか?
もっと極端な例を言えば、股間目掛けて全力のショートアッパーを放たれた時、対処できるかどうかという話だ。
シャーシャちゃんの全ての攻撃は、そういう理由で防御困難となる。
そんな対応困難な打撃の数々。
鋭い肘打ちや膝蹴り、金的だって十分な脅威だが、それは飽くまで陽動でしかない。
もっと危険度の高い、切り札となる本命の打撃がある。
必殺のフィニッシュムーブ、その打撃の名前は掌底だ。
シャーシャちゃんのコンパクトかつ高威力の猛攻。
それらは全て腹を中心とした、低い位置を狙ってくる。
しかしその対応に腐心したり、翻弄されればジ・エンド。
がら空きの顎目掛けて、下から突き抜ける様な一直線の掌底が飛んでくる。
背の低いシャーシャちゃんが顎に向けて放つ打撃は自然と、ボクシングのスマッシュと呼ばれるフィニッシュブローの軌跡をとる。
必殺の掌底スマッシュは、顎を掠めでもすれば、そのまま意識が刈り取られる一撃だ。
………どうだろう?
これが奇跡の魔法少女、シャーシャちゃんの格闘術である。
シャーシャちゃんが規格外に強いのはわかってもらえたと思う。
そんな強いシャーシャちゃんに対して、俺はどう対抗していたのか。
答えは遠距離戦の徹底だ。
リーチの差を活かして、シャーシャちゃんを近寄らせずにいる事。
それだけが唯一の活路だ。
一応言っておこう。
遠間の攻撃で、そのままシャーシャちゃんを倒せる訳ではない。
各種防御技術も伝授済みで、遠距離攻撃そのものも決定打にはならないからだ。
特に上体を反らして攻撃を回避する、ボクシングの回避技術であるスウェーバックを駆使する。
凄まじい反射神経・強靭な体のバネは、スウェーバックとの親和性が高い。
ちなみにシャーシャちゃんが、掌底スマッシュやスウェーバック等の技術を使うのは、無論俺が教えた結果だ。
格闘の鍛錬は、全て寸止めルールで行われる為使われないが、コークスクリュー掌底や、掌底デンプシーといった技もある。
全て掌底なのは、手を傷めない様にする配慮からだ。
体格の関係上、フリッカー掌底とチョッピング掌底は使えないのが残念でならない。
更には、回し受けで直線的な攻撃を受け流す術にも長けている。
遠間だからと、腕を伸ばし切る突きを出せば、即座に必殺圏内に侵入してくる。
遠距離攻撃はあくまで、別の事態を誘発する為の手段でしかない。
シャーシャちゃんに弱点があるとすれば、それは2つ。
1つはその体重。
シャーシャちゃんは不足した打撃力を、奇跡の力で強化した身体能力で補っている。
しかしその圧倒的ウェイト差まではカバーできない。
その為、突き飛ばすという単純な攻撃は、非常に有効に機能する。
尤も、通りさえすれば、と但し書きが付くが。
遠距離でも不用意に腕を伸ばせば、即座に反応される。
近距離に至っては、即座にガードの空いた腹を強打される。
弱点を突く事すら容易ではない。
本当の狙い目はもう1つの弱点、その戦闘スタイルそのものだ。
どういう事かというと、シャーシャちゃんは武器による刺突や、魔法だけで決着を付けられない場合、必ず近寄る必要がある。
その場から動かずに倒すという事は、リーチの差の関係上できない。
通常、体の小さい人間と、大きい人間なら、小さい方が持久力は高い。
消費するエネルギー量が違うからだ。
しかしシャーシャちゃんは全身を使って行動する以上、スタミナの消費もまた激しいのだ。
さらに全神経を研ぎ澄ませて戦うシャーシャちゃんは、精神的負担も圧倒的に大きい。
逆にこの消耗の早さをうまく突けない限り、シャーシャちゃんの牙城を崩すのは容易ではない。
つまり今までの俺とシャーシャちゃんの勝負は、要点を絞れば以下の様になる。
遠距離からシャーシャちゃんのスタミナを削りきれば俺の勝ち。
攻撃を掻い潜って、近距離戦に持ち込めばシャーシャちゃんの勝ち。
勝負の要が遠距離戦にあるのがわかるだろう。
なのでお互い、息つく暇もなく牽制の応酬を繰り広げる。
ちなみにこの場合の息つく暇もないというのは慣用句ではなく、只の事実である。
禄に呼吸すら出来ない、針に糸を通す様な間断のない攻撃の応酬。
先に呼吸を乱して、隙を見せたものが負けるのだ。
なので、俺とシャーシャちゃんの攻防は、一度接触すればそれ程長引かない。
しかし短時間の間にお互い、全力で攻撃を出し合い、最高の集中力を発揮する。
量より質の、何より濃厚な時間。
1試合が終わった後の疲労度は並ではない。
これまでは牽制で差し切るのも、牽制を掻い潜られるのもほぼ五分五分と言った感じだった。
しかし遂に、その均衡が崩れた。
遠距離戦でシャーシャちゃんを、押し留める事ができなくなってしまったのだ。
その原因は一重に、巻き上げを伝授した事にある。
皆さんご存知だろうか、剣道の巻き上げという技を。
面、小手、胴以外に技があったのか、という人も多いと思う。
割りとマイナーな技だが、一度決まれば勝負を決する威力を持った技でもある。
名前通りに自分の竹刀を相手の竹刀に「巻き付けて」「跳ね上げる」事で武器を奪うという技だ。
相手の脱力している瞬間を見計らって放てば、竹刀が綺麗に頭上に飛んでいくという、圧巻の技である。
高い集中力と、反射神経を持つシャーシャちゃんなら使いこなせるのではないかと、うろ覚えで伝授。
結果、見事に使いこなし、俺の武器を巻き上げで奪ってしまったのだ。
今までシャーシャちゃんは牽制合戦に対して、踏み込む以外の攻撃的選択肢は持っていなかった。
しかし、巻き上げを得た事で、牽制の差し合いに強力な決定打を得てしまった。
こうなってしまっては、最早単純な格闘術の範疇では、シャーシャちゃんに手も足も出ない。
ちなみに今まで鍛錬の間、魔法は暗黙の了解で、お互いに使ってこなかった。
しかし勝てなくなった俺は、光学迷彩を使用して、奇襲を敢行するという暴挙に出た。
その時ばかりは流石のシャーシャちゃんも、見えない俺に為す術なく負けた。
………最初の1度だけ。
次の戦闘でまたも光学迷彩を発動した俺は、どう対応してくるのかを観察しようとした。
そうするとシャーシャちゃんは即座に、水を生成して浴びせかけてきたのだ!
姿を隠し音を消す、凄まじい隠蔽能力を持つ、光学迷彩の弱点を突かれた!
俺が生身の人間である以上、いくら姿を消そうと、その場から消える訳ではない。
水が掻き消えた所こそ、俺の居場所である。
シャーシャちゃんは俺が姿を消すやいなや、水を浴びせつつ強襲をかけたのだ。
俺はその対応力の高さに息を巻き、流石にその場で負けを認めた。
俺の力ではもうこれ以上、シャーシャちゃんの格闘技術を鍛えてあげる事ができない。
しかし、年下であり、女の子であるシャーシャちゃん。
そんな相手が自分より強くなったと、素直に言えない俺は「次のステージに登る」という建前で、それまでの鍛錬を打ち切ったのだった。
実に見栄っ張りかつ、心が狭い糞みたいな奴である。
さて、そんな情けない事情で始まった魔法戦技の開発だが。
早速シャーシャちゃんがまた1つ、最強の高みを登った。
いきなり新魔法を開発したのだ。
地面を正に滑る様に動く、移動用の魔法だ。
なんとシャーシャちゃん、ホバー移動の魔法を習得した。
空を飛ぶ姿をイメージできなかったんだろう。
シャーシャちゃん曰く、
「………まだね、うまく飛べないの」
との事だが、既に羨ましい限りの性能である。
空を飛ぶイメージが抱けなかったからこそ、地上での構えを維持したまま、移動する技術を作り上げてしまったからだ。
攻防に最適な体勢を崩さず移動できるし、逆に攻防の最中でも即座に移動する事もできる。
お陰で俺の真・自由落下より、遥かに即応性に優れている。
そして何より羨ましい点は、この切替の早さは、回避にも適用される事だろう。
魔法戦技は、俺が直接どうしろ、こうしろと教える事はない。奇跡の可能性を潰さない為だ。
だがその戦技が有効かどうかを試す為に試合は行う。
俺の光線系魔法は、熱を作りさえしなければ、絶対に相手を傷つけない為、非常に便利だった。
相手を傷つけない範囲では魔法も使用するのだ。
さて、この威力のない光線を当てようとした時。
シャーシャちゃんは未確認飛行物体の如き軌道で、急加速と切り返しを駆使して回避した。
………俺が何を羨ましいと思ったかはもうおわかりだろう。
シャーシャちゃんは慣性の法則を超越しているのだ。
急激な加速によって本来掛かる筈のGすらも、その才覚で乗り越えてしまった。
元より近距離での攻防に長けていたシャーシャちゃんが、この機動力を手にいればどうなるか?
結果、格闘ゲームでいう、裏周りという行動を手に入れてしまった。
格闘ゲームでは多くの場合、レバーを後ろに倒す事でガードが成立する。
しかしキャラの位置関係が逆になれば、今まで後ろに倒していたレバーが前に、つまり前進の操作に切り替わってしまう。
裏周りとはシステム面を利用した、ガード崩しのテクニックで、俗に言うめくり攻撃もこのガード崩しの一環だ。
普通に考えて、生身の人間が攻防の最中に、背面を取る機会はそう多くない。
だが、攻防とは独立して移動できる様になった為、事実上手数が増えたも同然だ。
相手を押さえ込みつつ、一方的に有利なポジションを確保する事ができる。
しかもこの移動、体勢を全く変えずに行える。
その為、相対していた俺からは、初動を察知する事ができなかった。
完璧な不意打ち能力すら兼ね備えている訳だ。
鬼に金棒、シャーシャにホバー移動、である。
高次元の攻防を、非常に高いレベルで補う、ホバー移動を手に入れた結果。
シャーシャちゃんは全距離から8択攻撃を仕掛けてくるという、類を見ない超理不尽キャラとなった、
N択攻撃とは、対応方法が別々の、N通りの攻撃を仕掛けるという意味だ。
顎を狙い意識を刈り取る、必殺の掌底スマッシュ。
必殺技を通す事を念頭に起き、ガードを下げる事を狙いつつも、それ自体が十分なダメージを持つ肘打ち・膝蹴り・金的。
相手を防御の上から突き崩す、神刀による高威力攻撃と投げ。
武器攻撃と投げは決してガード不能という訳ではないが、打撃に対する防御とは対処方法が違う。
乱暴ではあるが、打撃の対応に主眼を置いていた場合、ガード不能攻撃と見做す事ができるだろう。
それら、じゃんけんより種類が多く、複雑な攻撃の対応を強要してくる訳だ。
もし対応できなければその時点で、勝負を決するだけの決定力を有する。
しかも万が一対応されても、フォローも万全。
ホバー移動を利用して、更に攻撃を仕掛けてもいいし、仕切り直してもいい。
シャーシャちゃんってば、マジぶっ壊れキャラ!
しかも、俺には無害化の魔法があるから効かないが、奇跡の炎を生み出す遠距離攻撃まである!
完成していない現時点において、遠近で圧倒的攻撃力を発揮している。
その視線は死神の吐息!
その攻撃は死神の抱擁!
可憐で鮮やかな奇跡の魔法少女シャーシャちゃん!
彼女は同時に、全天候型死神魔法少女でもある!
「はぁ………」
呆れ返るばかりの非常識な強さに、最早溜息をつくしかできない。
ちなみに溜息をつくと幸せが逃げるというが、溜息は我慢しない方が良い。
深呼吸もそうだが、長く息を吐く行動には、自律神経を整える効果がある。
逆に自然と溜息をつく時。
それは神経が緊張している時だ。
我慢するのは健康上大変よろしくない。
自然に出たものは、自然に任せるべきだ。
「はぁ………」
という訳で遠慮なく、2度目の呆れ返るばかりの溜息をつく。
1度目の溜息は、シャーシャちゃんの成長への感慨。
あのガリガリだった子供が、よくもまぁここまで強くなったもんだ。
そして試合とは言え、魔法少女のシャーシャちゃんとの、対峙が終わった事への安堵でもある。
しかし、2度目の溜息は文字通り呆れてのものだ。
うんざり。がっかり。げっそり。
俺の視線の先には得意気にしているミミカカがいる。
精霊が見えるという才能を腐らせて、何をしているんだか………。
17/3/18 投稿