日本男子、思い悩む
俺は今、悩んでいた。
何に?
だから魔法だってば。
口酸っぱく言い続けたが、魔法は正しく奇跡の行使!
極端に集中すれば一処にある常温の水を、熱湯と氷にすら分けられよう!
まぁ、炎の精霊と氷の精霊が、お互いを阻害しない様に気を付ける必要があるが。
これこそが熱力学第2法則を破る突破口であり、第2種永久機関への!………への?
よく考えずに熱量からマクスウェルの悪魔を連想したが………これ、第2種永久機関の形も取れるが、もっと単純に考えて第1種永久機関だよな?
ん?突然同意を求められても、そんな中二病チックな話題はさっぱりだ?
一方的にこっちを見ておいてなんとも釣れないお客人だ。
では手慰みにそもそも熱力学と永久機関とはなんぞや、という説明に入ろうじゃないか。
まず熱力学とは名前の通り、主として熱に関する力学上の性質を扱ったものだ。
熱力学には第1法則から第3法則まである。
ついでに第0法則というのもある。実に中二心をくすぐるな。
詳しい話は物理の本にでもお任せしたいが、聞きかじりの知識で把握する限りの説明をしよう。
熱力学第1法則とは、エネルギー保存の法則。
世界全体において、エネルギーの総和は常に一定であるという法則だそうだ。
新しいエネルギーが生まれれば、エネルギーの総和は一見増えそうだが、生まれた分のエネルギーは世界の何処かで同時に失われているらしい。
埼玉県熊谷市の最高気温が64度を示した時、同日の埼玉県川越市の最高気温がー64度になる様な話だろう。
しかし流石は日本三大秘境だ。おおよそ人間が生息できる環境とは思えない。ちなみに他の秘境は群馬県と栃木県。
それぞれサ・インタ・マー族、グンマー族、トッチギー族という原住民が、日々武力闘争に明け暮れているらしい。
未開の地はおいておいて、この法則、SF的な現象について考察するのを、面白くする役目がある。
何が面白いのかというと、タイムマシン等の時間跳躍、或いは別世界との何らかのやり取りには制限が掛かるのだ。
何故かと言うと、エネルギーの総和は常に一定である筈だからだ。
それは例えどれ程時間が経過しても、エネルギーの総量が一定であり、常に変化しない事を表す。
例えば仮に、タイムマシンでAさんが別の時間に行くとしよう。
そうなると、元の時間からAさん分のエネルギーが消失してしまう。
それでは時間が変化しようと、エネルギーの総量が一定であるという法則が崩れてしまう。
宇宙の 法則が 乱れる! というやつだ。
だから世界的には、Aさんがタイムマシンに乗ってエネルギーが消失するという事はありえない、という事になる。
では、タイムマシンの実現の可能性そのものが否定されたのか?
まだロマンは潰えていないので安心してほしい。
飽くまでエネルギーの一方的な消失を否定しているだけだ。
さぁ、エネルギーが一方的に消失しないというのはどういう事か。
つまりAさんが世界から消失した時、世界には同時に「Aさん分のエネルギー」が補充される筈、という事だ。
しかし今度はAさんの代わりに「補充されたもの」が何なのかという点が議論になる。
この時、未来の方に着目すべき変化がある。
Aさんが増えた事で、「押し出された」余剰なエネルギーだ。
恐らく、Aさんが現在から消えると、未来の「何か」とエネルギーが交換されるのではないか。
尤も「押し出された何か」が何であるのかについては、結局判明しないのだが。興味は尽きない。
ちなみにこの考え、宇宙規模で考えるともっと興味深い。
宇宙は今も広がり続けているという話を聞いた事はないだろうか?
しかし広がった宇宙の先にも、エネルギーはある筈だ。
エネルギーの総和が常に一定であるというなら………どうなるか?
それはつまり、宇宙が広がった分、宇宙は終わっている、という事になる。
これらが現代科学知識に即した、SFの思考実験というものだ!
あぁ!実に楽しいな!
こうであるなら、という前提を元に考えていく!
考えれば考える程終わらない!
無限に広がる思考の海!
俺は哲学という学問が好きだ!
ここにどっぷりと浸かるのが好きだ!
他者に煩わされず!
自分と向き合い続け!
ひたすら思索に耽る時!
至上といえる時間の過ごし方だ!
………失礼。
思考が暴走した。
何の話だったか?
あぁ、そうそう熱力学についてだった。
話を戻そう。
そう、熱力学の法則から言って、無から有が生じる事はありえないのだ。
逆に有から無に転じる事もありえない。
一見、煙と消えてしまった様に見えるものでも、全て別の形になって世界に残り続けているのだ。
マクロ経済に通じるところもある考えだと思う。
俺が買い物で使った1万円札は、主観的には消えた様に思えるが、代わりに買った商品が手元に残る。
それに俺の手から離れた1万円札は、消えた訳ではなくお店の売上になっただけだ。
更に言えばお店の売上は、ゆくゆくは銀行に行って、別の企業の融資に使われる事にもなるだろう。
全ては形を変えただけ、主観的な認知の問題なのだ。
これは流石に飛躍した話だが、そういう観点で見ると………。
輪廻転生という考えにも一定程度、頷けるところはあるのではないか、と個人的に思う。
魂にも法則性があり、世界中での総和が定められているのではないか、という意味だ。
だから死んだ後も、地獄か何かで魂の浄化を経て、再び生を持つのだと。
………まぁ何の根拠もない、只の思い付き・こじつけレベルの話なんだがな!
しかしそう言いつつも、ちょっと笑えないところもある。
というのも熱力学の発展は、基本的に経験則に依って支えられてきた側面を持つからだ。
熱について、人は経験に依って知っている。それらをまとめたのが熱力学だ。
それなら、輪廻転生という発想はどこから着想を得たのか?
何らかの経験則に依って、打ち立てられた考えなのではないか?
更に熱力学第2法則は、熱力学であるにも関わらず、熱の性質以外にも言及した法則だしなぁ。
世界全体で見て、エネルギーは増える事も減る事もしない。
ただその状態が変化しただけだ。
この考えが、熱力学の範囲だけに適用されるものだと誰に断言できるのか?
………という危惧だ。
個人的には狂人の妄想の類であって欲しいと心底思う。
死んだらまた、人生を最初からやり直す。
そんな面倒な真似、是非とも御免被りたい。
死んだら死んだきり、そのまま終わって、静かにさせてほしいもんだ。
或いは………せめて転生しても、わかめか何かになりたい。
何もせず、只海流に身を任せて揺蕩うだけ。そうありたいものだ。
或いはその為のヤシの木になりたい。ズドーン。
………ん?あぁ、めんごめんご。
転生後の展望を語られても困るだろうな。
何が言いたかったか、今度こそ語ろう。
俺はここまで臆面なく、魔法が無限のエネルギーを生み出すと説明した。
もし今までの説明を疑いなく信じたなら、それはとんだお人好しか―――或いは、卓越した魔法使いの才能を持つかのどちらかだ。
若しくは、人の話をちゃんと聞いてないという線もあるか?
もし卓越した魔法使いである自覚がない場合、詐欺被害等に遭う前に態度を改善する事をおすすめしたいものだ。
俺は何もない所に火を生み出せる。
水を生み出せる。氷を生み出せる。
砂を生み出せる。石を生み出せる。
風を生み出せる。雷を生み出せる。
光を生み出せる。闇を生み出せる。
何もない所から、色んなものを生み出している。
しかしそれは俺の主観で捉えて、だ。
熱力学第1法則について説明してきたのでわかってもらえたかと思うが、エネルギーの総和は等しい筈なのだ。
本当に何の代償もなくエネルギーを生み出しているのか?
科学的に考えて、魔法を使った分、世界からは何かが失われている筈なのだ。
そしてそれが俺の3つの悩みに繋がる。
科学知識について、この異世界で誰より熟知している。
それ故に俺は、この異世界で最強の戦闘能力を誇る魔法使い足り得る。
だが、だからこそ。
俺はこの異世界で最も才能のない魔法使いであると言える。
魔法少女の才能を秘めたシャーシャに遥か劣るのは当然。
精霊を目で捉えるミミカカちゃんにも遠く及ばない。
そして何よりあのグララにすら魔法についての才能は劣っている。
………それ程までに俺の魔法使いとしての才能は乏しいのだ。
俺には世界に冠たる我らが偉大なる祖国、日本の教育がもたらした知識がある。
お陰で最早、魔法の奥義、言うなれば真理に辿り着いたと、そう豪語してもいいだろう。
だからこそ俺は、同時に自分の限界にも気付いた。
自分が魔法使い足り得ないと自覚した。
さんざんもったいぶったが、どういう事か説明しよう。
俺はある日、日課である新魔法開発に勤しんでいた。
その時思い付いたのが、毒ガスを生み出す魔法だ。
中二病だと謗られるかもしれないが、俺は今、毒や呪いというものに、強い関心を抱いている。
しかし、毒ガスは単純な方法では作成できない。
毒を生成するのは風の精霊ではなく、更に毒の精霊というのも存在してないからだ。
直接毒を作り出す真似はできない訳だ。
そこで俺は火の精霊を駆使する事を考えた。
酸素が無ければ火は燃焼できず、不完全燃焼を起こす。
その結果として、一酸化炭素を生み出し続ける。
この一酸化炭素、人体にとっては猛毒である。
火事に拠る死因のトップは純粋な焼死ではなく、この一酸化炭素なぐらいだ。
この一酸化炭素、血中のヘモグロビンと結び付く力が、圧倒的に強いのが特徴だ。
さて、このヘモグロビンさん。一酸化炭素さんと結ばれる前は、誰と手を取り合ってたのか?
答えは酸素だ。
ヘモグロビンさんには、血管中を駆け巡り、全身に酸素を行き渡らせる役目があった訳だ。
つまり一酸化炭素を体内に取り込むと、体中の酸素が足りなくなる。
一酸化炭素の濃度が10%程度なら支障はない。
しかし、濃度が20%程度になってくると、酸素が足りずに頭痛を感じる様になる。
更に50%程度になると、途端に人は正気を失った様になり、運動能力にも支障をきたす。
これが火事による被害で、火の手そのものより恐ろしいと言われる、一酸化炭素中毒の症状だ。
火災現場から助かった場合でも、脳を始めとした深刻な後遺症を残しかねない。
意図的に不完全燃焼を起こす事で、そんな危険な一酸化炭素中毒に追い込む。
そんな魔法を考えたという訳だ。
因みに気体の制御が難しく、対象の周囲にも被害が及ぶ危険性が高い、という懸念点を克服できなかったのでお蔵入りした。
何より十分な量の生成に時間がかかり、即効性がなく実用性に乏しい、という決定的な問題が有ったのだが。
相手を無傷で捕獲できる訳でも、即座に無力化できる訳でもない以上、使い途がない。
新魔法の開発は、こうした失敗の連続で成り立っている。
さて、開発に失敗して一息ついたところで。
俺はそのまま火について漠然と考えていた。
他に何か火を使って新しい事ができないか、と。
そのまま火に関する思い出を巡り、グララから魔法を教わって、皆で練習した日にたどり着く。
しかしこの何とはなしに始めた思考で、俺はある驚愕の真実に思い至る。
シャーシャちゃんが1日の練習の末に、家一軒を丸々飲み込める様な巨大な炎を作成していた事に。
一応言っておこう。火の大きさそのものは問題としていない。
俺にかかればあの大きさは疎か、もっと巨大な炎だって作ってみせる自信がある。
だから問題となるのは規模ではない。
俺があの規模の火を維持しようとすれば、酸素を絶やさない様にする必要がある。
不完全燃焼を起こし、大量の毒ガスを発生させる事になりかねないからだ。
それに引き換えシャーシャちゃんは、何も考えずに炎を発現させた。
あの時は何とも思わなかったが、よく見てみれば凄まじい事が起こっていた事に気づく。
何が起こったかを把握する為に、まず竜巻の発生原理について理解してほしい。
地表が暖かく、上空の大気が冷たい時。
熱力学第2法則により、熱は冷たいところへ移動する。
つまり地表の空気は、上空へ移動する、上昇気流となる。
さて、地表から空気が移動すれば、後は真空状態になるのか?
そんな訳はない。
地上の空気がなくなった分、周囲の空気が移動する。
暖かい地点を中心に、空気が集まり、衝突する事で渦を描く。
そして集まった空気はまた、上空へ運ばれていく。
空気が渦を巻いて集まり、上昇していく。
この規模が巨大で、強力であれば、竜巻になるというのは想像できただろうか?
ではここで応用問題だ。
大規模な火災が起こった場合、空気の動きはどうなるだろうか?
炎によって暖められた空気は、上空へ上がっていく。
空気がなくなった分は、周囲から集められる。
そして、竜巻と違い、その中心には炎が渦巻く。
巨大な炎は、やがて荒れ狂う竜巻となり、常に新鮮な風を孕み続け、より激しく燃え盛る。
これが大規模な火災が発生した時に見られる、火炎旋風という現象だ。
まぁ発生の詳しいメカニズムは、未だに判明していないらしいが。
だから俺が語ったのは飽くまで俺の理解だ。異論反論大変結構。
そんな現象がある、という事だけ認識してもらえれば十分だ。
それを踏まえた上で。
シャーシャちゃんが作った炎はどうだろう?
建物1つをやすやすと飲み込む巨大な炎。
にも関わらず、風の動きを促す事はない。
その巨大さとは裏腹に、その場でゆらゆらと、しかし延々とその場で燃焼を続けるのみ。
巨大な炎ではあったが、炎の竜巻と形容すべき姿ではなかった。
何よりシャーシャちゃんは、炎の燃焼に酸素が必要な事を知らない。
俺が何に気付いたか、もうおわかりいただけただろうか?
シャーシャちゃんは魔法で火をつけたのではない!
魔法で酸素を必要としない、火によく似た、オリジナルの現象を1から創造したのだ!
もう俺とシャーシャちゃんの差がおわかりいただけただろう!
そう!シャーシャちゃんは何も知らない!
それ故に、科学を超越した魔法、奇跡を発現できるのだ!
………普通に考えて、概念の創造なんて、最終局面で目覚める能力の類っていうのが話の典型だと思うんだが。
それを選りに選って、最初に使った魔法でやってみせるとは………。
俺が彼女を「魔法少女」「世界の宝物」と評している理由の一端がこれだ。
只の魔法使い等という定義では、本来の意味で役不足なのだ。
真の魔法を使いこなすには、既存の常識に汚染されていない、無垢さが必要となる!
はぁ………常識というのはなんと難儀なものか。
曖昧で、しかし強固なものでもある。
当然と思う力は強力なのだ。
例えこうして超常現象を目の当たりにしても、築き上げた常識を手放すのは容易ではないのだ。
俺の魔法練達の道は高く険しいと言える。
あぁ、そうそう。
これまでしつこく話してきた永久機関の話。
あれは別に話の枕という訳ではない。
なんとも意外な形で、目の前に転がっているのだ。
しかも寄りにも寄って、第1種永久機関というやつが、だ。
正常に動作させると、無限にエネルギーを生み。
逆転して動作させると、無限にエネルギーを奪う。
神にも悪魔にも成り得る究極の存在。
そんなものが、自分でも気付かない内に呆気なく手に入った。
俺の身の回りにある、何が一体、脅威の第1種永久機関だったのか。
ヒントは、気にも留めなかった何気ないものだ。
よく考えて振り返ってみると、第1種永久機関ならではの特性を十分発揮している。
見ているお前にもわかるか?
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