ミミカカ、日本男子と会う
R-15 流血表現有り
アタシはムムカカ村のムムカカの娘、ミミカカ。
あの日、村には鐘の音が鳴り響いてた。
「何があったの………?」
まだ小さなマヤシーが不安そうに聞いてくる。戦えない子供達は鐘の音が聞こえたらアタシの家に集まると決まっている。
「村が襲われてるの」
アタシは答える。鐘は鳴り止まない。
「村は大丈夫なの?」
マヤシーと同じように不安そうなゼゼが聞いてくる。
「大丈夫。お父さん達が倒してくれる」
安心させるようマヤシーとゼゼの頭を軽く撫でる。子供達を元気づけるために言った言葉が嘘だとアタシはよく知ってる。
灰色の猟犬。犬みたいな姿をしてて硬い灰色の石の体を持つ化物。体高は子供達の胸元ぐらいまであって、体重は村の男1人よりも重たい。
弓の腕には自信のあるアタシだけど弓矢では傷をつけれない。村の男達が薪割り斧を力いっぱい振り下ろしてやっと倒せる。
動きは森の獣ほど早くはないけど、代わりに力が強くて噛むだけで大人の骨を簡単に折れる。一発で頭を潰さないと噛みつかれて、引き倒されてそのまま殺されてしまう。
普段は森の奥で他の獣達を食べてるのに今日は何故かたくさんの群れで村を襲ってきた。
薪割り斧なんて村には何本もない。多分3本あるかないか。
なのに村の外で迎え撃つ前にお父さん達が言ってたけど灰色の猟犬はたくさんいたらしい。
子供達だけじゃなく村の女達も不安そうだ。
村の外が突破されたら今度は戦うのはアタシ達。でもアタシ達の武器はナイフぐらいしかない。使えそうな武器は男達が持って行ってるから。
男達も命懸けで戦うんだから恨むのは間違いだと思う。
でも頼りにできる武器が何もなくて不安になる。本当はアタシ達が誰かにすがりついて不安な気持ちを慰めてもらいたい。
それでもアタシ達ムムカカ村の人間は全員森の戦士だ。情けない姿を子供達には見せられない。
「あっ!」
思わず大きな声が出た。
窓から外を見てたアタシは、村を守る獣避けの柵に体当たりする3匹の灰色の猟犬を見つけたのだ!
アタシの声に釣られて同じ方向を見た皆も気付く。
男達は村の外で別の灰色の猟犬の群れを迎え撃つ準備をしてる。
灰色の猟犬の群れは村に向かう途中で二手に分かれてたんだ!男達が迎え撃つ正面じゃなく脇道を通ってアタシ達のいる裏側に出たんだ!
村を囲う柵はイノシシに体当たりされても保つ。
でも灰色の猟犬はダメ。あの重さと硬さで体当たりされたら保たない。
柵が軋む度に周りから悲鳴が漏れる。
そして皆の見守る前で柵がへし折れた。壊れた柵を越えて灰色の猟犬が入ってきた。こっちに向かってくる。
アタシは子供達から離れて家から出た。こちらに走ってくる3匹の灰色の猟犬を見て鞘からナイフを出す。勝てないのはわかってる。
30を超えたぐらいから女は狩りに出なくなって村の中で作業をするようになる。
狩りに出る年齢の村の女はアタシと今見張台で鐘を叩いてるリョクシーしかいない。
この村の人間は全員戦士だけど、この場に現役で戦えるのはアタシしかいないんだ!村の長、戦士ムムカカの娘として恥ずかしい真似はできない。
半身になって身を隠すように片手でナイフを突き出す。敵との間にナイフを置くことで相手を牽制する構え。
突入してきた灰色の猟犬の一団はこちらに駆け寄って手を噛もうと飛びかかる!
これは危なげなく避けられる。こういう攻撃は避けれる。
別の灰色の猟犬が飛びかかってくる!これも避けられる。
問題は相手が3匹いることだ。一斉にかかってこられたら!3匹に囲まれたら!無傷では避けられなくなる。囲まれないように気をつけないと。
そして、もう一つ気をつけないといけないことがある。
この3匹を絶対に皆が逃げてる家にやっちゃダメ!
アタシは囲まれないよう、下がらないよう、突破されないよう戦わなきゃいけない。
無理だとは心の中だけでも思わないようにする。
アタシが戦わないと皆が………!
アタシは必至に戦った。
横に身をかわした。その場から大きく飛んだ。ナイフで灰色の猟犬の顔を軽く突いてアタシの手を弾く事で避けた。
それでも限界は来る。3匹が一緒になって襲ってきた時に避けきれなくてナイフが噛まれた。
ガキン!
アタシの手からナイフを奪った灰色の猟犬は着地するとそのまま口の中のものを噛み砕いた。
こんなやつに噛まれたら骨が折られて………そのまま殺される!
さっき以上に必至になって戦った!
大きく飛んでそのまま地面を転がって!
地面で擦れた腕が血塗れになる。
腕に鋭い牙を突き立てられそうになって悲鳴を上げながら全力で後ずさって!
牙に触れただけで腕が切り裂かれて血が噴き出る。
足の腱を噛み千切られそうになったときは生きた心地がしなかった!
必至に折り曲げた脚は深く裂かれててたくさん血が出た。
手足を血塗れにしながら必至に、本当に必至に戦った。
でも、必至だったのがよくなかった。
「きゃあああああっ!」
悲鳴が聞こえてきた。大人の女達のだ。
声がした方向を見て気付く。
マヤシーとゼゼが泣きながらこっちに走ってきてた!
アタシは戦うのに夢中になりすぎて自分が、皆の避難する家の前まで後退してるのに気付いてなかった。
そして手足から血を流す、ボロボロのアタシを家の入り口から見つけた子供達は、我慢できず飛び出してしまったんだ!
マヤシーもゼゼも赤ん坊の頃からアタシが面倒を見てあげてた妹のような子だ。
大きくなった今もアタシを慕ってくれてる。
アタシのような弓の使い手になると真っ直ぐ見上げて言ってくれた子が。
あの2人が!
アタシのせいで!
かわいい2人が!
殺される!!
「うあああああああああっ!」
その事に気付いたアタシは大きな声で叫びながら走った!
灰色の猟犬に背中を向けながら!
転びそうになりながら!
あいつらが2人に届くより先にアタシが行かなきゃ!
守らなきゃ!
2人に飛び付くように抱き付いてそのまま両脇に抱えて家の中まで走って運ぶ。
2人をここまで運んだ事で張り詰めてたものが切れたのかもう立ち上がれない。
アタシ達を追ってきた3匹がすぐに家の中に入ってくる。
アタシは震える2人を抱きしめながらそれを見てた………。
その人は全身を見たことのない黒い服で包んでいた。
「天地神明! ご照覧あれ!」
その人は走りながら高らかに宣言した。
この世界には精霊が棲んでいる。
アタシは魔法使いではないので精霊の姿を見たことはないが、狙いを付けて弓を引き絞るとき、なんとなく風の流れのようなものを感じることがある。
すごく、すごく集中したときにだけ感じる独特な感覚。
まるで風に色がついてるようにそこにいるのがわかるようになる。
言葉を聞いた瞬間、集中して狙いを付けたときのように、違う!それ以上にハッキリと精霊の存在が感じられた。
空高くから降り注ぐ光の精霊も、地の底深くに棲む大地の精霊も。
それどころかとにかくたくさんの精霊でない圧倒的な気配も感じた。
世界中の全てがその人を見守ってるのがわかった。
たった一言でこれほど多くの存在の力を借りられるなんて。
村の男達が手斧を全力で叩き付けないと砕けない灰色の猟犬を、その人は無造作に蹴り砕いた。
ひどくつまらなさそうな顔をして砕けた破片を見下ろしてる。
残りの2匹がお構いなしにそれぞれ飛び掛かってた。
その人は少しも慌てることなく、まず右手に持った珍しい剣で口から切断して頭から切り離して、そのまま無駄のない動きで最後の1匹の顎先を蹴り上げてバラバラに砕いた。
「フン………」
この信じられないような光景を、まるで当たり前みたいに見下ろしてからアタシ達を見た。
「あ、あの、貴方は一体?」
この人は一体何者なんだろう。
髪の毛は真っ黒でアタシ達と違ってサラサラしてる。肌は色白だけどすこし黄色っぽい不思議な色だ。背は大人の男よりちょっと高いのに顔はマヤシー達みたいに幼く見える。
着てる服は見たこともないような綺麗な黒い服だった。
服一つとってもアタシ達とは違ってた。
まるで輝いてるように見えるのだ。精霊の力とは違う本当に服の話だ。
アタシ達が着てる服はどれだけ洗ってもどこかくすんでて色あせてる。
けどこの人の服は黒いのにアタシ達の服より明るく見える。
履いてる靴もアタシ達の履いてるサンダルとは違う。すっぽりと脚を覆っててそしてツルツルと光を弾く見たことのない靴。
持ってる剣もすごかった。領主様の軍隊が持ってる剣とは比べ物にならないぐらい綺麗でピカピカしてて、硬い石の体の灰色の猟犬をスッパリと切り離してしまう恐ろしい切れ味。
「犬に襲われてるのを見て助けに来た」
あの恐ろしい灰色の猟犬が、ただの犬?
アタシ達を助けるのをなんでもないことみたいに?
思わずその人を黙って見つめてた。
「傷を見てやる」
言われてからやっと自分の手足がボロボロなことを思い出した。
いい匂いがする液体で傷口を洗われて、見たことのない入れ物に入った塗り薬を傷口に霧のようにして塗って、今まで見たこともないほど綺麗な布を当てて、同じぐらい綺麗な包帯をクルクル巻いて、テキパキと治療してくれた。
「後は安静にしてれば大丈夫だ」
色んなことに驚いてる間に手当は終わったらしい。子供達も大人の女も皆黙ってそれを見てた。
「俺はこれから残りの犬を始末してくる。動ける人間はお湯を多く沸かしておいてほしい」
そう言うと村の外の灰色の猟犬をやっつけに行った。
その人は残りの灰色の猟犬もすぐにやっつけて戻ってきた。
家の裏に溜めてある水を桶で運んで、釜の鍋に移していっぱいにして火打ち石で火を点けて、やっとボコボコしたときだった。
村の外にはたくさんの灰色の猟犬がいたと思うけど敵じゃなかったんだと思う。
戻ってきてすぐにアタシの心配をしてくれた。
「楽にしてくれ。怪我は痛むか?」
「はい!もう血は止まりました!」
こんなにすごい人がアタシを心配してくれたのが嬉しくてちょっと大きな声が出た。少し恥ずかしい。
「血が止まったのならよかった。しばらくすれば傷も癒えるだろう」
答えてから気付いたけどついさっきまであんなに血を流してたのに今はもう止まってる。すごいお薬を使ってくれたんだ!
「これを食べるといい。怪我の治りが早くなるから」
「はい、ありがとうございます!」
なのにまだ治そうとしてくれる!
新しいお薬を両手で大事に受け取った。
だけど困った。お薬は見たことのない銀色のピカピカした不思議なものに入ってて出し方がわからない。
困ってるアタシに気付いて目の前でわかりやすくピカピカを開けてから渡してくれた。
初めて見るお薬は今まで見たことのない不思議なものだった。じっと見ててもわからないので少しかじりつく。
「すごく甘い…」
こんなに甘くて美味しいものは初めて食べた!乾いてて噛むとボロボロ崩れるのに何故か果物みたいな匂いがする不思議なお薬。
思わずボーッとしてたみたい。
「喉が渇くと思うからこれを飲むといい」
「はい、いただきます!」
たしかにお薬は美味しいけど喉が渇く。
そう思ってたのを何故かわかったみたいで水筒をくれる。
なんでこんなに親切にしてくれるんだろう?
不思議に思いながら水筒を受け取って一口飲んでみた。………!
「これ、香りがすごくよくて………美味しいです!」
村で飲む苦いお茶と違ってすごくいい匂いがして飲みやすい。
アタシは今まで食べたことのないごちそうを夢中になって食べた。
「気に入ったのならまだあるから、たんとおあがりなさい」
夢中になって食べるアタシがおかしかったのか、優しく笑って新しいお薬を渡してくれた。
16/06/25 投稿
16/07/13 背景色をイメージカラーに変更