日本男児、心の飢えを知る
俺は今、頭を抱えていた。
異世界の武の頂点で。
異世界の知の結晶で。
異世界の奇跡の塊で。
異世界最高の宝物で。
それってなーんだ?
答えはシャーシャちゃん!
魔法少女の力に覚醒した暁にはどうなるか?
あらゆる困難・障害・外敵を打ち破るだろう。
あらゆる望み・願い・祈りを叶えるのだろう。
未来。自由。希望。
全てを自分の思いのままにできる究極の存在にして個人。
それがシャーシャちゃんの完成形だ。
………完成形。
その言葉の裏返しは現在は未完成という事。
じゃあ今現在はどうなのか?
村から外れた森の中に入って、1人で紙風船をポンポンしてる。
パステルカラーの鮮やかな紙風船が、上機嫌そうにシャーシャちゃんの手で弄ばれている。
それとは裏腹に、シャーシャちゃんの表情はとても機嫌がよさそうには見えない。
どちらかというと不満そうだ。
暫くポンポンしたら、紙風船からゆっくり丁寧に空気を抜いて、ポケットにしまう。
そして木陰に身を寄せて、体を小さく丸めながら綾取りをし出す。
四段はしごを3秒ぐらいで作れる程に、その動きは熟練していて迷いがない。
だがシャーシャちゃんの顔に満足気な所はない。
やっぱり不満そうだ。
暫く綾取りをした後、紐から指を抜き取って丁寧に折り畳んで、またポケットにしまう。
そして、何をするでもなく膝を抱えて俯いている。
その姿は孤独を感じさせて………寂しそうだ。
これが視力付与でシャーシャちゃんを確認した時の光景。
俺のせいだよなぁ………罪深い。
事は俺がシャーシャちゃんの正体に気付いた時から始まっていたんだろう。
魔法少女覚醒計画。
異世界の宝物であるシャーシャちゃん、彼女の真の才能を開花させる。
それは彼女を保護する俺にとっての至上目的だ。
その為に俺は色んな話をした。
「魔法少女は、憧れの存在です」
「………あこがれなの?」
不思議そうに問い返すシャーシャちゃん。
「そうです。我が国の女に生まれたならば、誰もが一度は夢見るであろう存在、魔法少女。シャーシャちゃんには間違いなくそれになれる才能があります」
「………」
シャーシャちゃんは黙っているが………喜んでいるのがわかる。
屈託のない笑顔で笑っているからだ。
そう。
この時は喜んでいたんだ。
自分が特別で、選ばれた者だと。
無邪気に喜んでいた。
まずは魔法少女というものに興味を持ってもらおうと思った。
だがシャーシャちゃんは自らが魔法少女であるという事に、抵抗がないどころか受け入れて、むしろ喜んでいる。
魔法少女育成計画は早々に次の段階に進むべきだろう。
「魔法少女は凄いんですよ」
「………すごいの?」
不思議そうに聞き返すシャーシャちゃん。
「凄いんですよー?魔法少女は無敵なんです」
何が凄いかわからないと、何も理解できないだろう。
次のステップは魔法少女に対する理解だ。
ゴール地点を知らないのに走り出したら、知らずの内に逆方向に向かってしまうかもしれない。
まず最初にゴール地点―――つまり目標を定める。
目標を設定してそれを実現する為にどうすればいいかを考える。
まずは魔法少女について知ってもらおうと思ったんだ。
………思い返してみても、これが失敗だったんだよなぁ。
俺がこの時の説明を誤らなければ、シャーシャちゃんはあぁはならなかった。
「………むてきなの?」
「無敵なんですよー?魔法少女は何でもできるんです」
「………なんでもできるの?」
「何でもできるんですよー?」
まぁ何でもできるだけじゃわからないだろう。ちょっと説明しよう。
「どんなに強い奴でも、絶対に倒せますし。どんなに困ってる人でも、絶対に助けられます。魔法少女の力はその規模がまるで違いますから」
「………あのねあのね、お兄ちゃん?」
「はい、なんですか、シャーシャちゃん?」
何かを疑問に思ったシャーシャちゃんが尋ねてくるので耳を傾けてみる。
「………あのね、なんでね、なんでもね、できるの?」
ふむ?
単語を繋げて話せるようになった子供は、よく「何で?」と尋ねるそうだ。
自分のわからないものを見ては、周りに尋ねる事で知識を吸収していく。
心を閉ざしていたシャーシャちゃんの見せる、最近の明確な変化の1つ。
この子供の「何で?」という疑問はあらゆるものに向けられる。
本当にあらゆるものに。加減を知らずに。
目にしたもの全てに疑問を持つ。
………辟易する程に、だ。
しかし大人が「何で?」攻勢に屈服し、いい加減な対応をすればどうなるか?
子供は知識を得られなくなる。それどころか嘘を付かれた場合は誤った知識を身に付ける。
そうなれば、子供は親を信用しなくなる。
親すら信用できなくなった子供は、他人を信用できなくなる。
当然俺はこの質問に誠実に答えなければならない。
既にシャーシャちゃんは、親からの愛を断たれている。
俺は面倒臭がらずに、無限の愛を以って接しなければならない。
人を信用するには無償の愛を受けた経験が必要なのだ。
という訳で、何で魔法少女は何でもできるのか?
ごまかさずに、誠実に。
それでいて納得できる答えを。
魔法少女は魔法が使えるから何でもできる、といえる。
だがシャーシャちゃんも魔法が使える。
俺だって魔法が使えるし、ミミカカちゃんだって魔法が使える。
今でこそグララですら使える。
只魔法が使えるだけでは何でもできる訳ではない。
だから疑問の答えの本質は魔法が使えるから、では不十分だ。
俺達の魔法と、魔法少女の魔法の違いがどこから生まれるのか?
より誠実に答えなければならない。
それも、シャーシャちゃんに理解できる様に平易な内容で。
魔法を構成するのは、発現させる魔法のイメージ、魔法の源となる精霊、自分と精霊との媒介となるイメージ、の3つの要素だ。
発現させる魔法のイメージは、平行して教えている最中。
炎は普通に―――普通というにはあまりに強力だが―――既に使える。
なので一歩踏み込んで魔法使いらしく、自分の武具を召喚する魔法を覚えて貰ってる。
まぁその内できる様になるだろう。
続いては魔法の源となる精霊だが、これも大丈夫だろう。
ミミカカちゃん曰く、俺とシャーシャちゃんの精霊の量は多いらしい。
何故かは知らないが、それは重要な事じゃない。
とにかく大事なのは精霊の量が、要するにMPの量が多いという事実だ。
この要件は既に満たしているので言及する必要がない。
という訳で残った最後の1つ、自分と精霊との媒介となるイメージ。
これが今指摘できる決定的な違いだ。
そしてシャーシャちゃんと精霊とを媒介するもののイメージとは何か?
火蜥蜴の存在だ。
4元素の精霊として有名なサラマンダーを戯画化した存在。
他の風精霊、水精霊や、土精霊の存在も、追って教えるつもりだったが、その機会は訪れていない。
シャーシャちゃんは今、火蜥蜴にだけ頼って魔法を行使している。
1つより沢山の方がより力が出る。単純なだけにわかりやすい理屈だ。
「魔法少女が何でもできるのは、色んな友達がいるからですよ」
「………ともだち?」
「そう、シャーシャちゃんを火蜥蜴が助けてくれるみたいに、魔法少女も色んな精霊が助けてくれるんです。でもシャーシャちゃんより友達の精霊の数が多いから、出来上がる魔法が強いんですよ」
だからこう説明した。
「………ともだち、いっぱい、いるの?」
「えぇ、そうです。いっぱい」
この時の俺は、シャーシャちゃんが只理解して復唱してるんだと思っていた。
だから何も考えずに肯定し、あまつさえ補足してしまった。
「精霊だけではありませんよ。魔法少女は人気者です。勿論、人間の中にも親友と呼べる友達がいるんです。優しい友達がいて、その友達も、魔法少女も、お互いの事が大好きなんです。友達いっぱいです。みんな仲良しです」
凄いでしょ?
俺は気軽にそう続けようとしていた。
魔法少女がいかに凄いかを説いて、純粋に憧れてもらおうと思った。
正直、深く考えた訳ではなかったのだ。
こんな事を言ったらどうなるか、俺は深く考えるべきだったんだ。
「………ともだち」
なんか友好的な人外の存在みたいに呟くシャーシャちゃん。
流石に様子がおかしい事に気付き、ハッとした。
俺はどこまで無遠慮、無思慮、無頓着、無神経なんだろうか?
ここまで酷な事を突き付ける必要はあったのか?
恐らく貧しい山岳地帯の村出身で、奴隷に売られて、今は俺と一緒にいる。
………村にいた頃に友達がいたのかはわからないが、少なくとも今のシャーシャちゃんに友達がいる訳がない。
シャーシャちゃんは俺を慕ってくれていると思う。
ミミカカちゃんにもよく懐いていると思う。
グララは………蛇蝎の如く好かれている。
しかし、純粋な意味では友達とは言い難いだろう。基本的には保護者だ。
そして今のシャーシャちゃんは、他人への心の壁を取り除く構えを見せている。
友達が欲しいと思うのは、欲求としてごく自然な事じゃないだろうか?
そして俺は………友達がいないから、魔法少女じゃないんだと言い切ってしまった。
こんな心無い言葉ってあるだろうか?
悔いた俺は、シャーシャちゃんの友達作りを手伝いたいと思った。
問題は………俺も人付き合いが下手糞な事だ。
俺の経験からでは友達の作り方なんて教えてあげられそうにない。
というわけで。
「なぁ?」
「ぬ?」
「どうしたんですか、ヤマトーさん?」
とりあえずまずは2人に相談。
「友達って………どうやったらできるんだ?どうすれば作れる?」
相談した瞬間、慈愛の笑みで目を細めて俺を見る2人。
感じる視線がやたら生暖かい。
「あの………ヤマトーさん?」
「ん?」
「ヤマトーさんは、ともだちがほしいんですか?」
「我が友達になってやってもよいのだ!」
「あ、結構です」
「ぬ?遠慮は要らぬぞ?」
ありがとう、グララ。
「あ、結構です」
でも、別に要らないよ。
グララが憮然とした表情だ。
「何故なのだ!我が友達になってやると言ってやっておるというのに!」
「いや、俺の友達になられても」
「ヤマトーさんがともだちがほしいんじゃないんですか?」
「あぁ、俺は別に友達なんて要らない」
むしろ基本的に1人でいるのとか好きだし。
「じゃあ、何でともだちの作り方なんて?」
そりゃそうか。
俺じゃなきゃ誰が欲しいんだって話だ。
だからって、シャーシャちゃんぼっち疑惑を浮き彫りにさせる訳にはいかない。
「魔法の研究の一環だ」
魔法少女育成計画の障害を取り除く為だから、嘘ではないだろう。許容範囲、許容範囲。
「魔法?どうして友達作りが魔法と関係するのだ?」
「俺の考察の結果、魔法の威力と友達に関係がある可能性が出てきたんだ」
ソースはアニメの魔法少女達に親友ポジのキャラがいる事。
「なんだと!本当にそんな事があるのか?」
驚きを示すグララ。
「まだ仮説の段階だ。俺独自の統計では関係性が見られる」
独自の統計って、何を信用すればいいんだろうなぁ。
「まぁそういう訳で、ちょっと友達作りについて、一般的な手法というのがあるのか調べてみようと思ってな」
何がそういう訳かはわからないが、とりあえず繋げる。
「ぬ!」
「んー………」
なんか怪訝な表情の2人。
やっぱ、根拠に乏しい上に、説明まで論理的なところがないしなぁ。
2人はうんうん唸っている。
恐らくあやふやな説明を、必死に理解しようとしてくれているんだろう。
「なぁ、ヤマトー殿よ?」
「ん、何だ?」
「実は………だな?」
「実は?」
グララが真剣な顔で尋ねてくる。
「我には………友と呼べる者はおらんのだ!」
「………そうか」
余りに意外性がなさすぎて、逆に驚いた。
なんせ子供の頃から周りに仲のいい相手がいない。
そして家を出てからは町で引きこもり。
どこにも友達がいたという形跡がない。
要するに、最初から期待してない。
「故に残念だが、我は助言できそうにないのだ!すまぬ!」
「あぁ、うん、そう」
許容の心を以って認めよう。仕方ないね。
まぁグララに尋ねたのはもののついでみたいなもんだ。
本命はこっちだ!
「ミミカカはどうだ?」
面倒見のいいミミカカちゃんなら!
「え?あ、あ~」
「ん、発声練習か?そうすれば友達ができるのか?」
そんな訳ないのは分かりきってるが、なんらか意図があるのか?
「えっと、ちがって………」
「ふむ」
「ともだちって」
「友達って?」
「いっしょにいたら、ふつうになれるっていうかー?」
「そんな訳がない」
「そんな訳がないのだ!」
お、グララと意見があったな。
「え、なんでですか?アタシのともだちは、ふつうにしてたらできましたよ?」
不思議そうな顔をする可愛いミミカカちゃん。
「ミミカカ………友達っていうのは得難いものなんだぞ?」
思わずしみじみと諭してしまう。
「雨後の竹の子みたいにポコポコ出てきたりしないんだぞ?」
「タケオコ?」
「こっちには竹もないのか………おちおちバンブーダンスもしてられないな」
「バブーダス?」
存在しないものは説明できないので置いておこう。
しかし困った。
まさか、頼りにしていたミミカカちゃんすら役に立たないとは。
とりあえず頼りにできる人はいない。
カンニングではなく、自分で直接正解まで辿りつかねば。
そういう訳でまずシャーシャちゃんの様子を確認してみた。
俺がグララに魔法を教えてたり、魔法少女覚醒計画を推進している間。
手持ち無沙汰なシャーシャちゃんは何をやってるんだろう?
そう思って確認してみた結果が「シャーシャちゃん、森で黄昏る」だ。
しかもそこに至る手前にまで、まだ問題があった。
そもそもなんでシャーシャちゃんは、村にいる子供とは遊ぼうとしないのか?
その疑問の答えは村から出て人気のない森に行く前にあった。
まず1人になったシャーシャちゃんは、村の広場に出る。
そして遠巻きに同年代の村の子供達を静かに見ている。
異世界では15歳では成人とみなされるらしい。
シャーシャちゃんは12歳。
日本では小学生高学年相当だが、異世界では義務教育なんてものはない。
それなりに体が出来上がってきた子供は労働力だ。
という訳で、村の子供達は家族の仕事を手伝っていたりする。
それなりに忙しい訳だ。
とはいえ、1日中働く訳でもない。
森は肥沃で、薬草や果物を採取する人間だって、半日もあれば戻ってくる。
狩りを生業とする人間だって、運次第でそれより早く戻ってくる。
村の中で作業をする者だって、1日中作業してたりはしない。
半日働いたら残りは全て自由時間、という事らしい。
そして自由時間になると、まだ成人してない子供達は、同じ年の者同士で集まり、遊び出す。
遊具といえるのは母親が作った端切れの人形だったり、ロープで作ったブランコだったり。
俺が村を離れて10日程しか経ってないからか、未だに教えた勉強を続けてくれてたり。
互いに計算の問題を出し合ったり、単語の記憶量を競ったりして、勝ち負けを争っている。
………村の子供達だけで。
子供達の中にシャーシャちゃんの姿はない。
いつも寂しそうに彼らを眺めているだけ。
遊んで欲しそうに、ただただいじましく見つめるだけ。
俺達には態度を変えてくれたシャーシャちゃんだが、まだ知らない人には飛び込めない。
だから集団から1人外れて、羨ましそうに指を咥えるだけ。
そして自分に興味を持ってもらおうと、静かに紙風船を膨らませて遊び出す。
紙風船は色鮮やかなパステルカラーで見た目に美しい。
そして軽やかに風に舞い、ポンポンと小さな手で弄ばれる。
村の子供達はシャーシャちゃんに気付いていない訳ではない。
特に紙風船は明らかに魅力的に映っている様で、注目を浴びる。
だが………それだけだ。
子供達はシャーシャちゃんを迎え入れない。
やがてシャーシャちゃんは孤独に耐え切れなくて村から逃げ出す。
1人暗い森の中。
悲しそうな口元は不思議と笑っていた。
強がる様に。自嘲する様に。諦めた様に。
………駄目だシャーシャちゃん!
物分りよく、諦めてちゃ駄目だ!
絶対に………諦めさせない!
16/12/24 投稿・文の微修正