日本男子、歓迎される
俺は今、下にも置かない歓待を受けていた。
大きな建物に負傷者を集めて、笑顔いっぱいで幸せそうに携帯食料をパクパク食べるお花ちゃんを眺めている内に、用意してもらったお湯が十分冷めたようだ。
煮沸消毒という概念がないのか、わざわざお湯を沸かせておいて冷めるまで待つ、というのが不可解だった様で手伝いをしていた子供が「なんでせっかく温めたのに冷ますの?」と俺に聞いてきた。
せっかくコピー用紙と筆記用具を持ってきたので絵に描いて説明しよう。相手とイメージを共有して情報伝達の効率を上げる為に絵を描くのだ。
人に何か説明するときは絵に描く、が俺のモットーである。
「綺麗に見える水の中にも目に見えない悪いものがいっぱい居る。しかし悪いものは熱が苦手なのでお湯にする事で祓う事ができる」
子供でも理解できる様にまず水の中に、黒くて角の生えたいかにも悪そうなのをたくさん描く。虫歯菌のイメージみたいなやつだ。
その隣に火にかけた水の中から虫歯菌達が逃げ出していくのを併せて描く。
続いて目をバッテンにして泣いているデフォルメした子供を描き、その腕に怪我を作ってそこにも虫歯菌を描く。
「怪我をした所にも悪いものはいっぱい居る。悪いものが付いたままにしていると傷がなかなか治らない。しかし綺麗な水で傷を洗うと怪我を早く直せるのだ」
そう言って今度は泣いてた子供の横に、怪我をした所に水を浴びてニコニコ笑っている子供の絵を描く。もちろんこっちの子供の傷には虫歯菌が居ない。
「お湯を冷めさせたのは熱いまま傷口を洗うと痛いからだ」
と、最後に締め括って説明を終わる。
「わかったか?」
聞いてきた子供はその説明で納得したらしく
「わかった」
と元気よく答えた。素直で大変よろしい。
ふと気付いて辺りを見てみると、質問してきた子供以外にもこの場にいた全員が俺の話を真剣に聞いていたのでギョッとした。
衛生概念が発達していなくて、こんな簡単な内容でも清聴に値する話だったんだろうか?
子供達に話をしたお陰でか、負傷者達は全員素直に言う事を聞いてくれたので、思ったよりテキパキ治療が出来た。
治療と言ってもお花ちゃんと同じく、傷口を綺麗にしてタオルで拭いて、ガーゼを当てて包帯を巻くだけ。
武器を持ってたお陰か男達の中には、お花ちゃんほど酷い怪我をしていた者はいない。
っていうか今更だけど、武器も持たずにたった1人でガーゴイヌ3匹を相手に立ち向かって、遅滞戦闘を成し遂げたお花ちゃん凄いな。これが軍なら相当な栄誉ある勲章の授与は間違いない功績だった。個人的に褒めたげようと思う。
そのお花ちゃんは煮沸消毒の話を子供達と一緒になって熱心に聞いてた。聞き上手で食べ物あげると喜んで食べるパッチリお目々の女の子、お花ちゃん。超可愛い。
全員の治療を終えたので、包帯をとっていいタイミングを伝えておく。
「この包帯は血が完全に止まって傷が塞がったら取っても大丈夫だ」
「わかりました!」
お花ちゃんが元気よく返事して包帯を外してしまった。え、お花ちゃん、包帯巻いたの1、2時間前ぐらいの話なんだけど?君が一番酷い怪我してたし。
俺が驚いている間に、お花ちゃんは手足の包帯とガーゼを全て外してしまった。
だが心底驚いたのはこの時だ。包帯の下にあった傷は綺麗サッパリなくなってしまっていた。なんでか知らないがカサブタすら残ってない。他ならぬお花ちゃん自身も驚いてるのか目を剥いている。
「こんなに早く綺麗に傷が治るなんて!………ありがとうございます!」
しばらく自分の手足を見つめた後、上目遣いにこちらを見つめてお礼を言ってくる。
「神の思し召しあってこその事だ」
なんでもないという風を装って平然と答えておく。よくわからないことは神の御業という事にしておこう。
ちなみに俺が神と認めているのは、現人神であらせられる天皇陛下と八百万の神々、後は桜の丘に祀られる軍神とスパゲッティ・モンスターぐらいだ。
うん、年始の四方拝をはじめとした様々な宮中祭祀を自ら執り行い、常に日本と我ら国民の安寧と繁栄を願って下さるお優しい天皇陛下であれば、他国の人間であるとはいえ良い子のお花ちゃんの傷ぐらいなら治して下さってもおかしくはないかもしれん。
怪我の治療が終わった頃、外で狼を警戒してた男達も一度村に戻ってきたが、その殆どが狩りの道具を持って再び森の中へと姿を消した。
治療の終わった怪我人達も同じく武器を持って森の中へと入ってきた。
お花ちゃんも弓矢を携えて彼らの後を追って姿を消した。
ご婦人達も一斉にこの建物から出て行った。
子供達もそれぞれバラバラに何処かへ行ってしまった。
彼らは何処へ行ったのか?
祭りの準備だそうだ。一段落して話し合った結果、敵撃退を祝すお祭りの開催が決定された。
俺が勝手にガーゴイヌと名付けた犬型の動く石像は灰色の猟犬とかいうカッコいい名前で呼ばれていて、今日戦った規模の群れに襲われた場合は全滅確実だったんだそうだ。
俺もたしかに安心の日本製の安全靴がなければ危なかった。俺が倒したガーゴイヌ改め灰色の猟犬の内、約半数を仕留めたのは安全靴での蹴りである。
男達も手斧以外の武器が効かなかったなら蹴っ飛ばせばよかったじゃない、と思うかもしれないがそれは酷な話だ。
この村の人達が履いているのは薄いサンダルなのだ。ベルトが各所についていて、脚に負担をかけないように工夫がされているのは見事だが、脚を保護する機能は最低限と言っていい。
あのサンダルで石の塊を蹴り砕けというのは流石に無茶だ。
本物の犬ほど敏捷性は高くないにしろ、それでも駆けて、跳ねて、噛み付いてくるのだ。
俺が簡単に粉砕できたのは単に、卓越した信頼と品質と技術の日本の工業製品である安全靴とマチェットが奴らの身体よりも硬かったからだ。
この村で用意できる道具では手斧ぐらいしか有効打にならないだろう。大木槌や木こり斧もあったようだがよほどの力自慢でない限り動くものに当てれるようなもんじゃないらしい。
全滅の危機なら、村を捨てて逃げればいいんじゃないか、と思うがそう簡単にはいかないらしい。
この村、名前はムムカカ村というが開拓村だ。
ちなみに村の名前の由来は村長の名前がムムカカだから。
安直だと思うなかれ。地名に関する名前か、村の統治者の名前を付けるのが最も妥当な線なのだ。例外的には村の発展に著しく関係のある名前は有り得るが、別にこの村に伝説の勇者の伝承とかないし。
実際はムムカカ村というのは只の俗称で、特にこれといった固有名詞がないのでこの村を指す時に「あぁ、あのムムカカの治めてる村か」みたいな感じで呼ぶらしい。だからムムカカ村。
むしろそれ以外に何と命名すればいいのか?サンダーデスゴッド村とか名付けちゃう?
そのムムカカさんのムムカカ村はこの地方を収める領主から、広く分布する大森林を切り拓く事を命じられて統治を許された開拓村だ。地方領主のいる町は、この村から木材や狩猟した獲物の毛皮等を買い取る事で、町に必要な物を手に入れるので勝手に居なくなられては困る。
もし村を放棄して逃げ出した場合は任務放棄の咎で、領主が統治する範囲の町や村にお触れが出てお尋ね者となるんだとか。まぁ開拓村そのものは森林にいくつかあるので、ムムカカ村が無くなったら町から即座に森の恵みが消えるとかそういう極端な話ではないらしいが、要は規律とか見せしめの為というところだろう。
お尋ね者を匿った咎で罰せられたりする事もあるから、逃亡者はお触れが出てる範囲内では村や町に受け入れてもらえないので相当過酷な逃亡生活になる。お尋ね者には施設利用禁止縛りでロールプレイングゲームをやるような、高難易度の人生が待ち受けているという訳だ。
お尋ね者が捕まった場合は統治者の居る町まで連行されて、統治者の裁量による刑罰の執行がされるそうだ。ここで連行者はお尋ね者を引き渡すと報酬が貰える。報酬額はお尋ね者によってピンキリ。
こういう仕組みで賞金稼ぎを生業とする人達が求めてやまない賞金首という種類の人達が生まれるらしい。また同時に、こういうお尋ね者が町等の生活圏に入れない為に街道で旅人を襲う盗賊になったりするらしい。
ファンタジー世界でよく見かける職種の人達はこうやって生まれるのか、なるほどなぁと思った。
せっかくなので誰か俺にいかなる事情で、人なんか来ないような辺境の村にも宿屋があったり、そういう村にやたら強力な装備品が売られたりしてるのかについても教えてほしい。
ちなみに捕まったお尋ね者に科せられる刑罰の内容は、重労働に従事する懲役刑か、犯罪奴隷とされるか、死刑になるかで、禁錮刑というのはない。わざわざ人間を働かせずに何年も養うなんて酔狂な真似はしないのだ。
逃亡の事実が露見して、お触れが周辺に出回る前に別の領主の管轄まで逃げ出したらどうだって?
一見うまくいきそうだけど、それは全てを捨てる事を決意した時のみ可能な選択だ。
生活を営んでいる以上は村の住人はだいたい所帯を持っている。戦えない者もいるし、中にはまだ年端も行かないような子供だっている。
そんな人達を引き連れての集団での逃避行は、食料難と襲撃者という問題を生む。
当然人が生きていくには食料が必要になるが食料は当然荷物となるし、逃避行の最中に調達できる食料なんて限りがある。
そして集団というのは大きくなればなるほど動きが緩慢になる。それは肉食動物や野盗等の襲撃者にとって格好の餌食だ。
追手に怯え、ろくに食えず、襲撃者に震え、町や村に入る事もできず、それでも歩き続けるしかない。それが逃亡生活だ。散り散りになって逃げて数名があるいは生き残れるかもしれないという選択で、ほぼ全滅も同然だ。
ちなみにムムカカ村に老人はいない。村長のムムカカさんも30代らしい。こういう村の村長は村人の信任で決まる。村長と聞くと白髪の老人が思い浮かぶが、そんなヨボヨボでは未開の森林を切り開く開拓村で起こる日々の問題を解決できないのだ。
そもそも開拓村に参加するのは大体が、町で食いっぱぐれた腕っ節に自信のある人間というのが常らしい。命の危険と隣合わせの環境なので、碌に戦えないのに参加するのはただ自殺するのとほぼ同義だからだ。
そんなわけでこのムムカカ村に老人はいないのである。ムムカカ村に老人の村人ができるのは、村人達が年をとった場合か、老人がわざわざ危険いっぱいの開拓村に入村する場合だけだ。ムムカカ村はまだ出来たばっかりで歴史が浅いのだ。
まぁそんな理由で、どうせ逃げても碌な事にならないから、決死の覚悟で戦わなければならないんだそうだ。
本来なら村が獣の群れや盗賊団に襲われたりした場合は逆に、地方領主に助けを求めて軍隊を派遣してもらい村を守ってもらう事もあるらしい。
だが、今回の場合だと助けを求めに行ってる間に村の全滅が確実なので無理な手段だったそうだ。
ムムカカ村から地方領主の治める町まで大人の足で大体3日程度の距離らしい。他の開拓村は町に助けを求めに行くよりはまだ近いが、余力なんてないのでわざわざ他の村を助けたりしてくれないとか。
ムムカカ村の事がよくわかったので村のピンチに話は戻って………。
ほとんどの武器も通じない、逃げる先もない、助けも来ない、という絶望的な村の状況に颯爽と駆けつけた粋でイナセな奴がいる。
ご存知この神誉さんである。
彼は村の窮地を見るやいなや灰色の猟犬を全滅してみせて、見事に死者も出さなかったのだ。
そうそう。死者が出なかったのである。
俺は鐘が鳴っているのを聞いて村に駆けつけた訳だが、あれは見張りが森林から村へ向かう灰色の猟犬を見つけたのを知らせて、村人達に集合・警戒させるための合図だったらしい。
その初動の早さのおかげで俺は間に合ったのだ。
ただその見張りは恐怖の象徴灰色の猟犬の群れを見てパニックになったらしく、既に戦闘が始まっているにも関わらず半狂乱で鐘を叩き続けていた。
そのせいで柵が破られて村の中に侵入されていたのが、戦っていた男達にもわからなかったので功罪あい半ばすると言ったところだろうか。
俺が来なかったら非戦闘員全滅じゃないかとか言っちゃいけない。誰もが正しいことをできるとは限らないのだ。あの鐘を聞いて俺が来た事で結果的に全滅を避けれたんだし。
まぁとにかくお祭りの準備である。
なんせ村が全滅する機会を脱したのだ!それも全員無事に!これを祝わずしていつ祝うのか!
なんと死者がいないどころか、怪我人すらいないのだ!
え、お前さっきまで治療してただろって?うん、俺もそう思う。
でもついさっきまで怪我人だった人も暫くすると、包帯を外してお祭りに出す料理に使う食材を森林まで採りに出かけて行ってしまったのだ。ちなみにやっぱり包帯の下に怪我の跡はなかった。
落ち着きのない事だとは思うが狩りに出ても獲物を狩れるかは、そもそも遭遇できるかどうかから運だ。総出で挑まないと食べ物がない寂しいお祭りになるかもしれない。
それに狩りに使える時間は短い。獲物を捕まえても血抜きしないと臭くて食べれたものじゃないのだ。なのでお祭りの開催時間から逆算しないといけない。
そんな感じの理由で皆、慌てて出て行ったのだ。
負傷した男達は汚名挽回したいという気持ちもあるのだろう。
そんな感じで俺は心尽くしの料理に舌鼓を打って、村人達の歓待を受けた。
その後もしばらく村に滞在して村人と交流し、文化、生活、周辺地理について教えてもらったりした。
その間は下にも置かないような扱いを受けた。
お返しと言っては何だが、色んな知識を噛み砕いて教えてあげたりした。
これで世界の模範たる日本の枝葉の部分とはいえ国民である、俺に課せられた義務の一つ「教育」を果たせただろう。
誇りある日本国民として俺には保護した人間を教育する義務があるのだ。
義務を果たした俺はやがて村から旅立った。正直後ろ髪を引かれる思いはあったけど、いつまでも甘えてられないしね。
なんせ俺は愛する祖国日本に帰る手掛かりを探さないといけないのだ。
俺は日本国民である為ならあてのない旅でも受け入れる事ができた。
16/06/25 投稿
16/07/12 後の展開と矛盾する為一部の文を加筆修正