<?>日本男子、疲れ果てる
■以下の文章とこれまでの文章を読み、各問いに答えなさい。
問1.ヤマトーがグララを連れてきた理由を答えなさい。(1点)
問2.ヤマトーが確信している変化とは何か答えなさい。(99点)
俺は今、ボーッとしていた。
ボーッ。
いや、本当に疲れた。
なんでこんな事になったんだろうと思わずにいられない。
俺はただ町にいただけの筈だ。
それが騒動に巻き込まれ、目に付く兵士達をひたすら殺し続けた。
いちいち数えなかったからあやふやだが、少なくとも50人を切っている事はないだろう。
宿屋だけで20人、教会ではどう少なく見積もっても、その3倍以上殺してる。
小学生の与太話かと思わず言いたくなるが、ざっと100人ぐらいは殺したんじゃないだろうか?
自らの権威を振りかざそうとした兵士達と領主。
天皇陛下という至上の存在と比べれば、人同士の序列如きは吹いて飛ぶ様なちっぽけなものだというのに。
全く度し難く目障りで存在価値のない連中だ。
だが、なんというか喪失感がある。
心は天秤だ。
片方に乗っていた大事なものが取り除かれたのなら。
もう片方に乗っていた同じだけのものが取り除かれなければ、均衡を崩してしまう。
殺人という禁忌を冒した心の変化への対応。
天秤から道徳心という重りが取り除かれたのなら、同じだけの理性を失う。
天秤に罪悪感という重りが乗せられたのなら、同じだけの狂気を手にする。
どちらであっても、一度それが行われればもう歯止めは効かない。
感情は正しい形で発露しなければならないと俺は思っている。
抑圧された感情はなくなる訳ではなく、どこかに負担を強いる。
そして尖りきってやせ細った歪な心は、自分や他者を傷つけるのだ。
まぁヒロイックな感傷は置いておくとしよう。
鬱病の人間が書いた日記を読むと、読んだ人間も心を病むという。
ネガティブな事に直面し過ぎると、心には悪影響しか生まれない。
正に考えても仕方がない事だ。
この異世界では殺生と無関係ではいられない、ただの現実なのだから。
更に尚悪いのは、英雄降臨を使用した事だ。
英雄降臨は心身の能力を限界まで強化する。
安易に限界を越える等というが、制限はカッコよく破る為だけに存在している訳ではない。
それは安全装置であり、安全域なのだ。
限界を越えた代償が俺に襲い掛かってきている。
力を発揮した反動で体は鉛の様な重さになり、脳はあらゆる思考を放棄している。俺の身体はボロボロだ!
思えばシャーシャちゃんは甘いものが好きだった。
それは嗜好品としてだけでなく、身体が欲していたのかもしれない。
脳のエネルギー源となるのはブドウ糖ぐらいで、殆ど代用が効かない。
自覚なく常時英雄降臨を発動させているシャーシャちゃんは、脳を酷使し続けている筈だ。
無口で必要のない事を口にしないのは、その性格───もっといえば性格を育んだ環境───が原因かと思っていた。
もしかしたらそれだけでなく、常に頭痛がしていてナーバスだったのかもしれない。
2人には村に滞在している間に、英雄降臨も含めた魔法についてその性質をしっかり教えよう。
俺は今懐かしのムムカカ村に戻ってきた。
村を出てまだ1ヶ月も経ってないが。
とにかくちやほやしてもらって居心地がよかったので、ここに戻ると安心感がある。
俺の疲弊した心を癒やすには最適な場所だろう。
2人と別れた俺は、視力付与で生き残りの兵士達を探しながら、領主を連れ回した。
首謀者にして悪の首魁である領主は絶対この世の地獄を味合わせてから殺すと決めていた。
とにかく屈辱と絶望を与えようと思った。
そこでまず絶望させる為にとにかく痛めつけた。
三重苦で五感の殆どを失っている領主をとにかく全力で殴り続けた。
英雄降臨で強化された状態で全力で殴れば、殴る場所次第で本来相手を殺すだけの威力がある。
それでも俺は顔面を執拗に殴り、ボディを激しく打ち続けた。
ちなみにここで一度やってみたかったデンプシーロールを試してみたが………これはできなかった。
英雄降臨の身体強化は、あくまで自分の肉体の延長線上にある。
強靭な足腰がない俺のデンプシーはなんちゃってデンプシーだった。
まぁそれはさておき、なんで全力で殴っても相手が死なないのかといえば、それも魔法だ。
重力追放で地に足がついていない領主は殴れば殴った力で自然と吹っ飛ぶ。
それでも慣性があるのでノーダメージという訳ではないが。
そのダメージは魔法で何度でも回復させる。
そうしてとにかく心が折れるまで殴り続けた。
骨という硬い部位に打ち据え続ける俺の拳も同様に回復させている。
そして誉表玖式、所謂ローキックの練習もする。
ローキックというと多くの人が、その場から足の甲で相手の膝とかを蹴ると思うかも知れないが、それは殆どダメージにならない。
ダメージの出るローキックは、力を込めやすい膝の下から脛に当たる部分で、ステップインから体ごとぶつける様な勢いで、相手の太腿を強く打ち付ける事でダメージとなる。
ムエタイの試合でローキックを見た時、あまりに俺の思っていたものと違うので驚いた覚えがある。
ちなみにうまくローキックができると凄まじい打撃音がする。
バシィンと1,2回やれば相手はまともに足を使う事ができなくなる。
まぁとにかくそれが足にダメージを与える本当のローキックだ。
さて、これが正当なローキックとして、俺の使うローキックは爪先を当てるものだ。
理由は、俺の足はムエタイ選手のように裸足でなく、神威溢れる日本製の工業製品たる安全靴で包まれているからだ。
ステップインから体ごとぶつける勢いは変わらず、鉄芯入りの安全靴を全力で相手の太腿に叩き付ける。
威力が高い上に、正しい形のものよりリーチまで伸びている。
このローキックと特に技術のない只の全力パンチで、領主をサンドバッグに見立てて何度も何度も暴行を加える。
パンチはどうすれば簡単に威力が出るかわからないので、とにかく思い付くままに色んなパンチを放ってみた。
ジャブ、ストレート、チョッピングライト、コークスクリューブロー、ジャンプ大パンチ、アンパン、塩ラーメン。欠点は…アンパンから塩ラーメンが連続で入らないことだ…。
とりあえず気が済むまで執拗に痛めつけた後、1度館に引き返した。
そして領主の妻───と思われる生首を、わざわざ部屋の中から拾ってきて見せてやった。
心を折りに行く暴力と、無残な生首になった伴侶。
領主は十分な絶望を味わった様だ。
「娘の生首も見たいと思わないなら、俺に逆らわない事だ」
限界まで追い込むコツは、きちんと希望という飴を与える事だ。
まぁ娘と思われる人物は、館に入って最初に殺したが。
別に娘を生かしておいてやるとは言ってないし、何より外道とまともな約束をするつもりはない。
領主が貧困街の住民を死んでもいい屑だと言ったのを俺は忘れてない。
貧困街で目にしたあの光景を俺は忘れていない。
目を見開き倒れていた名前も知らない女の子の無念の表情を忘れてはいない。
この世の地獄を作り出した悪魔の所業を忘れてはいない。
人を屑だのと言う奴は、例外なく自身も屑だ。
例えば向上心のある人間なら、他人もそうだと当然に思う。
人間、考えてもいない事は口をついて出たりはしない。
発想というのは写し鏡なのだ。
要するに他人に対する評価というのは、何より信頼できる自己評価といえる。
他人をすごいと評する奴は、自身に自信がある奴だ。
他人を大した事ないと評する奴は、自身が大した事ない奴だ。
これはまだ手始めだ。
尊厳を全て奪い、屈辱的な目に遭わせた。
裸にした領主を這い蹲らせて、魔法で出した冷水を浴びせ、犬の散歩でもするかの様に町を連れ回す。
自分の伴侶の生首を口に咥えさせて運ばせる。
領主の顔からは早い段階から表情と生気が消え失せて、唯々諾々と言う事を聞くだけになった。
その後は教会、貧困街と回っていって、領主に領民への懺悔をさせた。
そして恨みを晴らすのは貧困街の住人こそが相応しいと思ったので、全ての抵抗力を奪った状態で置いてきた。
光量調節で視界を奪った兵士も含めて、道すがら兵士はとにかく殺してきたからもう領主を守る人間はいない。
あの後置いていった領主を貧困街の住人達がどんな目に遭わせたのかを俺は知らない。
それから俺は、真・自由落下で空を跳び、先を行くシャーシャちゃんと可愛いミミカカちゃんに追いついた。
ところで気がついたらグララがいたんだが………いつ合流したんだろう?
正直、2人と別れてからは頭痛を含めた体の倦怠感が強すぎて、思考力がかなり散漫になっていた。
何か問われるままに答えていた気はするが、なんだったか?
頭の痛さに目を覚ましても横になったままボーッとしていた。
ズキズキと痛む頭。
英雄降臨の後遺症は、とても言い表せない頭痛となった。
頭を動かすと酷く痛むので、水分だけ補給してから再び体を横たえた。
異世界に来て以来、最悪の目覚めだ。
一度目覚めて、尚且つ頭痛がしているので再び寝入るには少し時間が掛かる。
俺は別に悟りを開いたりしていないので、何もしていないととめどない考えが湧いてくる。
そうなると自然に、自分の身に最近起こった事の振り返りとなった。
冴えない一般人が、突然異世界に旅立つ───まるでそこら中にありふれたラノベみたいだ。
じゃあこの異世界は、プレイしてたMMORPGの中に取り込まれたとかか?
しかしこんな世界に見覚えはない。
そもそもMMORPGというものは肌に合わず、すぐ止めてしまった。
装備だの、職業だの、スキルだのと、自由度の高いゲーム程、自由がなく息苦しい矛盾。
選択の結果で差が生まれる以上、その選択には優劣があり、優劣があれば必然が生まれる。
協力するゲームで最善を尽くさないのは、極端に言えば迷惑プレイとなってしまう。
全く、ゲームぐらい自由にさせて欲しいと思う。
ゲームはどちらかというとレトロゲーと呼ばれる物が好きだ。
人が遊ばなくなったゲームを貰って遊んでいた。
少し年の離れた友人が、自分の持ち物から選りすぐってくれた。
ゲームに限らずそんな調子で、俺の触れた娯楽は一昔も二昔も古いと言える。
まぁそんな話はどうでもいい。
疲れ果ててるので頭に思い浮かんだ事をそのまま思考してる状態だ。
建設的な考えというまとまった形に中々ならない。
さしあたって考える事がある訳でもないので別にかまわないんだが。
俺のこれまでの異世界での生活を、ラノベとしてみたらどんなものだろう?
最初はよかった。
ミミカカちゃん達ムムカカ村の人々が迎えたピンチに颯爽と駆けつけて化物を撃破。
村の人達から心底感謝され、チヤホヤされた。
思わず笑ってしまう。
体を動かすのが面倒でなければ手でも叩いていたかもしれない。
正にラノベだ。
これぞ王道、素晴らしい。
ゲップが出て食傷気味な程、よくある展開。
さらにその後にやった事と言えば、奴隷だったシャーシャちゃんの解放だ。
なんてありきたり。
あぁ我が人生ながら、なんて創造性に欠けているんだ。
………いや、創造性に溢れた人生というのは是非遠慮したいな。
いいじゃないか、没個性万歳。
まぁありふれていたかも知れないが、悪い気分ではなかったどころか、大変にいい気分だった。
自由に振る舞えて、助けた相手からは感謝されて。
心を砕いてあくせくするより、自然に振舞いたいものだと思う。
オリジナリティ皆無な俺は、もちろん魔法だって使える様になった。
お約束どおり、超強い魔法を俺だけ使える。
あぁ、中学生が考えた妄想みたいな陳腐な話。
なんて安直なんだ、俺の人生。
と、ここまでなら思ったが、ここから話がおかしくなった。
その次に俺がやった事と言えば、町で汚らしい兵士達と領主を100人近く殺した事だ。
異世界に来て、初めての町でやる事が大量殺人。
そんな血生臭いラノベ聞いた事がない。
ラノベとして考えてみれば、他にもどうだろうと思うところは多い。
例えば冒険者組合や冒険者学校的なものが存在しない事。
例えばスキルが存在しない事。
例えばレベルが存在しない事。
これがあれば何が捗るかと言えば、気持ちよさが捗る。
Sランクの冒険者を倒す新人だとか。
最強の技を打ち砕く素人の技だとか。
高レベルを覆すレベル1だとか。
安易な気持ち良さはこういう比較対象があってこそ培われるのだと思う。
後は俺が出し惜しみをしない事。
最初から全力を尽くす。
これは戦闘でもそうだし、2人の教育でもそうだ。
要するに段々と成長するとかそういう盛り上がりに欠けている。
それに………俺にゾッコンほの字でアピールしてくるヒロインとか、都合のいいラッキースケベがない事もかなりマイナス点だ。
シャーシャもミミカカも俺の事を慕ってくれてはいるが、別に異性として好意を抱いたりはしてないだろう。
まぁ俺みたいな素性不明の戦闘力の塊を見て、いきなり恋慕するというのも不可解なので当然だが。
あぁ、なんて潤いのない俺の人生。あるのはバイオレンスだけ。夢も希望もありゃしない。
そんな中で唯一の希望は、どうやら下着が浸透していない事ぐらいだろう。
ちなみに今ある様な下着が人類史に登場したのは、相当近代に入ってからだそうだ。
異世界の文化レベルは概ね西暦千年代の前半程度っぽいので、下着がないのは実に自然と言えよう。
そう。異世界は実に自然───現実的だった。
道端で糞尿垂れ流しでこそなかった。
だが、日本人の様に頻繁に風呂に入る習慣を持ってないので、人々は酸っぱい据えた臭いを発している。
お陰で最近、俺の鼻は馬鹿になりつつある。
亜人種に魔法や化物、そして未だ見ぬダンジョンと宝箱は、いかにもファンタジックだが、それ以外は異世界として、期待される特筆すべき面白い点に欠ける。
主人公は世界を導く偉大な日本の国民であるという点を除いて、何一つ取り柄のない俺。
美少女3人と同行しているが、特別好かれているという訳でもないらしい。
そしてやる事と言えば、只の人殺し。
ラノベと見立てれば、最早完全に破綻していると言えよう。
これが商業誌ならもはや打ち切りの負い目にあってもおかしくない。
打ち切り?
そんなものは必要ない。
この関係が潰える瞬間が近づいているのがわかりきっているからだ。
俺は無茶が祟って、寝込んでいる。
例え一時は無茶が効いても、長続きしないものだ。
人間、無茶はできない。
そしてそれは、物理的な事だけに限らない。
例えば人間関係というのも同じで、誰かが一方的に我慢する様な関係は長く続かない。
抑えつけられたものは、反動をつけて飛び出そうとする。
そうなればより強い力で抑えつけるか、全てがひっくり返るか。
いずれにしろ同じままではいられなくなり、絶対に最後は破綻するのだ。
そして俺達を取り巻くこの関係は、ある我慢の上に成り立っている。
それは未だ、あるのかないのかわからない様な、ほんの些細な亀裂に過ぎない。
しかし小さな傷が、大きな堤防の崩壊をもたらす様に。
または小さな火種が、全てを飲み込む大火となる様に。
大きな結果というのは、きっと些細な切っ掛けで生まれるのだ。
俺は誰より傍でずっと見てきていた。
何処の誰よりもその変化に敏感だった。
誰が見逃しても、世界で俺だけは見逃す訳がない。
この変化は、俺達の関係に決定的な変化を促すに違いない。
………しかし、今はまだ些細な、取るに足らない変化だ。
今の関係を謳歌して、一喜一憂する事ぐらいは許されるだろう。
俺にだってまだやりたい事はある。
シャーシャとミミカカに魔法を、知識を、色んな事を教えたい。
俺の持てる全てを託して、この異世界で何をするにも困らない様にしたい。
そして、その時が来るまで彼女達の傍で同じ物を見ていたい。
2人は俺にとって希望そのものだ。
その直向きさは、祈りの様であり、信仰の様であり、救いそのもので、善であり、全てである。
悲劇的な未来が訪れると確信していても、俺にはどうする事もできない。
原因を取り除かないというのは愚かな事なのかもしれない。
しかし、どうして未だ訪れない未来に怯えて、今ある幸せを手放せようか。
例え愚かだとしても、だ。
変化が決定的なものとなる、その日まで俺は踏みとどまっていたい。
意識を手放しながら思う。
その変化はきっと、裏切りと呼ばれる事になるだろう。
16/11/05 投稿・誤字の修正