シャーシャ、日本男子を疑う
わたしはシャーシャ・ホマレー、お兄ちゃんの妹。
お兄ちゃんはわたしたちが、なんでこわがるのかわからないみたいだった。
聞かれるまで、ただこわいって思ってたけど、なんでだろう?
ミミカカさんにわたしが言ったみたいに、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで何も変わってなかった。
いつもどおりやさしいし、わたしたちをどなったり、叩いたりもしなかった。
わたしたちのことを心配してくれたのに、動けなくなるぐらいすごくこわかった。
「………お兄ちゃんがこわくなったのは、あのおじさんを見たとき」
そうだ!
あの宙に浮いてるへんなおじさんを見るまでお兄ちゃんはこわくなんかなかった!
お兄ちゃんがこわくなったのは、あのおじさんがしゃべってからだ!
「僕の顔は、それ程に恐ろしいのですか………」
でもお兄ちゃんは自分の顔がこわいって思ったみたい。
「ちがいます………顔とかじゃなくって、もっとこう………」
そうしたらミミカカさんが話せるようになった。
「もっとこう?」
「ヤマトーさんのことが、まるで地獄の悪魔みたいにこわくなるんです」
「地獄の悪魔?」
「そうです。あの時ヤマトーさんを見たら、体のふるえが止まらなくなったんです」
「………そう。初めて会ったときもこわかった」
やっぱりミミカカさんもそう思ったんだ。
地獄の悪魔っていうのがいたら、それは絶対怒ったお兄ちゃんのことだ。
見たときにそう思った。
そこまで聞いたらお兄ちゃんがだまっちゃった。
でもさっきまでの悲しそうな顔じゃなかった。
何か考えてるみたいな顔をちょっとしたあと、目を大きく開いてた。
そしてわたしとミミカカさんを見て、しばらくボーッとしてたら………泣き出した!
お兄ちゃんが泣いた?
どんな人よりも強いお兄ちゃんが?
でもお兄ちゃんの顔はうれしそうだった。
ミミカカさんを見たら、信じられないものを見たような顔をしてた。
たぶんわたしも同じような顔をしてた。
お兄ちゃんはいつも目とまゆがつりあがってて、口がムスってしてて何もしゃべらない。
わたしはさいしょ怒ってるのかと思った。
でもどなったりたたいたりしなかった。
お兄ちゃんのあの顔は、ふつうの顔なんだってわかった。
そしてお兄ちゃんはわたしたちと話すときはいつも笑ってた。
わたしは人の顔を見るのが得意だし、わかったことがあった。
お兄ちゃんはいつも顔だけ笑ってた。あの顔もふつうの顔なんだ。
でもときどきだけど、歯が見えるぐらい笑うときがあった。
キミガヨの歌をいっしょに歌ったとき。
いっしょにアートリをして遊んだとき。
わたしたちが、問題を答えられたとき。
そして、ミミカカさんと話してたとき。
お兄ちゃんはミミカカさんと話してると、いつもと少し顔がちがってた。
顔をじっと見るのはわたしと話すときといっしょなんだけど、何かちがう。
大人にはやさしくないお兄ちゃんが、ミミカカさんにだけはやさしい。
ミミカカさんはとくべつだった。
そんな風にいろいろお兄ちゃんを見てたわたしだけど、泣いてるのを見たのは多くなかった。
多くない?そういえば前にも泣いてるのを見たことがあった。
あれは………はじめて会ったときだった。
わたしをだきしめながら泣いてた。
なんで泣いてたんだろう?
「驚かせてしまいましたね」
なみだをふいたお兄ちゃんが、わたしたちのおどろいた顔を見た。
「2人が僕を怖がった理由がわかりました」
「え?」「………え?」
自分でもわからないのに、お兄ちゃんはわかったの?
「2人は僕の掛けた魔法が原因で怖くなっただけです」
「「………魔法」」
お兄ちゃんの魔法はわたしたちみたいに火をつけるだけじゃなくて、色んな魔法を使える。
でも、こわがらせる魔法なんてあるんだ。
「僕は怒ると相手に怖がらせる魔法を使うんです。でも僕の魔法の制御が甘かったせいで、相手だけじゃなく2人にまで影響が出てしまった様です」
じゃあ、お兄ちゃんを本気で怒らせた人は、あんなにこわいお兄ちゃんと戦うことになるんだ。
「怖がらせてしまってごめんなさい。2人は巻き込まれただけで何も悪くありません」
お兄ちゃんと戦うのがどんなにすごい事なのかを考えてびっくりしてたら、ごめんなさいしてくれた。
「………あれ?」
「ん?どうしました、シャーシャちゃん?」
ふしぎなことに気付いて声を出したわたしに、お兄ちゃんが聞いてきた。
「………見張りの人をやっつけたときはこわくなかった」
宿屋でミミカカさんを助けたときもこわくなかったけど、あれはお兄ちゃんが怒ってなかったからだ。
かんたんにやっつけられちゃうような相手だったから、お兄ちゃんは怒らなかった。
でもこの町に来て旗をばかにされたお兄ちゃんは、怒ってたのにこわくなかった。びっくりはしたけど。
「あぁ、あの時の………」
お兄ちゃんが思い出したみたい。
「それは、怒り過ぎて頭が真っ白になっていたので、魔法を使えなかったからですね」
いつもやさしいお兄ちゃんが、そんなに怒るなんて………。
あの旗はほんとうに大事なものなんだ。
「さて、2人を怯えさせた原因もわかった事ですし」
お兄ちゃんがこわかったのはそういう魔法だったからってわかった。
ミミカカさんも、まだあんまりしゃべれないけど、原因が魔法だったって事がわかったからだいじょうぶそう。
お兄ちゃんの顔もいつもみたいにもどって笑ってる。
「ちゃちゃっと領主を拷問して、残った兵士を皆殺しにして、こんな町とはおさらばしましょう」
そして笑ったまますごいことを言った。
「「………」」
わたしとミミカカさんはおどろいて何も言えなかった。
あんな笑顔でそんなことが言えるなんて、やっぱりお兄ちゃんはやさしくてもこわい。
「………ごうもんって、どんなことするの?」
でも他の人にいくらこわくても、わたしにやさしくしてくれるのはいっしょだから、こわくてもいい。
「そうですね。シチューヒッマーシかな」
お兄ちゃんはときどき、自分の国のことばを使うみたいでわからないことがあった。
シチュー。こってりしたスープみたいな料理ってお兄ちゃんは言ってたけど、それを作らせるの?
「2人はムムカカ村を目指して下さい。僕は拷問と兵士の掃討をしてから2人に追い付きますから」
「え?ムムカカ村ですか?」
ミミカカさんがおどろいた。ムムカカ村はミミカカさんの村だ。
「えぇ。この町にはもう滞在する気が起きませんし、暫くムムカカ村でお世話になろうと思います」
「ヤマトーさんとシャーシャなら大歓迎です!」
「ありがとう、ミミカカ」
こわいことを言い出すけど、やっぱりわたしたちにはやさしいお兄ちゃん。
いつもみたいにミミカカさんに笑ってくれた。
「念の為に食料を渡しておきます。水筒は………2人とも水を出せるから必要ありませんね」
お兄ちゃんはわたしたちに魔法のご飯が入った箱を2つくれた。
「ありがとうございます。変身の魔法を使ったらお腹が空いて」
ミミカカさんがご飯をもらってよろこんでた。
けど、お兄ちゃんがおどろいた顔になってた。
「変身?あの魔法を使ったのか?」
お兄ちゃんがグッてうでを曲げた。
「はい!あの魔法です!」
ミミカカさんもグッてうでを曲げた。
「そうか、ミミカカもあの魔法を………よく考えたら、シャーシャちゃんもお腹が空いている筈ですね」
お兄ちゃんはそう言って魔法のご飯を10個出してくれた。
わたしは昔とちがって、おなかいっぱいご飯を食べられるようになった。
お兄ちゃんがたくさんのご飯をくれるから。
いつもありがとうお兄ちゃん。
「ミミカカ。よくあの魔法を体得したな。素晴らしい観察力と才能だ」
「はい!ありがとうございます!」
お兄ちゃんにほめられてミミカカさんはうれしそう。
「あの魔法があれば、並大抵の相手にはまず負ける事はない。その代わりに使うと、異常にお腹が空く様になるから気をつけるんだ」
言われておなかを押さえたミミカカさんを見てお兄ちゃんは笑った。
「シャーシャちゃんもです」
「………わたし?」
たしかにわたしもおなかがすいてるけど。
「自分ではわからなかったかもしれませんが、シャーシャちゃんも僕とミミカカと同じ変身の魔法を使ってるんです」
「………変身の魔法?」
うでをグッて曲げてみた。
「わたしは魔法を使ってなかったのに?」
お兄ちゃんたちとちがって、わたしはこうやってうでを曲げてなかったのに?
「魔法というのは使おうと思わなくても使えるみたいです」
「使おうと思わなくても?」
「はい。僕は魔法を使うつもりがなかったのに、怖がらせる魔法を使ってしまったので2人を怯えさせてしまいました」
すごい魔法だって思ったけど、お兄ちゃんも使うつもりはなかったんだ。
だからお兄ちゃんもわたしたちがこわかった理由がわからなかったんだ。
「シャーシャちゃんもそうです」
「………わたし?」
なんでわたしの名前が出たんだろ?
「僕はシャーシャちゃんが、なんでその辺の大人よりも強いのかいつも不思議だったんです」
お兄ちゃんにホマレー流護身術を教えてもらったり、キトレをしてたから強くなったんだって思ってた。
でもそういえば、同じキトレをしてるミミカカさんよりわたしの力は強かった。
「今日の事でやっと理由がわかりました。シャーシャちゃんは自分でも知らない内に、変身の魔法を使っているんです」
「………そうだったんだ」
だからわたしはこんなに強くなれたんだ。
自分のことなのに魔法がかかってるなんてわからなかった。
お兄ちゃんはわたしのことをわたしより知ってた。
わたしをいじめる声が悪いあくまの声だっていうのも教えてくれた。
わたしが泣きそうになったら、その理由をわたしよりもっといっぱいわかって、泣かないようにしてくれた。
お兄ちゃんはいろんなことを知ってる。
知らないことでもすぐにわかる。
なんでもできる。
そしていつもやさしい。
とってもすごい人。
魔法のご飯は10個全部わたしが持った。
わたしの服は、いろんなところにものを入れられるから。
袋ももってないのに、わたしはいろんなものを持てた。
お兄ちゃんからもらったアヤトリのひもとか音が鳴る笛とかも入れてあった。
でもナイフは入れてない。重たくてはいてるズボンが落ちるから。
ナイフはひもを使って、かたからさやをぶらさげてつるしてる。
その上から前の開いたきれいな服───シャツを着てるから、人から見たらわたしは武器を持ってるように見えない。
魔法のご飯を10個も入れたからぱんぱんになったわたしの服でも、パチってさやを外したらすぐにナイフが抜ける。
お兄ちゃんはナイフはかくしておくようにいってた。
どんなに強くても、人に見せたらたいさくされるようになるから、自分のぶきはかくしなさいって。
っていうことは………めちゃくちゃ強いお兄ちゃんは、あれで本気じゃない。
とりあえずご飯ももらえたから、町を出るじゅんびができた。
わたしもお兄ちゃんも歩き出そうとした。
「あの………?」
?
振り向いたらミミカカさんが立ってた。
なにか言いづらそうな、ふしぎそうな顔をしてた。
「ん?どうかしたのか?」
お兄ちゃんもふしぎそう。
「グララはどうするんですか?」
あ、魔法使いの人か。
「え?」
お兄ちゃんは魔法使いの人の話をしたら、おどろいた顔になった。
「どうするって………そもそも姿が見えないじゃないか?」
「グララは「てっきり自分1人で逃げ出していなくなったのかと思ってたが」
さすがお兄ちゃん。そのとおり。
「………」
ミミカカさんもだまっちゃった。
「どうせ自発的に離れたんだろう?なら特にどうこうしようとは思わないが」
うん、お兄ちゃんならそういうと思った。
お兄ちゃんはわたしたちと子供にはやさしかったけど、大人の人にはきびしかった。
「でも、グララは戦えないし、逃げるのも仕方ないんじゃ?」
「ふむ………」
たしかに魔法使いの人じゃ、兵士の人たちと戦えない。
お兄ちゃんはミミカカさんの言ったことを考えてるみたい。
「つまり、戦いになれば一目散に逃げ出す様な、足手まといの役立たずを迎えに行かないかという提案か。なかなか魅力的だ」
みりょく的って言ってるのに、お兄ちゃんはぜんぜんそんなこと思ってなさそう。
お兄ちゃん、ほんとうに大人の人にはきびしい。
でも言ってることはほんとうだと思った。
たぶん、いっしょに旅をしても、魔法使いの人が役に立つことはなさそう。
「忌憚のない意見を聞きたいんだが、グララと一緒に旅をする事で、得られる利点とはなんだろう?」
お兄ちゃんがいつもは、何かをにらんでるか、笑ってほそくなってる目をまんまるに開いて、ほんとうにふしぎそうに聞いてきた。
「「………」」
そんなむずかしいことを聞かれてもわからない。ミミカカさんと2人で顔を見合わせたけど何も出てこない。
「貴重な意見をありがとう。よし、捨て置こう」
さようなら、魔法使いの人。
さようなら、領主様の町。
わたしはお兄ちゃんとわかれて、ミミカカさんの村に向かっていった。
わたしは考える。
「なんでなのか考えるのは大事です。考える事は色んな発見をもたらします」
お兄ちゃんは理由を考えろってよく言ってた。
「なんで考えるのが大事なんですか?」
ミミカカさんが質問してた。
わたしもなんで考えるのが大事なのかわからなかった。
考えても、考えなくても、起こることは変わらないって思った。
「何故かが分かれば対策できる事も多いからです」
お兄ちゃんは聞いたらなんでもわかりやすく教えてくれた。
「例えば、僕がナイフを使っていて、何度使ってもナイフを駄目にしてしまうとします」
お兄ちゃんがナイフを手に持って説明してくれた。
「ナイフがダメになったのはなんででしょう?例えば刃が鈍って切れなくなってしまったのかもしれません。或いは刃が根本からぽっきり折れてしまったのかもしれません」
お兄ちゃんは話しながら、ナイフの刃を指でなぞったり、刃を折るまねをした。
「根本から折れて使えなくなったら流石に厳しいですが、刃が鈍っただけなら研げばまた使えますね。またナイフを買うのは勿体無いと言えるでしょう」
じゃあ折れてもないのに、剣とかナイフをいっぱい持ってるお兄ちゃんは、すごくもったいないことをしてる気がしたけど、どうなんだろう?
「それに、なんでナイフがそうなったのかも重要です。ナイフの使い方が乱暴で、硬い物にぶつけて刃が欠けてしまったのかもしれません。あるいは手入れをしていなくて、血で根本が腐って折れてしまったのかしれません」
お兄ちゃんは今度は、何もないところに大きくナイフを振るまねをして、まるで何かにぶつかったみたいにからだごとよろけたり、何かを刺す真似をしてからナイフの根本を指でぐるって指してから、また折るまねをした。
「それなら、硬い物にぶつけないように、使った後はちゃんと手入れしておけば、ナイフはそもそも駄目になりませんね。理由がわかれば色んな問題に対策や解決ができます」
お兄ちゃんは説明が終わったからナイフをしまった。
「逆に言えば、まず原因を特定しなければ問題に対処できないとも言えます。原因がわからない問題は、一時的に解決してもまた再発するのが常です。この様な事をタッショリョッホと言います」
「ふんふん」
ミミカカさんが目をまんまるにしながらうなずいてた。
「大体の事には原因、理由、背景というものがあります。原因があるから結果が生まれる。この様な事をイッガと言います。人というのは普通、結果を得る為に行動を起こします。何の理由もなく行動する常人なんていません」
なるほど。
いろんなことが起こるけど、それは理由があるからなんだ。
理由がわかったら、起こることを変えられる。
わたしは言われたとおり、いろいろ考えてみた。
お兄ちゃんはよくわたしに「あれは何なのかわかりますか?」っていろんな問題を出してきた。
答えられると「おりこうさん」ってほめてくれたし、答えられないとわかりやすく教えてくれた。
あれはなんでだったんだろうって思ったら、考えるのが大事だからいろんなことを聞いてきたのがわかった。
ミミカカさんはなんでお兄ちゃんといっしょにいたんだろうって考えてみた。
お兄ちゃんがすごく強いニホコクミの人だから。
ミミカカさんもすごく強いニホコクミになりたかったからいっしょにいた。
魔法使いの人がお兄ちゃんについてきた理由も考えてみた。
それはお兄ちゃんがすごく強くて、いっしょにいたら役に立ったから。
魔法使いの人が置いていかれたのと逆の理由だった。
いろいろ考えてみても、やっぱりちゃんと理由があった。
でもいくら考えても1つだけわからないことがあった。
「どうしたの、シャーシャ?」
ミミカカさんが、わたしを見てふしぎそうに聞いてきた。
「………んん」
ブンブン首をふってなんでもないって言った。
お兄ちゃんはなんでわたしたちといっしょにいるんだろう?
お兄ちゃんは1人でなんでもできる。
わたしたちができて、お兄ちゃんにできないことなんてない。
魔法で大人より強くなったわたしとミミカカさんでも、お兄ちゃんの役には立たないんだ。
それにわたしたちが大人より強くなったのは、お兄ちゃんがきたえてくれたからだ。
わたしたちといっしょにいてもお兄ちゃんは得しなかった。
なのにお兄ちゃんはわたしを助けてくれたし、大事にしてくれた。
理由のない行動をする人はいないって言ったのに、お兄ちゃんがわたしたちといっしょにいた理由はいくら考えてもわからなかった。
今やっと、理由を考えなきゃいけないほんとうの意味がわかった。
わからないことはとてもこわいからだ。
お兄ちゃんがなんでわたしたちといっしょにいてくれるのかわからない。
もしもお兄ちゃんがいなくなってしまったら………いなくなった理由も、いっしょにいられるようにする方法もわからないんだ。
わたしはよく考えた。
お兄ちゃんが言ったとおり。
お兄ちゃんといっしょにいられるように。
それでもまだわからなかった。
16/10/29 投稿