日本男子、悟る
俺は今、疑問に立ち向かっていた。
………何だったんだ?
突然怖がられたと思ったら、突然謝られた。
からかっている訳でもない様だし。
何よりあの怯え様は尋常じゃなかった。
が、シャーシャに謝られて抱き着かれたと思ったら、ミミカカも謝ってきた。
こういうのを狐につままれる、というんだろうか。
何が何やらわからないままに、どうやら落ち着いたらしい。
シャーシャとミミカカは解き放たれた様な晴れやかな笑顔になっていて大変結構だが………俺1人事態が飲み込めなくていたたまれない。
別に2人は情緒不安定で普段から支離滅裂な言動を繰り返していたとかそういう兆候はない。
俺は人の色んな表情が好きだ。
屈託なく笑ってる顔も、恥ずかしがってる顔も好きだ。
強い感情が出たものならなんでも好きだ。
憤怒の表情も、顔を歪めて泣く表情も好きだ。
そんな俺にとって今回のミミカカの表情は実にそそるものがあったのは事実だ。
剥き出しになった、極限にまで張り詰めた、人間の表情。
普段は明るく真っ直ぐなあのミミカカの表情が、あぁまで歪んだというその差。
そして何より、その表情の変化を生んだのが俺だと思うと胸に来るものがある。
俺というつまらない人間が他人に影響を与えたんだと思うと、強い満足感と充足感に浸る事ができた。
確かに自分というものが生きているという実感が湧いた。
そしてあの怯えきった表情が意味するところは絶対的な恐怖。
相手が自分を絶対的なものと崇める事への優越感・全能感。
ちっぽけな俺の自尊心を大きく満たす、この上なく尊い表情だった。
しかしだ。
ミミカカは俺が自由にしていい玩具の人形ではない。
生きた人間、それも俺と行動を共にする人間だ。
いくら俺が表情を見たいからといって、勝手気ままに感情を弄ぶべきではない。
それに何らかのきっかけで毎回あぁなるのでは、いくらなんでも煩わしすぎる。
一体あの怯えぶりは何だったのか?
何より殆どの事はどうでもいいと思える俺でも、今回の事は流石に気になった。
たしかに俺の力は異世界には過ぎたものだ。
まず俺が身に纏うのは、侍の国たる日本が誇る至高の刀剣類。
粗末な工業力で作られた異世界の武器とは比べ物にならない威力を誇る。
よくバトルモノというジャンルの作品では、刃物というのは数回使うとダメになると言われていた。
それがどうしたことか、輝かしい日本の工業製品たるナイフとマチェットは、一向にその切断力を衰えさせる気配がない。
シースから抜き放つ度に研ぎ澄まされた刃特有の、独特な鈍い輝きでその威力を伝える。
そして完全に異世界の常識と別次元にある魔法の実力。
日本の高い教育水準と発達したあらゆる娯楽が育んだ俺の知識は、異世界の魔法を根底から覆した。
科学知識とジャパニメーション、JRPGは俺に様々な力を与えてくれた。
顕著なのは光の魔法の使い方だろう。
遠くを見る、視界を奪う、レーザーを発現する、といった常識的な使い方の他に、視覚効果を補わせている。
完全燃焼の青い炎を光を調節して仄暗くさせる。
見る者に魔法の本質を理解するのを妨げ、得体の知れない事象として恐怖を与える。
また、真・自由落下を行い加速する際にも、背後から強烈な光を放つ。
別に光が推進力を生んでいる訳ではない。
心理学に後光効果というものがある。ハロー効果とも呼ばれる認知バイアスの一種だ。
出自・容姿・学歴・言動等の外的な印象を与える事で、本来より高い評価を抱かせる事を言う。
人は後光を背負ったものを目にすると、尊いものと錯覚する効果があるのだそうだ。
そういう効果もあるかもしれないが、俺が光を背後に発現させる理由はそれが主ではない。
ただ単にロボットアニメが好きだから、ロボットが推進装置を発動させているイメージで行っている。
光の尾を引き空を高速で駆け抜け、手にした光剣で敵を両断する。
ロボットアニメの戦闘シーンの様な光景だが、イメージを強固にする事で魔法を強めるのは有効な手段なのだ。
一から見た事もないものを創造するよりも、目にしたものを想像する方が遙かに簡単だ。
そんな物心両面で卓抜した力を、俺は全く個人の意志に依って振るっている以上、警戒心を抱くのは当然であるとは思う。
だが独り善がりな感想でなければ、2人は俺を信頼してくれていた筈だ。
2人に対しては親切にしてきたし、何か目の前で失敗してみせた事もない。
常に最善のパフォーマンスを発揮してきたつもりだ。
その甲斐あってか実際、素性の知れない俺に対しても、一目置いて接してくれていた様に思う。
それが突然あの態度の変化。
どこからあの変化が生まれたのかが気になるのは、人として仕方ないところだろう。
どこからだろう?
領主の館で再会した時には互いに喜びを分かち合えていたと思う。
しかし領主の館を出て話しかけようと振り向いた時には、もう既に2人の態度はおかしかった。
という事は再会から館を出るまでの僅かなやり取りの間で、あそこまで態度を変化させる何かがあったという事になる。
なるが………その間に俺は何をした?
俺が冒険者4人を殺害するところを直接見られたのならともかく、再会はそれより後だ。
俺があの後やった事と言えば、記憶が定かなら
・互いの無事の確認
・見苦しい言い訳をする領主を黙らせる
の2つだけだ。
どこにそんなに怯える要素があるんだ。
領主を黙らせた時には相当気が立っていたからか?
何かで聞いたが、女性というのは本能的に男性の怒鳴り声に強いストレスを感じるらしい。
苛立った俺が声を荒らげて2人を怯えさせてしまったか?
いや、それが原因とは思い難い。
シャーシャのおどおどした態度は虐待がもたらしたものだと思う。
成人男性の怒鳴り声に萎縮し、何か嫌な思い出をフラッシュバックさせてしまう事もありえるかもしれない。
だがミミカカはどうか?母親とこそ死に別れてはいるが、家族仲はむしろ良好で羨ましい限りだ。
この理由ならシャーシャが怯えた理由は説明が着くが、ミミカカがあそこまで取り乱していた説明ができない。
むしろ怯えが強かったのは、シャーシャではなくミミカカの方だったぐらいだ。
ではお互いの無事を確認している最中か?
そういえばミミカカが気になる事を言ってたな。
「シャーシャがヤマトーさんが怒ってるから会いたくないって」
たしかこんな事を言っていた筈だ。
怒ってるの目的語はシャーシャではなく、兵士である事を確認して安心していたが、早計だった様だ。
会いたくない。
シャーシャはハッキリと会いたくないと言ってる?
俺はできる限りシャーシャに優しく接してきたつもりなのに?
と思ったが何という事はない。
怒ってる最中の人間にわざわざ会いたいと思う様な奴はそうそういないだろう。
俺は人が俺のやった事に腹を立てて怒る表情を見るのも好きだが、それは自分の働きかけがもたらした結果を表情という形で知りたいからだ。
別にわざわざ怒ってる人間と対面したいとは思わない。
特にシャーシャは虐待されていた疑惑が強い。
俺がどれほど優しく接していたつもりだろうと、だからといって心身に染み付いた恐怖を簡単には拭えないだろう。
だがそれも結局、怯えが酷かったのはミミカカの方で、むしろシャーシャの方は歩み寄ってきてくれたという説明が着かない。
ダメだ、いくら考えたところでわからない。
そもそも人の心なんていくら考えても、限りなく合理的な見解に辿り着くだけで、それが真実かを確認する術がない。
考えても仕方ない事は考えても仕方ないので考えない。
ここはやはり真相は2人に確かめるべきだろう。
せっかく落ち着いた2人に尋ねるのは、寝た子を起こす様で少し勇気が要る。
だが原因がわからない事にはまた今回の様なトラブルが再発するかもしれない。
やはり確かめない訳にはいかなかった。
さて、そうなるとどう考えてもシャーシャに聞くべきだな。
混乱からの立ち直りも早かったし。
感覚というわかりにくいものを説明して貰うには適任だろう。
何より色んな事を教えた時の事を思い起こしても、シャーシャの方が頭の回転が早そうだ。
シャーシャの方が子供だからか、教えたことに対する理解が深く応用力が高い。
これはミミカカの出来が悪いというより、シャーシャが天才と言っていい才能を発揮しているせいだ。
おそらく無学だったシャーシャは、わずか3週間足らずで四則演算をこなし、文字を読み書きできる様になった。
更に言えば身体能力までミミカカをほぼ全面的に上回っている。
………冷静に考えれば考える程、シャーシャが逸材なのがよくわかるな。
「シャーシャちゃん?」
俺の腰に抱き付いていたシャーシャちゃんに話し掛ける。
「………?」
シャーシャちゃんは、少し赤く晴れた瞼を見開き俺を見上げた。
「シャーシャちゃんに聞きたい事があるんです」
こういう話を聞く時は気を付けるべき事がある。
それは相手を追い詰めない事だ。
人に根掘り葉掘り聞かれるという行為は、時と場合に依るが、概ね気分のいい行為ではない。
質問というのは、本質的に暴力的な行為だと俺は思う。
何せ質問の目的は、基本的には理解できない事の確認だ。
つまり「お前を理解できない」と拒絶する宣言する事に等しい。
また、相手の意図や行動、起こった事実の確認という目的の場合もある。
それを連続して確認するというのは、一般的に尋問というのだと俺は認識している。
そんなのはおおげさだと言う人の方が多いのかもしれない。
だが実際にシャーシャちゃんは、俺に問い詰められて泣いた事がある。
俺は人の泣き顔を見るのが大好きだが、流石にわざと泣かせるべきではない。
それは彼女の保護者としてあるまじき欲求だ。
おそらく不幸が多かったであろう彼女が、日々を楽しく過ごせる様にしてあげるべきだろう。
「どうして僕をその………」
………なんて言おう?
怖いと思ったんですか、って聞くつもりか?
そんなの怖いに決まってるだろ!
そもそも初めて顔を合わせた時だって、俺は盗賊らしき男を完膚なきまでに殺している。
その後は彼女を可哀想だと決めつけて、その意志を確認せず連れ回している。
そして門番を、与太者を蹴倒し、挙句兵士達を尽く殺している。
間違いなくそんな相手は怖いと思うに決っている。
「………怖がったのか?」
「はい」
やはりシャーシャちゃんは頭の回転が早い。
俺が言い淀んだのを見て質問の内容を察し、それでいて言葉を引き継いだ。
おそらくミミカカちゃんならの同じ場面でも言葉を待っていた事だろう。
確か日本人は世界でも有数の、話を途中で遮る民族だとか何かで見た。
短絡的には只マナーが悪いだけに聞こえるかもしれない。
だが、話を途中で遮って話し出すには、相手の考えている事を察して先回りする必要がある。
つまり日本人の高い共感能力が根底にあっての事だと俺は確信している。
まぁ結局マナーが悪いという悪評は流石に否定できないが、それでも日本人の能力の高さを示唆していると思う。
適切に話を先回りしたシャーシャちゃんは、高い認知能力を持つ事がわかる。
今の条件で先回りするには、話の内容について予想し、沈黙の理由を察する必要があるからだ。
これが異世界の一般的な住人なら、こう正確に相手の考えを察する事はできないだろう。
殆ど教育というものと無縁であり、思考能力が低い傾向にある為だ。
やはりシャーシャちゃんの能力は逸脱しているというべきだろう。
「………お兄ちゃんは、いつもはやさしいけど」
俺の普段の態度は優しいと認められるらしい。だが逆接の接続詞がついている。
「………けど?」
「………怒ったら………すごく、こわい」
怒ったら。やはりそこに問題が戻ってくるのか。
「怒ったら怖い、ですか………でも」
しかし、それは不思議だ。
「普通に話ができていましたよね?」
シャーシャちゃんは俺が怒っているのは、兵士に対してなのを認識している。
それに再開した直後の2人は、普通に喜びを分かち合い話ができていた。
「………お兄ちゃんがこわくなったのは、あのおじさんを見たとき」
おじさん?
あぁ、領主のクソ野郎か。
言われたら思い出した。
再会を分かち合う俺達の会話に割り込んできた時に、確かにムッとしながら睨んだ。
………え?
それだけであんなに怯えた?
確かに俺の顔はあまり見れたものじゃないかもしれないが………。
それでもあんな化物を見た様な怯え方をする程か?………する程なんだな。
俺はいつもキツイ吊り目と、若干コケた頬と、への字口をしている。
皮下脂肪1桁台の俺の顔は健康的とは程遠い、実に陰気な顔をしている。
ちなみにへの字口なのは出っ歯だからだ。上の歯が前に出ているので、上唇がつられて口の両端より上がる。
加えて上品な生まれでない俺は、矯正等してないので歯並びが悪い。お陰で笑顔を見せるのに苦手意識がある。
そんな俺は鏡で自分の顔を見ると、ついつい動きを止めてしまう。
その時の反応と最も似ているのは、部屋の中にゴキブリが出た時だろう。
生理的に受け付けないものを見た時、人間はそんな反応をするのだと思う。
要するに俺の顔は魅力的とは程遠く、有り体に言って不細工と呼ぶべきとなる。
俺が人の表情を眺めると激しく感情が動くのは、こういうところにも原因があるのかもしれない。
「僕の顔は、それ程に恐ろしいのですか………」
つまりシャーシャちゃんと可愛いミミカカちゃん達は俺の顔を見た為に、その純情可憐にして純真無垢な心に傷を負ってしまったのだ。心が折れそうだ…!この先、悲しみあり!
自覚しているとはいえ、それを女の子、それもとびきり可愛い、自分の知り合いから言われるとなると流石に傷つかないとは言えない。
「ちがいます」
しかし不細工顔に救いの手が差し伸べられた。
天皇陛下は俺を見捨ててはいなかった。
可愛い声が聞こえてきた。
振り向くとミミカカちゃんが可愛くこっちを見つめていた。
「………顔とかじゃなくって、もっとこう………」
もう混乱から立ち直ったらしいミミカカちゃんも一緒に説明してくれる。
「もっとこう?」
「ヤマトーさんのことが、まるで地獄の悪魔みたいにこわくなるんです」
………なんか凄い単語が飛び出してきた。
「地獄の悪魔?」
日常生活の中では初めて口にしたかもしれない言葉をオウム返しにする。覚えてる限りでは風切る鉄拳をお見舞いする時にしか口にした覚えがない単語だ。
「そうです。あの時ヤマトーさんを見たら、体のふるえが止まらなくなったんです」
ミミカカちゃんは極真面目に説明してくれてる。
「………そう。初めて会ったときもこわかった」
シャーシャちゃんを見てもうんうん頷いてる。
地獄の悪魔?ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから………?
思わず頭から否定しかけて思い留まる。
魔法を使える非常識な奴は何処の誰だ!
この俺に他ならないではないか!
しかもシャーシャちゃんと初めて会った時も?
その時の事はよく覚えている!
咄嗟に出てくるとカッコいい言葉集 ~戦闘編~。
俺が史実・映画・小説・マンガ・アニメ・ゲーム類で、カッコいいと思った言葉を集めたものだ。
ちなみに実際に紙にまとめてあるのではなく、俺の心に刻みつけられているだけだが。
シャーシャと会った時にも、この一度言ってみたかった台詞を宣言したのだ。
悪鬼羅刹と成りて討ち滅ぼしてくれる、と。
何故、実際に化物になったかの如く、2人に恐れられる様になったのか?
俺はこの言葉を殺意を伴った激しく尖りきった鋭い感情と共に口にした。
相手に恐怖をもたらすという、明確なイメージを伴って!
つまり魔法を発現させたと考えるべきだろう。
魔法は強いイメージを以って、適切な対象を思い浮かべれば発現できる。
無意識下で魔法の発現条件を満たしていたに違いない。
その為、俺の姿を見た者全てを恐怖の影響下においてしまったのだ。
対象を取って発現しなかった魔法は、無作為にその効果を発揮したのだろう。
無意識下に魔法を発現させた───そう考えれば色々と辻褄のあう事に気付く。
まず不思議の塊、シャーシャちゃんの問題が解決する。
何故彼女は心身ともに弱り切っていたのに、僅か数日で快復できたのか?
俺は彼女の快復を祈りながら世話をしたから、知らず知らずの内に回復の魔法が発現していたのだろう。
思えば体を洗った後、信じられない程に髪も肌も綺麗になった。
あの劇的な変化も魔法が活発な新陳代謝を促してのものだろう。
何故シャーシャちゃんは物覚えがよく、身体能力も高いのか?
それは俺が彼女を事ある毎に褒め続けたからだ。
鬱病患者に頑張れと声を掛けてはいけない、というのは昨今殆どの人が知っているだろう。俺もそれに倣った。
「シャーシャちゃんはどこの誰よりかけっこが速くなりますよ」
「シャーシャちゃんはとても賢いですね。学者さんにだってなれますよ」
「シャーシャちゃんはよく頑張っていますね。どんな大人の人よりも力持ちになれますよ」
「シャーシャちゃんは体を動かす天才ですね」
俺の言葉通りに大人を凌駕する水準にまで、身体能力・思考能力が引き上げられたのだ。
特にシャーシャちゃんの為の御伽噺が彼女に与えた影響は大きいだろう。
おそらく彼女は完全無欠のお姫様に自分を重ねて見ていた筈だ。
家1軒を丸々焼き尽くす炎を作り出せる魔法の才能を持った彼女は、自分で自分を更に強化していた可能性が高い。
生命の精霊は自分自身の肉体をイメージすれば働きかける事ができる。
なんで彼女がよく食べるのかが今わかった。
基礎代謝があまりに高すぎる為に、消費するカロリーが体に見合っていないからだ。
俺の異様な戦闘能力の高さも魔法のせいと考えるべきだ。
ジョギング、自重トレーニングを欠かした事がないとは言え、いくらなんでも身体能力が高すぎる。
石の塊を四散させる蹴りに、手打ちで人の腕をへし折る斬撃。
魔法の存在を意識する前の戦闘結果はとても只の社会人とは思えない。
特に最初の戦闘の結果は顕著だ。
俺はヤクザキックと俗に言われる押し出す様な蹴りで、灰色の猟犬の体を砕いている。
サッカーボールキックならわかるが、なんで密着状態から蹴り出しただけであんな風に砕けたのか?
俺は石で出来た体を見て、バラバラに粉砕してやると思いながら戦闘に臨んだ。
床に叩きつけた時のイメージだったが、無我夢中だった為に純粋な破壊のイメージを作ったんだろう。
おそらく打撃のインパクトの瞬間は無意識に、重力の精霊を制御して結果に影響を与えている。
俺の打撃・斬撃の威力が高いのはこのお陰だろう。
異様に高い英雄降臨のジャンプ力も、身体強化と重力制御の合せ技だ。
思えば鞘に入ったままのナイフでの模擬格闘の訓練が、カンフー映画さながらの応酬になったのも魔法だ。
シャーシャちゃんは凄まじい反応速度を発揮し、只の社会人だった俺がそれについていける。
これも明らかに無意識下に発現した英雄降臨がもたらしたものだ。
そういえばこの町に来た時、ミミカカちゃんは最初になんと言っていた?
ほぼ丸2日程飲まず食わずで旅をしたと言っていなかったか?
それに対して俺はなんと言った?ゆっくり水を飲め?
脱水症状を起こしたミミカカちゃんに只の水が飲める訳がないじゃないか!
脱水症状に陥ると、水を飲んでも戻す様になる。電解質の水を少量ずつ飲ませるのが望ましい。
ゆっくり飲めば大丈夫と言ったのは気休めだった筈だ。
それが美味しそうに水を飲んで、そのまま食事までしてのけた。
やはり異世界の人間は丈夫なんだと感心したものだが逆だ。
普段の食事から言って、栄養状態に偏りのある異世界の人間が丈夫な筈がない。
それに可愛いミミカカちゃん達、ムムカカ村の全員の傷が僅かな間に完治した事もある。
色んな疑問が氷解した。
不思議な事は全て魔法がもたらした結果だったのだ!
てっきり、全て天皇陛下がその神通力で俺の身の回りをお守りあそばれている為かと思っていた。
天皇陛下が俺の様な取るに足らない人間を、わざわざお救いになる訳ないのだ。
なんということだ!
改めて遠く離れた祖国と天皇陛下に、深い感謝を捧げた。
何故俺が魔法を発現できるか?
それは世界の頂点に君臨する唯一無二の偉大な祖国である日本の工業製品を信頼しているからだ!
これが中国製の工業製品ならいつ爆発するかとヒヤヒヤして、とても全幅の信頼を置く事等できなかった!
それどころかそうなれば、実際に爆発の魔法として発現していた事だろう!
そうでなくてもイメージを乗せれない俺の攻撃の威力は、全く只の常人並という事になる!
恐らく最初の戦闘で灰色の猟犬に殺されていたに違いない!
そして天皇陛下が俺をお助けあそばれていないという事に、俺は何より深く感動した!
手助けとは能力・資質への不信の現れ、逆に放置とは能力・資質を信頼するという事だ!
偉大なる天皇陛下は、ご自身と比べるべくもない余りに矮小な俺を信頼して下さったのだ!
つまりこの俺が天皇陛下に期待されている!
なんと!なんと身に余る光栄!
そうとわかれば俺に失敗は許されない!
天皇陛下を裏切ったとあっては俺に生きている価値等ない!
決してその信頼に背く事なく生きるべきなのだ!
16/10/22 投稿・文章の微修正