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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の疲弊
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ミミカカ、日本男子に震える

 アタシはニホコクミを目指す戦士、ミミカカ。


 今のアタシは村にいたときよりも、すごく強くなれたのが自分でもわかった!

 ヤマトーさんみたいに変身する魔法!

 男よりもすごい力!

 思い通りに動く体!

 何をしてくるのかわかる相手!

 この魔法さえあったらアタシも、立派なニホコクミになれると思った!


 早くヤマトーさんに会いたかった。

 すごく強くて、すごく頭がよくて、すごく優しい人。

 アタシもヤマトーさんに追いつけるんだっていうのを早く見てほしかった。

 なのに。


 シャーシャがヤマトーさんと会うのがいやそう?

 いつもそばからはなれようとしないのに?

 そんなのはじめて見た!


 ちょっと考えたけど、きっと頭のいいシャーシャでも失敗をしないわけじゃないと思う。

 多分ヤマトーさんに怒られたことがあって、それを覚えてるんだ。

 怒られたのがこわいなんて、いくらすごくてもやっぱり子供なんだなって思った。


 でも、やっぱりヤマトーさんには会いたいらしい。

 魔法の石は町の奥、門の反対にある領主様の館の方を向いてた。


「………シャーシャがおびえてる理由が少しわかった。ヤマトーさんは本気で怒ったら、ここまでやっちゃうんだね」

 2人で魔法の石の指す方向に向かって走ってた途中で兵士の死体を見つけた。

 どうやったらこんな事ができるんだろう。

 傷口は火で焼いたみたいになってるけど、それなら体がバラバラになるはずないし。

 殺し方も不思議だけど、これだけの数をバラバラにしたのもすごい。


 確かに優しいヤマトーさんがやったって思うとおどろくことはある。

 でもなんでシャーシャがあんなにこわがるんだろう?

 別にシャーシャが怒られるわけじゃないのに。

 この時もアタシはシャーシャがおびえるのかがわからなかった。


 アタシはもっと真剣に考えなきゃいけなかったんだ。

 ヤマトーさんを大好きなシャーシャが会いたくないって言うなんて。

 ちゃんとその理由を考えておけば少しは変わったのかもしれない。




 いっぱい兵士がいるのかと思ったけど、門からヤマトーさんのいる部屋までに見かけた人は少なかった。

 門番2人と、廊下で1人、部屋の中で4人、それが領主様の館で見かけた人の全部だ。

 きれいな服を着た中年以外はもう死んでた。

 ヤマトーさんが先に殺したんだな。


「ヤマトーさん」

「………お兄ちゃん」

「ミミカカ!シャーシャ!2人共無事だったか!よく生きていてくれた!」

 ヤマトーさんは来るのがわかってたみたいに待ってて、アタシたちのことを抱きしめてくれた。


「あぁ、よかった。本当に………」

 ヤマトーさんが心の底からそう思ってるみたいにつぶやいてた。

 その顔はいつもと違ってた。


 いつも優しそうな笑顔で話してるけど、ヤマトーさんは本当は睨んでるみたいな目付きで、口元も怒ってるみたいに引き結んだ怒った顔をしてる。

 アタシやシャーシャ、子供たちと話すときにだけ眉と口元を動かして、優しい表情を作ってくれてるんだってわかった。

 子供みたいな顔をしてるからそうするだけで柔らかい表情に見えるけど、目が笑ってないのに最近気付いた。


 ヤマトーさんは本当に笑ったらもっと子供っぽい顔になる。

 ヤマトーさんって何歳なのかな?

 背が高いけど、体は女みたいに細くて、でも筋肉があるのがわかる。

 そして顔は子供っぽいし、それなのにどんな大人より賢くて落ち着いてる。

 顔だけなら年下に見えるけど、10歳以上年上な気もする。


 年はおいといて、アタシたちを抱き締めたときの顔は、知ってるどんな笑顔とも違った。

 力なく口元だけが笑ってるけど、優しい顔を作ろうとしてるんじゃなくて、もっと自然。

 口元以外は、力が抜けたみたいな、ヤマトーさんらしくない表情。

 まるで今までずっと緊張してたのが、急に安心したみたい。

 

 アタシたちを心配しててくれてたのがよくわかった。

 だってアタシの背中に回したその手は少しふるえてた。

 おそるおそる、遠慮してるみたいに背中をなでてくれた。

 まるで触ったら壊れてしまう宝物に触るみたいに。

 アタシたちのことがそんなに大事なんだって思ったらうれしかった。


「ヤマトーさん、心配してくれたんですね」

 たしかめるみたいに聞いてみる。

「心配?当然だ!俺がどれ程2人の事を心配した事か!」

 するとヤマトーさんはちょっと大きな声で答えてくれた。


 村で計算や文字を教えてもらったときもそうだし。

 グララのことを聞いたときもそうだし。

 宿で色んな事を教えてもらったときもそうだ。

 ヤマトーさんはどんなことを聞いてもちゃんと教えてくれてうそなんかつかない。


「大丈夫だよシャーシャ!ヤマトーさんはちゃんと優しいから!」

 やっぱりシャーシャはこわがりすぎてるだけだ。

 ヤマトーさんはこんなにやさしくて、アタシたちを大事にしてくれてる。

 そう思ってシャーシャを見たら、なんか顔をそらしてた。


「ん?」

 逆にヤマトーさんがアタシのことをまっすぐ見てた。

 なんでだろう?

 抱きつかれたままだからすごく顔が近い。


 やっぱりヤマトーさんって肌がきれいで子供みたい。

 何よりこんなに近いのに嫌なにおいがぜんぜんしない。

 ムムカカ村のみんなも町の人も、汗のにおいがツンってするのが当たり前なのに。


 ヤマトーさんとシャーシャはくさくないっていうか、むしろいいにおいがする。

 2人ともすごくきれい好きで、毎日体を洗ってるからだ。

 でもいつもはにおいがしないから、走ったあととかは逆に「これがヤマトーさんの汗なんだ」ってハッキリわかってすごくドキドキする。


 アタシはなんでかわからないけどヤマトーさんの汗のにおいが好きだ。

 他の人の汗のにおいなんかかぎたくないけど、ヤマトーさんのはぜんぜん別。

 ヤマトーさんの妻となれたら、抱き付いて顔を埋めながら寝てみたいって思ってる。


 興奮してぜったい眠れないだろうけど、多分すごく幸せ。

 っていうか今もヤマトーさんが目の前にいてちょっと汗のにおいがして幸せ。

 なんかかいでると体の奥の方が熱くなってくる。


「どういう事だ?」

 ヤマトーさんになんか聞かれた!

 え、何の話してたっけ?

 ボーッとしてたからすぐに思い出せない!

 ………そうだ!シャーシャの話だ!


「シャーシャがヤマトーさんが怒ってるから会いたくないって」

 こんなにいいにおいがするヤマトーさんが怒るわけないじゃない。

 そう思って横目にシャーシャを見たらすごく恨みがましい目で見られた。


「怒る?いや、別に怒ってないが?」

 ヤマトーさんはそんなアタシたちを気にせずに答えてくれた。

「やっぱりシャーシャの考えすぎだよ。ヤマトーさん怒ってないって」

 何があったのか知らないけど気にしすぎてるだけだ。


「話が見えないんだが、シャーシャちゃんは俺に怒られる様な事をしたのか?」

 ヤマトーさんはシャーシャを怒る理由がなくてふしぎそうにしてる。

「あ、違います違います。シャーシャにじゃなくて、兵士達にです」

 直接怒られるわけでもないのになんでおびえてるの?


 村を助けてくれたときもお金をとらなかったし。

 アタシたちにいろんなことをおしえてくれたし。

 たくさんの子供にご飯を食べさせてお金もあげてたし。

 ヤマトーさんはいつも優しい。


「シャーシャったら、ヤマトーさんがそんな「当然怒っていますよ」」

 怒るわけないのに………。

 って言おうと思ったらヤマトーさんに遮られた。

 ヤマトーさんは怒ってるって言いながらアタシの言葉を遮ったのに、すごく嬉しそうなにっこり笑顔だった。


「流石はシャーシャちゃんは賢いですね。罪のない人々を殺し、その尊厳を踏み躙ったコイツ等は拷問してから殺します」

 めったに見れない白い前歯が見える笑顔で、ヤマトーさんはすごいことを言いだした。

 あんな子供みたいな明るい笑顔で、拷問なんて言葉が出てくるなんて………。

 アタシはかなりびっくりした。ここでおどろいて無防備になってたのが悪かったのかもしれない。




「ま!待て!殺してない!俺は殺してない!」

 その声が聞こえた途端───空気が変わった。

 それまではアタシたちもヤマトーさんもまた会えたことを喜んでた。

 でも、全てがなくなってしまった。


 身動きができなくなった。

 声がもれそうになった。

 こしがぬけるかと思った。

 まるで大きな石で頭をなぐられたみたいに、ものを考えることができなくなった。

 考えられるのは目の前にいる人のことだけ。


 さっきまで子供みたいにかわいく笑ってたのに、表情がなくなってた。

 いつもの冷たい目なんか、ぜんぜん気にならないぐらいおそろしい目になってた。

 あの目でにらまれたのがアタシだったら───きっとこしがぬけて、わけのわからないことをつぶやきながらおしっこをもらして、必死に手足を動かして後ずさるだけしかできない。


 やっとシャーシャがなんでこわがってるのかがわかった。

 アタシはヤマトーさんのことを知らなすぎた。

 シャーシャはこれを見たことがあるんだ。


 まるで地獄の悪魔に心臓をわしづかみにされてるみたいだ。

 暴れてるみたいに心臓がバクバクいってるのがわかる。

 さっきから冷たい汗が背中を流れるのが止まらない。


 森の動物と近い距離で出くわしてしまったときでも、こんなにあせったことはない。

 動物なら追い払い方が、戦い方が、殺し方がわかる。

 目の前にいる相手にどうしたらいいのかわからない。

 相手がヤマトーさんだからとか、戦っても勝てないとかそういうことじゃない。


 心の底からとにかくこわい。

 逃げ出したい、離れる以外のことが考えられない。

 この人から逃げられるならアタシはきっとなんでもする。

 逃してくれる人がいるならその人にずっと感謝を捧げるだろうと思う。


「俺じゃない!兵士が!兵士がやったんだ!見逃してくれ!助けてくれ!あんな貧乏人共が死んで誰が困る!屑が死んだだけだ!あんな連中は死んで当然だ!」

 中年が何か言ってたけど全く耳に入ってこない。

 今目の前にいるヤマトーさん以外の何にも注意する事なんてできなかった。


 でもヤマトーさんはその声に反応した。

 ひどくゆっくり振り向いた。

 あのまっくろな目が見たのがアタシだったら、それだけで気を失ってたかもしれない。




 おびえてる内に館を出ることになった。

 中年は何をされたのか何も話さなくなってた。

 アタシは目の前にいる何よりもおそろしい人についていった。

 本当は動きたくなかった。


 バラバラにされてた兵士の死体。

 アレを見た時はなんとも思ってなかった。

 自分とは関係がないと思ってたから。

 もしかしたら?自分が?あぁなる?

 そう思ったらついていくしかなかった。


 最初に会ったときだって、あのおそろしい灰色の猟犬(グレイハウンド)をたった1人で全部やっつけてた。

 それもごみかなにかみたいに蹴っとばして、バラバラになったそれを、すごくつまらないものを見るみたいに見下ろしてた。

 そんなことができるのは、人間じゃないんじゃないか。

 地獄の悪魔っていうのは、きっとこんなのじゃないか。

 アタシのことも、なんでもないみたいにバラバラにして、ごみを見るみたいな目で見下ろすんだ………!


「あー、この先の事ですが………ん?どうかしましたか、2人共?」

 悪魔が振り向いた!

 答えなきゃいけない!


 息が詰まった!

 今のアタシには、息を吸うのもむずかしかった!

 いつもできてたことなのに!

 いつもどうやってやってたのかが思い出せなくなった!


「………ミミカカさん、驚いて、ます」

 なのに!

 シャーシャは答えた!


 すごい………!

 アタシはもう、まっすぐ歩くこともできないのに!

 ひざがふるえて、立ってるのもつらい!

 シャーシャと自分の違いに恥ずかしくなった。

 

「驚く、ですか?」

「………こわかったん、です」

「僕がですか?何かしたんでしょうか?」

「………お兄、ちゃん、こわい」

 でもシャーシャの声もどんどんふるえてって、しゃべるのがつらそうになってた。


「もしかして、僕が兵士達を殺したから………ですか?」

「………違い、ます」

 誰も、何も、しゃべらなかった。

 耳が痛くなるぐらいの静かさだった。


 気付いたらのどがカラカラになってた。

 つばも出てこない。

 息をすればするほど苦しくなってく。

 体がふるえるのがおさえられない。


「俺は、何故、それ程まで、恐れられて、いるんだ?」

 すごく掠れた声が聞こえてきた。

 一瞬、ヤマトーさんだってわからなかった。


 ヤマトーさんがアタシたちに掛ける声は、いつも高くハッキリしてて聞きやすい。

 でも………この掠れた声が本当の声なの?

 さっきのこわさも………あれが本当なの?

 優しいヤマトーさんはにせものだったの?


 一番信じてたのに………。

 一番尊敬してたのに………。

 一番好きになったのに………。




「………ミミカカさん!」

 大きな声が聞こえてきて、思わずそっちを見た!

「シャー、シャ?」

 怒ってるみたいな、必死な顔でアタシを見てた。

 シャーシャの目にはなみだがたまってた。


「………こわいの、わかります」

 シャーシャはアタシから目をそらさない。

「………でも、こわいだけで、お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままです」

 ヤマトーさんはヤマトーさんのまま?


「………ミミカカさん」

 もうシャーシャの目からはなみだがこぼれてて、鼻水もたれてた。

 でもアタシも知らないうちに同じような顔になってた。


「………!」

 アタシを呼んだシャーシャは急に横の方を見た。

 つられてアタシも見てしまった。

 やられた………。

 そっちにはまっすぐこっちを見るヤマトーさんがいた。


「………ちゃんと、お兄ちゃんを見て!」

 つい目をそらそうとしたら、シャーシャの声が聞こえた。

 言われてやっと、ヤマトーさんがどんな顔をしてるのかが見れた。


 アタシたちにいつもするようなやさしい顔でもなかった。

 何もしてないときみたいな冷たい顔でもなかった。

 まゆがよせ上げられてて、目は開かれてて、口も小さく開いてて───不安そうな顔をしてた。


「………お兄ちゃん」

 シャーシャがヤマトーさんに呼びかけて、ゆっくり近付いていった。

 いつもならシャーシャがそうしたら「どうしたんですか、シャーシャちゃん?」って言って、しゃがんで肩とか頭に手をのせてた。


 でもヤマトーさんは動かなかった。

 声はちゃんと聞こえてた。

 顔はシャーシャを見てる。

 でもどうしたらいいかわからないみたいにしてた。


「………こわがって、ごめんなさい」

 そんなヤマトーさんにゆっくり近付いていって───腰にしがみついたシャーシャはそう言った。

 ヤマトーさんは、まるで金しばりにあったみたいにやっぱり動かなかった。


「………頭、なでて」

 シャーシャは顔をあげて、ヤマトーさんを見上げてた。

 そう言われたヤマトーさんは、ゆっくり手を動かしてシャーシャの頭の上に持っていったあと───やっぱり手を戻した。


「怖く、ないんですか?」

 そしてシャーシャに確かめるみたいに聞いてた。

「………うん」

 返事を聞いて、今度こそ、ゆっくり頭をなでた。


「………ごめんなさい」

「いえ………怖かったのなら………仕方ありません」

 ヤマトーさんは何もかもあきらめたみたいな、力のない笑顔で答えてた。

 そしてしばらくシャーシャの髪をすくみたいにていねいに頭をなでてた。


「………ミミカカさん」

 それをじっと見てたアタシはシャーシャに声をかけられた。

「………お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままです」

 ヤマトーさんはヤマトーさんのまま………。


 ………シャーシャは、なんてすごいんだろ。

 アタシがヤマトーさんをどれだけこわいと思ったのかがわかってて、どうしたらこわくなくなるかを考えて、それを実際にやってくれたんだ。

 ヤマトーさんは、ヤマトーさんのままで、いつもどおりやさしいままなんだってわかるように。


 自分もふるえてたのに。

 まだ小さな子供なのに。

 アタシがこわがらないようにしてくれたんだ。


 シャーシャのおかげでわかった。

 いくらこわくても、ヤマトーさんは、ヤマトーさんのままだ。

 アタシをバラバラにして殺すわけなんてない。

 むしろアタシとシャーシャにこわがられて、傷ついて、不安になってる。

 そしてそれでもシャーシャの頭をやさしくなでてる。


 変わってないのに気づけるようにシャーシャが教えてくれたんだ。

 さっきのこわさがすごすぎて、ヤマトーさんを見れなくなってたアタシに。

 アタシはなんて情けないんだろう。

 2人みたいな立派なニホコクミになる道は遠いみたいだ。


「ヤマトー、さん………アタシも………ごめんなさい」

「あ、あぁ………」

 ぎこちなくヤマトーさんはアタシたちを許してくれた。

 そう言ってくれたヤマトーさんの顔は、悪魔なんかじゃない、叱られた子供みたいな顔をしてた。

16/10/22 投稿

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