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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の疲弊
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日本男子、震わせる

 俺は今、愕然としていた。


 視力付与(メアリー)を使った結果、領主の館の中で予想外のものを目にした。

 一言で言えば意外。

 こんなところで見つけるとは。


 それはこの野蛮な異世界において、輝かんばかりに美しかった。

 それは単体ではなく複数だった。それでいて両者は違うものだった。

 それはこの悪徳蔓延る異世界において、いっそ相応しくないと言っていい善性を備えていた。

 それは2本の足で歩き、迷わずこの部屋まで進んでいた。


 まぁこの様子なら放っておいても、直ぐに顔を合わせる事になるだろう。

「ヤマトーさん」

「………お兄ちゃん」

 ほら来た。


「ミミカカ!シャーシャ!」

 駆け寄って2人の顔を確かめる。

 色んな物語ではこういう再会の場面だと、感極まって抱き着くのが相場だ。

 そういうのを見かけたり読んだりする度に、当時の俺は冷めた感想を抱いたものだ。


「2人共無事だったか!よく生きていてくれた!」

 そしてそんな感想を抱いていた俺は当事者となった今、2人を抱き締めていた。

 仕方ないだろう。

 最悪の未来が訪れる事だって覚悟しなければならなかった。


 御国の為に戦い抜いた帝国陸軍兵の遺体を笑いながら損壊せしめた異常者集団(アメリカ軍)

 銃後の人々が暮らす軍需施設も何もない只の町を執拗に空襲した戦争犯罪集団(アメリカ軍)

 人類史上最悪の悪行である市街地への原爆投下を2度も行った大量虐殺狂集団(アメリカ軍)

 怯え逃げ惑う人々を洞窟まで追い立て火炎放射器で焼き殺した異常殺人狂集団(アメリカ軍)

 女を対等な存在とも思わず当然の如く犯して殺す鬼畜揃いの異常性犯罪者集団(アメリカ軍)


 兵士達(アメリカ軍)と言えばそんな最低最悪、悪逆非道、不倶戴天の屑の集団だ。

 2人はそんな奴等に狙われていたんだ。

 こうして再び顔を見るまでは片時も安心する事ができなかった。

 無事な姿を見た事で自分の心に余裕が生まれた事を実感できた。


 まぁシャーシャちゃんとは意識的にスキンシップする様にしてるので、頭を撫でるとか抱き締めるというのは割りと無遠慮にできる。

 ミミカカちゃんを抱き締める?流石に同じ様にするのは無理だ。

 もし俺を見上げているミミカカちゃんの純粋な尊敬の混じった目が、虫でも見る様な軽蔑した目になってしまったらと思うと怖すぎる。


 だがシャーシャちゃんだけ抱き締めてミミカカちゃんだけ放置というのもどうかと思う。

 シャーシャちゃんは背中に手を回して肩をガッシリ抱き締めている。

 ミミカカちゃんの方は勢いに任せて同じ様に抱き締めようか逡巡した結果、触れるか触れないかぐらいのフェザータッチで背中に回した手を当てている。

 彼女いない歴=年齢の俺としてはこれでも頑張った方です。


 因みに今更だが俺は、罵倒・軽蔑の最上級としてアメリカ軍という呼称を用いている。

 この町の兵士達があの憎い許されざる大罪人共の集団でない事ぐらいは分かっている。

 それがわかってなんでそんな呼称をするのか?

 俺は人として最低の存在とはアメリカ軍であると確信している。

 人を人とも思わず殺し、辱め、自分の正義を疑わない本質が同じだし、言い得て妙だと自画自賛したいぐらいだ。


 まぁ汚らしい唾棄すべき屑の兵士達(アメリカ軍)はどうでもいい。

 大事なのは無事再会できた可愛いミミカカちゃんとシャーシャちゃんだ。

「あぁ、よかった。本当に………」

 しっかり抱き締めた2人は怪我一つない様子だ。


「ヤマトーさん、心配してくれたんですね」

 可愛いミミカカちゃんが、思わず漏らした俺の声を聞き返してきた。

「心配?当然だ!俺がどれ程2人の事を心配した事か!」

 品性下劣な兵士達(アメリカ軍)の手に掛かり、汚され、手折られるのではないかと思うと気が気でなかった!


「大丈夫だよシャーシャ!ヤマトーさんはちゃんと優しいから!」

「ん?」

 どういう事だろう、今の言葉は?

 シャーシャちゃんを見るといつも通り無口。

 但し珍しく気不味げに顔を逸らしている。


 どういう事か視線だけで可愛いミミカカちゃんに問い掛ける。

「?」

 小首を傾げるミミカカちゃん可愛い。

 可愛いけど俺の疑問には答えてくれない。


 察しが悪いとか言っちゃいけない。

 異世界のコミュニケーションは含みを持たせた間接的なものが用いられる事はなく、直接的なものを用いるのが常だ。

 いい感じになった恋人は黙って見つめ合ってキスしたりするが、そういう言葉は不要という場面にならない限りは極力言葉を用いる。


 ちなみに頷きやハンドサインは、地域によって様々に解釈され、意味はまちまちだ。

 頷きが肯定とは限らない文化圏だってあるわけだ。

 日本ではOKのハンドサインの人差し指と親指で作った輪っかも、ブラジルではケツの穴を意味するとか。なんでそんなハンドサインがあるのかが根本的な疑問だが。


 だが首を傾げるのが、不思議といったニュアンスである事はほぼ万国共通だ。

 人間は疎か、なんと犬や猫等の動物ですら同じ。

 何故ならこの動作、耳の位置を変える事で、音の発信源を特定する動きが元になっているという。

 動物的な必然性のある動作なので意味がそうそう変わらないのだ。


「どういう事だ?」

 改めて異世界の基本に準じた問い掛けをする。

「シャーシャがヤマトーさんが怒ってるから会いたくないって」

 今度は可愛いミミカカちゃんも答えてくれた。


 シャーシャちゃんの「余計なこと言うな」と言わんばかりのジト目は珍しい表情だ。

 おそらくその成長過程で信頼できる大人が周りにいなかったであろうシャーシャちゃん。

 基本的に彼女は周りの人の表情を窺う様にする事が多い。


 虐待を受けた子供というのは、多くの場合顔から表情が失われるものだ。

 よくそう言った表情を能面の様なというが、本当に生きている人間だとは思えない様な感情の消えた表情になる。

 さらにそういった子供は常におどおどし、周囲の人間の顔色を窺う様になる。

 それらは全て突発的に周囲の人間から殴られるという状況を学習した結果だ。


 シャーシャちゃんはそういった、虐待を受けた子供の典型的な反応が見られた。

 俺も初めて会った時も、まるで何も映していないかの様な目をしていたのを覚えている。

 保護した後は信じられない様な速度で快復に向かって、時折明るい表情も見せてくれる様になった。

 ただしそれは俺限定の事で、知らない人に対しては相変わらずかなりの警戒を見せる。

 

 そんなシャーシャちゃんがミミカカちゃんにこういう忌憚のない表情を見せるとは。

 思っていたよりも仲良くなっていたらしい。

 ミミカカちゃんは可愛いだけじゃなく、心底性根がいい子だ。

 シャーシャちゃんもミミカカちゃんは信用できると思ったんだろう。よかったよかった。


 しかし。それはともかくとして………さっきミミカカちゃんはなんと言った?

 可愛くて聞き逃すところだったが、聞き捨てならない事を耳にしたぞ?

「怒る?」

 なんでシャーシャちゃんを怒らなきゃいけないんだ?


「いや、別に怒ってないが?」

 怒りたくなるぐらい真剣に2人の身を案じたのは確かだ。

 だがそれはものの例えで、心配したからなんて理由で2人を怒る程俺の思考は支離滅裂ではない。

 それでは只の八つ当たりだ。


「やっぱりシャーシャの考えすぎだよ。ヤマトーさん怒ってないって」

 シャーシャちゃんを安心させる様に、ミミカカちゃんが可愛く笑い掛ける。

 顔立ちも体の大きさも何もかもが違う2人だが、まるで悪戯をしてしまった妹が謝れる様に、面倒見のいい姉が促している様で微笑ましかった。


「話が見えないんだが、シャーシャちゃんは俺に怒られる様な事をしたのか?」

 かなり考え難い話だが。

 シャーシャちゃんは年齢と境遇を考えれば信じられない程に賢い。

 もし俺が不利益を被る様な事をしたんだとしても、それは年齢や状況を考慮すれば不可抗力ないし仕方ない事として放免するべき事だと思われる。


 因みに一番嫌な、というか辛い想いをしたのは、表漆式(ナナシキ)の訓練の時だ。

 弱点を攻撃する訓練で、男性のデリケートな部分を蹴り上げられて悶絶した覚えがある。

 かなり辛かったがその時でさえ必死に謝るシャーシャちゃんを遮って俺は許している。

 わざと悪い事をしたんじゃない限り許すつもりだし、わざと悪い事をする様な子ではない。


 まだ保護して1ヶ月も経ってないが、シャーシャちゃんとは信頼関係を築いてきたつもりだ。

 思っている程シャーシャちゃんの信頼を得られていないのか。

 それとも或いはシャーシャちゃんが想像もつかない様なとんでもない事をやらかしたのか。

 覚悟して話を聞く必要があるな、これは………。

 どちらにせよ話を聞けば俺はショックを受けそうだ。


「あ、違います違います。シャーシャにじゃなくて、兵士達にです」

 しかし覚悟したどちらでもなかった。

 張っていた気を緩めてホッとする。


「シャーシャったら、ヤマトーさんがそんな「当然怒っていますよ」」

 あ、今可愛いミミカカちゃんがなんか言ってたのを遮ってしまった。

 シャーシャちゃんの現状認識能力、予測能力の高さに喜んだ結果の勇み足だ。

 何よりも俺という人間の考えを理解してくれたのが嬉しい。

 ミミカカちゃんが話していた途中の状態のまま固まってしまっている。


「流石はシャーシャちゃんは賢いですね。罪のない人々を殺し、その尊厳を踏み躙ったコイツ等は拷問してから殺します」

「ま!待て!殺してない!俺は殺してない!」

 俺の顔を見ていたシャーシャちゃんが急に聞こえてきた声に驚いたのか、何か恐ろしいものでも見たかの様にビクリと震える。

 同時に暖かだった俺の心の温度は一瞬で氷点下まで下がり、自分の顔から表情が消え去ったのがわかる。


「俺じゃない!兵士が!兵士がやったんだ!見逃してくれ!助けてくれ!」

 見苦しく言い訳を続ける領主にゆっくり振り返る。

「あんな貧乏人共が死んで誰が困る!屑が死んだだけだ!あんな連中は死んで当然だ!」

 耳障りな事を喚き立てる領主(アメリカ)を黙らせようと歩み寄っていた俺の足が止まる。

 論破しながら指を1本1本へし折ってやろうと、言った事を聞き漏らすまいとしていた中で感心したからだ。


「ほう?いい事を言うな?」

 俺が初めて肯定する言葉を発した事に、領主(アメリカ)は一瞬目を見開き、堰を切った様に話し出した。

「そうだ!あの貧乏人ど「屑は死んで当然だな」」

 コイツは屑だがそこだけは同意できる。領主と兵士達(アメリカ)等という大罪人共は死ぬべきだ。

 その部分以外は耳が汚れるレベルの戯言だったので無音(ローア)を掛けて黙らせる。


 汚らしい領主(アメリカ)の目が俺達を見ているというのも不愉快だ。

 続いて光量調節(ガーサ)で視界を真緑に塗り替える。

 思わず光剣(サーナギオン)で首を刎ねなかった自制心は褒められてしかるべきだと思う。

 コイツには兵士達(アメリカ軍)を率いた責任を取って最も惨たらしい拷問の上で死ぬという役割がある。




 真・自由落下(クーチュフーユ)で宙に浮かべた領主(アメリカ)を運びながら、シャーシャちゃんとミミカカちゃんを伴って領主の館を後にする。

 門の外まで来た時点で、俺が2人にこの先の予定を何も共有してない事を思い出す。

 領主(アメリカ)にどういう拷問をするかに意識を向けていたからだ。


「あー、この先の事ですが………」

 振り向くと2人は黙って俺の様子を窺っている。

 固唾を呑んで見守るっていうのはこういうのを言うんだろう。


「ん?どうかしましたか、2人共?」

 不思議に思って尋ねる。

 人の心の機微とか全然わからないヤマトーさんと言えど、違和感を感じない程鈍感ではない。

 反応がいつもと違えば何かと思う。


 発言を促してみても気不味そうに、俺から目を反らして2人でお互いの顔を見合うばかり。

 どうしたんだろう?

 あれ程までに会いたかった2人に冷たくされて神誉さんかなり悲しい。


「………ミミカカさん、驚いて、ます」

 やがて観念した様にシャーシャちゃんが語り出してくれた。

「驚く、ですか?」

 ミミカカちゃんの肌は健康的な小麦色で顔色の変化がわかりにくい。

 そう言われて確認してみると顔の血色がいつもより若干悪いのか?

 言われてそんな気がしてきただけで、普段なら何とも思わないが。


 だが、いつも元気で明るい溌剌とした印象のミミカカちゃんが俯いているのは確かだ。

 目を合わせないって事は………驚いたのは俺にか?


「………こわかったん、です」

「僕がですか?何かしたんでしょうか?」

 覚えがない………。

 あからさまな変化はわかっても細かい事を察する様な感性は俺には備わっていない。


「………お兄、ちゃん、こわい」

 ミミカカちゃんに気を取られていて気付かなかった。

 シャーシャちゃんの声は震えていて、最後は消え入る様な声音だった。

 その膝はガクガクと震えているのがダブついたカーゴパンツの上からでもわかる。


 感情の振り幅が少ないシャーシャちゃんがこんなに怯える?

 それも………この俺に?

 俺は2人に出来る限り優しく接してきたつもりだったのに?


 なんで2人はここまで怯えている?

 英雄降臨(セギノミカタ)で強化された思考力を働かせる。

 あ。必死に考えてみて、1つだけ思い当たった。

「もしかして、僕が兵士達を殺したから………ですか?」

 そう思えば当然の反応だ。


 俺は本気で命の尊さは平等だと考えている。

 鯨は捕まえてはいけないだのとほざく連中の価値観はさっぱりわからない。

 いや、あいつらそのものは、裕福な日本に所属する船舶から海賊行為をする為の、大義名分を掲げているだけで理解はできる。

 真に恐ろしいところは、大義名分としての主張と別に、本気でそう思っている人間がいるところだ。

 鯨を何故殺す、鯨は賢い、日本人は野蛮だ残虐だ、と疑いなく思っている伏がある。


 賢い生き物を殺しちゃいけないんなら、まず日本人を大量虐殺したアメリカ軍人共を全員縛り首にして処刑したらどうだろうか?

 それに豚や牛、鳥、魚類、貝類、植物は馬鹿だから殺していいんだろうか?

 それぞれ懸命に生きてると思う。やっぱりハンバーガー食ってる様なのは駄目だな。論理に一貫性がない。


 そういう意識の違いは食事の前の行動からも見て取れる。

 慎み深い日本人は料理人と、何より糧となった生命に対して感謝を捧げる。

 それに対して傲慢な連中は神に感謝を捧げる。

 神が与えたものだから、恵んだものだから、命を奪っていいし食べてもいいらしい。

 どうも神というのは生命を奪う免罪符の事らしい。

 同じ神という言葉でも俺の知っている概念からは程遠い悪辣なだけの存在だと言える。


 まぁ脱線したが命の価値だ。

 置かれた環境に拠って、殺してはいけない生き物が定められるが、人間はどうやっても色んな命を奪う。

 虫を殺す事と動物を殺す事に論理的にどれ程の違いがあるのだろうか。

 そして動物と人の命にどれ程の違いが見出だせるのか。

 それは個人の主観に大きく依るところだろう。


 命が全て尊いというのなら、人の命は細菌類と同程度の尊さだと俺は本気で思っている。

 唯一例外があるとすれば、それは現人神であらせられる天皇陛下ぐらいだろう。天皇陛下のお命は星の命より尊い。

 しかし論理的に考えて同じ価値であって然るべき命だが、実際は同じ命だと言い切るのが難しい。

 虫を潰した人と人を殺した人では、俺でも向ける目は変わる。

 どれほど忌むべき不倶戴天の敵(アメリカ軍)であろうと人は人。 


 俺は館に於いて数人の死体を作り出している。

 門の前で刺殺した2人の兵士。

 廊下ですれ違って首を刎ねた執事らしき男。

 領主の部屋に駆けつけてきた女中。

 最後に駆けつけて来た冒険者達4人。


 別の部屋で斬首した、領主の家族らしき人物達の方は目撃されていないとは思うが。

 後はもしかしたら冒険者の内、完全燃焼(アオカラークロエ)で消し炭にしたものは死体と認識されていないかもしれない。

 しかしそれでも6人分の死体を目撃された事になる。


 被疑者は俺。

 状況的にもそれ以外はありえないだろう。

 そして間違いなく犯人だ。

 怖いと思うのも当然かもしれない。

 しかし。


「………違い、ます」

 首を振るシャーシャちゃん。


 まぁ当然か。

 生鮮食品売り場に行けば切り身やバラ肉が売ってる様な環境ではないのだ。

 自分で肉を解体し、人によっては得物を狩るところから携わる事になる。

 そして何より治安が悪く、自分の身は自分で守るのが当たり前な文化。

 殺人は日常茶飯事とまで言わなくてもおそらく日常から切り離せる程遠いものではない。


 という事は俺は。

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 いくら日本より遙かに存在が身近と言えど、殺人者が全く恐ろしくないというものではないだろう。

 自らの存在を脅かし得る直接的な脅威だ。

 そんな殺人者である事より重視される事柄?

 一体俺の何を見て、知って、そこまでの恐れを抱く様になった?


 2人の怯え様は尋常なものではない。

 恐怖の余り体が震え出している様だ。

 シャーシャは震えるのを抑えながら絞り出す様に話すのがやっと。

 ミミカカに至っては俯いて震えるばかりで目すら合わせてくれない。


 ………俺は2人を失う事を恐れていた。

 こうして再会する事でその心配は払拭されたと安堵していた。

 だがまさか。

 まさか心が離れるという形で2人を失う事になるとは。




 暫く呆然としていたらしい。

 ふと気付くと喉がカラカラに乾いていた。

 だがそれ程の間呆然としていたにも関わらず、2人の様子は相変わらずだった。

 空気が重い。


 沈黙が訪れる理由はそう多くない。

 1つは話し合っていた人間が不意に黙り込む沈黙。海外では妖精が通ったと形容されるらしい。

 1つは集中がもたらす沈黙。専心していて会話に割くリソースがない為に訪れる静寂だ。

 1つは気不味い沈黙。話を進める事で何らかの不都合が生じる事が予想される為に口を開けなくなる。


 今この場を支配する沈黙は無論、気不味い沈黙だ。

 この重たい空気を切り裂くのには相応の覚悟が必要になる。

 殺人者である事よりも恐れられている理由を聞かされる事になるからだ。


「俺は、何故、それ程まで、恐れられて、いるんだ?」

 声が掠れて途切れ途切れになった。

 話す度に喉が傷み、咳き込みそうになるのをこらえた。

 まるで喉と心が連動しているかの様だと感じた………。

16/10/15 投稿

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