グララ、日本男子を目指す
我こそはグララ・グラーバだ!
全く大変な目に遭ったのだ!
我等は兵士に追い回されておった!
それもこれも宿屋の主人!
彼奴めに裏切られたからなのだ!
我がこの街に来て以来世話になっておる男だ!
つまり最早3年来顔を突き合わせてきた事になる!
宿屋の主人ことツージ!それが奴の名前なのだ!
元々はこの宿、空飛ぶベーコン亭に住み込みで働いておったらしい!
丁稚として働き続けたのを認められて、前の主人から宿を譲り受け今の立場となったのだ!
顔を合わせておる内に、そう自慢してきおったのを聞いたのである!
そして長く宿屋で働き続けただけあって、トラブルの対処に慣れておる!
ここに長く厄介になっておったが、我も目立ったトラブルには巻き込まれておらん!
加えて客を見る目もある!
金を持っておるか、問題を抱えておるか、人がいいか!
客に応じて対応を変える事でうまくやってきおった!
しかし全てはあの日から狂い始めておったのだ!
奇妙な光沢すら持った黒い珍しい服!
連れ立った妹殿の綺麗な肌と輝く髪と白い服!
一目見て貴族である事がわかる2人だった!
だが只の貴族ではないのも確かだったのだ!
馬車にも乗っておらん!
従者も連れておらん!
放蕩者か、勘当されたか、或いは家が潰れたか!
何にせよ金を持っておって、尚且つ真っ当な貴族でもない!
主人はふっかけおった!
相手は訝しむ様子もないどころか10日分の宿代を一気に払いおった!
主人も内心ではさぞ喜んでおったことだろう!
それが自分の身の破滅を招くとも知らず!
ヤマトー殿達は強かった!
それも常軌を逸したレベルで!
絡んできた冒険者を素手で叩きのめした!
曰く、灰色の猟犬の群を1人で撃退した!
冒険者達の武器を事もなげに真っ二つにした!
門番の兵士達を武器も使わずに半殺しにした!
そして極めつけにヤマトー殿は、魔法の腕までもが超一流!
主人はさぞ生きた心地がせんかった事だろう!
知らずの内にヤマトー殿と敵対しておる立場となれば、我ならまず死を覚悟する!
何せ無手で冒険者を蹴散らす程に腕っ節も強い上に、魔法に至ってはどんな魔法使いも及ばぬ無敵と言っていい領域!
何より敵とみなしたものに全く容赦がない!
加えて、そこらの馬鹿を騙す様に口八丁でごまかせば、即座に敵と認定されるだろう頭の回転の速さも兼ね備えておる!
そんなヤマトー殿への負い目を堪え切れぬ様になった主人はついにある決断をした!
ヤマトー殿を領主へ売り渡したのだ!反逆を企てておる謀反人として!
経緯もあって、主人は宿屋に対する思い入れが深い!
その思い入れが被害妄想的な想いを抱かせたのかも知れぬ!
ヤマトー殿に反逆者の汚名を着せたのだ!
負い目のあるヤマトー殿を自らの元から排除でき、領主に強力な冒険者を紹介でき恩を売れる!
一石二鳥の案と言っていい!ただし実現できるならばだが!
実現できぬ以上はおおよそ考えられる限り最悪の決断をしたと言っていいのだ!
別にヤマトー殿にとって金は惜しむべきものではないのだ!
教会に金貨を十数枚も寄付できる程裕福である以上、宿代の事はヤマトー殿にとって大した事ではないのだ!
それは主人が馬鹿な企てをできるぐらい、五体無事で過ごしておれる事からも自明である!
もしヤマトー殿が許してないのであれば、無事で済んておる筈等ないのだ!
今日まで主人は敵と見做されておらんかった!
しかし今回の事で主人はヤマトー殿と明確に敵対してしまった!
それはおそらく昨日我が「ヤマトー殿は我が見た事もない様な魔法の使い手である」と話してしまったせいだろう!
あの凄まじい魔法を見た興奮を誰かに伝えたかったのだ!
話相手が少ない我は、自然主人に対して語る事となった!
思えばこの一言が最後の一押しになってしまったのかもしれぬ!
主人は我にこう言ったのだ!
「貴族様が魔法を使えるんなら、教えてもらったらどうだ」
我が魔法を碌に使えぬ事を知っておった主人に唆されたのだ!
とにかくこうして町中を走り回って兵士達から逃げまわる嵌めになっておる!
しかしこの町に来て数年来であるが、この様な大立ち回りをしたのは初めてなのだ!
本当にヤマトー殿といると驚く事ばかりである!
素手で冒険者を叩きのめせるその強さ!
惜しげなく我に金貨を渡すその裕福さ!
貧民街の女子供に金を配るその優しさ!
教会の孤児の為に寄付するその高潔さ!
精霊を知っていたかの様なその秀才さ!
ありえぬ食料を取り出すその不思議さ!
いきなり魔法を使いこなすその非凡さ!
次々生み出されゆく魔法のその多彩さ!
だが一番驚かされたのは他ならぬ口説かれた時の事だ!
我は故郷を出て以来、人目を避けて部屋に篭って暮らしておった!
当然それまで男から言い寄られた事も全くないのだ!
男に限らずそもそも人とは根本的に会っておらぬ!
話す相手と言えば宿屋の主人とその女中、後は写本を卸す馴染みの商人ぐらいである!
そんな我はいつも恋仲の男女が、何故寄り添い合うのか全く理解できんかった!
だがあの時、初めて理解できた!
激しく相手を求めてしまうのだ!
ヤマトー殿はその多才さ、非凡さ、勇猛さと裏腹に、年若い男子である!
低い鼻、羨まんばかりの綺麗な肌といい、明らかに子供と言っていい!
背こそ高いものの、明らかに年下であるヤマトー殿に、我はすっかり翻弄されてしまったのだ!
手を握っておるにも関わらず、不埒さを一切感じさせぬ張り詰めた様な真剣な顔!
我の心の奥底を溶かし尽くす熱を持ったかの様な、次々紡ぎ出される甘い言葉の数々!
我はすっかり参ってしまったのだ!
理解できぬという者がいれば自分の身に置き換えて考えてみればよいのだ!
裕福な貴族の生まれである、年の頃14,5歳の年若い男!
美形という訳ではないが、幼く可愛らしい顔立ちをしておる!
身なりはいつも清潔で、どういう訳か汗の匂いが殆どせぬ!
そんな者が我を一心不乱に口説こうとするのだ!
とても悪い気はせん!
男ならば女に置き換えて考えてみればよいのだ!
裕福な貴族の幼く可愛らしい顔立ちの、清潔な身なりの14,5歳の年若い娘!
そんな娘が手を握りながら必死に、自らの胸の想いを真っ直ぐぶつけてくるのだ!
同性愛者でもなければ揺らぐに決まっておる!
貴族連中には年下趣味なるものがあると聞いておったが、まさかこんなにいいものだったとはな!
昔は全く理解できんかったが、こうなれば痛い程理解できる!
あの様に懸命に、一直線に思いの丈をぶつけられては!
年下から想われるのがこんなに心地良いものだったとは!
貴族の婚姻関係は、家柄の結び付きを強めるという側面が強すぎて、恋愛等というものとは程遠い!
我も貴族の生まれである以上は、それを当然と思っておった!
だが一度あの無垢さを知ってしまった以上、どうして忘れられようか!
しかもヤマトー殿は可愛いだけの只の子供ではない!
家柄もよく、腕っ節まで強く、何よりも魔法を極めておる!
我の婿として全く理想の通りと言っていいのだ!
ヤマトー殿を当主とすれば、グラーバ家の力は比較にならぬ程強くなるに決まっておる!
だが今のままでは問題があるのも確かだ!
何せ我は今のままではグラーバ家には戻れぬ!
まともな魔法が使える様になるまで帰ってくるなと言われておるのだ!
残念ながら未だ魔法は使える様になっておらん!
つまりこのままではヤマトー殿を連れてグラーバ家に戻っても、ヤマトー殿だけ取り上げられてしまう!
我とは血の繋がっておらぬ、姉妹達の誰かと結婚させられてしまうに違いない!
あれ程の愛の言葉を我に捧げてくれたヤマトー殿が!
そんな事は許せぬのだ!
前にも増して魔法の習得に励まねばならなくなった!
我がグラーバ家に戻り、そしてヤマトー殿と結婚する為にも!
一念発起した我は、1人で修行するのを止めた!
何せ丁度いい手本が傍にいるのだ!
妹殿にミミカカ殿!
2人は我等巨人殺しの一員なのだ!
ヤマトー殿と同じく優秀な戦士でありながら、強力な魔法使い!
特に妹殿はあのヤマトー殿の妹だけあって、凄まじい炎を生み出す!
家1つを丸々飲み込む様な大きな炎を、事もなく作り出したのだ!
これで魔法をつい先刻知ったばかりなのである!
まるで英雄譚の一節の様な光景が、実際に我の目の前で繰り広げられたのだ!
ミミカカ殿は、ヤマトー殿と妹殿の圧倒的な魔法に比べれば見劣りしておる!
だがそれは比べる相手が悪すぎるだけなのだ!
片や物語の中の英雄!片や比類なき魔力を身に付けた正真正銘の天才!
既存の魔法使いとして見ればミミカカ殿は、見劣りするどころか優秀な使い手である!
そして何よりヤマトー殿は、全く持って魔法の天才なのだ!
魔法の名門、グラーバの生まれである我ですら、全く理解できぬ魔法を使いこなしおる!
1度も失敗せずに!
きっと、そんな天才であるヤマトー殿は我の苦労等わからぬに違いないのだ!
実際我はかつて童だった頃、読み書きや計算が覚えられぬ同じ年の者の気持ち等、さっぱり理解できんかったのを覚えておる!
天才は凡人の悩み等理解できぬものなのだ!
だが我は恵まれておる!
魔法の使えんかった、しかしそれでいて今はコツを掴んでおる魔法使い!
そんな魔法を教わるのに、何よりも適しておる逸材が我の傍に2人!
なんたる幸運!
これはきっと神とやらも、我が魔法を覚え、ヤマトー殿を婿に迎えるのを祝福しておるに違いないのだ!
運命というやつである!
そう思って我は、妹殿とミミカカ殿を連れ出して魔法を教わろうとした!
それがどうしてこうなったのだー!
我は今や1人ぼっちなのだ!
兵士達に追い回されたからである!
うぅ、生きた心地がしなかったのだ!
「………走って逃げよう」
兵士達が我等を取り囲もうと迫る中で、妹殿がそう言った時、我は血の気が引いたのを覚えておる!
健脚を誇る2人なら、兵士から逃げられるだろう!
だが我はどうなる!?
3人と共に走った時、我は全く追いつけなかったのだ!
それも3人は全力で走っていないにも関わらず!
「グララは置いてくつもり?」
ミミカカ殿もどうなるのか想像できた様なのだ!
妹殿は子供である故に気付かないのか!?
「わ、我を置いてくのか!後生だから見捨てないでくれ!」
思わず妹殿に懇願する我!
しかして、想いは通じた!
「………先に逃げてください。ミミカカさんとわたしが残ります」
共に逃げるどころか、2人で我を逃してくれると言ってくれたのだ!
「わ、わかったのだ!恩に着るのだ!」
………避けられておったから我は、てっきり自分が嫌われておるのかと思っておった!
幼いながらもヤマトー殿の妹だけあって、責任感を持った立派な貴族なのだ!
妹殿の決死の献身を恩に着ながら懸命に走った!
今こうしている間にも、2人は我を助ける為に兵士達を足止めしてくれておるに違いないのだ!
無駄にしてはならぬ!
我は早く敵の手から逃れる為、必死に走ってみせた!
しばらく走ると我の横を、人の頭程の大きさの火の玉が通りすぎていった!
「ほぎゃっほおおお!」
火が!火が!
兵士に魔法使いがおったのだ!
走りながらでは狙いを付けられぬのか、今の火は我を大きく逸れておった!
しかし逃げれば逃げる程兵士との距離は縮まり、魔法の狙いが正確になってきておる!
あの3人が作り出す火に比べれば大したものではないが、それでも服に燃え移れば殊だ!
なんとかせねばならぬ!
我は3人と違って武器を持って戦う術なぞ全く知らぬ!
であるならば!
ボッ!
辺り一面を赤く染め上げる圧倒的な光!
背後から感じる圧倒的な熱!
兵士の使う魔法等とは比べ物にならぬ、凄まじい炎がすぐ背後に落ちたのだ!
「おっぱおっぱおっぱ!」
我も余りの火の大きさに取り乱してしまったのだ!
すぐ近くにまで迫っておった兵士達が消し飛んでおる!
今のは我が思い浮かべた通りの巨大な炎!
やはり我は天才だったのだ!
魔法に関しては少し遅咲きだっただけで!
今この瞬間!絶体絶命のピンチに!その秘めたる才能が解き放たれたのだ!
「ははははは!」
やった!やったのだ!夢にまで見た魔法が今!我の手に!
「誰に喧嘩を売ったのか思い知るがいいのだ!」
もう小奴ら如き怖くないのだ!
「我こそ偉大なぐぱぱぱぱぱぱ!」
なんか熱いと思ったら我のマントに火が燃え移っておるのだー!
自らの強力過ぎる魔法を制御し切れず死んでしまう!
せっかく魔法が使える様になったのにあんまりなのだー!
必死に火を消そうとする!
おのれマント!逃げるでないのだ!
我は何処までも逃げるマントを追い続けた!
さて!
当面の危機は去ったのだ!
我を追い掛けておった兵士達は、体を真っ黒に焦がして倒れておった!
我自身を脅かす程の強力な炎!
本来向けられる筈だった兵士達は、一溜まりもないに違いないのだ!
しかしこれからどうしたものか!
兵士は今倒したのが全てではないのだ!
我は未だ追われる身!
我が追われたという事は、妹殿もミミカカ殿もピンチに違いない!
という事は我の取るべき道は1つ!
無論身の安全を確保する事だ!
魔法を覚えるという目的を果たした以上、2人はもう用なしなのだ!
特にミミカカ殿はヤマトー殿の傍におる年頃の娘!
我がヤマトー殿を婿に迎える準備を万端とする為に、期せずして障害を排除できたのは行幸だったのだ!
問題は味方が極端に少ない事である!
最も頼りになるヤマトー殿の元にも、兵士達が行っておるに違いない上、合流しようにも何処におるのかわからぬ!
妹殿とミミカカ殿は我の尊い犠牲となった!
世話になっておった宿屋の主人は敵!
我1人であったなら、頼るべき者もなく途方にくれておった!
いくら強力な魔法が使える様になったとはいえ、我自身は非力な女に過ぎぬ!
一斉に襲いかかられれば、大半を巻き込む事はできても、多勢に無勢で負けてしまう!
魔法の集中には時間がかかる故、魔法使いには集中する時間を稼ぐ味方が必要なのだ!
しかし賢い我には、この状況でも頼るべきものがわかっておった!
今回の騒動で、領主が敵対したものは大きく3つある!
1つは我等!1つは貧困街!1つは教会!
貧困街には碌な自衛能力がない!
あの街娼の娘達も今頃は、兵士に捕まるか殺されるか慰み者になっておるかに違いない!
拠って我が頼るべきは教会以外ありえぬのだ!
我は別に神というものを信じてはおらぬ!
だがそれを公言する事は憚られる!
教会の教えそのものは概ね、品行方正に生きる事を推奨する内容である!
我もそれを否定せぬし、それどころか立派な考えだと同意できる!
それ故に多くの者は教会の教えを信じておる!
しかし教えが正しいからといって、その存在が正しくなるものではないのだ!
正しい事に従うのと、正しい事を言う者に従うのでは、その間に埋め難い隔絶が存在しておる!
つまり神に従うのと、神の言葉を代弁する者に従うのでは、前提が違い過ぎるのだ!
教会が言うには、神はいつも人を見ておって、正しい者を助けてくれるのだそうだ!
だが我は、そうする神の姿というものを見た事がないのだ!
我が見たのは、神の言葉とやらを口にする心情定かならざる人間だけ!
そんなあやふやなものを無条件に信じる気にはならないのだ!
目の前にないものは信じられぬ!
とまぁ、我自身は信じておらぬが、教会の実在までは否定できぬのだ!
否定できぬどころか貴族であれば、教会の権力の強さを知らぬ者はおらぬ!
無論いくら領主とはいえ、表立って敵対したい等と思う筈がないのだ!
敵対するという事は、国教と認めた王国に弓引くも同然!
教会への敵対は自らの未来を閉ざす行為に近いのだ!
それに教会自体が自衛力を備えておる!
敵対していい事等は何もないのだ!
そしてヤマトー殿は、そんな教会に対して敵対するどころか、高額の寄付を行っておる!
有力貴族だけあって教会の恐ろしさを知っておると見え、如才なく金貨を配っておった!
我はその場面に同行しておった!ヤマトー殿の傍に!
教会も高額の寄付を行った者と、その関係者を悪く扱うまい!
組織である以上、政治的な思惑は必ず絡むに違いないのだ!
確実に領主の息がかかっておらず、領主の力を跳ね除ける力を持ち、我に友好的!
教会を頼りにせぬ手はない!
我は早速教会に向かう事にしたのだ!
16/10/08 投稿