日本男子、後始末する
R-15 出血表現有り
俺は今、可愛い女の子と差し向かいだった。
とりあえず周囲の様子を伺う。
建物の中に侵入したガーゴイヌは撃破した3匹だけの様だ。
奥で固まっていたご婦人方と幼い子供からなる非戦闘員達十数人は、息をするのも忘れたかの様に静かにこちらを見つめていた。
まぁ対抗手段もなくガーゴイヌに襲われて絶体絶命の危機、と思ったら知らない男がやってきてあれよあれよという間もなくガーゴイヌを全滅したのだ。混乱するなという方が無理な話だろう。
「あ、あの、貴方は一体?」
やがて意を決して、不安がる子供達を守る様に両手で抱いていた若い娘さんが尋ねてきた。俺と同い年か少し若いぐらいに見えるが、人種も生活様式も違うのであてにはならない。一般的にアジア人は歳以上に若く見えるらしいし。
問い掛けられた言葉は明らかに日本語によるものでは無かったが、問題なく聞き取れた。
「犬に襲われてるのを見て助けにきた」
俺の口から出た返答も日本語ではなかったが、慣れ親しんだ言葉であるかのように滑らかに紡ぐことが出来た。
とりあえず言葉が通じずコミュニケーションも取れないということはないらしい。なんでだろう?無論、俺の才能によるものではないし。
俺の高校英語の成績は10段階中4だ。そう、俺はあまりお勉強が得意ではないのだ!お勉強ができない子にありがちな「保健体育だけは点数が高い」というのも俺にはない。
あと友達少ない。クラスに必ずいたであろう浮いてる感じの変な子ポジションだった。同じポジションの子とゲームとかの話をして休み時間を過ごしてたのがこの俺、神誉大和さんだ。お勉強が苦手どころか社会生活そのものが苦手と言っていいだろう。
よって俺の秘められた言語能力が、初めて聞いた言語を一瞬で翻訳したという線は無い。
光輝いて異世界に旅立つにあたって、なんか不思議パワーで知らない間に体が最適化されて言葉を喋れるようになっているんだろうか?どうせもう日常から切り離されて、突然異世界の大地に立つという説明のつかない体験をしているのだ。「ありえない、ありえない」と言って現実を否定するような真似は避けよう。
考えても仕方ないことは考えても仕方ないので考えないのが神誉さん流。異世界パワー万歳。
若い娘さんは理解が追い付かないと言った様子でこちらの様子を伺いながら沈黙している。
容姿を観察してみると、身長150センチ程、毛先が跳ね気味の髪は明るい茶色で肩にかかるぐらいの長さ、余分な肉のないほっそりとした体は健康的な褐色肌。顔立ちは勝ち気そうな眉毛と長い睫毛に縁取られた大きな瞳が活発そうな印象を与えているが、まだ丸みのある頬にあどけなさも残している。
紳士諸君が気にするであろう夢と希望の詰まった膨らみについての詳細情報はわからない。彼女はゆったりとしたチュニックと膝丈のパンツ(この場合のパンツとは無論インナーではなくボトム)に身を包んでいたので体型がよくわからないのだ。
パンツから伸びた細くしなやかな脚はその先端をサンダルのような靴で覆っている。衣服は全体的におそらく森の草木で染め上げられたであろう目に優しい薄っすらとした緑色で基本は無地。服の淵には幾何学的な模様が見える。こういうのをボヘミアン調というのだろうか?
胸元にある花を模したワンポイントの刺繍が鮮やかでオシャレだ。
これからは心の中で彼女のことをお花ちゃんと呼ぼうと思う。
さて、この若い娘さん改めお花ちゃん。なかなか出来た人物のようだ。
というのも突然の襲撃に怯えた子供達は彼女に両脇から必死にしがみついているし、彼女もそんな子供達を安心させるように両の手で抱きしめている。その他ご婦人方も彼女の後ろに隠れるようにしている。
また、お花ちゃん自身が自らの身体を盾とするかのように前に立とうとしている。おそらく普段から頼りにされ、実際に頼りになる、心の拠り所たる人物なんだろう。
何より着目すべき点はその手足が血塗れである事だ。どうもこのお花ちゃん、無手であるにも関わらず、後ろに居る戦えない人達を守る為にガーゴイヌに立ち向かったらしい。
肉が抉り取られた箇所は見当たらないので、辛うじて噛まれはしなかった様だ。しかし石で出来た鋭い牙は何度も皮膚を掠めたらしく、場所によってはかなり深く肉を切り裂かれている。
その傷にも関わらず彼女は他の人達を不安がらせない様に、辛い顔一つせずにこちらを油断なく見つめているのだ。
血塗れの女の子の姿を見るのは居た堪れない。
「傷を見てやる」
俺はそう言って背嚢を下ろして救急箱を取り出す。まず手袋を外して消毒液のスプレーをたっぷり使って自分の手を洗う。医療従事者は自分の身を清潔に保たなければならない。
お花ちゃん達一同は不安気な目つきで得体の知れない俺とその治療光景を見つめている。
「傷口を清める」
何も言わずに体を好き勝手に弄り回されるというのも不安だろうから最低限の内容でも声をかける。
傷口を洗い流すのに使うのはこの村の水と、俺の愛飲してる紅茶のどちらを使うのがどっちがいいんだろう?
よく考えずに自分の水筒を取り出す。この村の水源はおそらく井戸だろうがどんな雑菌が繁殖しているかわからない。それに比べたらお茶の方が殺菌作用があるらしいのでマシな気がしたのだ。完全に素人判断でしかないが。
幸いお花ちゃんは不安気な表情をしているものの、されるがままに傷口に紅茶をかけられている。そして消毒スプレーを傷口に向けて散布する。
「傷を治療する」
濡れた傷口を清潔なタオルで拭き取り、救急箱から取り出したガーゼを傷口に当てて伸縮包帯を少し強めに巻きつける。いわゆるかさぶたを作って直す乾燥療法の対処だ。
湿潤療法に使うパッドもあるのだが、たしか動物に噛まれるなど感染症の危険がある場合は採用してはいけない治療法なのだ。
ちなみに包帯で心臓に近い側を強く巻くのは場合によっては血が余計止まらなくなるらしいのでしない。止血点とか知らないし。俺が迷うような仕草をすると不安がらせるかもしれないので迷いなく全ての傷に同じ処置をする。
「後は安静にしていれば大丈夫だ」
治療の終了を告げて救急箱を背嚢へと片付け終えると、俺は外していた手袋を付け直し、脇に置いていたマチェットを手にして立ち上がる。
お花ちゃん達は黙って手足に巻かれた包帯をまじまじと見つめている。おそらくは包帯が見慣れないのだろう。
「俺はこれから残りの犬を始末してくる。動ける人間はお湯を多く沸かしておいてほしい」
そう告げて反応を見ることもなく走り出す。
よく考えたら村の水も一度沸騰させさえすれば医療行為に使えたんだよなぁ、と気づいたのだ。限りある紅茶を使うこともなかった。後悔先に立たず。虻蜂取らず。アルカトラズ。
俺は語感が似ているだけの言葉を羅列しつつ、村の外で未だにガーゴイヌと戦っているであろう男達の元へ向かったのだった。
俺が駆けつける頃には男達の頼りの綱であった手斧は全部使えなくなっていて、柄の長い農具で必死に応戦していた。どうもこの村の食料調達は森林での採取と狩猟が主眼に置かれていて、鋤や鍬などの農具も十分な数はないらしい。
ちなみにもう鐘の音は聞こえてこない。誰が鳴らしてたのかは知らないが、男達の劣勢を見て助太刀に入ったか何かしたんだろう。
そうか、お花ちゃんの治療をするより先にこっちに助太刀にくればよかったんだ、と今更に気付く。お花ちゃんは出血こそしてたものの、それだけで死ぬような傷ではなかったのだから、ガーゴイヌを全滅してからゆっくり治療してもよかったのだ。
正直、女の子が血塗れになっている状態に平静で居られなかった。仕方ないだろう。反省は大事だが過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
気にせずに目の前にある自分にできることをしよう。
「神風見参!」
というわけで再び叫びながら走り寄って目の前のガーゴイヌを蹴っ飛ばす。
大声にガーゴイヌが萎縮することがあるのかはかなり疑わしいが、俺が恐怖心を克服するのには間違いなく有効なのだ。大声を出せば自分はやれると、体の底から力が湧いてくるような気がする。尚、例によって発せられる言葉は「神誉セレクション 咄嗟に出てくるとカッコいい言葉集 ~戦闘編~」から選ばれている。
顎の下から全力で蹴り上げられたガーゴイヌは盛大に砕け散った。鉄芯入り安全靴の威力を見よ!
残りのガーゴイヌは全部で7匹。それに対して男達は人数こそ優っているものの、半数が負傷していて有効な武器も持っていない。とにかく急いで敵の数を減らさないといけない。
1番近くに居たガーゴイヌにマチェットを上段から全力で振り下ろす!
切断!ガーゴイヌは頭を真っ二つにされて動きを止めた。
「1つ!」
ガーゴイヌ達がこちらに気付いて向き直る。
マチェットを構え直し、目に入ったガーゴイヌに大きく踏み込みながら水平方向に振りぬく!
どうもガーゴイヌはその防御力の高さ故か、本物の犬と同じような素早さはない上、そもそも回避行動を取ることがない。防御力を盾に必殺の牙で倒すというゴリ押しタイプらしい。実にプロレス魂あふれた犬である。
直撃!フルスイングを浴びて頭を木っ端微塵に吹き飛ばされていた。
「2つ!」
ガーゴイヌ達がこちらに駆け出す。
再びマチェットを構え直して逆袈裟の要領で振り下ろす!
真っ二つ!ガーゴイヌは頭から斜めに切り落とされ………るようなことはなくやっぱり首から上が砕けた。
「3つ!」
ガーゴイヌ達の内、近くにいた個体が飛びかかってくる。
マチェットは振り下ろしたままなので、正面に捉えたガーゴイヌに左のフロントハイキックを叩き込む!
ビッグブート!分厚いゴムソールの直撃を受けて頭から砕け散る。
「4つ!」
ガーゴイヌ達はその数を半分に減らしたがもう集結して迎撃の準備を整えている。
困った!圧倒的な性能を誇る日本の輝かしい工業製品に身を包んでいるとは言え、俺自身は紛れも無くただの一般人で戦いに関して非才の身でしかないのだ。何なら戦い以外の才能に関しても非才だ。
とにかく非才の身である俺は、装備の性能に頼ってガーゴイヌを一撃で倒すことで各個撃破してきた。
しかし同時に相手をするとなったら勝手が違いすぎる。1匹を倒す間に他の個体に脚を食い千切られたらもう、マチェットによる斬撃も、安全靴による蹴撃も十全の威力で繰り出すことはできなくなる。
そもそも相手が1匹だったとしても攻撃されること自体がまずい。俺には攻撃を回避する、受け流す、防御すると言った技術がないのだ。
残ったガーゴイヌはこちらを既に認識している。さらに村の男達がここで押し留めようと決死の覚悟で戦った努力が実を結び、ガーゴイヌ達は追いやられて密集しているのだ。攻撃されずに全滅するのは流石に不可能だろう。
挟撃されないように立ち位置に気をつけ、ガーゴイヌ達の群れの端と対峙するよう意識する。
それでもガーゴイヌ達は最も離れている個体同士でも2メートルの距離もないのだ。
村の男達は農具を前面に突き出しながらガーゴイヌと距離を置くことに終止して成り行きを見守っている。ガーゴイヌに有効な武器も持っていない以上援護は期待できない。
辞世の句を詠むべきか?
ちなみに「神誉セレクション 咄嗟に出てくるとカッコいい言葉集 ~辞世の句編~」では「矢弾尽き果て散るぞ口惜し」と「死ぬ前に女の乳が揉みたかったあああああ!」の2つがノミネートされている。
それぞれ勇敢さと俗っぽさ溢れる両極端な言葉が並んでいるのが我ながら興味深い。
「あらたのし 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」なんかも憧れるが、本懐を成し遂げた暁にしかこの句を詠むことは出来ないので、この言葉を最期に残すのは難しいと思われる。
とりあえず辞世の句をどちらにするかは置いておいて頭数を減らしにかかる。
こちらに駆け出すガーゴイヌの頭目掛けて袈裟懸けにマチェットを振り下ろす!
武士道!脳天を叩き割る。
袈裟懸けで振り下ろしたマチェットを返して払うように繰り出す!
クリティカルヒット!首を跳ねる。
そのまま斬撃の踏み込みで曲げた膝を軸足として活かして、飛び上がるような勢いをつけ近くに居たガーゴイヌの顎先を蹴り上げる!
クリーンヒット!頭部を粉砕する。
が、快進撃もここまで。あと1匹まで数を減らしたが、やはり全滅するには到らなかった。
特に蹴り上げを出して体が伸び上がっている状況からでは出せる攻撃がない。
最後のガーゴイヌは脚を振り上げて無防備となった俺に飛び掛かっている。
いくら石の体で出来たガーゴイヌが鈍重であろうともう間に合わない。
どうする俺?
どうする俺!
ガーゴイヌの鋭い牙が!
力強い顎が!
俺の脚を捉えるまで残り50センチ!
16/06/18 投稿