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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の発露
39/154

シャーシャ、日本男子を恐れる

R-15 残酷な表現あり

 わたしはシャーシャ・ホマレー、お兄ちゃんの妹です。


 兵士の人たちをみんなやっつけたわたしたちは、まだ困ってました。

 お兄ちゃんもわたしたちみたいに兵士の人たちと戦ったはずでした。

 わたしたちがけがもしないでやっつけられたから、お兄ちゃんはかんたんにやっつけたんだって思いました。


 でも。

 兵士の人たちをやっつけたお兄ちゃんは、その後どうしたんだろ?


「………お兄ちゃん、どこにいると思う?」

「んー、アタシたちを待ってくれてるなら宿屋?」

「………ううん、多分お兄ちゃんは宿屋にはいない」

 ミミカカさんの言葉に首を振るわたし。


 お兄ちゃんもはじめはたぶん、宿屋で待っててくれたと思う。

 でも宿屋にいるのは兵士の人たちにもわかってるし、そのままいたらずっと戦わなきゃいけない。

 それに、

「………お兄ちゃんもわたしたちを探してると思う。」


 わたしたちは兵士の人たちから、お兄ちゃんも戦ってるのを聞きました。

 だったらお兄ちゃんも兵士の人たちから、わたしたちも戦ったのを聞いたって思いました。

「ヤマトーさんなら、アタシたちのことを探してくれるか」

 ミミカカさんもそうだと思ったみたい。


「………でも、お兄ちゃんがどこにいるのかわからない」

「アタシたちのところに来てくれるんじゃないの?」

「………お兄ちゃんはわたしたちがどこにいるか知らない」

「あ、そうか」


「………だからお兄ちゃんが、わたしたちをどうやって探すのか、考えないと」

 でもお兄ちゃんは頭がいいし、すごい魔法が使えます。

 どんなことをしようとするのか、ぜんぜんわかりませんでした。




「ふっふーん!」

「………?」

 ミミカカさんが、両手をこしに当てて、自信まんまんな顔してる。


「ふっふーん!アタシにはヤマトーさんが、どこにいるのかわかるんだから!」

「………え?」

 お兄ちゃんの場所が?


「じゃじゃーん!」

 ミミカカさんが小さいのを 見せてくれました。

「………なにこれ?」

 黒くて、半分すきとおってて、中に銀色と赤色の棒が入ってる。


「この石はヤマトーさんがくれた魔法の石!」

「………魔法の石?」

「この棒の赤いのが向いてる方向には、なんとヤマトーさんがいるの!」

 ! これがあったらお兄ちゃんに会える!


「………なら早く行こ!」

 わたしは棒が向いてる方向に走り出しました。

「うん!早くヤマトーさんのところに………あれ、ちょっと待って?」

 わたしといっしょに走り出した、ミミカカさんが止まってしまいました。


「………どうしたの?」

「シャーシャ、ちょっとこっちに動いてみて?」

 ミミカカさんがわたしの横を指さしました。

「………?」

 とことこ。


「やっぱりだー!」

「………何がやっぱりなの?」

 自信まんまんだったミミカカさんが、今はあわててました。


「魔法の石が………シャーシャの方に向いてる」

「………お兄ちゃんの場所がわかるんじゃないの?」

「だと思ってたんだけど」

 ミミカカさんの手にある魔法の石を見たら、棒がわたしに向いてました。


「この魔法の石………ヤマトーさんじゃなくて、シャーシャの場所を教えてくれてたのかな?」

「………んー?」

 それはちょっとヘン?


 ミミカカさんは、お兄ちゃんからこれをもらいました。

 それはお兄ちゃんが、ミミカカさんの村にいたときだと思います。

 お兄ちゃんとわたしは、そのときまだ会ってない。


 なのになんで魔法の石がわたしを?

 ………魔法?

 この石も魔法で動いてる?


「………見せて」

「うん」

 ミミカカさんから魔法の石を受け取りました。


 魔法を使う時は、精霊さんにやってほしいことを言わなきゃだめでした。

「………わたしのお兄ちゃんはヤマトーっていうの」

 わたしは魔法の石にも探して欲しいお兄ちゃんのことがわかるように、お兄ちゃんのことを心の中で教えてあげました。

「………動いた」


「あっ、これも魔法だったんだ。よく見たら精霊がこの棒を動かしてる」

「………?」

「この精霊の動きは?………そうか、だから」

 ミミカカさんは精霊が見えるから、なんで魔法の石が動いたのかわかったみたいでした。


「シャーシャ。グララは探せる?」

「………ん」

 魔法使いの人、魔法使いの人。

 さっきみたいに魔法の石に教えてみました。


「やっぱりグララは探せなかった?」

「………うん、無理」

 お兄ちゃんのときと違って、魔法の石が動かない。


「魔法の石についてる精霊は、同じ精霊に反応してるんだ」

「………同じ精霊?」

「うん。見たことのない精霊だけど、同じ精霊が近くにいると引っぱりあってる」

「………ふーん?」

 目には見えないけど火蜥蜴(サーちゃん)みたいな精霊さんが、引っぱりっこしてるのかな?


「それで同じ精霊でも、引っ張る力が強いのがいるの。そういう強い精霊がシャーシャにはついてる」

 小さな火蜥蜴(サーちゃん)が棒に張り付いて、アタシの隣りにいる大きな火蜥蜴(サーちゃん)がそれをぐいぐい引っ張ってる感じ?

「………だからうまく動かなかったの?」


「うん。でも今シャーシャが、自分についてた精霊を魔法の石にのせたから、今度はいっしょになって遠くにいる強い精霊と引っ張り合ってる」

「………その別の強い精霊がお兄ちゃん?」

 遠くにいてもわかる強い精霊って、お兄ちゃんはすごい。


「そう。精霊の力が強いと魔法の石で探せるみたい。弱い精霊だと引っ張る力が弱いから、棒が動かない」

「………それが魔法使いの人?」

「うん。多分グララぐらい精霊の力が弱いと、魔法の石を隣に置いても動かないと思う」

 なんで魔法使いの人は魔法使いをやってるんだろ?


「………お兄ちゃんはあっちにいるみたい」

 もう1回、魔法の石でお兄ちゃんを探しました。

「あっちって………」

 棒の赤い方が向いてる方向を、ミミカカさんと見る。


 町の門とは反対方向。

 わたしたちも門からはなれて、町のすみっこにいました。

 兵士の人たちから、追いかけられながら戦ってたからでした。

 お兄ちゃんが町から出てなかったら、近くにいるかもしれません。 




「………うぅ、行きたくない」

 つぶやいたわたしの声を聞いたミミカカさんが、ふしぎそうに聞いてきました。

「え?ヤマトーさんに会いたくないの?」

 ブンブン首を振って答えました。


「………お兄ちゃんには会いたい」

「じゃあなんで?」

「………多分お兄ちゃん、今すごく怒ってる」

「ヤマトーさんが?」


 お兄ちゃんが怒ってるって聞いて、ミミカカさんがおどろいてました。

 そういえばお兄ちゃんは、ミミカカさんの前ではそんなに怒ったことがないかも?

 お兄ちゃんはわたしたちにやさしいけど、怒ったらすごくこわい。


 お兄ちゃんが好きなのは、キミガヨの歌と、赤い丸のきれいな布と、優しそうなおじいちゃんの顔がすごく上手に描いてあるきれいな紙と、そしてわたしとミミカカさん。

 お兄ちゃんが嫌いなのは、おかしい事と、お兄ちゃんが好きなものを嫌いな人。


 お兄ちゃんは、お腹が空いてた人に、ご飯を食べさせてただけで、何もしてませんでした。

 何もしてないお兄ちゃんに、ひどいことをしようとする兵士の人たち。

 おかしいか、おかしくないかで言ったらぜったいにおかしかったです。

 ぜったいにお兄ちゃんは怒ってます。


「ヤマトーさんがそんな怒ったりするわけ………」

 ミミカカさんが何かしゃべろうとして、とちゅうでやめました。

 走っている途中に、兵士の人たちの死体を見つけたからでした。


 首も手も何もついてない体。

 先だけになった手。

 先だけになった足。

 全部バラバラになってました。

 しかもすごくいっぱい。


「え、これ?」

「………お兄ちゃんがやったんだ」

「これをヤマトーさんが?」

 ミミカカさんは、死体をバラバラにしたのが、お兄ちゃんだって思えないみたいでした。


「………この町で兵士の人たちと、戦う意味があるのは、わたしたちだけ」

「うん」

「………わたしたちはやってない。魔法使いの人はできない。やれるのはお兄ちゃんだけ」

「そっか」


「………それに、ここは」

「あっ、ここは」

 ミミカカさんは、この場所がどこなのか、わかってませんでした。


「………お兄ちゃんの仲間だって思ったんだと思う」

 ここは教会。孤児の人たちが暮らすところ。

「ヤマトーさん、子供たちを守ろうとしたんだ」

 ミミカカさんも、なんでお兄ちゃんが怒るのか、わかったみたいでした。


「………お兄ちゃんは、おかしいことをする人は、ぜったいに許さない」

「兵士たちはアタシたちだけじゃなく、子供たちも捕まえようとしたんだ」

「………お兄ちゃん、すごく怒ってると思う」

「ヤマトーさんが怒ってるのはわかったけど………なんで会うのがいやなの?」


「………本気で怒ったお兄ちゃんは、すごくこわいの」

「シャーシャはヤマトーさんに怒られたことがあるの?」

「………わたしはないけど、怒ってるお兄ちゃんを見たことある」


「………あ」

 兵士の人たちの死体を見て、気付いたことがありました。

「え、何?どうかしたの、シャーシャ」

「………ヘン」

「ヘン?」


「………血、出てない」

 切られたところは真っ黒になってて、地面も汚れてませんでした。

「………ヤマトーさん、一体どうやったの」

 ミミカカさんは死体を見ておどろいてました。

 わたしはミミカカさんに、気付いたことを()()()()()()()()


「………わからないけど、お兄ちゃんはぜったい怒ってるのがわかった」

「………シャーシャがおびえてる理由が少しわかった。ヤマトーさんは本気で怒ったら、ここまでやっちゃうんだね」

「………うん」


 いくらこわくても、お兄ちゃんには会いたい。

 お兄ちゃんはわたしのことを大切にしてくれる。

 わたしたちは魔法の石の方向に走りました。




 生きててもいやなことばっかりだった。

 お父さんたちにはたたかれるし。

 ごはんはぜんぜんたべられないし。

 いつもいじめられるし、怒られてたし。


 なにかを考えるのがいやだった。

 どうせわたしがなにかをしたら、それを怒られる。

 だから何もしたくなかった。


 でも何もしなかったら怒られる。

 怒られたくないから、言われたことだけをがまんしてやってた。

 どんないやなことでもがまんしてやった。

 しんどくても、いたくても、お父さんたちが言うことはぜんぶ聞いた。


 生きてるのがすごく苦しかった。

 すごく苦しくて、夜になっても眠れなかった。


 ばか。ぐず。なんで生まれてきたの。

 くず。きたない。死ねばいいのに。

 ごみ。めざわり。やくたたず。


 夜になって目を閉じると、わたしにひどいことを言う声が聞こえた。

 周りにしゃべってる人なんていないのに。

 わたしにだけ、わたしなんて死んじゃえって声が聞こえてきた。

 その声を聞くと、すごく悲しくなって、苦しくなって、ぜんぜん眠れなかった。


 お兄ちゃん(まだこのときはヤマトー様って呼んでたけど)とはじめて会った日の夜。

 眠ろうとしたとき、お兄ちゃんはわたしが泣いてるのにすぐ気づいた。

 お兄ちゃんはわたしに「なんで泣いてるんですか?」って、()()()()()()


「シャーシャちゃん。酷い事を言ってるその声はフミショーノゲチョーという………悪い悪魔の声です」

 お兄ちゃんはわたしが泣いてるのを見ただけで、なんで泣いてるのかがわかった。

 わたしにしか聞こえないと思ってた、この声がお兄ちゃんにも聞こえてたのにおどろいた。


 弱った人間のたましいをとっていく、悪いあくまがいるんだって。

 この声はあくまが人間の心を弱らせる、こうげきなんだって教えてもらった。

 こわくなってお兄ちゃんを見たら、ねころんだわたしの頭をなでてくれた。


「でも安心して下さい。僕はその悪魔をやっつけた事があるんです」

「………あくまを、やっつけたんですか?」

 お兄ちゃんは、剣をブンブンって振るだけでとうぞくの人をやっつけられるぐらい強い。

 あくまでもやっつけられるなんてすごい。


「えぇそうです。だからシャーシャちゃん、もう怯えなくていいですよ。悪魔でも何でも、シャーシャちゃんに酷い事する奴は、僕が絶対にやっつけますから。安心して寝てて下さい」

 お兄ちゃんは、わたしの手をにぎって、

「そういえばシャーシャちゃんはこんな話を知っていますか?ある所に………」

 そのままお話を聞かせてくれた。


 とてもかわいくて、頭がよくて、強い、すごいおひめ様のお話。

 おひめ様はいつもいろんな冒険をする。

 そして冒険が終わったら、おうじ様が待ってるおしろで、たくさんごはんを食べてゆっくりねる。

 おうじ様もかっこよくて、頭がよくて、強い、すごいおうじ様。

 おひめ様はおうじ様が好きで、おうじ様もおひめ様が好き。


 わたしはこのお話がすごく好きになった。

 だって、このおひめ様は、わたしにそっくりだった。

「実はこのお姫様の名前はシャーシャ姫というんです。そういえば可愛い顔も髪の色も、シャーシャちゃんそっくりでした。シャーシャちゃんはお姫様にそっくりですね」


 その日からお兄ちゃんは、わたしが眠る前にはシャーシャひめのお話をしてくれた。

 シャーシャひめは毎日、困ってる人を助けたり、悪いのをやっつけたりする。

 そんなすごいおひめ様とそっくりなわたし。


 シャーシャひめのお話を聞くと、楽しくなって夜もたくさん眠れた。

 わたしはいつも朝起きると、すごくしんどくて、1日がはじまるのがいやだった。

 でもそれからは毎日、起きたら頭がすっきりしてた。




 けどそれから、いろんなことを教えてもらって、わかった。

 本当はシャーシャひめはいないんだって。

 これはお兄ちゃんが作ったお話なんだって。

 それがわかってからわたしは、シャーシャひめのお話が()()()()()になった。


 わたしが楽しい気持ちになれるように、お兄ちゃんががんばって考えてくれたから。

 シャーシャひめのお話を聞いてから、わたしは毎日が楽しくなった。

 勉強も運動も、ホマレー流護身術もがんばった。

 頭が良くなって、強くなったら、おひめ様みたいになれると思ったから。


 今までは、わたしが何かしたら、すぐ怒られてたたかれてた。

 何かをしたいとか思わなかった。

 でも今は、わたしは何をしても、たくさんほめてもらえた。

 いろんなことをしたいと思うようになった。

 ぜんぶお兄ちゃんのおかげだ。


「………お兄ちゃん、ありがとう」

「どうしたんですか、シャーシャちゃん?」

 いきなりお礼を言ったわたしを、ふしぎそうに見てるお兄ちゃん。


「………シャーシャひめのお話、わたしのために考えてくれたんでしょ?」

「あぁ、あのお話ですか」

 お兄ちゃんは、わたしがなにを言ってるのか、わかったみたいだった。


「あの話は本当の話ですよ」

「………え?」

 本当の話?わたしのために考えたお話じゃなかった?


「あの話は、シャーシャという名前の、可愛くて、頭が良くて、強い女の子のお話です」

「………うん」

 毎日聞いてたから知ってる。


「そして、シャーシャという名前の、可愛くて、頭が良くて、強い女の子は本当にいます。今僕の目の前に」

「………あ」

 だから本当の話なんだ。

 シャーシャひめ()わたし()そっくりなんじゃなくて、シャーシャひめ()わたし()そっくりだったんだ。


 綺麗にしてもらって、かわいくなった。

 勉強を教えてもらって頭も良くなった。

 ホマレー流護身術で強くなった。

 たくさんごはんを食べさせてもらえた。

 毎日眠れるようになった。


「ね、本当の話でしょう?」

 お兄ちゃんはいたずらが成功した子供みたいに笑ってた。

「………うん」

 わたしもお兄ちゃんといっしょに笑った。


 本当だ。

 あの話はうそじゃなかった。

 だって()()()()もちゃんといる。

 お話みたいに、()()()()を守ろうとしてくれるおうじ様が。


 おうじ様は悪いあくまをやっつけて、おひめ様が毎日眠れるようにしてくれる。

 おうじ様に会ったすぐ後の夜、お父さんに叩かれる夢を見て、夜に起きたことがあった。

 こわくなっておうじ様の顔を見たら………眠らないままわたしを見てた。

「僕がいるから大丈夫です」

 そう言って頭をなでて、手をにぎってくれた。今度はぐっすり眠れた。


 いつもねてないのかなって思って、こっそり見てたことがあるけどおうじ様はちゃんとねてた。

 でも、前に起きてたのはぐうぜんなのかなって思いながら、わたしがちょっともぞもぞしたらすぐに起きた。

「眠れないんですか?」

 わたしが起きてるけど泣いてないから、眠れないんだって思ったみたい。

 おうじ様は自分がねてても、いつでもおひめ様を心配してくれる。




 ご主人様。

 ヤマトー・カミュ・ホマレー様。

 お兄ちゃん。

 シャーシャひめのおうじ様。

 わたしの好きな人。


 お兄ちゃんにしてもらったことはぜんぶおぼえてる。

 ()()()()()()


 きれいにしてもらったこと。

 勉強を教えてもらったこと。

 体の動かし方。


 たくさんの楽しいお話。

 たくさんの遊び方。 

 歌の歌い方。

 ()()()()()()()()()()


 どんなにやさしくしてもらっても。

 どんなに好きでも。

 あのこわさは忘れられない。


 それまで、お父さんにたたかれても、とうぞくの人にころされそうになっても。

 もうこわいとは思わなかったわたし。

 でも、いたくも、あぶなくもなかったのに、こわかった。


 声を聞いただけでにげなきゃって思った。

 にげなきゃって思ったのに体が動かなかった。

 動けないわたしは、とうぞくの人がグチャグチャになるのを見てた。


 まっ黒な服を着てて。

 なんでも切れる武器を持ってて。

 動けなくなるぐらいこわい声でしゃべって。


 それまでは、生きてるのがすごく苦しかった。

 思ってることも言ったら怒られるから、いやなことはがまんしなきゃいけなかった。

 こわいって思うことも、いたいって思うこともぜんぶ。

 まるで体中をギュって、手でおさえつけられてるみたいに苦しかった。


 それからは、生きてて楽しくなった。

 思ってることを言っても怒られないし、いやなことをされることがなかった。

 たのしいって思うことも、うれしいって思うこともぜんぶできた。

 今までわたしをおさえつけてた手を、ぜんぶ外したみたいにスッキリした。


 お兄ちゃん。

 シャーシャのおうじ様。

 わたしの好きな人。

 ()()()()()()()


 いやなことをされるから、何をされても大丈夫なように、反応しないようにしてた。

 でも、何も反応しないようにすると、楽しいことも楽しくなくなる。

 なのに、あくまがこわくて反応したから、楽しいことがちゃんと楽しくなった。

 わたしが楽しく生きられるのは、あくまがこわかったからだ。


 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あのときとうぞくの人の死体を、グチャグチャにするまで、ずっとふんでた。

 さっき見た兵士の人たちの死体も、バラバラになるまで、ずっと切られてた。


 お兄ちゃんは今、あのこわい、じごくのあくまになってる。

16/09/24 投稿

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