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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の発露
32/154

日本男子、異変に遭う

 俺は今、1人ぼっちだった………正確には2人ぼっちだが。


 なんで可愛いミミカカちゃんでもシャーシャちゃんでもなく、この人と2人きりなんだろう?


 イテシツォの町、通りに面した大きな宿屋。

 その名も空飛ぶベーコン亭。名前の意味はさっぱりわからない。ベーコンええぞ!

 世間話に宿の従業員に聞いてみて、初めて判明した驚愕の真実である。

 識字率が低い為か、看板等は出ていなかったのでそれまで知らなかった。

 まぁそこが俺の逗留する宿屋だ。


 俺達は魔法で空を飛んで、イテシツォの町の傍に着地。

 周囲に人が居ないのを確かめてから、光学迷彩を解除して街に入った。

 門番は顔パスで俺を通してくれる。煩わしくなくていい。

 日が暮れる直前に町に戻って来れたので、宿で食事を摂ってから部屋に戻って普通に寝た。


 ここで、最近の朝から1日の終わりまでの流れを説明しよう。


 ようやく空が白んできた中から起き出す。

 日本で何時に相当するのか正確にはわからない。

 俺はスーツを着る時以外、腕時計をしない性質の人間だ。

 時計といえば携帯電話と音楽プレイヤーぐらい。


 ここで背嚢の思わぬ欠点が露呈する。

 背嚢は「収納された物の内容物を含め、初めて収納された状態に復元する」機能を持つ。

 電子機器の記憶も日本を発った時点の状態で保持されている。

 この為にいくら時刻を合わせても電池を使い切って背嚢に戻すと、また日本を発った時刻に巻き戻っていた。

 かつて撮った笑顔の可愛いミミカカちゃんの隠し撮り写真も失われている。残念。


 早々に俺は時刻と経過日数を知るのを諦めた。

 どうせこの世界で細かな時間を知る必要もない。

 電車の時間に間に合わなくて、全力疾走する機会もないのだ。


 この世界の人達は、太陽の活動に合わせた生活が基本だ。

 日の出に合わせて起きて食事を摂り、日が頂点に昇った事で昼を知り、日が沈む前に食事を摂って寝床に戻る。

 夜を照らす明かりは暖炉と星の輝きのみ。過ごしやすい気温で暖炉を使うにはまだ早い。

 そんな牧歌的で質素な生活を送るので、基本的にのんびりしている。


 俺と寝食を共にするシャーシャちゃんも起き出すのが早い。

 おそらくは朝の4~6時という時間に、自然に目を覚まして起き出す。

 それにつられて俺も起きる。

 俺は普段一人寝をしているので、周囲で物音がすると起きてしまうのだ。

 昔からそうで、どれ程疲れていようと、何か物音がすると絶対に目覚める性質だ。


 日本に居た頃に比べれば、随分な早起きだが特に眠くはない。

 おそらく20~22時程度に就寝していると思われる為だ。

 天体以外の明かりに乏しいので、眠るのも自然と早い時間になる。

 ちなみにランプは存在している様だが、夜にわざわざする事がない上に油が高いので普通は使わない。


 こうして2人で起きて食堂に下りる。

 そして食事を摂りながら、同じ宿に滞在するミミカカちゃんが降りてくるのを待つ。

 寝癖の跳ねた超可愛いミミカカちゃんも同じテーブルに座り、3人で食事を摂る。


 俺が面倒を見ると決めた以上、食費と宿代は俺が負担している。

 因みに俺とシャーシャちゃんの部屋の代金は銀貨1枚。

 一方ミミカカちゃんの部屋の代金は大銅貨1枚。

 金額にして10倍の差。部屋の間取りは同じで、運び込まれた木のベッドの数が違うだけなのに。


 まぁ要するに、俺とシャーシャちゃんの宿代は高く請求されているのだ。

 海外旅行でも露店での買い物は間違いなく、本来より高く請求されるのでまず値切るのが基本らしい。

 そんな遣り取りも海外旅行の醍醐味だそうだ。


 だが俺はそういう人との遣り取りを、ただ煩わしいと思うのが性分だ。

 それに相場がわからなかったので、値切ろうにも妥当な目標金額を設定できない。

 更にムムカカさんが渡してくれた、無限の路銀がある以上は出し渋る必要もない。


 面倒が嫌いで小心者な俺は、ぼったくられているのを知ってそのまま10泊分の宿代を払った。

 10泊分なのはパッと出せる銀貨の上限が10枚だった為だ。

 大銀貨も10枚あったがポンと出しては、金持ちだと目をつけられて、トラブルに巻き込まれかねないし。

 まぁ俺達を侮った宿屋の主人は、その日の内に認識を改める羽目になったが。


 せっかく負い目を作ったので、すかさず俺はそこに付け入って便宜を図ってほしいとだけ言った。

 具体的に何かをしてほしいとは言わない。

 単純に俺はトラブルに巻き込まれないのが願いで、してほしい事なんてないからだ。

 まぁ結果として「誠意を見せろ」と言う輩と、同じ様な言い分になってしまったが。


 ちなみにそういった輩が具体的な要求を言わずに、ぼやかした言い方をする理由は単純だ。

 具体的な要求を自分からするのは、恐喝罪となるからだ。

 なので相手から自発的に何かを言い出すのを待つ。

 相手からの贈与なら、それを咎める法はない。


 客商売の皆様お疲れ様です。

 恥知らずクレーマーが、全て死に絶える事を俺も祈ってます。

 尚この世界の事はわからないが、おそらく脅迫罪に相当する刑法はないと思われる。


 そんなこんなで宿屋の主人から勝ち取った便宜の一つが、ミミカカちゃんの格安の宿代だ。

 この宿代については俺から言い出したんじゃなく、ミミカカちゃんが俺の仲間だと知った主人の自発的な提案だ。

 宿代は客に応じて変動すると思われるので、相場はわかりにくいがおそらく底値だろう。


 ちなみに天井である俺の1泊銀貨1枚は、主人が手練手管を弄して金額を下げようとしてきた。

 例えば10泊分払ってもらった上客だから50泊していいとかなんとか。

 だが契約を重んじる現代人である神誉さんは、一度交わらせた約束を違える事はしない。


 というのは建前で、わざわざ契約を守るのは、貸しは返してもらわない方が価値が高いからだ。

 例えば1万円貸したならそのまま返してもらうより、それを盾に言う事を聞いてもらった方がトータル的に得をする事もできる。

 こう言うと悪い事をしているみたいだが、そもそも相手の要求に従ってやったのが発端だ。

 俺が相手を心配してやる必要なんてどこにある?




 話が逸れたが、3人で朝食を摂るのが日課だ。

 食事は一律銅貨2枚で高くも安くもならない。

 これは俺達が字を読めて、食事代金が壁等に明示されているからだと思う。


 ちなみに朝食の席にグララは来ない。

 パーティを組んだ翌日の朝は、同じ卓を囲んで朝食を摂ったんだが………その時グララは食事を一気に4皿も注文した。

 魔法使いというのは腹が減るのかねぇ、と思いつつ俺は()()()の料理の代金を支払う。


「え?わ、我の分は?」

「ん?宿の従業員が用意してくれてるじゃないか?」

「そ、そうではなく………」

 なんでこの人は同じ卓を囲んだだけで、俺に食事代を払ってもらえると思ったのだろうか?奇々怪々なところである。


 グララはパーティーメンバーという仕事上の関係者でしかなく、シャーシャちゃんや可愛いミミカカちゃんの様に保護している訳ではないからだ。

 それ以来、朝食の場にグララが現れる事はなくなった。

 下手にタダ飯を食わせて、他の胡乱な連中にたかられても困るし。


 とりあえず朝食を終えると俺の部屋に戻り、シャーシャちゃんと可愛いミミカカちゃんに勉強を教える。

 勉強内容は読み書き計算をはじめとして、道徳的な話や哲学的な話、果ては只の雑学等、俺の思いついた事をやる。

 特にシャーシャちゃんは物覚えがよく優秀だ。可愛いミミカカちゃんも傍から見ても努力が感じられる程に真面目に取り組んでくれている。


 そして勉強はお昼で切り上げて部屋を出る。

 いつもはここでグララが加わる。


 それから町を散策する。

 適当に町を見て食材を探したり、作りの良いサンダル等の掘り出し物を探す。

 サンダルはシャーシャちゃんの為のものだが中々見つからない。

 御目に適う逸品がない為だ。


 どれを見せても

「………いらない」

としか言わない。

 やがて袖を引いて別の店に行こうとする。

 シャーシャちゃんには何かこだわりがあるらしい。

 




 1度貧困街に寄ってからは、貧困街の子供達を宿に連れ帰って一緒に食事をするのも日課になった。

 宿屋の主人にはあまりいい顔はされなかったが、迷惑は極力掛けてないつもりだ。

 別に卑猥な事をする為じゃないし、食堂を占拠する訳でもないし。

 1度に10人前後。1日に2、30人程度飯を食わせる。


 町の散策が終わればジョギング。

 街を囲む壁に沿って走ろうと思ったが、肥の集積所となっているので直ぐに断念した。

 見通しのいい大きな通路を選んでいるが、本気で走ったりしたら迷惑なので軽く流すだけに留まる。

 ちなみにグララは初回以降、この時点でいなくなって宿屋に戻ってるのが常だ。


 そして自室に戻って格闘のトレーニング。

 シースに入れたままのナイフをお互いに構えて、相手のナイフを弾きながら斬りつける練習。

 ここ最近のシャーシャちゃんの上達は凄まじく、自然と一緒に練習する俺も反応速度を上げていく。

 そんな俺達2人の練習風景は、殆どカンフー映画さながらの応酬になる。

 激しくババババッと手を出し合う様な感じで、正に丁々発止の遣り取りというやつだ。


 その光景に可愛いミミカカちゃんは、最初は目を丸くして驚いた後、自分もやりたいと言い出した。

 しかしまずはひたすら素振りの練習をさせた。

 土台部分が出来上がらないと、上に何を盛り立ててもしっかりしたものはできないからだ。


 その他に思いつく関節技や絞め技を順次教えていく。

 小手返し等の護身的な技はともかく、大半は俺の趣味でプロレス技だ。

 本当は投げ技も教えたいが、宿の中なので断念。

 まぁ外であっても、硬い地面での投げ技は本当の殺人技となるので、どうやって教えるか迷うが。


 最後に日替わりの筋トレ。

 特に変わったことはないが、懸垂の日は剥き出しの天井の梁を使う。

 何故かシャーシャちゃんがちょっと不満そうだったが、梁に掴まらせるのに俺が持ち上げないといけないからだろうか?

 背の高さが気になるお年頃かもしれない。


 トレーニングが終われば、丹念にストレッチをする。

 ちなみに異世界の季節は、どうも秋頃に該当するらしく過ごしやすい。

 その為あまり汗もかかない。

 それでもやっぱり体は洗いたいので、お湯の入ったビニール袋が溢れない様に細心の注意を払いながら自室で体を洗っている。

 頼めば湯桶に張ったお湯も用意してもらえるが、自前で用意できる以上は不要だ。


 ビニール袋を3人で代わりばんこに持って、お湯で濡らしたタオルで体を吹く。

 当然裸になる訳にはいかないので、肌着1枚になってだ。

 ミミカカちゃんの服も登録してあるので、背嚢で乾いた状態に復元できる。


 一通り終わったら、食堂が混み始める前に食事を摂る。

 食事を終えれば後は部屋に戻って寝るだけ。


 まぁその前に無論歯は磨くが。

 歯ブラシは1本しかなく共有で使ったが、復元で常に新品に戻るのでよかった。

 それでも美少女2人の使った歯ブラシを、平然と使える程に達観はできなかったが。


 歯ブラシの共有にも葛藤があったが、歯磨きのレクチャーはもっと戸惑った。

 きちんと指導しないと磨き残しができるので、初回は手取り足取り腰取り、付きっ切りのマンツーマンの個人指導をしたのだ。

 シャーシャちゃんに教えた時は何ともなかったが………問題は可愛いミミカカちゃんだ。

 ちょっと恥ずかしそうにしながら、無防備に口を開けてこっちを上目遣いに見てる。


 俺は穏やかな水面の様に心を落ち着けて、無心でミミカカちゃんの歯を磨いた。

 心の水面は波が立たない代わりに、襟から覗く鎖骨に反応したりして真っ黒に濁っていた。

 水清くして魚住まずともいうし、俺は環境保全に努めているだけだ。


 意味不明な言い訳をしながら、歯磨き歴10年以上のキャリアを見せつけた。

 歯磨きにはポイントがある。


 歯ブラシを濡らさない事。

 歯磨き粉は少量の塗布に留める事。

 歯ブラシをペンの様に軽く握る事。

 食後30分の間は歯を磨くのを避ける事。

 夜寝る前は絶対に歯を磨く事。


 それぞれ、歯磨き粉の歯にいい成分が流れ落ちるのを防ぐ。

 歯磨き粉はべったり塗らなくても十分であり、付け過ぎると歯を逆に傷つけてしまう。

 同じく歯ブラシを強い力で握ると、これも歯を傷つける恐れがある。

 食後30分の歯磨きにも、歯を傷つける恐れがある。

 夜寝てる間は虫歯菌が特に増殖する、といった事を防ぐ意味合いがある。


 ちなみに歯磨き粉はフッ素配合の物がいいらしいと聞く。歯の再石灰化に役立つとかなんとか。

 逆に研磨剤が入っているものはよくないらしい。これは歯が白くなる代わりに歯の表面をガリガリ削り落とすからだ。

 ところで歯磨き粉の名前はいつまで歯磨き粉なんだろうか?粉の物なんて使ってないのだが。


 それがイテシツォの町に滞在した俺達の日課だった。

 しかし魔法の訓練から戻った俺達が迎えたその日の朝は、いつもと違っていた。




 シャーシャちゃんが朝になって起き出す。

 その物音につられて俺も起き出す。

 ここから食堂に下りて、可愛いミミカカちゃんと食事をするのまではいつも通りだった。


 いつもと違ったのは、グララが朝食の席に姿を表した事から始まった。

 最初の時以来の行動だ。

 同じテーブルについて、料理を1皿注文して自分で代金を払う。

 

「実は頼みがあるのだ」

 全員して怪訝そうにグララを見返す。

「頼み?何だ?」

 俺が聞き返すと何故かグララは言い辛そうにしていた。


「いや、ヤマトー殿には頼めぬ!………そう、女子同士にしか頼めぬものなのだ!」

 グララはまるで自分で今言った言葉に、自らが救われたかの様に顔を輝かせてうんうん頷いている。

 形の良い弓なりのその眉毛は、感情とともによく動くので感情がわかりやすい。

 正直、女同士でなければというのは後付の理由に見える。


 だが、性別を持ち出されてしまうと聞き出し辛いところがある。神誉さんはフェミニストだ。

 それにどうせ性別を盾にされた以上は、聞き出そうとしても無駄だ。

 きっとけんもほろろにあしらわれて、デリカシーが無い等と好き放題に言われるに決まっている。

 別にグララの頼みになんの興味もないのに、そんな悪評をいただくのは御免被りたい。


「………」

 後はシャーシャちゃんとミミカカちゃん次第なので2人を見てみた。

「………」

「………」

 だが、2人も黙って俺を見た。


「女同士の話だと言われれば、俺から言う事は何もない。2人で決めてくれ」

 危険そうなら俺も割って入るが、相手はあのグララ(ポンコツさん)だ。

 例え10人いたとしても、無手のシャーシャちゃん1人にだって勝てないだろう。


 2人は困った様に顔を見合わせた。………実際に困っているのだろうが。

 積極的に相談に乗る理由も、逆に断る理由もないと思われる。

「アタシは聞いてみてもいいと思うけど、シャーシャはどうする?」

「………うん」


 シャーシャちゃんは意思決定をミミカカちゃんに委ねたのか。

 それとも自分もそう思ったのか。

 それは定かではないがともかく頷いた。


 そして3人は朝食を摂り終えると出かけてしまった。

 困ったのは俺だ。

 いつもはこの後昼食までは勉強を教える時間だったが、急に手持ち無沙汰になった。




 そんな俺を見兼ねたのか、宿屋の主人が声を掛けてきた。

「今日は1人なのか、貴族様?」

「あぁそうらしい」


「珍しいが丁度いい」

「ん?」

「いやな、ちょっと相談があるんだよ」

 相談?グララにしろ主人にしろ今日は相談日和な事だ。


「………あぁ、そういえば今日で払っている宿代が終わるんだったな。その事か?」

「その事も含めてちょっとな」

「やけにもったいぶるな?」

「込み入った話もあるからな、貴族様の部屋で待っててくれよ」


 こうして俺は1人自室で待機する事になった。

 まぁ宿代の話は金額が正常ではない為、あまり大っぴらに話したくないという側面も理解できないではない。

 秘密裏に金額を適正額に擦り合わせる相談をしたいというなら仕方ないか。


「失礼します」

 コンコンコンとノックされて、声もかけられる。

「入れ」

 入ってきたのは初日に部屋に案内してくれた女中さんだ。名前は知らない。

 如才ない人間なら人の名前は忘れないのかもしれないが、生憎と俺は如才ある人間だ。


「………」

「………」

 ところでこの女中は何しに来たんだ?

 入ってきて居心地悪そうにドアの前に立っている。

 本当に失礼しに部屋まで来ただけとは斬新な奴だ。


「主人はどうした?」

「少し時間がかかるので、ヤマトー様のお相手をする様にと言われました」

 ふむ。相手をする様にって、女中さんはただ不安そうに部屋に突っ立ってるだけなんだが。


 手持ち無沙汰だし、覚えた魔法でも使ってみるか。

「ミアリーメアリー」

 女中さんは突然喋り出した俺にビクッと反応したが捨て置く。


 イメージした場所の音を直接耳にまで届ける指向性音波収集(ミアリー)

 同じくイメージした場所の光景を直接視界に届ける視力付与(メアリー)

 それら2つを組み合わせたのがこの魔法だ。


「壁に耳あり障子に目あり。空間把握魔法・ミアリーメアリー」

とか詠唱したらそれっぽく聞こえると思う。

 壁に耳あり障子に目ありだからミアリーメアリー。

 要するにただのダジャレだ。


 空間把握(ミアリーメアリー)で宿屋を確認していく。

 だが何故か主人の姿が宿屋内に見当たらない。

 礼儀として部屋は覗かない様にしているせいか?


「ウマードオージ」

 念の為に町に対して広域音波収集の魔法を発現させる。

 しかし魔法の名前の元となった皇太子と違って、範囲内の全ての音が渾然一体となっているのを聞き分ける事ができない。

 その皇太子は、10人の別々の言葉を同時に全て聞き取った逸話を持つが、魔法を使う俺の能力が追いついていない。


 しかしカクテルパーティー効果というものをご存知だろうか?

 要するにパーティーの様な騒がしい場であっても、自分の名前等の関心のある言葉は聞き取る事ができるというものだ。

 選択的注意ともいう。


 俺は大勢の声の中で確かに「ヤマトー」という言葉が使われたのを聞いた。

 町の人が呼ぶ時は、巨人(ジャイアント)殺し(スレイヤー)と呼ぶ事が多い。

 俺の個人名を呼ぶ人間は極僅かだ。


 しかしその声も、大量の声の中に埋もれてもう判別はできない。

 声の主は疎か、発信源すら特定する方法がないのがこの魔法の難点だ。

 気にはなるが虱潰しに空間把握(ミアリーメアリー)を使う程の事でもないだろう。




 暫く部屋の中で待っているとノックの音が聞こえてきた。

「失礼するぞ、ヤマトー殿」

 俺の返答も待たずに開けられた扉の先には………武器を手に持った大勢の兵士が待っていた。

 そして兵士の中に1人見覚えのある人間が混じっている事に気付く。


 裏切ったか………!

16/09/03 投稿

16/09/04 文章を修正

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