グララ、日本男子と遭遇する
我こそはグララ・グラーバだ!
我は食事代を浮かす為に1日1食、昼にだけ食事をしておる!
いつも通りに厄介になっておる宿の食堂で、昼食を摂っておったら妙な客が来おったのだ!
背が高く髪も服も真っ黒な幼い顔立ちの男と、背が低く髪も服も輝く様な明るさの愛らしい娘っ子とが!
この町で見かけた事がなかった以上、旅をしてきた筈なのに服も髪も全く汚れておらん!
宿屋の主人は身奇麗な2人を見るなり、2人部屋の料金は銀貨1枚だと言いおった!
2人部屋なぞはこの宿屋にない!どれも同じ作りの部屋で、宿泊者の数だけ木のベッドが置かれるだけ!
この主人、ふっかけおった!
我は賢い故に交渉の末、大銅貨2枚で泊まっておるのに!
にも関わらずこやつら、躊躇せずに10泊分一気に払いおった!
それだけの金があれば我なら50泊はできるのだ!
貴族だとか言っておるのが聞こえたが、世間知らずの坊ちゃんに違いない!
なんとか接触して上手く利用してやろう!おそらく他の利用客もそう思っておった筈だ!
女中が坊ちゃん達を部屋まで案内しおったが、荷物を運ばせては貰えんかった様だ!
あんな金蔓からチップを貰い損ねたか………と思ったら、戻ってきおった女中の機嫌が良さそうだ!
食事と風呂の説明をしただけで大銅貨1枚を貰った、と宿の主人に告げておった!
あの世間知らずの坊っちゃん達に、ちょっと親切にするだけで食事が5回できる!
これはどうやって上手く騙すか考え甲斐があるのだ!
坊ちゃん達はしばらくして食堂に戻って来た!
こやつらは食事を注文しても、ごく普通の食事にいちいち驚いておった!
宿屋の主人もこの世間知らずの反応を面白がっておった!
我等も皆して様子を伺って、金をむしり取る切っ掛けを見つけようとした!
ところでハワイとは一体何であろう?
坊っちゃん達は食事を平らげると、更に4皿のお代わりを追加しおった!
やはりこやつらは裕福な育ちに違いない!
腹いっぱい食うなんてできるのは、裕福な貴族ぐらいだからの!
今もこの世間知らず達は何が面白いのか、食堂や往来の人を物珍しそうに見ておる!
そう思って見ておったら急に立ち上がって声を出しおった!
「ミミカカ?」
「ヤマトーさん!?」
どうやら往来の中から、知り合いを見つけおったらしい!
ごく普通の娘だ!坊ちゃん達と違って、髪も服も普通の村娘に見える!
娘が腹を空かせておるのがわかると、直ぐにこの娘の分の食事も注文して料金を払いおった!
娘を心配した様子であれこれ言っておるし、坊っちゃんは世間知らずの上にお人好しらしい!
「じゃあ………この子もニホコクミ?」
「あぁ、そうだ………!よくわかったな、流石はミミカカだ!そう!シャーシャはニホコクミなんだ!」
「………うん、わたしはお兄ちゃんと同じニホコクミ」
「こ、この子はそんなに強いんですか?」
「俺と戦えば10回に1、2回は俺を倒せるぐらいの強さだ」
娘は坊っちゃんとは知り合いの様だ!
だが、妹とは会った事がなかった様で驚いておる!
ところでニホコクミというのは家名なのか?
金だけはある家の様だが聞いた事もないのだ!
しかしこの坊ちゃんは細っこい見た目通りに、腕っ節が立たぬらしい!
よもやあんな小さな子供に負ける事があるとは………!
思えば宿帳に記名するときも妹に任せておったし、料金の支払いも計算させておった!
小さな妹に頼りきりの、お人好しで、世間知らずな、子供より弱い坊っちゃん!
こんな金蔓を逃す手はない!
合流した娘が一緒に旅をしたいと言うと、坊ちゃん達は嬉しそうにしておった!
この娘は弓と上等そうなナイフを持っておるし、それなりに腕が立つと見た!
それに比べてお坊ちゃんの方は、背こそ高いが全体的に細い!
剣なぞ腰に下げておるが、どうせ使えもせぬに決まっておる!
こやつら如き、我でも倒せるに違いない!
「そこの姉ちゃんたち、そんな野郎じゃなくて俺達といっしょに来いよ」
「聞いてたぜ、強い奴と旅をしたいんだろ?だったらそんな奴より俺達と来いよ」
「そんなちっこいガキにやられちまう弱っちい男はやめとけ」
坊っちゃん達を観察しておったら、3人組の男達に抜け駆けを許してしまった!
こやつらは見たとおりに粗暴で、冒険者の中でも小悪党と分類される連中だ!
いつも余所者の中から、自分より弱そうな奴を見つけては、金をせびっておるような奴等だ!
賢い我は絡まれた事なぞ勿論ないが!
なにせ帽子とマントで顔と体を隠しておるからな!
もし我の美貌がこやつらに知られておったら、この娘の様になっておったに違いない!
普通旅をする者は荒事に慣れておるから、こうまで絡まぬものだ!
しかし今回はかなり強引に、自分達と来いと迫っておる!
坊っちゃんが弱そうなのを見て強気なのだ!
「上の部屋に行って仲良くしようぜ」
可哀想に!
娘の方もちょっとはやるのかもしれぬが、仲間があの坊っちゃん達では!
哀れ娘は男達に乱暴されて、或いは妹も同じ運命かもしれぬ!
坊っちゃんは抵抗もできずに、仲間と荷物を全て奪われるしかあるまい!
………と思っておった!
男達の手が娘に伸びる前に、坊っちゃん達が勢い良く立ち上がりおった!
何やらよくわからん言葉を叫んだと思ったら!?
こやつら武器も使わずに一瞬で男達を倒しおったのだ!?
妹は自分より大きな男を簡単に投げおった!
坊っちゃんはただ太ももを蹴っただけで男を倒しおった!
凄まじい音がしておったし、一撃で骨でもへし折ったのか!
こやつら滅茶苦茶強いではないか!
誰なのだ、こんな恐ろしい連中を倒せるとか言った馬鹿は!
あまりの出来事に、食堂が静まり返っておった!
「す、すごい………!」
兄妹の仲間の娘が呟きおった!
娘もこやつらがここまで強いと知らんかったらしい!
「なんだアイツら!」
「あっと言う間に3人のしたぞ!」
「あんな子供が大の男を投げてたぞ!」
娘の呟きで食堂にいた連中が次々にさっきの光景を語り始めた!
「き、貴族様達は、こんな強かったんだな………」
宿屋の主人が兄の方に声を掛けておった!
宿代をふっかけおったから、内心は震えっぱなしに違いないのだ!
我は声を掛けんでよかった!やはり我は賢いのだ!
「特にお嬢ちゃんは………どうやってあいつらを投げたんだ?」
蹴り一発で足の骨を折った兄も恐ろしいが、大きな男を投げた妹も底知れぬ!
この2人の兄妹を怒らせれば、主人の命なぞ風前の灯だろう!
「多分、誉表肆式からの連携の事だな。なんて名前付けたっけ?巨人殺し?」
「ホマレモテヨシ?キョジーンゴーシ?貴族様の故郷の言葉なのか?」
「巨人殺しとかそういう意味だな」
なんと世間知らずの坊っちゃんどころか、2つ名を持つ冒険者だったらしい!
巨人殺しなどと大層な名が付くとは、一体どんな活躍をしたのか!
「ヤマトーさんは1人で10匹以上の灰色の猟犬の群れを撃退したんだから!」
周りの利用客から口々に妹の方を褒めるのを聞いて、娘が兄の方の勇名を語りおった!
巨人殺しの妹も凄かったが、兄も劣らずどころか更に凄かった!
灰色の猟犬と言えば、石の体を持つ化け物!
その硬い身体には生半可な武器は疎か、強力な魔法使いの炎すら通じぬ!
そんな化け物を1人で10匹以上だと?
いくら強いと言ってもとても信じられぬ!
言葉の真偽がわからず兄の方を見ておると、絡んできた男達の武器を足元に並べておる!
並べ終えると見た事もない様な美しく光り輝く剣を腰から抜きおった!
そして無造作に剣を振り下ろし、足元の武器をいとも簡単に真っ二つにした!
我の頭には灰色の猟犬達が、次々真っ二つにされる光景が思い浮かんだのだ!
「あぁ、そうそう」
兄が笑顔を浮かべて宿屋の主人に声を掛けおった!
「宿代、あれだけ払ったんだから………仲良くしてくれるよな?」
怖!どこが世間知らずの馬鹿坊っちゃんだ!
真に実力が有れば声など荒げなくとも、相手を威圧する事なぞ造作もないのだというのがよくわかった!
しかし宿屋の主人もさる者で、咄嗟に笑顔で応対してみせた!
「ははははははい!ももちろんです!」
笑顔を作れたのは流石だが、主人は声も体も震えっぱなしだった!
先にふっかけたのは主人だ!
騙されたふりをした兄から代金を受け取った以上は、もう逆らえまい!
もし金だけ受け取っておいて、要求を受け入れなければどうなる事か!
巨人殺し一行が宿を借りて一晩が経った!
我はあの恐ろしい兄妹の目に入らぬ様に気をつけた!
普段からなるべく部屋に篭って、食堂に利用するのも昼に1回だけにした!
まぁいつも通りの生活と全く同じなのだが!
巨人殺しの兄と宿屋の主人が話しておるのを、昨夜偶然聞いてしまった!
「よぉご主人。ご主人が持ってる金貨1枚を、この大銀貨15枚と交換して欲しい。悪い話ではないだろ?」
大銀貨15枚は大盤振る舞いにも程がある!金貨は大銀貨10枚分の価値しかない!
主人は必死に断ろうとしておった!
何故たかが両替で大銀貨を5枚も付けてくるのか!別にこの男は計算ができない訳ではないのに!
大銀貨5枚と言えば我がこの宿に250泊できる大金だ!食事だけなら2500回注文できる!
得体が知れぬというのはここまで怖いものなのか!
既に主人は宿代を、5倍の値でふっかけておる!
しかもそれを、既に10泊分受け取っておる!
これ以上金を積まれたら、見返りに何を要求されるのか!
この男は領主殺害でも企てておるのか!
そういって思い出した事がある!
こやつらは町に入る時に、門番を血祭りに上げたらしいのだ!
しかも兄がたった1人で!
それだけでも十分に恐ろしいが、本当に恐ろしいのはここからだ!
領主の兵士である門番に怪我をさせておいて、何のお咎めもないのだ!
むしろお咎めどころか、逆に領主に身柄の引き渡しを要求しようとしたらしい!
そこまで傍若無人に振る舞えるとは、相当強い後ろ盾があるに違いない!
傍若無人な兄は門番を次々に蹴倒して、歯をへし折ったと聞いておる!
もしも必死に謝らなければ、八つ裂きにされて殺されるところだったらしい!
教会で門番の傷は治癒されたらしいが、歯は未だに欠けておるそうだ!
そんな恐ろしい男が!
あの巨人殺しの兄が!!
どんな相手も排除できる実力者が!!!
宿屋の主人を逆らえぬ様に取り込む底知れぬ恐怖が!!!!
「魔法を見せて欲しい、だと?」
「あぁ」
「我にか?」
「あぁ」
我に魔法を披露させようとしておるだと?何故なのだ!?
この恐ろしい兄妹とは目も合わさず、声も聞かれぬ様にしておったのに!
だが賢い我は、自分が声を掛けられた訳に気付いた!
こやつらのリーダーであり戦士であるヤマトーは、巨人殺しの兄だけあって滅法強い!
ヤマトーの妹であり言わずと知れた巨人殺しの戦士であるシャーシャも見た目と裏腹に滅法強い!
戦っておるのを見た事はないが、弓使いのミミカカもおそらく強い!なんせ旅に同行すると申し出て、あの兄からあんなに喜ばれておったのだから!
だがこのパーティには、魔法使いがおらん!
おそらく巨人殺し一行は、パーティに加える魔法使いを探しておったのだ!
そこで目に入ったのは、パーティーも組まず食事をしておる我!
おあつらえ向きにも程がある!声を掛けられぬ筈がない!
我は数多くの魔法使いを輩出した名門であるグラーバの生まれだ!
今もグラーバ家から受け取った服を着ておる!
杖!帽子!マント!
どこからどう見ても魔法使いの正装そのものの服を我は着ておった!
こんな事になるなら、全部脱いでおけばよかったのだ!
まぁ魔法使いの誇りであるこの服を、目の届かない所に置いておく訳がないのだが!
我は決してこの兄を怒らせぬ様に魔法を使った!過去最高の集中力だ!
今までこれ程必死に魔法を使った事はない!
風の魔法!指先からそよそよと風が迸った!
火の魔法!指先からパチパチと火花が飛び散った!
水の魔法!指先からじんわりと水が滴った!
我は魔法の才能に乏しくて、グラーバの家を勘当されておる!
いくら魔法使いの名門とはいえ、生まれた者が全て魔法使いというのはありえぬ!
有能な魔法使いであれば立身出世も思いのままだが、非才の者はある程度の年齢で放逐されるのだ!
我もそういう事情で故郷を離れこの宿で、写本を作って糊口を凌いでおる!
つまりこの恐ろしい男を満足させられる様な魔法は、我には使えぬのだ!
それでも我は必死になって、実家にいた頃に教わった様々な知識を披露した!
精霊とは!
世界とは!
魔法とは!
我は魔法使いでありながら、精霊の存在には半信半疑だ!
精霊は目に見えぬからだ。
それ故に精霊の話をしても、誰にも理解されぬのが普通だ!
精霊と世界と魔法がどう関係があるのかは我にもよくわからんかったが、覚えておった事をそのまま話した!
だが我の説明を聞いただけでこの兄は、魔法の概念を理解しおったらしい!
説明しておる我が驚く程に、核心的な質問を次々してきおった!
我程ではないだろうが、この兄はなかなか頭の回転が早い!
我は普段から部屋に篭っておるので、人と話す事は滅多にない!
更に魔法の実力はこの通り!
普段の生活で自分を魔法使いだと思う事もなければ、周りからそう思われる事もない!
そんな我の話を馬鹿にもせず真面目に聞いておる!
それも凄まじい実力を持ったこの男が!
自分が初めて人に認められたかの様に思えた!
我はこの瞬間天にも昇る様な気持ちだったのだ!
しかし次の瞬間には地獄に叩き落とされておった!
「今後の活躍に期待している」
そんな言葉と共に金貨を1枚手渡された!
金貨!
我がこの宿に2500泊でき、ここの食事を25000回注文できる硬貨!
それが無造作に、何の気負いもなく、我に渡された!
さっきまでの舞い上がった気持ちはもうどっかに行きおった!
な、何故?
何故、こんな大金を我にいきなり渡すのだ?
魔法を見せたぐらいで!
魔法使いなら多少の差はあれ誰でも知っている知識を披露したぐらいで!
それしきの事でこんな大金を渡された筈がない!
しかも「今後の活躍に期待している」と言われておる!
つまりは戦力としてアテにしているという事に他ならぬのだ!
それぐらいしか金貨をいきなり渡された理由なぞ思い浮かばぬ!
ひぃ!
こんな怖いのは初めてなのだ!
なんせ何を考えておるのかさっぱりわからぬ!
なんで我なのだ!
しかも!
断るという選択肢がない!
この恐ろしい男は一度機嫌を損ねてしまえば、誰だろうと血祭りにあげてしまうに違いないのだ!
激しく混乱する我を1人置いて、勧誘が済んだ兄は自分の仲間がいるテーブルにまでスタスタと戻っていった!
混乱から復活した我はまず情報を集めた!
我が巨人殺しの一員となるのに必要な情報をだ!
その情報とは、あの恐ろしい男を怒らせた馬鹿な門番達の情報に他ならぬ!
賢い我は失敗談を参考にする事で、自らの成功の糧にする事を思いついたのだ!
少なくとも門番達と同じ事をすると、血祭りに上げられる事がわかっておるのだ!
知っておいた方がよいに決まっておる!
詰め所にまで行き、門番から直接話を聞くことができた!
「貴族様の持ってた旗を笑っちまったんだ」
話を聞いてみると、その旗とは兄妹の生まれたところの旗だったらしい!
赤い丸が描かれただけの単純な旗!
おそらくその赤い丸は家紋だったに違いない!
貴族の家紋を笑ったという事は、その家そのものを笑ったという事!
なるほど!
機嫌を損ねただけで半殺しにするとは恐ろしい奴、と思っておったがそれなら話は別なのだ!
自分の家を馬鹿にされたとあれば、誇りある貴族なら誰でも怒るに決まっておる!
家名を名乗る事を許されてはおらぬが、我とてグラーバの家を虚仮にされれば許してはおけぬ!
実力ある貴族に喧嘩を売った門番達の間抜けのお陰で、重要な情報を手に入れる事ができた!
巨人殺しのリーダーであるヤマトーは、家柄に誇りを持った貴族である、と!
我は決して兄妹の家を貶めず、むしろ褒める様にすれば不興を買わずに済みそうだ!
自分が生き残る道が見えてきた我は、少し明るい気持ちになって宿に戻り作戦を練ったのだ!
16/08/13 投稿