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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の上陸
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日本男子、後悔する

 俺は今、軽率な自分の行動をいきなり凄まじく後悔してる。


 俺の身体は現在も異世界に向かって飛び立っている。

 …と思う。

 そう思いたい。

 そうあって欲しい。

 そういう可能性もある。

 もしかしたらそうじゃないかも。


 どんどん俺が弱気になっているのは異世界に行く気配を感じれないからだ。

 視界に収まる範囲ではもう自分より高い山や構造物は見当たらないにも関わらず俺は未だに空へ向かって浮かび上がってる。

 マジで大丈夫だよね?このまま成層圏まで浮かび上がって星になるとかないよね?

 っていうか体一つでこの高度に浮いてるって凄く怖いんだけど?

 なんというか股ぐらがキュっとする。

 事前に雉を撃ちに行っておいてよかったと心底思う。

 俺の希望ではこう、突然眩しい光に包まれて気が付いたらそこはもう異世界の地だった………というようなのだったんだが。


 そんな事を思いつつ、プライズキャッチャーに釣り上げられた景品の様な姿勢で、所在なさ気に上昇していったところ、遂に変化は起こった!

 周囲の景色が彼方から降り注ぐ光で掻き消され、俺の体はそれまでとは比べものにならない速度で彼方へ向かって飛んで行く。

 初めは凄まじい速度で彼方へ運ばれていく事に恐怖感を覚えていた。

 恐怖に長く晒される事で速さになれた俺は、自分の状態や視界に広がる光景を顧みる事ができる様になった。

 おぉ、レトロゲームのワープゾーンみたいな感じ。

 発した声すらも響く事は無く、全てが光の彼方へ吸い込まれていく。

 こうして俺は光の中に飲まれて異世界へと向かう事になった。


 ………長い。

 最初こそ虹色のプリズムとなって、後方に消え去る光を掻き分け、凄い速度で飛んでいる事に興奮していた。

 だが、時間がどれほど経過したのかはわからないが、なんら変化のない光景に飽きてきたのだ。

 今ではもう猛烈な眠気を感じている。

 やがて俺は膝を抱えるような姿勢となって、膝頭に額を押し付けるようにして眠ったのだった。


 ここで、異世界から人を一方的に召喚することのメリットってなんだろうと問題提起してみよう。

 例えばよくある「存亡の危機に瀕した王国が異世界から勇者を召喚する」という話。

 メリットより遥かにデメリットが目立つ気がする。

 まず文化・慣習・言語が違う。

 文化が違うというのは重大なことだ。なにせ当たり前に思うことそのものが違うのだ。他者と共存し得ないような行動指針を持った人間を抱えることになったらどうするのか。

 極端な話、自分の血族以外の人間は殺すというような原始的な価値観を持った人間が現れることもありえるのだ。

 よしんばそれを乗り越えてもたかが優れた個人程度で劣勢を覆し得るものだろうか。多少優れているマンパワーが増えた程度で巻き返せるなら、別に召喚などに頼らなくても挽回できることだろう。

 後、何よりの問題は病原菌の有無だ。召喚した側もされた側も致命的な危険と成り得る。お互いの住む世界に本来存在しなかった菌と対面することになるのだ。今まで接触することのなかった菌なので、当然抵抗力もなく、非常に高い即効性が懸念されるだろう。

 パッと考えるだけで割りと致命的なデメリットが目立つ。


 ではデメリットを覆す明確なメリットがあるはずだ。

 まずはスター性やプロパガンダだろうか。陰鬱とした自軍を鼓舞するのに異世界から来た英雄というのは話題性があっていいかもしれない。

 他にはオーパーツの作成もあるだろうか。本来その世界に存在してなかった、外部からもたらされた知識により作られた物品というのは魅力的だ。自国の文化に爆発的な革命を起こしうる。

 そしてとどめはやはり特殊能力だろう。生来持ってたり、召喚により後天的に付加された能力だったりは様々だが、常識を凌駕する特殊能力を持っているのがお約束のようだ。

 というわけでつまり、異世界に召喚された者とは、逆説的に多くの致命的なデメリットを克服し、個にして郡に匹敵する圧倒的な力を持った超弩級の切り札なのだ。


 ではその超弩級の切り札こと神誉(カミホマレ)さんは現在どうなっているのだろうか?

 答えは果てしなく広がる青空の下、見渡すかぎりの樹々の中で途方に暮れていたのだった。

 「うーん、空気が美味しいなぁ」

 大きく息を吸い込むだけで体中に力が溢れる様だ、と半ばやけくそ気味に深呼吸している。

 異世界で目覚めると目の前に王様が居て「魔王を滅ぼして欲しい」とか突然頼まれる話はよく聞くが御免被る話だった。一番典型的なので警戒して、様々な類型を想定する事で、パターン毎に話を断るシミュレーションをしていた。

 だがそれらの努力も虚しく、青天井の下、全くの放置という困った事態に陥った。普通に考えて目的があって俺を連れ去ったのなら、拘束するなりして優位に立った上で協力を取り付けるべきだ。

 だが見渡す限り知的生命体と言えるものは見当たらない。

 もしかしたら、異世界に連れ去られたのは意図的なものではなく、偶発的な事故だったのかもしれない。

 俺は超弩級の切り札なんかじゃなく、ただの浮かれた大きな迷子である可能性が浮上した。


 いや、決めつけるにはまだ早い。判断を下す程の情報は集まっていないのだ。

 というわけでまずは活動指針を決めよう。

  第1目標、安全の確保

  第2目標、情報の収集

とすんなり決まった。

 ちなみに「元の世界へ帰る方法」というのは目標に含んでいない。別に日本には戻りたいという種類の執着はないのだ。日本という偉大な国が、俺1人居なくても全く問題無く世界に君臨し続ける事に疑いは無い。

 俺自身も日本から離れても日本の一員であるという気持ちを持てているので不安に思う事は無かった。

 そうでなければたかが体が光り輝いただけで、すんなりと異世界行きを受け入れたりしない。


 そこでこの近代稀に見るような大馬鹿野郎はある事に気付く。

 あれ?俺、今働いてないよね?

 それどころか納税もしてないし………。

 なんなら教育もしてない。まぁ子供どころか彼女も居ない神誉さんが教育をしてたら相当おかしいとは思うが。

「もしかして、俺ってば………日本国民の義務を果たしてない?」

 口にした瞬間、俺という存在が空気に溶けて霧散した!

 いや、霧散してないけど、まるで霧散するかのような凄まじい衝撃を受ける真実に気付いてしまった!


 「異世界?面白そう!」と思って即座に受け入れてしまったが、それはつまり俺が素晴らしい国、日本の国民である事を放棄し、無価値な只の糞人間に成り下がるという事まで考えが到らなかったのだ!

 自己分析によると神誉さんはどうも考えが刹那的過ぎる。先の事を考えずにその場その場で判断してしまう事が多いのだ。それが今回、自身の存在価値を喪失するという最悪の事態を巻き起こしてしまった!

 可及的速やかに母なる祖国日本へ戻る必要がある!


 俺はこの瞬間、自分の学名をホモサピエンス改めニッポニアオオタワケとし、自らの迂闊を戒めた。

 また自分の変数定義を「public static final Baka kamihomare」と宣言した。意味的には大体「誰でもわかるレベルで徹頭徹尾永遠不変の馬鹿野郎な神誉」となる。あ、ちなみに神誉さん、一応技術職です。

 もう神誉さん、昔俺の事を「お前はバカのbe動詞だ!」とか意味わからない事言ってたアイツの事バカにできない………。でも、バカにはできないけどやっぱり意味わからない。代名詞じゃないんだろうか?


 落ち着いて問題を整理しよう。

 最悪の場合、本当に最悪の場合にはなるが………戻れないのはいい。抵抗なく異世界行きを受け入れてしまった咎はあるけど、実際抵抗しようがない事態であったのも事実だ。本人に責任が無い事で責められる謂れは無いと思う。只の不可抗力。それまではいい。

 問題は不可抗力が生んだ結果まで受け入れるのは別という事だ。

「仕方のない理由で日本国民の義務を果たす事ができなくなった」

のと

「自ら進んで日本国民の義務を放棄した」

では、天と地どころか現人神たる天皇陛下と俺ぐらいの差がある。


 改めて活動指針を策定する。

  第1目標、愛する日本への速やかな帰還

  第2目標、偉大なる日本の国民として恥じない自覚と行動

  第3目標、情報の収集

  第4目標、安全の確保

 こんなところだろう。当初の第1目標であった安全の確保はもう優先度的には最低となった。

 まぁ俺みたいな糞人間が栄えある日本国民であるという、最大にして唯一の長所を失くしてしまったら生きる価値なんて無いので当然の帰結だ。神誉という人間は日本人だから生きていていいのだ。

 さて問題は第1目標だろう。なんせどうすれば達成されるのかわからない。ここに飛ばされてきたのは完全に俺の意思じゃないからなぁ。案外また近いうちに光り出して宙に浮いて帰れるんだろうか?

 第1目標は達成できる状態になったら最優先で達成するとして棚上げして、第2目標と第3目標が俺の主な行動目標となる。


 とりあえず周辺を確認。抜ける様な青空には鳥達が飛び交っている。見渡す限りの大地には青々とした緑の樹々が広がっている。とりあえず危険な動物はいない様だ。

 ここで植生などから地理的な情報を得ることができればいいのだが、俺にそういう知識は無い。この悠大な自然を前にしても「あぁ平和だなぁ」ぐらいにしか思うことはない。

 続いて自身の状態の確認。背嚢を足元に下ろして軽くストレッチ。空気が綺麗なお陰か心持ち調子がいい。

 そして装備の確認。自分が身に着けていた服や背負ってきた荷物に欠けが無いか確認する。見たところ全て揃っている。

 一先ず確認しておくべき事は終わったので、食事を取ろうと思う。


 背嚢からアルコールティッシュと水筒と携帯食料1箱を取り出す。ティッシュで手をゴシゴシ洗う。

 「………すんすん?」

 飲食物が劣化してないか匂いを嗅いでみるが、酸っぱい臭いがする等の異変は感じられない。

 「南無三」

と一言呟いた後、両手を合わせて携帯食料にお辞儀して食べる。

 うん、美味しい。

 咀嚼しながら一人満足したように目を瞑りうんうんと頷く。

 紅茶で喉を潤しながら安心して食べ切る。後でダメだとわかったら救急箱から整腸薬でも出そう。

 「ご馳走様でした」

 食事前と同じ様に両手を合わせてお辞儀する。

 無論ゴミを捨て置く様な事はせず回収して背嚢に入れる。


 さて、これからどうしよう。

 遭難時にはその場から迂闊に動かない方がいいとは言うが、アレは自分を探す人間がいる前提だと思う。

 なので自分から動いてみよう。

 まずは携帯電話の電波を確認。当然のように圏外。電源をオフにする。携帯電話は電波が悪い状況だと電波をキャッチする為に余計な電力を使うからだ。

 続いてカーゴパンツのベルトから下げたシースからコンバットナイフを取り出す。ナイフのハンドルのグリップ部分をくるくると回す。そうするとグリップが外れて中からコンパスが出てくる。


 コンパスを水平に掲げると方位磁針は凄まじい回転を見せる。

 「なんだこれ?」

 暫く見つめていたが回転の勢いは衰える事無く、超高速で四方八方に北を指し示していた。

 これがこの地点特有の現象なのか、この世界全域における現象なのかは判別が付かないが、少なくとも今現在、方位磁針で方角を観測する事はできない。

 っていうか本気でなんだこれ?

 樹海ではコンパスが効かないとかよく言われてたけど、あれは地表に近い所に磁性を帯びた鉱石がある為、針に影響を与えるという話が元だ。実際はせいぜい1、2度程度しか狂わないのでほとんどガセネタだという。

 もし強い磁性体が近くにあったとしても、こんなグルングルン回転するとかないだろう。


 しかし圏外、か。

 少し早足に歩きながら、さっき試した携帯電話の電波を思い出す。意味するところは携帯電話と電波の基地局が交信できなかったという事。

 現在の設定では国内の基地局としか交信しないようになっている。なので海外に行った場合は通信系の機能は使用できない。

 だが、この地が基地局なんて何処にも存在しない、異世界だとしたら?

 今は断言することはできない。

 別に空の色が違ったり、大地が紫色をしていたり、太陽が2つも3つもあるわけではない。わかっていることは、日本ではなさそうだということぐらい。

 考えても仕方がない事は考えても仕方がない事なので考えない事にしよう。是非も無いというやつだ。

 案外、携帯のアンテナ部分が壊れただけかもしれないし。

 とりあえずナイフで目立つ樹に印を掘って目印でも作るか、と思っていた時にそれは起こった。

16/6/18 投稿

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