疑似神格、日本男子を振り返る
疑似神格。創造主の意向に従い、そのサポートに努めるもの。
「………ハァ」
眼の前にはアンニュイな感じで、ため息を吐く人間が1人。
ぼんやりとした様子で、背中を丸めて歩いている。
そんな様子とは裏腹に、歩みそのものはキビキビとしていて小気味いい感じ。
チグハグなもんさ。
まぁ、大落盤に巻き込まれるって、危機的状況なんだからダラダラ歩いてたらおかしいけど。
とは言いつつ、どこか他人とズレたところがあるからなぁ。
危機感から歩いてるんじゃないかもしれない。
惰性?慢性?
「なんで歩いてんの?」って聞いたら「………なんでだろ?」って見つめ返してくるかもね。
そんな超然とした、素敵な感性の持ち主だ。
「ねぇ、シャーシャちゃん?もう君の体は無敵じゃないんだよ?もし崩落に巻き込まれたら死んじゃうんだよ?わかってんの?」
「………ハァ」
これだよ!
気もそぞろ!
関心は別にありますって感じ丸出し!
「………ハァ」
さっきからシャーシャちゃんは、ずーっとため息をついてる。
なんでこんな事になってんのか?
まぁボクには全部わかってんだけどね。
ボクの存在は、シャーシャちゃん自身の超自我を具現化したものだから。
超自我の説明は詳しい人に譲りたいけど、その人の進むべき道へとナビゲーションしたりするよ。
つまり、シャーシャちゃんを導くこと、それがボクの存在意義。
更に特色として。
ボクはシャーシャちゃんが本来知りえない知識を持っている。
だから厳密には、超自我じゃないな。
それこそ普遍的無意識の産物とか、そういう感じなのかな?
まぁ、実際は普遍的無意識なんかじゃないけどさ。
そもそもボクはどうして生まれたか。
突き詰めて言えば必要だったからさ。
それじゃあまりに味気なさすぎるって。
ごもっともだ。
じゃあ経緯から語ってみようか。
物語はいつもここから始まる。
ボーイ・ミーツ・ガール。
暴威すら霞んで見える、天皇陛下の御威光が在る、って奴さ。
全てはお釈迦様ならぬ、天皇陛下の手の平の上、モンキーマジック♪モンキーマジック♪
………全く年齢の割に引き出しがヴィンテージしてるなぁ。
まぁとにかく、偉大なる意思に導かれたらしく、2人の男女が出会いました。
かたや神の如き男。
かたや哀れな奴隷の少女。
少女は不自由でした。
封建的な社会制度の最下層である為に。
保護者に恭順を示す事でしか生き残る術がありませんでした。
だから少女は従順で、盲目的ですらあります。
希望や夢を持っていても、どうせ叶う事がないので、持ってるだけ無駄です。
むしろそんなもので痛みを覚えるぐらいなら、最初から手に保たない方がいくぶんか賢いのです。
だから少女は空っぽで、純粋で、与えられる事に貪欲です。
封建社会の下位者とは、与えられる者の側面を持っています。
それはマゾヒストと分類できます。
つまり少女は、神の如き男に服従しました。
他人を信用できないサディストと、他人を信用しなければならないマゾヒストで、共依存の様な関係性です。
さて。
最初が肝心とはよく言ったものです。
神の如き男の誤算は、ここから始まっていたのです。
その誤算とは、少女の価値観が醸成された事です。
価値観とは、自分にとって役立つかどうかの審美眼。
少女にとって役に立つかどうかの境目、分水嶺とは何か。
これはつまり、強さとか戦いの役に立つかの事でした。
………だって、神の如き男は、戦い方の話ばっかりしてたし。
本人はこんな世界だから、自衛手段を与えたかったみたいだけどね。
自分の為と知ってか知らずか―――まぁあまり意識してなかったみたいだけど。
スポンジが水を吸収するが如く勢いで、神の如き男の教えを吸収します。
少女は拒まない人、受け入れる人ですから。
だから唯々諾々と、貪欲に、徹底的に。
神の如き男の教えを、忠実にこなそうとしました。
しかしある日。
とても困った事が起きました。
神の如き男の教えを、実行できなかったのです。
理解できなかったから。
マスコットに導かれ、ライバルと競う、魔法少女。
自分がそれになると言われて。
少女はすんごく戸惑いました。
だってわかんないし。
だけど。
わかんないでは済まされないのが、拒むことを知らないマゾヒスト。
全てを受け入れなければ許されない立場。
だから必死に考えました。
マスコット!
ライバル!
魔法少女!
来る日も来る日も!
マスコット!
ライバル!
魔法少女!
そんな風に必死にイメージしたら。
この世界ではある現象が発現します。
はい、そうです、みんな大好き魔法です。
疑似神格―――つまりボクはなんで生まれたのか。
それはシャーシャちゃんが必死に『課題』をこなそうとしたからさ。
ところで。
疑似神格には面白い特性があるんだよ。
術者本人が知らない知識を、何故か疑似神格が知ってるっていう特性。
より正しく言うなら、その特性は、ある人物が魔法を発現させた時以外の限定なんだけど。
シャーシャちゃんはマスコットについて、必死に理解しようとしたんだ。
とにかく自分にいろいろ教えてくれる存在らしいって。
だけど、そんな親切な人は今まで周りにいなかった。
ただ1人の例外を除いては。
うん、そうだね。
神の如き男こと、ヤマトーお兄さんだね。
マスコットは別の国から来た、別の知識を持った人らしい。
ますますお兄さんだ。
だからボクは、お兄さんの知識を持ってる。
ボクとお兄さんの話が合うのは、これが理由だよ。
基本的にお兄さんと同等の知識を持った存在だからさ。
ちなみに獣人なのは、マスコットの説明で「獣の耳とかしっぽの生えた概ねかわいらしい姿をしている」ってお兄さんが説明したからさ。
お兄さんはマスコットキャラを想像してたんだけど、シャーシャちゃんは人と混ぜちゃったんだね。
性別が女なのは、シャーシャちゃんが友達が欲しいって思ってたからだよ。
ただし。
ボクがお兄さんの知識を持っていても。
それを外に出力するときには、シャーシャちゃんというフィルターがかかる。
シャーシャちゃん自身が知らない知識だから、当然どう扱っていいかわからない、持て余す。
おかげでボクは今の今まで、ろくに役目を果たせなかったのさ。
だけど。
事情が変わった。
シャーシャちゃんがホンモノの魔法少女になったから。
魔法少女とは日本国民で。
日本国民とは世界有数の優れた知識を持った者。
つまりシャーシャちゃんが日本国民になった事で。
ボクを制限するフィルターが、リミッターが外れた。
シャーシャちゃんは受け入れるだけでよく考えない子だから。
もっと言ってやれば、脳筋でバトル脳だから。
戦い以外のことは全く活用してないみたいだけど。
ボクは違う。
お兄さんの知識を持っていて。
シャーシャちゃんの考えを理解し。
なおかつ第3者視点で見つめられる。
今なら何が起こったのか、ほとんど推測できる。
まぁ全部終わった後なんだけどね。
まず、お兄さんは何故シャーシャちゃんと敵対したのか。
それはお兄さんがカッコつけだからさ。
お兄さんのコミュニティはメチャクチャ狭くって。
他人の考えを受け入れる機会なんてほぼなかった。
だからお兄ちゃんの道徳観は、小学生レベルと言っていい。
つまり、困ってる人は助けてあげましょう。
子供みたいな義務感でシャーシャちゃんを助けたのさ。
だけどね。
お兄さんは自閉的で、自己完結的な考えを持ってもいるんだ。
ボクも知識を、記憶を共有してるから知ってる。
靴下女お姉さんの村で休んでたとき、お兄さんはこう思ってたんだ。
まるでラノベみたいだなぁ、ってさ。
作り物めいた。
安っぽい世界。
俺の周りにいるコイツら。
人間じゃなくって、登場人物なんじゃないかって。
………お兄さんがいくら子供っぽいっていっても、そこまで飛躍した考えを、いきなり鵜呑みにしたわけじゃないよ?
お兄さんの大好きな哲学、思考実験の範疇で、与太話さ。
だけどね。
その考えを捨てきれなかったのも確かなんだ。
だって、お兄さん。
他人を殺してるから。
この世界に来て。
村を出て、街に行く途中。
シャーシャちゃんを助けた時。
盗賊らしき男を剣で刺して、ぐちゃぐちゃになるまで蹴手繰った。
喧嘩なんてした事のないお兄さん。
まぁいじめられたばっかの頃は喧嘩もしたみたいだけど。
途中から何をやっても自分が悪いって周りに押し込められて。
それ以来、まともな喧嘩なんてしてないんだよね。
だから他人との戦い、それも命のやりとりをするって事態に、頭が真っ白になっちゃったんだ。
そしてその神の如き力を発揮してあっけなく殺しちゃった。
実はそれ以来、他人を手に掛けるのがトラウマになってるんだよね、お兄さんって。
何をバカなことをって?
その後もいっぱい殺しただろって?
なんというか………自分ルールって言えばわかるかな?
お兄さんの中では別のことなんだよ。
直接剣で斬り殺すのと、魔法で殺すのは。
手に感触の残る殺し方はアウトで、感触の残らない殺し方はセーフなんだ。
うーん。
セーフっていうと語弊があるかな。
手に感触が残るよりマシっていうか。
感覚的なことなんで説明は難しいけど。
街で兵士を大量虐殺したけど。
あれ以降、直接剣で殺した相手はいない筈だよ。
とにかく別次元のことなんだ。
両方殺したことに変わりはないのにね。
殺さなきゃいいじゃんって思うだろうけど。
危険が身近なんだ。
危険があって。
その危険がどの程度危険か見極めてって。
そんなのできるわけないじゃん。
緊急避難だよ。
突然の危険に遭遇して。
対応できる能力があって。
対応しちゃうのがそんなに悪いこと?
それになんというか、お兄さんなりの葛藤もあったんだよ。
街の貧困層が嬲られてた光景とか。
自分の『ビビリ』な部分を認めたくない強がりな心とかさ。
それでも、なんとういか。
殺しは禁忌だって、いろんなフィクションでいうでしょ?
子供っぽいお兄さんの価値観では、殺しをやった自分を許せなかったんだ。
だから欲しかったんだ。
自分が許される道。
免罪符をさ。
うん。
許してほしかったんだ。
なかったことにしたかったんだ。
だから。
ラノベだって思いたかった。
だから。
旅に出た。
やっぱりニセモノだったって確かめたかった。
ここからお兄さんの行動は極端になってくんだ。
シャーシャちゃんの脳みそにバトルがいっぱい詰まってるのもこのせい。
お兄さんはこの頃から実験しかしてないんだ。
シャーシャちゃんが架空の存在である魔法少女になったなら。
ここはやっぱり架空世界の出来事なんだって。
靴下女さんの発言にガチギレしたのもこのせい。
どうせニセモノだからって、なかば思ってたから。
だからタガが外れてる。
ボクはマスコットって設定上、魔法少女の居場所を知る能力が必要だ。
だからボクの持ってる神刀は、索敵能力に優れた『五十鈴』になった。
だからボクはいろんなことを知ってる。
街の大虐殺。
お兄さんは最初の街の住人を、全員殺した。
善意を踏みにじられて、傷つけられたのが許せなかったから。
アレが1番わかりやすいね。
なんというか、お兄さんの行動は極端なんだ。
息抜きが下手っぴというか。
ちょっとずつ緩めるって事をしないから。
突然爆発するんだ。
これはやっぱり学生時代の経験のせいだろうね。
うまく他人と付き合ってこなかったから。
とにかく貯め込むんだ。
そして我慢して我慢して我慢して。
やっぱり爆発する。
カッコつけなんだ。
なんでもないよって顔して。
結局我慢できなくなって爆発する。
そういう人なんだ。
で。
爆発した。
地下で。
シャーシャちゃんと敵対した。
『実験』がうまくいって。
シャーシャちゃんが強くなりすぎて。
お兄さんは我慢できなくなったんだ。
人生経験の少ないお兄さんは。
失敗の経験が少ないから。
失敗を認めるのが怖いんだ。
失敗してない。
失敗してない。
突き進む。
………どうしよう、行き過ぎた。
戻すしかない。
ゲーム世代の安易なリセット的犯行ってやつ?
別にゲームに限った発想でもないと思うけどね、ボクはさ?
と、まぁ。
真相はこんなとこじゃないかな?
誇大妄想にとりつかれたというか。
誇大妄想であってほしかったというか。
いろんな要素がないまぜになったんだろうね。
といっても、本当のことかどうかはわからないんだけどさ。
だって、ボクとお兄さんは別の存在だし。
ただ言えることは。
シャーシャちゃんの神刀『雪風』に、やたら執着してたかな?
もう今はシャーシャちゃんの手にないけど。
この辺りから『ナーナ』って存在が定義され始めて、お兄さんとは袂を分かち、別の意識を保つ存在となった。
だから極めて正確な推測はできるけど、しょせんは推測。
それぞれの場面で、お兄さんが何を考えてたのかなんて、わからないんだよね。
「………ハァ」
何度目のため息だろう。
ため息をついた数だけ幸せが逃げるっていうけど。
なかなか言い得てて妙だね。
なんでため息をついているのか?
たぶん、シャーシャちゃんもなんでかわかってないと思う。
シャーシャちゃんの初めて知る感情。
本人だってそれを持て余してる。
日本国民の知識で、知識としてだけはそれを知ってる筈なんだけどさ。
知識だけじゃわからないんだろうね。
おそらく人類史上、もっとも強く、心揺さぶる感情の1つ。
それは恋心だ。
「………ハァ」
さっきから、お兄さんのことばっかり考えてる。
そばでため息ばっかつかれると、普通なら滅入るんだけど。
その心情を慮ったら、いじましくてたまらない。
初めてだったんだ。
かばってもらったの。
自分を傷つけようとする暴力から。
シャーシャちゃんはね、お兄さんを倒そうとしたよ?
でもね。
殺したかったんじゃなかったんだ。
自分が強いって認めてもらいたかったんだ。
承認欲求ってやつさ。
シャーシャちゃんは不安だったんだ。
他人の目を伺って生きてきたシャーシャちゃんが。
お兄さんの態度の変化に気づかないわけがない。
だから必死に考えた。
自分をお兄さんに認めれてもらう方法。
うん。
もちろん強さを証明することだよ。
だってこのときお兄さん、本当に戦いの話ばっかりしてたからね。
お兄さんの興味を引くには、お兄さんが興味を持ってる分野を持ち出すしかない。
お兄さんとシャーシャちゃんが戦うハメになったのは、まぁ概ねお兄さんの行いのせいだよね。
とにかくシャーシャちゃんは強さを見せることでしか、自分を証明できなかったんだよ。
だけどいじめられた経験を保つお兄さんは。
強いシャーシャちゃんが受け入れられなかったんだ。
もしもシャーシャちゃんが弱かったら。
お兄さんはわざわざ敵対なんてしなかったんだろうな。
いやぁ、すれ違ってるねぇ、2人とも。
もうちょっとほのぼのしてたらラブコメみたいだったのに。
いささかバイオレンスにすぎるね。
口にして確認するのをやめた男女関係は、絶対こじれる。
これ童貞のパパの受け売り。
いやぁ、パパってばいいこというね、童貞のくせに。
あ、パパ=お兄さんね。
なんかインモラルな等式だけど。
まぁそれは置いておいて。
自分が切っ先を繰り出そうとしてるのに、まっすぐ向かってきた。
傷つくのもかまわずに。
そして自分を庇って、代わりに矢を受けた。
シャーシャちゃんは。
ずっと憧れてたんだ。
自分を守ってくれる人に。
元から大切な存在だった。
自分を保護してくれる人間。
でもそれは、ただの利害関係でしかなかった。
保護してもらいたいから、対価として強くなってみせるって。
まぁ好意もこのときから混じってたけどね。
そこまで純粋じゃなかったのさ。
でも、今は違う。
シャーシャちゃんの目に焼き付いてる。
大きな背中。
自分を傷つけようとしたやつを、睨みつける真剣な顔。
初恋なんだ。
だからシャーシャちゃん。
お兄さんのこと思い出すのに忙しくって。
さっきから「………うん」と「………ハァ」を繰り返す機械になってる。
ボクがお兄さんと会話してたときも上の空。
まぁ敵対してたお兄さんが自分を守ったのに、理解が追いつかなかった混乱もあったんだろうけどさ。
あのときも実にあっけなく言うことを聞いて、地上にまでこうして戻ってきちゃった。
でもわかってんのかな?
お兄さんがウソをついたってこと?
自分を助けたかったら置いて行けって?
どうやって助けろっていうのさ?
もうここに街なんてないのにさ?
もうここに地下につながる洞穴なんてないのにさ?
もうここにお兄さんがいた痕跡なんてなにもないのにさ?
ただここには、大崩落した大地が広がってるだけ?
あの大空洞の大きさ分、まるまる沈下した地面が残るだけ?
立つ鳥跡を濁さずっていうけどさ?
街もきれいになくしちゃって飛び立ってさ?
それって濁ってないって言えるのかな?
ねぇ、どう思う?
そこのアンタ?
………ちなみに。
パパがときどき言ってた(思ってた?)『アンタ』っていうのはさ。
『自分が誰かに監視されてる』って被害妄想から出てる発想なんだ。
もっとも本気で思ってるわけじゃないけどね。
それでも『もしかしたら』が消せなかったんだ。
ちなみにお兄さんは心理学にちょっとだけ詳しいけど。
心理学に興味があるってことは。
自分の心に興味があるってことで。
それは自分の心がどこか普通じゃないって思ってるから、知りたいってことで。
お兄さんは端的にいって。
精神異常者だ。
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