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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の残滓
151/154

記憶

 俺はどこにでもいる普通の人間だ。


 いじめというものがある。

 難しい事は専門家に任せたいが。

 唯一つ言える事がある。

 時代がどれだけ進んで、対策を講じても。

 決してなくなる事はないだろう、という事。


 人間は社会的動物というらしい。

 なんでそう言われるのか所以は知らないが。

 こっちにも唯一つ言える事がある。

 所属する社会―――つまりはコミュニティでうまくやれなければ。

 その生活は途端に地獄になるという事だ。


 例えば未成年のコミュニティは非常に狭い。

 未就学児が所属できるコミュニティなんてのは顕著だ。

 家の外に出れる様になるまでは、家族ぐらいしか接触の機会がない。

 せいぜい親の交友関係を引き継いで、家族ぐるみの付き合いのある相手だとかに限られる。


 次いで義務教育の最中にある児童。

 この児童の世界も狭い。

 即ち家族と学校。

 閉じられた狭いコミュニティ。


 俺の友達の世界は。

 地獄となっていた。




 俺がオンラインゲームで出会った友達。

 彼はいじめられていた過去を持っていて。

 その体験をどこか淡々と。

 しかし悲痛に語ってくれた。


 何故彼はいじめられなければならなかったのか。

 ご多分に漏れず。

 年の離れた俺の友達には、特に責められる様な謂れはなかった。


 しかし責任はなくとも、いじめは発生する。

 根本的には、他者への思いやりがないからか。

 遊びの延長として、見るも無残な地獄が生まれる。

 よくあるのは『違い』だろうか。

 先天的・後天的な理由で、外見や振る舞いが他者と違う。


 肌の色が違うとか。

 皮膚が弱いだとか。

 太っているだとか。

 うまく発話できないだとか。


 あるいは流行に乗り遅れてるだとか。

 弱そうだとか。


 人の学習が。

 対象を認知することであるなら。

 それらは『違い』と認識される。


 そして未熟な子供、特にイキった調子に乗りやすい者が。

 その『違い』を断罪する。

 魔女裁判の如き所業。


 俺の友達にとって最悪だったのは。

 後になって本人が認める程。

 ()()()()()()()()()()()()()()()事だろう。


 昔の彼の事は知らないが。

 特に健康的な問題もなく、アニメやゲーム等の、遊びの事ばかり気にしている。

 そんな典型的な男の子だった様だ。


 それが気がついたら、多くの同級生から疎まれ、遠巻きにされる様になった。

 何故か?

 父親が原因だったらしい。


 彼の両親は若かった。

 彼の恵まれた容姿を見てわかる通り。

 両親の見目も良かったと思われる。


 家族でクイズ番組を見て。

 子供相手に正解数を自慢する様な。

 そんな恥ずかしくなる様な。

 しかし円満な家庭環境。

 何故そんな中で歪が生まれたのか。


 彼が半ズボンから覗く生足も眩しい、ショタっ子だった時代。

 1つ社会を騒がせた事件があった。

 マルチ商法の横行だ。

 厳密に言うとねずみ講とは別物らしい代物。

 だがそんなものは、危険から身を置く一般人にとって、大した違いはない。


 実はこういったものに、手を出しやすい人間。

 その典型というのがあるらしい。

 当然手を出す以上、自分はうまくいくという想定をしているに違いない。

 つまりは頭がいいという自負のある、調子に乗りやすい自信家。

 この手のものにハマるのはそういう人間らしい。


 若く見た目に優れ。

 頭がいいという自負があり。

 少し調子に乗りやすい。

 それが友達の父親を端的に評した人物像。

 ………ものの見事に、手を出してしまったらしい。


 マルチ商法と出会って僕の人生は変わりました。


 危険から身を置く人間からすれば鼻で笑う様な陳腐な言葉。

 しかし。

 間近に接する彼からすれば、溜まったものではない。

 父親に巻き込まれて、人生を変えられてしまったのだから。


 誰しも自分がよくわかっていないものを、わかりやすく説明する事はできない。

 良さを伝えるには、まずは自ら経験する必要がある。

 つまりマルチ商法には、商品を紹介する為の、購入ノルマがある。 

 この購入分のマイナスを、周囲の人間に売りつける事でプラスへ転じる。


 勧誘の第一の関門はアポ取り。

 どんな勧誘をするにしても、会わない事には始まらない。

 まずは話だけでも。

 それを糸口にして徹底的に切り崩す。

 それこそが勧誘の極意。


 開口一番に商品の説明をする営業は三流。

 優秀な営業―――即ち契約を取れる営業は。

 いきなり商品の話をしたりしないものだ。

 まず交友関係を築き、そこから本題を切り出す。


 それは営業だけの話に限らない。

 例えば会員制のマッサージ店において、新規客の取り込み率の高いマッサージ師。

 それは単に按摩がうまい、という意味ではない。

 それ以上に話をするのがうまいのだ。


 商品やサービスが良ければ勝手に売れる。

 ゲームは面白ければ売れる。

 そんな事を言い出す奴は、只の馬鹿だ。

 馬鹿でなければ誇大妄想の癖がある。

 とにかく考えが浅はかすぎる。


 まぁ全ては相手の懐に入る事。

 そこから始まる。


 だから賢明な人間は。

 話すら聞かない。

 その機会を徹底的に潰す。


「○○さん家の子とは遊んじゃ行けません。あそこの子とウチの子は仲がいい様ですし、なんて言って父親が怪しい商品を勧めてくるから」


 被害者の口から淡々と語られる、陳腐な体験。

 しかしその淡々とした口調はむしろ。

 本人の中で消化し切れていない事の証左である様に思えた。


 段々家に積み重ねられる、売れないダンボール箱。

 段々と比例する様に、機嫌の悪くなる父親。

 段々と比例する様に、周囲に疎まれる自分。


 勧誘してくる父親を遠ざける為。

 何の罪もない息子を遠ざける。

 俺の友達は父親のとばっちりを受けて。

 学校というコミュニティでの社交を大失敗した。


 特に彼の同級生は、自らの親から。

 俺の友達の事を排斥していい、というお墨付きを得ている。

 いじめに発展するのは只の時間の問題でしかなかった。


 いじめを解決できるかどうかの重要なファクターに。

 身近な人間に助けを求められるか、という点がある。

 その点でも彼は地獄に突き落とされていた。


 そもそもいじめの現況は家族が原因。

 家族に助けは求められない。

 もしも父親に「マルチ商法をやめろ」等と口にしたら。

「あの血走った目をしたアル中のキチガイに、病院送りにでもされていただろうな」

とは彼の弁だ。


 ちなみに思う様に勧誘が進まない現実を前に。

 父親はアルコールに逃げ出し、以前より暴力的な言動が目立つ様になったらしい。

 本当に典型的な落ちぶれっぷりで、いっそ笑えてくる。

 そう自嘲する様に語った彼は微塵も笑ってなかったし、俺も一切笑えなかった。


 父親が頼れないなら学校の担任はどうだろうか。

 こちらも頼りにならない。

 ○○君をいじめるのはやめましょう、なんて言ってもいじめはなくならないし。


 もし本気で無理矢理にでも交友関係を持たせたら。

 とばっちりを食らうのはその子の親だ。

 金銭的被害が出る話。

 モラルの次元の話ではない。


 そして担任にとっても他人事ではない。

 いじめが問題視される昨今。

 最初は担任の方も、ちゃんと動こうとしたらしい。


 そうして彼の父親と、話し合いの機会を持とうとした結果。

 担任自身もマルチ商法の勧誘被害にあったらしい。

 アポを取るまでもなく、自分と会おうとする人間。

 きっと父親にはカモにしか見えなかっただろう。


 俺が思うに。

 善意が踏みにじられる瞬間が。

 人として1番萎える瞬間だと思う。


 担任の心に燃え立った火は、ここで鎮火されてしまったのだろう。

 この瞬間。

 いじめは担任公認の事となった。




 学校に居場所はなく。

 家庭に居場所はなく。

 児童が所属できる世界から弾き出されてしまった子供。

 こういう子供の終焉は。

 自殺で締め括られるのが、ニュースでよく聞くものだ。


 彼は死んだのか?

 いや、死んでない。

 だって成人した彼と俺は出会っている。


 今がどれだけ辛くとも、今が全てじゃないと。

 自殺志願者の説得に、よく使われるフレーズ。

 他業種の就業経験を持つ俺は、素直にその言葉に頷ける。


 俺は若干アバンギャルドな転職経験を持つ。

 プログラマーという技術職を経て。

 不動産の管理業という職に就いている。

 人生なんとでもなると、そう思っている。


 別にプログラマーとして、生涯を終えなければならないなんて事はないのだ、と。

 辛いとか向いてないとか思えば、新たな世界に踏み出したらいい。

 身分制度のない日本には、職業選択の自由がある。


 唯一問題があるとすれば、子供には行動力がない事だろう。

 行動力というか、根本的に選択肢が少ない。

 取り得る手段が、切れるカードが、大人に比べて劣っている。

 扶養家族の身分では、自由にできる事は少ない。


 一見八方塞がりな状況。

 だが技術の発展は。

 追い詰められた子供に、身近な逃げ場を提供してくれた。


 そう。

 彼はネットゲームの世界に逃げ込んだのだ。

 技術の発展に関して、色々と言われる事もあるが。

 間違いなくゲームの発展が、子供の精神を救っている。


 まぁ居心地のいい逃げ場から戻ってこない、大きな子供も社会問題となったが。

 パソコン文化を悪として、パソコンをなくせばニートはいなくなる、という暴論はやめてほしいと思う。

 ニートはいなくなるかもしれないが。

 それは追い詰められた子供が死ぬ、という危険を孕んでいる。

 人が生きるには希望が必要、という事だろう。


 将来ニートになる様な子供が生きる必要はない、という意見は一定数あると思う。

 御高説賜り至極光栄、近視眼の傲慢チキ共。

 その意見がまかり通ると、やがて失楽園(ディストピア)に行き着く。

 資格のない者は生きる資格を剥奪される、息の詰まる管理社会へと。

 水清ければ魚棲まず。一切の汚れを認めない潔癖さは、あらゆる存在を拒む猛毒となる。


 少なくとも子供が子供でいられる、執行猶予ぐらいは許されてしかるべきだろう。

 子供の内から世界全てが敵という、人生ハードモードをクリアしろなんて。

 そんなクソゲーを強要するなんて事は俺にはできない。

 弱き者に手を差し伸べるぐらいの、道徳観と余裕は持っていたいものだ。


 というわけで。

 俺は手を差し伸べた。

 現実逃避するだけの娯楽を。


 俺の趣味は偏っているから、ちょっとマニアックなものだが。

 やり込む要素のある古いゲームだとか。

 劇的に人が死ぬアニメだとかマンガだとか。


 人との関わり合いが薄く、ファッションを気にしない彼に。

 先輩ぶって「清潔感を与えるファッション」の定義を与えたのも俺であれば。


 鬱病の兆候が見られた彼に。

 筋トレをさせて、運動でストレスを発散させつつ。

 自分に自信をもたせたのも俺。


 他者とのコミュニケーション能力に難を抱える彼に。

 プログラマーという職業が。

 最低限の交友関係で済ませられる、職業の1つだと勧めたのも。

 ネット上でプログラム入門と題された適当な問題を、順に消化していく技量があれば問題ないと教えたのも。

 データベースを扱うSQL文を覚えるように勧めたのも俺。


 全ては俺だ。

 無気力で、どこか淡々としている彼は。

 俺の言った事を、これも淡々とこなし受け入れた。


 家族がクズで。

 自分が生きていていい根拠を見失いがちな彼に。

 外的な生きていていい根拠を与えたのも俺。


 彼はテレビで与えられる情報通りに日本をイメージしていた。

 よくわからないけど、テレビがそう言ってたから、日本は悪い国なんだろうと。

 俺は得意がって日本の凄さを教え込んだ。


 野党のいう国民の借金というのは、ありもしないものであるという事。

 日本は発展途上国からの友好度が極端に高く、決して嫌われ者ではない事。

 先の世界大戦において、日本は国家として当然の選択を行っただけだという事。

 日本で当たり前だと思われているもの1つ1つが、世界有数の価値あるものであるという事。


 そんな凄まじい国である日本に生まれた国民。

 所属するコミュニティに誇りを持たせ。

 自身の価値がそれに準じるものであると。

 そういう論調で、生気の乏しいアイツを励ました。


 それが全てではないだろうが。

 それでも人格形成に多くの影響を与えたと思う。


 少し享楽的で。

 少し刹那的で。

 少し偽悪的で。


 でも模範的で。

 少し小心者で。

 少しお人好し。


 どこか厭世観があって。

 どこか達観した様な。

 どこか諦観した様な。

 どこか淡々としている。


 そんなプログラマー。

 つまり俺の友達は。

 どこにでもいる様な人間だ。


 この時、俺は。

 アイツが死んだ………いや。

 その存在が消滅していた事なんて。

 当然知る由もなかった。


18/5/12 投稿・文章の修正

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