日本男児、肩透かしを食う
俺は今、混乱の極みにあった。
規格外の化物が。
今その凶刃を。
ミミカカに振り下ろそうとしている。
ミミカカは未だに混乱から回復していない!
無様に這いつくばっている!
このままではまずい!
「立ち上がれミミカカ!」
必死になって叫ぶ!
同時に2人の間に割り込む!
動く度に左腕から激痛が走る!
防御に使った、肘から手首までの骨が、折られたままだからだ!
「ハァ………ハッ!」
気合とともに治療を試みる!
磁力で無理矢理に骨を固定し!
骨が接合するイメージを!
「んがあああああああ!」
クソ痛ぇ!
へし折られた箇所が熱い!
ジュクジュクとした熱が溢れ出る!
「ハァ!ハァ!ハァ!………アアアアアアアア!クソがっ!」
なんとか無理矢理に固定できた?
動かす度にブラブラして?
脳天を突き刺す様な?
痛みが走っていたのよりはマシ?
………だからどうした!
マシになっただ?
それが何になる?
今の状態では、左手にまともな握力さえない!
ペットボトルのキャップの開閉にすら苦労するだろうな、きっと!
戦闘に行使するなんぞ到底無理!
そもそもあらゆる状況が万全と言い難い!
俺はついさっき!
規格外の化物と殺し合いをしたばっかだ!
身体・思考の両能力を大幅に強化して!
全力を発揮して!
漸く退けて!
一息ついたらあれよあれよとこの大惨事!
1度終わったと!
ケリが付いたと!
区切りがついたと!
思った瞬間にこの連戦!
全身に満ちる倦怠感!疲労感!忌避感!
100メートル走10本タイム測った直後に!
フルマラソンをやらせる様な大暴挙!
酷使して鉛の様に重い体!
徹夜明けの様にガンガンする頭!
物もろくに握れない左腕!
そして未知数の戦闘力を持つ敵!
………どんな無理ゲーだ!
ゲームならイベント戦闘、強制敗北か時間経過で次に進むパターン!
或いは強力な味方キャラの増援があるパターン!
「ハッ!」
ゲームなら、な!
時間が経てば何が変わる?
負けたらそこで終わりだ!
どこにここにいない応援が来る見込みがある?
茶化さなければやってられるかこんな事!
現実逃避しなければやってられない過酷さ!苛烈さ!
「ヤマ、トー、さん?」
「………なんで?なんでそんなやつをかばうの?」
散々唸り声と悪態を、撒き散らしてた俺を、遠巻きにしていた2人だが。
俺の立ち位置を見て、その意図を知ったらしい。
かろうじて無事な右手で、腰の左側から下げた神通を抜き放つ!
片手で鞘から抜き取るのは出来ないので、磁力を操って、鞘から刀身が半ば抜けた状態まで持っていく!
曲芸まがいに、剣をクルクル回してから、気取った動作で切っ先を突きつける!
「お前の好きにはさせん」
派手な動きと、ご立派な口上で、注意を集めておく!
ゲーム的に言えば、ヘイトを稼ぐ!
ミミカカが狙われない様に、俺が引き付ける!
………別にミミカカを喪って、惜しい事なんてない!
ミミカカ自体はどうでもいい!
問題は地獄から来た、悪夢の死神魔法少女だ!
アイツの目的は?
それは強さを示す事だ。
デモンストレーションにある。
その為に甚振り抜いて殺そうとしている。
盾が。
風除けが。
防波堤が。
ミミカカが。
なくなったら?
次の標的は?
………俺だ。
どうもあの魔法少女の最終目標は俺らしい。
俺に強さを見せつけるという、デモンストレーションが完了すれば?
次は本番だ。
正直、何をされるのかわかったもんじゃない。
強くなった瞬間、やる事が弱い奴を甚振る事。
どうも頭がおかしいと見える。
そんな奴に自分の身を預ける?
遠回しな自殺だ、それは。
自らの死刑執行書類にサインするが如き所業!
死神の死刑宣告!
執行猶予はミミカカが生きている間!
つまり、アイツの命は俺の命!
あのクソ間抜けと!
底なしのアホと!
役立たずのボケと!
一蓮托生なんて認められるか!
せめてこのクズが戦う事で、消耗を強いる事ができるなら話は別だが、そうはならん!
一方的に殺されるだけだ!
まだそれなら戦力として計上できる内に使い切る!
「グララ!」
「な、何なのだ!」
「見ただろ!アイツは敵だ!死にたくなかったら戦え!」
「わ、我もか!」
漸く普通の魔法が使える様になった程度の、グララが狼狽える!
「総力戦だ!負ければ終わる!」
「しかし、我の魔法では!」
「そっちじゃない!アイツから精霊を奪い取り、彼方へ消し飛ばせ!ある意味グララが1番アイツに有効なんだ!」
「我がか!」
反転した第1種永久機関!
無限に生み出す叡智の逆とは!
無限に奪い去る暴虐!
アイツの全ての力が、魔法に根差しているのなら!
魔法の源たる精霊を奪い尽くせば!
残るのは只のガキ!
それなら例え無手勝流でもどうとでもしてやれる!
尤も、グララには直接の戦闘能力が期待できない。
役目がある分、何も期待できない靴下女よりは遥かにマシだが。
このままでは俺は1人で魔法少女と対峙するハメになる!
「ナーナ!」
唯一潜在的に魔法少女と匹敵するもの!
ライバル!
コイツなら!
「それはダメだよ」
しかし、苦笑いするように。
力なく首を振るだけ。
「わかってるんでしょ?シャーシャちゃんは、ボクのママだってさ。ボクはママを本気で攻撃できないよ?」
「チッ………」
確証がなかった以上、なし崩しに巻き込めないかと思って言うだけ言ってみたが………無駄だったな。
ママって事は、ナーナはやはり、魔法少女の被造物だった訳だ。
例え魔法少女がその力に覚醒しても慌てない。
慌てる必要がない。
この事態の前でも、後でも、立場が全く変わってないから。
その為に用意された疑似神格だから。
「お兄さんに攻撃しないのが、ボクにできる最大の協力だよ」
「ならば!アイツを打倒して!アイツの支配から!独立する事だってできるだろ!」
「掃いて捨てちゃえるぐらい、そこらにありふれてそうなお誘いの言葉だね!ハハ!」
軽い笑い声とは程遠い表情で答られた。
「ダメだよ、お兄さん?ときめかないよ、そんなの?もっと胸に来る事を言ってほしいな?」
軽薄そうな、攻撃的な顔。
「お兄さんの為なら、全て投げ出したっていい!この身を焼いたって構わない!………なんて思わせてくれないと、さ?」
バカにした様に煽る。
「そうじゃないと………ボクはね、凧なんだ」
「凧?」
話の繋がりがよくわからん。
「シャーシャちゃんの手から離れたら………どこかへ飛んじゃって、ボクはいなくなるのさ。だから凧」
「糸の切れた凧、か」
ヘラヘラと。
軽薄に。
決別する様に手を振る。
ナーナの存在は宿主ありき。
宿主なしには生きてられない。
その胸中はいかばかりか?
………知った事かよ。
「一言言えるとしたら、今のシャーシャちゃんと敵対するのは、バカのする事だって事だけさ」
わかりきった事だけ言ってくる。
「チッ………死ねよ」
力のない悪態しか吐けない。
立場が特殊過ぎる、ナーナの気持ちなんて。
想像する事しかできない。
だが理解できる事もある。
あの死神との戦いで。
たった1人。
前衛に立つ事が。
今、決定した。
味方はグララと。
ゴミみてぇに地面に転がってるバカのみ。
………絶望的だ。
だが、やらなければ。
やらなければ、奪われる。
頭を力で抑えつけられて。
俺の自由と意志と希望は。
全て奪われる。
やるのだ。
ここまで来て。
もう禁じ手はない。
あらゆる手段を解禁して。
アイツを殺さなければ。
「ハッ!」
掛け声と共に地面を蹴り出す!
その勢いのまま空へと駆け上る!
魔法少女に対して、投影面積を最小とする様に!
向こうから見れば、顔と肩幅と、肘を曲げてぶら下げた腕しか見えない様に!
相手からの攻撃を受ける面積を最大限に減らす!
磁力と重力で加速を行い、衛星の様に円周をなぞる軌道を描く!
「七色念力光線!照射!」
平衡感覚すら奪う大轟音!
一瞬で視界を奪う大光量!
対象を焼き尽くす大熱量!
七色念力光線を目標に向けて照射する!
これだけで必殺!
普通ならば決着が付く!
しかし結果は知れている!
「………」
目標、依然健在!
魔法の照射前と全く変わらぬ様子!
だが、そんな事は先刻承知!
結果は知れていると言った!
文字通りの意味で目眩ましだ!
「お兄さんが、消えた?」
ナーナが最初に気付く!
そう!
俺は今、ここにいない!
光を操り、俺の体を透過させ!
音を操り、俺の体を通過させ!
熱を操り、俺の体を同調させ!
目視でも!
音響感知でも!
熱量感知でも!
俺の存在を秘匿する!
光学迷彩の魔法!
そして!
相手の視界を真緑一色に塗り潰し!
相手の発声を阻害し!
相手の聴覚を遮断する!
三重苦の魔法!
相手の五感を更に奪う!
これでもう、俺を知覚できない筈!
実際、魔法少女は立ち尽くしているだけだ!
生憎、必殺の七色念力光線は、何らかの特性によって、無効化された様だが!
物理的な直接の破壊エネルギーを、その状態でどうやって防ぐ!
鏃!
鋭利な先端を持った!
返しの付いた凶暴な凶器!
俺は『望んだものを召喚する魔法』で、直接武器を召喚できる!
鏃の弾丸!
それを宙空に!
無数に!
何故さっきの戦いでここまでやらなかったのか?
………俺は覚悟も何も出来てない一般人だ。
平和の恩恵を世界で尤も受けた日本人だ。
そんな俺が。
必要があると頭で理解できても。
小さな子供の姿をした。
それも毎日顔を合わせて。
共に過ごしてきた相手を。
躊躇なく殺すという事はできなかった。
魔女は潜在的な脅威だった。
将来的な危険性が高く。
予め対処をする事が推奨された。
だから俺の消極的な対応でも、なんとか間に合った。
だが魔法少女は直接的な脅威だ。
魔女は積極的に行動しなかったのに比べ。
明らかに自ら進んで力を行使している。
対処をするのは推奨ではなく、必須事項となる。
なんせ、しなければ殺されるだけだ。
「鉛玉をブチ込んでやるっ!」
指揮棒を振る様に!
握りしめたマチェットを全力で振り抜く!
ハンマーを叩き下ろす様に!
すると無数の鏃の弾丸が連動する!
『波紋』の衝撃を受けて!
叩き出された弾丸が一斉に発射される!
「さようならぁ!」
決別!
かつて共にあった子供と!
甘ったれの自分と!
俺は強くなければならんのだ!
消え失せろ!
「ダメ押しだ!長門!」
「心得た!全砲門、管制射撃開始!撃ぇ!」
「任しときな!」
「行きます!」
神刀の疑似神格3人娘にも攻撃に参加させる!
軍艦に肖った名前を持つ彼女達は!
単騎でも圧倒的な火力を持つ戦力として運用できる!
取り囲むように配置した、3人娘からの包囲攻撃!
上空から抑え込む、俺からの射撃!
不可視!
不可知!!
不可避!!!
必中!
必殺!!
必勝!!!
目が見えず!
耳が聞こえず!
この逃げ場のない!
圧倒的な飽和攻撃!
「くたばれ!『北上』!」
トドメに水蒸気爆発をお見舞いする!
水蒸気爆発を起こすと、白い水蒸気が発生し、視界を妨げる!
狙いをつける必要がある攻撃より、先に使う事ができない!
俺の使える!
全火力を!
全く自重せず!
全て投入した!
必殺のフルコース!
戦闘の緊張感!
攻撃の高揚感!
身体の疲労感!
色んなものが綯い交ぜになる独特の感覚に包まれる!
脳内麻薬がマッハで分泌される!
何より濃厚な一瞬!
まるで永遠を濃縮したような圧倒的な時間!
ドロリと!
質量を持った様に!
極めて遅く時間が経過する!
………大丈夫の筈だ!
これだけやったんだ!
いくら化物と言ったって!
流石に無事でいられる訳がない!
着弾する瞬間まで俺は観測していた!
あの魔法少女は!
回避行動も!
防御行動も!
全く取っていなかった!
只の棒立ち!
何にも反応せず!
無防備に!
全ての攻撃が!
吸い込まれるかの様に!
その身体に集中していた!
勝った筈だ!
あれだけの攻撃を受けて!
立ってられる奴はいない筈だ!
頼む!
死んでいてくれ!
消えていてくれ!
這いつくばっていてくれ!
無様に転がっていてくれ!
頼むから!
………不安なんだ!
動物的な予感とでもいうのか!
止まらない!
この水蒸気が晴れたら!
そこにアイツが立っているんじゃないかって!
そんな不安が止まらない!
止まらない!
この水蒸気が晴れたら!
アイツが跡形もなく吹き飛んでるんじゃないかって!
そんな不安が止まらない!
止まらない!
水蒸気が!
少しずつ!
薄れていく!
温度が下がって!
気体でいられなくなっていく!
視界が晴れるのが止まらない!
………止まってくれ!
見たくない!
水蒸気が晴れた先の光景を見たくない!
アイツがいても!いなくても!
どっちにしろ見たくない!
俺はこの瞬間が永遠になるなら!
何だってするだろう!
そのぐらいこの先の光景を見たくない!
「あぁ………」
駄目、だった………。
あれだけやったのに。
あぁやって。
攻撃する前と変わらず、真っ直ぐ立ってるのを見たら。
見たくなかった、こんなもの。
18/3/21 投稿・文章の微修正