日本男児、立ち尽くす
俺は今、息を呑んでいた。
白く輝く大凡戦いに不向きな筈のドレス。
衣装の各所に配置された、冗談のような形の宝石。
そして淡く燐光を放ちつつ、重さなど感じさせずに宙に漂う姿。
何もかもがあの時の焼き直し。
違うところがあるとすれば。
漆の様な光沢のある黒から、より無機質さを感じさせる、輝く水色に髪色が変わった事。
そして俺が制御する虚像でない事。
何よりその表情が歪んでいる事。
流れた涙と、零した涎の痕が残ったまま。
口元には笑みを浮かべて。
爛々とした目玉は、俺を捉えて離さない。
絶対的な決定権を有しつつ。
あえて主導権を人に譲る。
他者に自我を否定され続けた人間の処世術。
即ち、媚びる様な、気味の悪い笑みを浮かべての様子見。
淡く輝き、白いドレスを纏って宙に浮いた少女。
そんな酷く現実感が希薄で、空想的な光景の中で。
その生々しい嫌悪を感じさせる表情だけが、これが現実だと知らせている。
それは弱者特有の顔つきで。
そして狂人特有の顔つきだ。
尋常の奴が浮かべる表情じゃない。
見る者の感情を波立てる凄み。
「魔法、少女………」
俺はかつて。
この瞬間を待ち望んでいた。
魔法。
何ができるのか?
何ができないのか?
その限界は?
その行き着く先は?
魔法の未来は明るいか?
魔法の可能性は果てしないか?
どこまで行ける?
どこまで伸びる?
その答えは?
………見果てない。
途方もない。
魔法の行く先は、無限に広がっている。
平常時なら、これほど喜ばしい報せはなかった事だろう。
しかし、今は非常時。
その埒外が具現化したものと。
眼の前で対峙している。
歪んだ表情を浮かべたそれと。
比肩する者のない魔法を操り。
あらゆる敵対する存在を粉砕し。
個人の意志を貫き通す異質。
魔法の一つの終着点。
空想上の存在であった筈の魔法少女。
それが今、現実に存在している。
最悪の脅威目標だ。
「お兄さん」
攻めあぐねて魔法少女を眺めていると、ナーナが声を掛けてきた。
「何だ」
最低限の返事を返す。
「ヤバイ」
「チッ」
全く不明瞭でどうでもいい事をいうナーナに舌打ちする。
ヤバイのなんてわかりきった事だ。
そんな当たり前の事を抜かすな。
「あやまって、なかなおりした方が」
「黙れ!」
大声で当たり散らす!
叶うなら俺だってそうしたいに決まってる!
全てをなかった事にして!
もう1度やり直せたら!
どれほど幸せな事か!
「あのー?」
今度はミミカカか!
「あぁ?」
まともに受けごたえする気がない!
「え………あの、なんでヤマトーさんは、シャーシャをいきなり攻撃したんですか?」
「うぬ!」
グララも言葉少なく同意しているか………。
「………」
魔法少女は相変わらずニヤニヤした笑いでコッチを見ている。
直ぐにどうこうするつもりはないという事か。
………余裕だな。
「チッ………もうさっきみたいな不意打ちにすら、絶対対応できるって腹かよ………」
俺が何をしても、脅威足り得ない。
だからこその、あの余裕だろう。
「ハァ………いいだろう。現状の説明をしてやる」
なら、俺から仕掛けない限り、小休止状態だ。
いっそ開き直る。
どうせ、相手が本気になったら、どうしようもない。
さっきまであんなに苦戦してたのに。
更にパワーアップした訳だ。
刺激しないに限る。
何とか先延ばしにして、その間に打開策が見つかれば御の字。
よしんば打開策が見つからずとも………覚悟を決める時間が取れる。
「現状って?」
「未曾有の災厄となる種を摘もうとして、失敗したところだ」
間抜けな面と靴下をしたアホにも、分かるように言ってやる。
「あー、ミゾーのサイアクですね。うん」
あーはいはいって感じで相槌を打ってきた。
到底理解しているようには見えない。
「話は聞かせてもらったよ、人類は滅亡する!」
引き戸を開くようなジェスチャーをしつつ、ナーナが補足してくる。
この状況で軽口を叩く辺り、ずいぶん余裕だな。
………そうか、コイツは焦る必要がないのか。
「人類はメツボーする?なに言ってんのナーナ?」
ミミカカがバカにした目でナーナを見る。
「オッペケテンムッキー!」
案の定、心外だと言わんばかりに地団駄を踏むナーナ。
―――怒りの示し方がおかしいが。
「ナーナが言った言葉は本当だ。今、全人類の生殺与奪権が、アイツの手の平の中にある」
「え、どういうことですか?」
うさんくさそうな目で見てくるのが鬱陶しい。
「魔法は、自分のイメージで作り出すものだな?」
「え、はい?」
「逆に言えば、自分の思った事が魔法になる訳だ」
「はぁ」
全然理解できていなさそうだが、別に理解を求めてないので説明を続ける。
「だからアイツは、世界中の全てを破壊し得る、危険な存在だ」
できる限り、簡潔に説明した結果。
「は?」
疑問符含めて2文字の返答が得られた。
説明するだけ時間の無駄だったな。
「ぬ?よいか、ヤマトー殿?」
「許す。何だ?」
話を一緒に聞いていたグララが質問してきた。
「魔法が何でもできるというのは、朧気にわかるのだ!」
「ふむ」
グララはグララなりに魔法について考えていたらしい。
「確かに高い発展性があるのは認めるのだ!」
「それで?」
「つまりヤマトー殿は!魔法使い全てを排除すべき!と言っておるのか?」
グララが警戒した目で俺を見る。
「いや、それはいささか拡大解釈だ。並の魔法使いにそんな危険はない」
「何故なのだ?」
納得行かないと言わんばかりに、続きを促してくる。
「並の魔法使いにできるのは、せいぜい火を生み出す程度だからだ」
「ぬ?しかし危険性という意味なら、どうなるのかはわからぬのではないか?」
ミミカカと違って、魔法についてグララなりに真剣に考えた事があるようだな。
俺の話をすんなり理解した以上、自分なりに危惧していた様だ。
「杞憂だ。そこらの魔法使いレベルで、その心配をしても現実には起こりえない」
「何故なのだ?」
「人はできる事とできない事を知っているからだ」
「できる事とできない事?どういう事なのだ?」
「例えば、銅貨1枚で、家を買う事ができるか?」
「ぬ?できぬのだ!」
「そうだな、金銭の交渉による範囲では無理だろう」
「それがどうしたのだ?」
………頭が悪い訳ではないが、関連性を見出すとか、そういう事は本当苦手だな、コイツ。
「さっきの話に繋がるんだよ………常識とか、当たり前と言ってもいい」
「魔法の話なのか?」
「あぁ。銅貨は魔法の才能で、家は使いたい魔法だ。優秀な魔法使いとは本来、差し出せる金銭の多いものの事だ」
「ぬ?差し出せるもの?」
まぁ多少察しは悪いが、自分で考えてるのはわかるからいいか。
「そうだ。基本的に只で品物は手に入らない。何かと交換する事で手に入る。それが正当な取引だろう?」
「うむ、そうなのだ」
「銅貨で家は買えないし、金貨で僅かばかりの食料を買う事もない。相応の価値で交換される」
「魔法も同じだと?」
まだ思い至らないか。
「そうだ。グララだって、まともな火の魔法1つ使うのにも苦労したじゃないか」
「ぬ!我は所持金が少なかったという事か?」
自分はどうだったのか指摘したらわかったようだ。
「まぁそういう事だ。高い効果の魔法は、それだけ対価と成るイメージが大変になる」
「ふむ?」
「即ち、常識外れの事は、魔法では本来できない」
「ぬ!それで常識とか当たり前の話が出てきたのか!」
「わかってくれたようで、大変結構」
「ぬ?いや、しかし!」
「ん?どうかしたか?」
「それではヤマトー殿はどうなる?」
「俺?」
「そうなのだ!空を飛んだり、見た事のない魔法を使ったりと、ヤマトー殿は非常識なのだ!」
「非常識って………まぁ、非常識なのは確かか。それについての答えはある」
「何故なのだ?」
「買い物の例えなら、別の選択肢があるみたいなもんだ」
「金銭以外とな?」
「例えば物々交換だとか、代わりに願い事を叶えるだとか………あるいは、そもそも交渉相手を代えるだとか。まぁ金銭以外にも交渉手段を持っている訳だ」
「ふむ?」
「俺だって地に足を着けて歩く人間だ。自分が空を飛ぶなんてイメージをするのは大変だ」
「空を飛ぶイメージをしている訳ではないのか?」
「俺が空を飛ぶのには理屈とか手順がある。いきなり最終形をイメージできなくとも、段階を踏んだり、或いは迂回路から到達できる」
「それが交渉手段の多さか!」
「そう。優秀な魔法使いとは本来、金銭が豊富で、交渉手段と交渉ルートを多く用意できる者」
「ほう!」
「即ち、発想力が豊かである者の事だ」
「発想力とな!」
「グララも1度考えがドツボにはまって、魔法がうまく使えなくなってただろ?」
「うむ!」
「そこで考え方を切り替えて、別の方法でアプローチできれば、魔法をどんどん発展させられる訳だ」
「なるほどなのだ!」
「わかったようだな」
「うむ!………いや、待てわからぬ!」
「何でだ!」
思わずズッコケそうになる。
「常識外れに見えても、ヤマトー殿の中には理があるからこそ、並外れた魔法が使えるのだな?」
「あぁ、そうだ」
「結局ヤマトー殿も、できる事とできない事の範疇で、魔法をつかっておるのだ!」
「うむ」
「ならば何故、妹殿だけが危険なのだ?」
「そりゃ、できるできないの範疇を超えてやがるからだ」
「範疇を超えておる?どういう事なのだ?」
「言葉通りに、常識を凌駕してる」
だから厄介で、脅威なんだ。
「ぬ?」
「品物の入手法の例えでいうなら、俺は正攻法だが………アイツは………」
「妹殿は?」
「犯罪、だな」
グララが眉をひそめる。
「犯罪?どういう意味なのだ?」
「例えるなら、脅す、強請る、盗む………とにかくそういう非合法の手段だ」
「非合法とな?」
そう、問題はそこなんだ。
魔法の発現が、イメージを代償とするなら。
強力な魔法をイメージするのは、それだけ難しくなる。
だから普通は、強力な魔法はおいそれと使えない。
つまり、魔法といえどその効果は、常識の範囲に収まる。
そんな中で俺は、劇的な効果の魔法を発現できる。
それは現代知識を有しているからだ。
重力や光の性質等、科学的な知識を知っている。
そして何より、ゲームや映像メディア等を知っている。
発想の根本が違うから、常識外れの魔法を使える。
しかし、あの魔法少女はどうだ?
知識も。発想も。持っている筈がない。
なのに常識外れの魔法が使える。
それはどういう事か?
常識外れの魔法が使える以上、つまりは常識がないのだ。
常識とは何か?
それは良識を持った人間同士で、共有される認識の事である。
女は浅ましい、とか。
アメリカはクソだ、とか。
誰しもが当然だと思う事だ。
しかし、その常識がない。
共有できない、当然だと思わない。
わかりあえない。
共存する事が困難な存在。
当然のように巨大な炎を現出させ。
細い腕で大人を殴り負かし。
只の影で包み込んで人を死に追いやり。
遂には死の淵を覗く様な致命傷を乗り越え。
再生までして見せた異彩。
全くの埒外。
無法者。
相容れぬ存在。
不倶戴天の敵。
それが魔法少女。
………ん?
死を乗り越え?
再生した、だ?
このフレーズ、割と最近にどこかで………。
「………ねぇ」
声を、掛けられた。
まるで心臓を鷲掴みにされたような。
そんな恐怖を感じた。
「………なんで?」
振り向きたくない。
目を合わせたくない。
直面したくない。
そうしたら。
事態が変わってしまう気がしたから。
この膠着状態を。
少しでも長く続かせたい。
「………わたしね、マホショージョだよ?」
だが問いかけは続く。
「………ちゃんとね、マホショージョにね、なったの」
いくら目を背けても。
「………なのにね」
頭で否定しても。
「………なんでね」
そこにある不条理。
「………むしするの?」
常識外が侵略してくる。
「………せっかくね、なったのに………」
思い通りにならない不満が押し寄せてくる。
「………ねぇ、なんで?」
連続した問いかけは。
責めるニュアンスを帯びる。
それは尋問と言われるものだ、と。
たしか昔考えた事がある。
必死に目を背けたくて、そんな事に思いを馳せる。
「………ねぇ!」
………どうしろと?
刺激すれば事態が動き。
放置すれば激高し。
「ヤマトーさん、シャーシャが呼んでますよ?」
「チッ!」
わかってるわんなもん!
「ってかヤマトーさん、考え過ぎっていうか、そんなサイアク?とか、シャーシャはそんなんじゃ」
考えなしの奴に、考え過ぎって言われる事の苛立ち!
現状を認識すらしてない危機感のなさ!
ガンゴガガガガガガ!
凄まじい音が響いた!
………事態が、動いた。
自分でやった事ならある。
見せつけられる羽目になったのは初めてだ。
何が起こったのか一瞬わからなかった。
思考を空白にする程の圧倒的な暴力。
パープリンのノーテンキのトンチキのアーパーのアホ女が。
アクション映画みてぇな軌道で吹っ飛ばされた。
まるでゴミクズみてぇに。
冗談みたいな勢いで、ゴロゴロと転がっていった。
言うまでもなく、魔法少女がその力を、脈絡なく発揮した為である。
「………あぁ、そっか」
宙に浮かびながら、その後を追う魔法少女。
「………うばわなきゃ」
肉食動物が襲いかかる寸前の様に前傾姿勢で。
「………強くなったら、うばわなきゃ」
肉食動物が牙を剥く様に嗤いながら。
「ゲホッ!オエッ!ヘッ!ヘッ!ベェエ!オベッ!」
激しく体を打ちつけ、呼吸がままならないのか、呻くミミカカ。
「………ひつようなんだって」
それを見据えて、無造作に前進する魔法少女。
「………なめられるんだって」
ミミカカには明らかに聞こえてないが、構わずに一方的に喋っている。
何の話かと思ったが、これは………?
「………つよさをね、おしえてあげないとね」
………ダンジョンに入る前にやった遣り取りだ。
絡んできた獣人を、必要以上に甚振ったときの。
元は魔法少女に対して、俺が上位であると植え付ける為にやった示威行為。
結局は無駄になった様だが。
「………そしたらね、わたしがね」
弱者を甚振る愉悦を携え。
「………ほんとうにね、マホショージョってね、わかるでしょ」
無造作に桜花十文字を翳し。
命を刈り取る存在が迫りくる。
………あぁ、そうだ。
『死神』だ。
死と再生を象徴する暗示。
タロットカード。
魔法少女の暗示は確かそれだった。
そしてミミカカの暗示は『塔』。
破滅と別離の暗示。
18/3/17 投稿・文章の微修正