日本男子、輝かせる
俺は今、少女を体調面・美容面で総合的にプロデュースしていた。
「とにかく一緒にご飯を食べましょう」
できる限り優しく笑ってさっき声を荒げた事をごまかす。
俺がにこにこしたままシャーシャちゃんを見つめていると、やがて恐る恐るといった感じで携帯食料に手を伸ばしてこちらの様子を伺いながら一口食べる。
今おそらくフルーツ味の凶悪な甘みが、シャーシャちゃんの口の中を駆け巡っているのだろう。
食べた瞬間に目をまんまるにしてる。お鼻の穴も淑女にあるまじき広がり方をしてたのは心の中に仕舞おうと思う。
まぁおすまし顔でつまらなさそうに食べる人より、美味しそうにパクパク食べる子の方が魅力的だよね。やはりミミカカちゃんは可愛い。
とか思ってたら、シャーシャちゃんは盛大にむせた。
あぁ、そうか。口の中の水分を奪うと評判の携帯食料を、唾すら碌に出ないであろうシャーシャちゃんが食べたら当然そうなる。炎の匂いが染みついてなくても人間はむせるのだ。
「はい、これを飲みましょう」
涙目になってむせるシャーシャちゃんの側に行って、背中をさすりながら紅茶を飲むように促す。
っていうか俺は馬鹿か!
弱ってるシャーシャちゃんにいきなり固形物食わせるとか!おそらく今まで劣悪な食事をさせられてきたせいで内蔵が弱ってるだろうに!
本当は電解質の飲料と、ゼリー状の流動食を食べさせてあげたいところだが無い物ねだりなので諦める。
シャーシャちゃんのお皿にお湯を流し込んで携帯食料をスプーンでぐにぐにと潰す。茹でてもいないし皮もないが。
しばらく繰り返したらモチャモチャしたペースト状になった。勿論食べ物で遊ぶ罰当たりな真似をしているのではなく、シャーシャちゃんが食べられる様に配慮した結果だ。
喉を潤して生き返ったシャーシャちゃんは、あっと言う間に携帯食料のペーストを平らげた。
多分3歳児ぐらいの食事風景を思い浮かべればイメージはぴったりだ。不器用にスプーンを持って一所懸命に食べている。
「お腹は痛くありませんか?」
「………はい!」
答えるシャーシャちゃんは声こそ大きくないけども力強く頷いた。
その表情も打って変わって非常に明るいもので目に光が灯っている。
しかしシャーシャちゃんの胃の調子を考えて1箱だけ出したけど、いくらなんでも少なすぎたかな?
「おかわりしますか?」
「………はいっ!」
こんな目キラキラさせてお返事してくれるんだしもう1箱あげよう。どうせいくらでも出せる。
シャーシャちゃんは俺が新たに携帯食料を出すのを、いまかいまかと待ち受けている。
別にお預けとかしないので、もったいぶらず携帯食料1箱を出してまたペースト状にすると、これも直ぐに平らげてしまった。
残さず食べてご馳走様できたね。偉い偉い。
「魔法のご飯をたくさん食べたのですから、シャーシャちゃんは直ぐに元気になれます」
「………ありがとうございました」
「甘い物は好きですか?」
「………はい、好きです」
ホッホッホそうかね。
お紅茶にお砂糖を入れて、ついでにお塩も入れよう。
嫌がらせかって?砂糖と塩を適量混ぜた水は電解質となるので吸収に良いのだ。
ただ甘じょっぱいだけでは飲み辛いので、ムムカカ村で貰った野生果実の果肉をビニールで絞り味を整える。ギュー。
品種改良されていない野生の果実は、基本的にどこか酸っぱいのでいい感じに仕上がる筈。
サバイバル技術の本に掲載されていた、食べられる果実の写真と似た感じだった。
コケモモ、サルナシ、アケビとか。
ところでそれらは全て、山に分布すると書いてあったのだが?
辺り一面が森のムムカカ村でどうやって収穫したんだろう?
もしかしたら森に深く入ったら山に繋がるのかもしれない。
シャーシャちゃんはお手製電解質紅茶を不思議そうに見つめていた。
俺が「甘くて美味しいですよ」と言うとコクコクと飲んでみた。
うん、お気に召したようで顔を輝かせてる。
まぁ甘いというだけでこの世界ではきっとご馳走なのだろう。
背嚢の機能をあらかじめ知っていたら、もっと色んなもの持ってきたんだけどなぁ。
後回しになっていた自分の食事をしながら、俺はシャーシャちゃんと会話する。
まぁ食事と言っても携帯食料だ。
健康状態的にお肉を食べれないであろうシャーシャちゃんの前で、ミミカカちゃん印の料理を食べるのは嫌味に過ぎる。元気になったら一緒に食べたいと思う。
お腹が満たされたシャーシャちゃんは、目の前に居る俺に興味が湧いたらしい。
当初の警戒を解いてくれてポツポツと質問をしてくれた。
「あの………まほうのごはん、ありがとうございました。とてもおいしかったです」
「どういたしまして」
感謝されて悪い気はしないので鷹揚に頷く。
「ご主人様のお名前を、教えてもらってもいいですか?」
「シャーシャちゃんは奴隷じゃありませんので、僕はご主人様じゃありません」
「あっ………ご、ごめんなさい」
お?シャーシャちゃんがハッとした顔になって急に頭を下げてきた?
俺の不興を買ったと思わせてしまったかな?
ちょっと訂正をしただけでシャーシャちゃんはビクビクしてる。
まぁ仕方ないとは思う。
相手に生殺与奪権を握られている以上は、せいぜいご機嫌を伺わないと気が気でないだろう。
なんせ俺が逆の立場ならまずそう思う。相手に身柄を預けてる様な状態だ。
なので態度を注意するのはやめておこう。なんせそれは安心を、身を守る手段を奪うのに等しい行為だ。
「怒ってはいませんので大丈夫です。ヤマトーと呼んで下さい。」
そうは言ってもシャーシャちゃんの顔はもう曇っている。
失敗したと思って心の中で悔やんでるのだろう、シャーシャちゃんはビクビクしながら俺の顔を見ていた。
俺はシャーシャちゃんの過去を詮索しないと決めているので、話す事がなくなってしまい沈黙が流れた。
沈黙の中食事を終えた俺はシャーシャちゃんを見た。………ふむ。
髪の毛:ボサボサ
お肌:ガサガサ
衣服:ボロボロ
淑女にこんな姿をさせ続ける訳にはいかないな。綺麗にしてあげよう。
「シャーシャちゃん、この鏡を見て下さい」
シャーシャちゃんが食事前にご執心だった様子の鏡を取り出す。
俺から言われたのと鏡自体への興味で直ぐ鏡を食い入るように見つめ始めた。
「今からシャーシャちゃんを、魔法で綺麗に変身させます」
思わず俺に不思議そうな顔で振り向くシャーシャちゃん。
シャーシャちゃんをどこに出しても恥ずかしくない淑女にするのだ。ロンドンブリッジイズフォーリンダウンだ。マイフェアレディだ。ヒリング役もピカリング役も両方俺だが。
お風呂に入れようと思う。あ、待ちたまえ君。お巡りさんを呼ぶのはやめたまえ。
小芝居は置いておいて、お風呂なんて直ぐ用意できる。
ムムカカ村でじんわり温かいぐらいの温度にしたお湯を、鞄に入る容量ギリギリまでビニール袋に詰め込んで口を縛ったものを用意して置いたのだ。3、40リットルぐらいあるのかな?
このビニール袋を高い所に固定してプスプスと穴を開けたらそれだけでシャワーにもできる。水流が弱いけど。
持ってきたタオル数枚と旅行用お風呂セットの小ボトルに詰まったシャンプー、ボディソープを取り出す。
俺が何の準備をしているかわからないであろうシャーシャちゃんにしゃがんでもらって、お湯の入ったビニール袋が熱くないか確かめてもらう。
「………大丈夫でした」
大丈夫とのお墨付きを貰ったので、お湯入りビニール袋にタオルを突っ込んで濡らして、シャーシャちゃん自身も着衣のまま両足から突っ込んで入ってもらう。
そう言われてシャーシャちゃんは、おっかなびっくりといった様子で恐る恐る脚を差し込んだ。特に異常は感じなかったのか、やがて肩までその身を沈める。
お湯の温度が気持ちいいのか、次第にリラックスしてきた。
流石に俺の図体では入れないが、小柄なシャーシャちゃんなら個人用の浴槽として利用できなくもない。
まぁビニール袋が透明なのでちょっと羞恥心を犠牲にしないといけないが。持ってきたビニール袋が全て透明の物なのでマジックペンで黒く塗り潰すとかしないとどうしようもない。
俺はビニール袋の口を摘んでお湯が零れない様にしてるシャーシャちゃんを尻目に、音楽プレイヤーを取り出して音量最大で音楽を流す。
優雅な音楽を聞きながら、至高のお風呂タイムを楽しんでもらおうという心憎い演出である。
突然聞こえてきた魂が打ち震える至高の音楽に、目を白黒させるシャーシャちゃん。
ちなみに曲は世界に誇る陸上自衛隊の公式ページでダウンロードしておいた君が代(前奏付き)だ。
やはり君が代は良いな!身が引き締まる思いだ!
1曲リピートで再生。別名エンドレス再生。
俺が思わず歌いたくなってしまうのが難点。陸上自衛隊音楽隊の皆様が奏でられる至高の音楽を楽しんでもらう為に我慢だ。
なんで数ある曲の中からこれを選んだのか?
いや、俺もたしかに迷った!正に甲乙付け難かった!
美しい旋律に身を任せ聞き入りたくなるピアノ伴奏版!
悠久なる神国の歴史に遠く思いを馳せたくなる雅楽版!
思わず起立して国旗を掲揚して唱和したくなる斉唱版!
その壮大さに身を震わし祖国を誇りたくなる管弦楽版!
一般的にはどうやって、数ある君が代の中から1つを選ぶのだろうか?参考にしたいところだ。
俺はいつも選ぶのを迷い悩んでいるのだ。
驚くシャーシャちゃんをそのままに、濡れたタオルにボディソープをこれでもかとかける。
どうせボディソープも、後で復元できるから豪勢に使おう。
タオルをモミモミすると、凄まじい勢いで泡が溢れ出した。
シャーシャちゃんは俺の手元に次々出来上がる、泡の固まりに興味津々な様で食い入る様に見てる。
せっかくなので泡まみれの右手の人差し指と親指で、輪っかを作りそこに息を吹きかける。
そうすると指の輪っかにできてた、泡の膜が押し出されて手のひらの上で大きなシャボン玉になる。
ふーっと息を吹きかけてシャーシャちゃんの前へ飛ばす。
シャーシャちゃんは口を開けたあどけない表情で、自分の元に飛んで来るシャボン玉を見てる。
調子に乗って一杯シャボン玉を飛ばしてみせる。ヒアルロン酸があれば割れないシャボン玉も作れるが、流石にそんなもの持ってきてないので普通のシャボン玉だ。
シャボン玉に夢中な間にお湯にもゆっくり浸かれたと思うので、ビニール袋から出てきてもらう。
………こういう事言うのはアレだけど、ビニールの中に残ったお湯の色がシャーシャちゃんの今までの過酷な境遇を物語ってた。
気を取り直してシャーシャちゃんをキレイキレイする。
あんまりゴシゴシやるのも痛いだろうし、手足と首といった着衣のまま洗える箇所の汚れを優しく落としていく。
綺麗になーれ、綺麗になーれ、と念を込めながら洗っていく。
お楽しみの身体?何を勝手に楽しみにしてるんだ?
手足を洗い終わった後はタオルにボディソープを継ぎ足して、背中の洗い方をレクチャーする。
シャーシャちゃんに自分で体の部分を洗って、また服を着たら俺を呼ぶように言って馬車の外に出た。
俺が紳士だからとか言う前に、やせ細った痛ましい体を見て欲情できる程に趣向が特殊じゃないのだ。
ゲスい事を考える前に普通に元気になってほしい、と思う程度には神誉さんは善良だったらしい。
「………ヤマトー様、終わりました」
洗い終わったみたいなので戻って、お湯用ビニール袋を拾い上げ復元させて、シャーシャちゃんの身体にお湯をかけて泡を洗い流す。
垢や汚れでくすんでいた土気色の肌は、お湯に浸かって汚れを洗い落とした事で、いまや血色の良い綺麗な白い肌になっていた!
自分の手足の色を見て、目を剥いてびっくりしてる様子のシャーシャちゃん。
今度は顔を洗わせる為に、食器セットから底が深い皿を取り出してお湯を張る。
「今から顔の洗い方を見せます。シャーシャちゃんも後で真似して下さい」
と言って、両手でお湯を掬って顔を濡らし、ボディソープを手にとって目を瞑ってゴシゴシ洗い、またお湯を掬って泡を落とし、タオルで顔を拭いてプハーっと息を吐き出して終了。
目を開けると食い入る様に見てたので、今度はシャーシャちゃんにもやってもらう。
俺が洗ってる訳ではないけど、綺麗になーれ、綺麗になーれと念じておく。同じくプハーッと言って終了。
さて、最後は髪だ。ぶっちゃけ油と汚れでかなりくすんでる。
シャーシャちゃんに横たわってもらい、首の下に衣服を纏めたビニールを差し込んで枕代わりにする。
そして顔にかからない様に慎重にお湯をかけて髪の毛をじっくり濡らしていく。髪の毛に水分を行き渡らせるのが重要らしい。
濡らし終えたら軽く爪を立てて小刻みに頭皮をかいてマッサージする。
たしか世界的に見ても、毎日髪を洗う人種というのは我等日本人ぐらいらしい。
毎日髪を洗わない諸外国の面々が不潔とかそういう訳じゃない。
立地的に水が貴重といった理由で気軽に洗えない場合もあるが、何よりも体質的にそんな頻度で髪を濡らせば傷んでブチブチと千切れるんだそうだ。
頭を小刻みにかかれるのが気持ち良いのか、シャーシャちゃんもリラックスした顔でされるがままで脱力してる。
そして体の方も力が抜けたのかチョロチョロと………俺は急いでシャーシャちゃんの体にザバーっとお湯をかける。
シャーシャちゃんは何もしてない。いいね?アッハイという俺にしか聞こえない返事を聞き流す。
俺は何事もなかった様に頭皮マッサージを続けながら念力を込める。綺麗になーれ綺麗になーれ。
まぁ紅茶をガブガブ飲んで、お湯に浸かって温まって、未体験の気持ち良さを味わったら仕方ないか。
頬を赤らめて口元を引き締めるシャーシャちゃん。君は悪くない。俺が察してお花摘みに誘うぐらいしないといけなかったのだ。
ごめんね、シャーシャちゃん………。
気を取り直して洗髪を再開する。
髪を濡らして終えたらシャンプーを適量手に取り泡立たせる。
そして髪の毛に馴染ませる様に根本から毛先に向けて優しく洗い上げる。
綺麗になーれ、綺麗になーれ。キュート、キューティ、キューティクル。灰かぶり姫にだってトップアイドルにだってなれる様な綺麗な髪になります様に。
髪の毛1本1本に念を込めるつもりで丁寧に洗い上げる。
洗い上げたら時間をかけ過ぎないようにシャンプーを洗い流す。1度洗い流したら2度。2度洗い流したら3度洗い流す。
長時間つけたままにしたり、軽く注ぐだけにする人がいるそうだが、そんなことすると髪を傷めるので逆効果だそうだ。
なので数回に分けて確実にシャンプーを洗い流しておく。
横たわった姿勢から体を起こしてもらって髪を乾かす。
当然ドライヤー等はないのでタオルで乾かす事になる。
自分の髪ならガシガシやって終わりだが、そんな事したらシャーシャちゃんの髪の毛がブチブチと千切れるだろう。
髪の毛をタオルで挟み込んで、根本から毛先へスーッと動かして水分を拭き取っていく。
シャーシャちゃんの髪が、傷一つ付かない様に素早く丁寧に。
タオルが濡れて水を吸わなくなったら乾いた状態に復元して再びスーッ。
仕上げに髪の根本にもタオルをポンポン押し当ててバッチリ拭き取る。
これで憧れのサラサラヘアーになる筈だろう、多分。
俺の念力が通じたのか、すっかり汚れは洗い流されて綺麗な髪だ。
あのボサボサ頭だったとは思えない様なしっとり具合。
さぁ髪を洗ったら次は散髪だ。今の俺はカリスマ美容師、神誉さんだ。無免許。
モサモサと伸び放題のロングになってる髪の量を減らそうと思ったのだ。
髪型が与える印象というのは大きい。綺麗に「変身」させると宣言した以上髪型を変更するのは必須だ。
傷心のシャーシャちゃんがすっかり変身した自分に喜べる様、髪型を変えてあげたい。
胸にかかるぐらいかつ、清潔感のあるセミロングを目指す事にしよう。
ところでセミロングってどのぐらいの長さだかご存知だろうか?
ベリショ、ショート、ミディアム、セミロング、ロングと段階で分けて、ミディアムの時点で肩にかかるぐらいの長さがあるらしいとか。
更にミディアムの間にロブとセミディというのがあるらしい。フレディとかもいるかもしれない。
それを調べるまで俺はずっと、ミディアムの事もセミロングだと思っていた。ショート、セミロング、ロングの3段階ぐらいで十分だと思うのは俺が男だからだろうか?
ちなみに女性の髪の長さの分類について詳しく知る事になった経緯は、俺が女性の髪に並々ならぬ執着を抱いていて、それ単品で興奮できるからとかそういう理由ではない。
別に髪型にこだわりもないので、セルフカットしようと思った時に色々調べた為だ。
いちいちお金を払って髪を切りに行くのが馬鹿らしい。普通の会社員なのでデザイン系の髪型にする事もないし。
セルフカットはコツさえ知ってれば、デザイン系のオシャンティな髪型にしようとしない限りは案外簡単にできる。まぁ左右の長さが違うとか、後ろ髪が大変な事になったりとかあるけどね。
セルフカットのコツを調べてた時に女性のカットの手順とかも見てたのがまさか役に立つ時が来るとは。無駄になる知識はないという事だろうか。
まず襟足を目標の長さで切り揃える。
次に頭頂部の髪の長さと襟足の長さと比べて、襟足より短くなる様に切る。
そうすると髪の毛全体で見ると、下に行く毎に段階的に毛の量が少なくなる。
たしかレイヤーカットとかいう技法だったはず。
そして後ろ髪の方から毛束を、ちょっと捻りながら取ってザックリとハサミで切る。ちょっとずれたところの毛束を、また捻りながら取ってハサミで切る。またちょっとずれて………。
ちょっと捻るのはそうしなければ仕上がりがガッタガタになるからだ。捻りながら取った毛束は離すと自然にバラけるのでそういう悲劇を抑えれる。
櫛で梳かしながらこれを繰り返す。
しかし、人の髪を切るのってなかなか機会がないし結構楽しいな。チョキチョキ。
シャーシャちゃんの顔を見てみると、髪を切られるのが気持ちいいのか少し口元が緩んでる。
そういえば体を洗ってた時ぐらいから、ほとんどシャーシャちゃんに声掛けてないな。
まぁこの子を無事に保護しようと思ったり、傷めないように集中して髪を洗ったりしてたので俺も知らず知らず緊張してたのかもしれない。
それに比べて後ろ髪を切るのは、左右の毛の量の違いさえ気を付ければ単純作業でしかない。
「シャーシャちゃんは髪の毛が綺麗ですね」
「………」
バッドコミュニケーション。
今まで美容師さんに声掛けられるのって鬱陶しいと思ってたけど、今度からはもっと気の利いた返事ができるようにしようと心に強く誓った!まぁ他人に髪を切ってもらったのは小学校ぐらいが最後だが。
全体的に毛先を切り落としてスッキリさせたらいよいよ前髪にとりかかる。
前髪を失敗したら女の子はかなり傷つくだろう。ここは慎重に。
前髪に櫛を通して真っ直ぐ下に伸ばしたら手で少し浮かせて、ハサミを縦に入れて切っていく。
尚、前髪と見なすのは結構狭い範囲に留めておく。俺基準では口の両端ぐらいまでが前髪の範囲。
後ろ髪と同じように頭頂部の髪を切って、レイヤーカットにする。
長さは変わらないのに前髪にアクセントが付きやすくなるので、大した技術もいらない割におしゃれ感アップでお得な技法だ。
前髪が終われば両サイドを前髪に併せて整える。
ここもレイヤーカットにする事で、自然とスッキリした内跳ね気味の髪になる。内跳ねには小顔効果があるので女の子に人気だそうだ。
よく考えたら小顔が美人だとされる様な、美的感覚を共有してない可能性もあるな………。その時は自力で髪を外跳ねにする癖を付けてもらおう。
後は櫛で梳かして全体のバランスを見て、シャギーを入れたり微調整したら完成!
素人仕上げにしては結構上手くできたと思う。コツは少しずつ手を加える事。ジョッキンとやると取り返しがつかないのだ。
頭が大分すっきりした様で、肩口に垂れた髪を手にとったりして確かめるシャーシャちゃん。
馬車の中に散らばった髪の量は結構凄い事になってる。
未だ全身濡れネズミだったシャーシャちゃんにタオルを渡して、自分で体を綺麗に拭いて着替えを着たら呼ぶ様に言ってまた馬車から出る。
当然女児用の服類なんて持ってる訳が無いので、俺のシャツとボクサーブリーフの上下黒セットが着替えだ。
俺の下着がバレてなんか微妙に恥ずかしい思い。
俺が1人下着について思いを馳せていると、着替えが終わったシャーシャちゃんの呼ぶ声がする。
もう土気色の肌にボロ布を纏った、くすんだボサボサ髪の奴隷はいない!
そこにいるのは輝く白い肌に清潔なシャツを纏う、綺麗なサラサラ髪をした立派な淑女だ!
この淑女に残念なところがあるとすれば、頭から俺のおパンツを被ってるところぐらい。
「シャーシャちゃんはおしゃれさんですね。とても可愛いですよ」
褒められてシャーシャちゃんも嬉しそう。見ようによってはロリータ系のネコ耳帽子に見えなくもない。
実際、透明感のある白い肌に輝く明るい髪と、斬新な黒いネコ耳帽子のコントラストはよく映えていた。
「でもそれは頭じゃなく、お大事を守るものです」
だけど、自分のおパンツをこんな小さな子に被らせていたら、俺の頭がフットーしそうだよっ!
おパンツの前後と裏表について教えて、穴に足を通して履く様に指示する。
っていうかシャーシャちゃんは今、シャツ1枚を着たリーチ状態だ。ビンゴしたらスッポンポンのノーパンシャブシャブである。
おパンツはあるべきところに収まったみたいなので、今度は予備のワークシャツとカーゴパンツを渡す。
色は白。自分の身分を考えなくていい様に清潔感のある白を選ぶ。
全身真っ白というのも味気ないので、インナーは黒にしてツートンカラーで引き締める。
俺のカーゴパンツをそのまま履かせると、裾が相当余るので膝下部分を外す。
ファスナーで脱着できるのだ。ビーッと。ファスナーの開閉音の擬音として正しいのはなんだろう?
シャーシャちゃんの身長的に、それでも辛うじて足首が露出するぐらいになった。
シャツのボタンは上手く止められないみたいなので羽織る形になった。
こちらもサイズが大きいので全体的にブカブカになってて子供っぽい印象だ。
「見て下さい。こんなに綺麗になりましたよ」
体を洗う前にも見せた鏡をもう一度見せる。
「えっ、あ………」
唖然とした顔で鏡を見つめるシャーシャちゃん。
自分の変身が信じられない様で、屈託のない笑顔で何分経っても鏡を色んな角度でずーっと見ていた。
エンドレス再生の君が代をバックに。
16/07/16 投稿
16/07/23 文章の微修正