シャーシャ、日本男子と別れる
わたしの名前はシャーシャ・ホマレー。お兄ちゃんの妹。
いつからだろう?
お兄ちゃんがいてくれて。
ナーナちゃんがいてくれて。
ミミカカさんがいて。
ついでに、魔法使いの人もいた。
お兄ちゃんとナーナちゃんはいつも、わらいながら話してた。
話してることはよくわからないのが多かったけど。
わたしをのけものにしなかった。
たくさんのおいしいものを食べた。
きれいな服をいっぱい着た。
みんなでいっしょにあそんだ。
楽しかった。
だれもわたしをいじめなかった。
ナーナちゃんがとなりでわらってて。
お兄ちゃんがほめてくれた。
村で家族にいじめられてたとき。
ヤなことがヤじゃなくなるぐらい、ヤなことをされる前。
わたしにはこうなってほしいって、夢があった。
いっぱいごはんがたべたかった。
いつもごはんをたべさせてもらえなかったから。
怒らなくて、わたしのことをまもってくれる、やさしい家族がほしかった。
双子の姉はいじめてくるだけだったから。
年のはなれた、お兄ちゃんがいいな。
あと、いっぱいあそんでみたかった。
仕事をしないと、ぶたれたから。
だれにもじゃまされない、わたしだけのともだちがいいな。
だれにもいじめられたくなかった。
いじめられても、やっつけられるぐらい。
だれよりもつよくなりたかった。
わたしは思ったとおりにしあわせになれた。
いつからだろう?
お兄ちゃんはわたしをよく見てた。
お兄ちゃんのかおは、なにを考えてるのかわかりにくかった。
いつもつまらなさそうな、おこってるみたいなかおだった。
でもちがう。
いつものお兄ちゃんのかおじゃなかった。
なにかをヘンだって思ってるかおだった。
そんなかおでわたしを見てた。
でもだいじょうぶ。
お兄ちゃんはいつもやさしかった。
それにわたしを見て、ちゃんとわらってくれた。
あたらしい服を着て。
訓練したとき、お兄ちゃんはうれしそうだった。
お兄ちゃんの服は、たたいても、剣で切っても、なにもきかなかった。
お兄ちゃんのすごい魔法がかかってたから。
それがたしかめられたからか、お兄ちゃんはうれしそうだった。
お兄ちゃんは強くなるのが好きみたいだった。
訓練が終わったとき、お兄ちゃんは前みたいに笑ってくれた。
なにもヘンだって思ってなかったときの。
安心したかおで。
いつからだろう。
お兄ちゃんがわたしを見るときの顔が。
どんどんこわくなってきた。
あたらしい町で、獣人の人がはなしかけてきたとき。
お兄ちゃんは獣人の人をボロボロにした。
そしてわたしを見てわらってた。
ナーナちゃんそっくりなかおで。
ダンジョンに入った。
見てた。
お兄ちゃんがわたしを見てた。
「集団の後尾は最も危険な位置です。背面の警戒を怠ると、後ろから奇襲を受け兼ねません。なので後衛には、前衛の援護能力の他、警戒能力と近接戦闘能力を兼ね備えた、僕が殿を務めます」
お兄ちゃんがうしろにいたのは、うしろがあぶなかったから。
お兄ちゃんが私を見てたのは、わたしがしんぱいだから。
そうだ。
きっとそうだ。
だからお兄ちゃん。
「………わたしはマホショージョになるの。ぜったい、ぜったいに」
ぜったいに、お兄ちゃんのいうとおりにするから。
いっしょうのおねがいだから。
―――わたしをすてないで!
「奪われない為には、強者であるしかありません。何者にも奪わせないだけの、力を示すのです」
そしてお兄ちゃんの顔がゆっくり動いた!
「ね、シャーシャちゃん?」
カーミの中のお兄ちゃんが、まっすぐわたしを見てた!
ナーナちゃんそっくりの。
口がぱっかり開いたあのわらいかたで。
いたずらがうまくいったときのかお。
こうしたらこうなるんじゃないかって。
お兄ちゃんがなにかをかんがえて。
そのかんがえが、あってたときのかおだった。
いつからだろう。
それはミミカカさんがヘンな弓をひろってから。
お兄ちゃんがわたしを見なくなってた。
カーミの中のお兄ちゃんは、いつもよりこわいかおだった。
下を見てあるいて。
口を動かしながら。
なにかむずかしいことを。
信じたくないヤなことを。
かんがえてみるみたいだった。
「………あのね、あのね、ユ・カッツェ?」
「………」
わたしは自分のシトーにないしょ話した。
いつもは大きな声でこたえてくれるシトーも、だまってくれた。
「………あのね、お兄ちゃんね、なんて言ってるの?」
お兄ちゃんがなにをかんがえてのか知りたかった。
「………」
ぴちゃ。ちゅっ。ぬちゅ。
わたしの耳に、ぬれたみたいな音が聞こえた。
「そうだ」
そしてお兄ちゃんの声が、耳のそばで聞こえた。
「………!」
びっくりして、わたしのむねはドキドキした。
カーミの中のお兄ちゃんを見てみた。
お兄ちゃんはうしろにいた。
こっちを見てなかった。
「仮説は、証明され、た」
またお兄ちゃんの声がした。
もしもわたしの耳が、お兄ちゃんの口の中にあったなら。
こんなふうに聞こえるのかなって思った。
「やはり、だ」
「思った、とおりに、なった」
「なら、この先、には」
「あれがあ、るはずだ」
「あれがあ、るなら」
「神話を、目の当た、りにし、たなら」
「もはや、うた、がう余地、はない」
「証明が、終わる」
「思った、通りに、なる以、上」
「思った、通りに、させはし、ない」
「大丈夫、俺はやれ、る」
「俺だけが、守れる」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
お兄ちゃんは。
この先になにがあるのかを知ってた。
ダンジョンに入る前から。
だからお兄ちゃんはダンジョンにきたがってた。
お兄ちゃんは。
この先にあるなにかをこわがってた。
あのなんでもできるお兄ちゃんが?
なんども。なんどもだいじょうぶって。
いやなゆめを見て、夜中に起きたわたしを、あやしてくれたときみたいに。
お兄ちゃんが自分のことをあやしてた?
この先にあるのは、そんなにこわいものだったの?
だからお兄ちゃんは、わたしのことを見なくなった?
………だいじょうぶだよ、お兄ちゃん。
『俺だけが、守れる』って。
お兄ちゃんが言ってたから。
お兄ちゃんが守ってくれたなら。
わたしはぜったいにだいじょうぶだから。
わたしがだいじょうぶだったら。
お兄ちゃんもだいじょうぶ。
わたしはぜったいに、お兄ちゃんの役に立つから。
………そう思ってたのに。
「え、なにこれ?」
「………?」
「鉄?」
「ぬー!一体何なのだ?」
ダンジョンの奥。
そこはヘンな場所だった。
中にはたくさんのものが並んでた。
なにかはよくわからなかったけど、それは大きかった。
それは部屋とおなじで、鉄でできてた。
お兄ちゃんがこわがってたのは?
この部屋?
この鉄でできたやつ?
なんでも切れるお兄ちゃんが、こんなのをこわがってた?
「普遍的無意識というものをご存知ですか?」
コーン。
コーン。
お兄ちゃんが歩く、ふしぎな音がした。
「意識には2種類あるんです。主観によって認知される部分。そして主観によっては認知されない部分」
「認知されていない無意識の部分も、2つの種類に分ける事ができます」
「即ち、個人的無意識と、普遍的無意識」
「個人的無意識とは、経験………要は想い出により構成されるものです」
「では、普遍的無意識とは、主観に認知されない、想い出ではないもの、な訳です」
「普遍的無意識とは、何でしょうか?」
お兄ちゃん………。
なんで?
なんで?
なんでそんな目で、わたしのこと見るの?
「僕は母の慈愛を持って、貴方に接しました」
「僕は父の叡智を持って、貴方に接しました」
「僕は影の要素を持って、貴方に接しました」
「僕は像の理想を持って、貴方に接しました」
「僕は理の反骨を持って、貴方に接しました」
「僕は偽の役割を持って、貴方に接しました」
グラッ。
「え、なにこれ?」
「ぬ?何なのだ?」
「うわ?」
「………?」
なにこれ?
耳がヘン。
なんか動いてた?
部屋が、動いてた?
「アーノトーフェ級マドッセカ1番カ、アーノトーフェのヒコッカパへようこそ」
なんで?
なんでお兄ちゃんはわらってたの?
そんな………そっくりなかおで?
「ここでなら他に遠慮は要らないし、邪魔建ても入らない」
「………お兄、ちゃん?」
なんで?
なんでお兄ちゃんがそのかおでわたしを見るの?
「俺の故郷を………日本を返せ………」
なにをいってるのかはわからなかった!
でも………!
かおが………!
そのかおは………!
「俺を返せ………この魔女がぁああああああ!」
お父さんが、わたしがわるいんだって言って、たたいてきたときのかおだ!
「警告!」
シトーのユ・カッツェが、なにかしゃべってた。
「ヤマトー殿の友軍識別信号が解除されているであります!」
わから、ない!
わからない!
わからないわからないわからないわからないわからない!
「吹けよ神風!」
お兄ちゃんが!
わたしに向かってきた!
すごい速さで!
「ヤマトー殿からの攻撃を確認したであります!」
お兄ちゃんの右手には、影でできた爪が生えてる!
色んな人をバラバラにした、影の爪が!
あれに当たったら!
殺される!
お兄ちゃんが爪を横にブンって振った?
わたしの目の高さで?
なんで?
なんでお兄ちゃんがわたしを?
「ヤマトー殿は、こちらと完全に敵対しているであります!」
「………!」
お兄ちゃんが………敵?
なんで?
なんで?
………お兄ちゃんが?
あんなに?
あんなにこわがってたのは?
………わたし?
エントコンメン・エーアトボーデン!
地面をすべる魔法!
にげなきゃ!
にげなきゃ!
………でも!
「電磁加速抜刀ッ!」
にげたわたしの首に!
すぐにお兄ちゃんが剣で切ってきた!
ホバー移動!!
もっと前へ!
もっと前へ!!
首は切られなかった!
………でも、かみは切られた!
『シャーシャちゃんの髪はサラサラで綺麗ですね』
お兄ちゃんがほめてくれたわたしのかみが!
「その体勢ならばっ!」
でも、お兄ちゃんは止まらなかった!
もう、お兄ちゃんはわたしのかみなんて見てくれてなかった!
「シュテルプリヒ・シャッテンは使えまい!」
必滅影?
影でやっつける魔法?
なんで必滅影を?
「消え去れっ!」
後ろからすごい光が?
あれは………あれは!
「………「七色ネリキコーセ!」」
わたしとお兄ちゃんが、おんなじことをいった!
七色ネリキコーセ!
お兄ちゃんの最高の魔法!
なんで必滅影を使えるのかを!
お兄ちゃんが気にしたのかわかった!
お兄ちゃんの七色ネリキコーセを!
ふせげる魔法は必滅影だけだからだ!
お兄ちゃんの影の爪はオトリ!
わたしはとにかくにげようとした!
人のうでは、内がわにしか動かないんだって!
だからよけるときは、相手のうでの外がわによければいいって!
………そう教えてくれたのは、お兄ちゃんだった!
ホバー移動で、お兄ちゃんのうでの外を回って!
そのままお兄ちゃんのうしろ、手のとどかないところへ逃げるのを!
お兄ちゃんはわかってた!
だからお兄ちゃんは、すぐに剣を抜いてきた!
さいしょの横振りが目の高さだったけど、剣はおなかの高さ!
スウェーバックは使えないから、ホバー移動ではなれるしかなかった!
わたしに戦い方を教えてくれたのはお兄ちゃん!
わたしのやることは………お兄ちゃんにぜんぶバレてた!
必滅影は使うのに準備がいた!
剣のユ・カッツェに手伝ってもらわないと使えなかった!
なのに、わたしはスウェーバックしたままのカッコで!
お兄ちゃんの七色ネリキコーセをふせげないままで!
………お兄ちゃんは言ってた!
準備ができていないまま戦ったらダメって!
お兄ちゃんは!
わたしをやっつける準備ができたから、戦ってるんだ!
七色ネリキコーセは最高の魔法だった!
だから、お兄ちゃんは準備をしたんだ!
七色ネリキコーセをふせげた、必滅影を使えなくなる準備を!
七色ネリキコーセの魔法には準備があった!
せなかに大きな光を作って、大きな音をならすこと!
大きな光で目を見えなくして!
大きな音で耳を聞こえなくして!
そうすると、人は動けなくなるんだって!
お兄ちゃんがミミカカさんを怒ったときに言ってた!
ミミカカさんが光の魔法を使ったとき!
ミミカカさんは目が見えなくなってた!
光の魔法をつかうときは、お兄ちゃんがまもってくれないと、まぶしくて目が見えなくなるんだって!
………見えない!
わたしの目が、見えない!
聞こえない!
わたしの耳が、聞こえない!
もう、お兄ちゃんはわたしを守ってくれてなかった!
………大きな光と音がすると、動けなくなるっていうのが、わかった。
目が、まっしろで、チカチカした。
耳が、すごい音で、ジンジンした。
頭が、きもちわるくて、グラグラした。
もうどんな魔法も使えなかった。
でも、魔法が使えても関係ない。
必滅影が使えない。
ホバー移動でも逃げられない。
光の魔法は、避けられないから。
もう。
わたしには。
なにもできないんだ。
「敵攻撃確認であります!着弾、今ッ!」
わたしは。
泣いてるこどもみたいに。
あたまをまもって丸くなるしかできなかった。
やだ!
やだ!
やだあああああああ!
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