日本男子、反逆する
イラスト有り
俺は今、全てを賭して挑もうとしていた。
ダンジョンの奥まで進んだ俺達。
道中、様々な化物に出くわした。
まぁその尽くは出会い頭に粉砕されたが。
高い索敵能力で先制できる上に、攻撃力過剰な前衛が2人いる以上は当然の結果だ。
宝箱は弓以来、見掛けていない。
前衛の2人は散歩でもする様な気軽さで進んでいるし。
グララに出番はない。
何の苦労もしてない以上、「苦労に見合った宝」が出ないのは当然だ。
あの弓だけは、俺の確認したいという思いが像を結んだ、特殊な例だろう。
もうこれ以上確かめる事はない。
ならば………。
「え、なにこれ?」
「………?」
「鉄?」
「ぬー!一体何なのだ?」
そこには異様な光景が広がっていた。
天然の横穴と言った風情の洞窟。
そこに突如、金属で出来た部屋が出現したのだから。
「普遍的無意識というものをご存知ですか?」
おもむろに問いを発する。
問いを発したのは無論俺だ。
答えが返ってくるのは期待していない。
「ふへんてきむいしき、ですか?」
「何なのだ、それは?もしや、この部屋と関係があるのか?」
答えが返ってくるのは期待していない、と言っただろう?
聞いちゃいないんだ、お前達の答え等!
「それって………」
俺と同等の知識を持つナーナが言い淀む。
………中々おもしろい反応だな?
ナーナは俺の思考をトレースできる訳ではないのか?
「………?」
シャーシャが戸惑った様に俺を見返している。
………フン。
「意識には2種類あるんです。主観によって認知される部分。そして主観によっては認知されない部分」
コーン。
コーン。
金属床を歩く時の、独特の足音。
「認知されていない無意識の部分も、2つの種類に分ける事ができます」
コーン。
コーン。
音の響きを愉しむ様に。
「即ち、個人的無意識と、普遍的無意識」
コーン。
コーン。
ゆっくりと踏みしめる様に。
「個人的無意識とは、経験………要は想い出により構成されるものです」
コーン。
コーン。
やがて、4人を置き去りにして前に進み。
「では、普遍的無意識とは、主観に認知されない、想い出ではないもの、な訳です」
カン―――。
そして、振り返る。
「普遍的無意識とは、何でしょうか?」
4人の顔を眺める。
「えーっと………ふへんてき、むいしき?」
ミミカカが、ない知恵を絞ろうとする。
というか、人が雰囲気を出してしゃべってんのに、なんでコイツはこんな靴下履いてんだ?
外見を変更できる昨今のRPGとかで、イベントシーンが台無しになったみたいな雰囲気だ。
「ぬ?ぬ?ぬ?」
グララが唸る。
………唸ってるんだよな、それ?
「………」
ナーナはだんまりか。
まぁいい。
「………」
本命はシャーシャだ。
シャーシャは真剣な顔で俺を見つめている。
「普遍的無意識とは、全人類共通の知識の事です」
シャーシャの顔を見つめ返しながら、説明を続ける。
「不思議な事に遠く離れた、違う地域で育った者同士でも、共通する知識というものを持っているんです」
握りこぶしを宙空の別々の場所に浮かべ、点在する別の地域に例える。
奇跡の魔法少女。
無限の可能性。
シャーシャ。
その才能はずば抜けている。
酸素を必要としない、奇跡の炎。
重力と慣性を無視する、ホバー移動。
強制的に生命を奪う、必滅影。
落雷を自由に発生させる、無慈悲な稲妻。
認知されない事で存在を移す、空間跳躍斬り。
無論、魔法の単純な威力も規格外だ。
RPG風に言うと、対策なしでは即死する攻撃のオンパレード。
どれ1つ取って、ヌルい魔法はない。
しかし、俺にとってそれらは問題ではない。
最大火力の必滅影は、不意を打たれれば脅威だ。
逆に言えば、不意を打たれない限り、必ず対処できる。
影の伸びる速度は視認できるレベルで、七色念力光線さえあれば、相殺に持ち込める。
逆に七色念力光線は光である以上、視認した時には手遅れだ。
奇跡の炎と無慈悲な稲妻は、無害化バリアで無効化できる。
ホバー移動と空間跳躍斬りは、霊信儀の魔法で把握できる。
そして最小限の動きで最大の威力を発揮する、『波紋徹し』ならそのまま致命傷を負わす事ができる。
「普遍的無意識には、いくつかの元型があります」
何を言われているのかわからず戸惑う4人。
「母親元型であるグレートマザー。包み込む様な愛を母性的と表現する様に。献身的な愛と、束縛のイメージ」
4人を尻目に。
「父親元型であるオールドワイズマン。世界各国の様々な物語に見られる、迷い人に道を示す賢人のイメージ」
淡々と語る。
「己の影であるシャドウ。自分の認めたくない部分のイメージ」
一方的に。
「異性像であるアニマとアニムス。自らが心惹かれる異性のイメージ」
答えは聞いてない。
「道化師であるトリックスター。権威を否定する無秩序のイメージ」
答えは既にある。
「仮面であるペルソナ。他人から要求される自らのイメージ」
この俺の中に。
土台、おかしいのだ。
矛盾している。
それこそありえない。
思い返してみても、常におかしい。
俺は、俺自身をある程度、客観的に評価できる。
享楽的。
刹那的。
偽悪的。
おおよそ人間の屑と言っていい人間である事に疑いはない。
そうでなければ、町の人間を虐殺するものか。
そうでなければ、ミミカカを甚振って昂るものか。
そうでなければ、怯えるナーナを見て滾るものか。
俺の嗜好は、ひたすら嗜虐性を満たす事にある。
加えて言うなら。
俺は小児性愛者―――有り体に言えばロリコンだ。
仕方ないだろ?
この顔だ。
自分で鏡を直視するだけで、生理的嫌悪感が満ちる顔つき。
この気持ち悪い顔で、まともな恋愛なんてできると思うか?
どうにも自分に自信が持てない。
そういうところが俺にはある。
だから俺は、同年代の女といると、どこか劣等感を感じる様だ。
同年代の女はプレッシャーであり、ストレス源にしかなりえない。
攻撃的で、狭量な人間性を持つ俺は。
同等の相手を望まない。
支配し。
制御下に置ける相手を望む。
即ち。
弱く。
愚かで。
若い人間。
俺が性愛の対象と思えるのは、少女と呼べる若い女だけだ。
………そんな俺が、シャーシャだけはそういう目で見ない?
おかしいじゃないか?
何故、シャーシャに手を出していない?
シャーシャは、細くて、小さくて、究極と言っていいレベルの美少女だ。
なのに何故?
何故、俺はシャーシャだけをそういう目で見ない?
………俺は一体誰だ?
「僕は母の慈愛を持って、貴方に接しました」
俺はシャーシャの食事の用意をしてやったし。
シャーシャがうまく出来たら、我が事の様に喜んだ。
そして自分の思い通りになる様に指示もした。
まるで、口煩い母親の様に。
「僕は父の叡智を持って、貴方に接しました」
俺はシャーシャなら何でもできるんだと励ました。
そして魔法少女という道を示した。
まるで、昔話の仙人の様に。
「僕は影の要素を持って、貴方に接しました」
俺は多分に人間としての悪徳を含んでいた。
暴力的で自分勝手で独りよがり。
まるで、誰かのコンプレックスを抽象化したかの様に。
「僕は像の理想を持って、貴方に接しました」
俺は何故か紳士的だった。
ロリコンの癖に、シャーシャに対してだけは常に優しかった。
まるで、誰かの理想を抽象化したかの様に。
「僕は理の反骨を持って、貴方に接しました」
俺は権威に対して反抗的だった。
力を振りかざす人間は全員ぶちのめした。
弱者を甚振る権力者は町ごと滅ぼした。
まるで、物語の中で役割を与えられたかの様に。
「僕は偽の役割を持って、貴方に接しました」
俺はヤマトー・カミュ・ホマレーという人格を演じていた。
まるで、誰かからそう望まれたかの様に。
俺は一体誰だ?
満20歳の成人男性。
神誉大和。
神代の世より、永久に続く、世界唯一の国家、日本に生まれた。
敗戦国でありながら、先進国として躍り出た国家。
1人で出歩いても、トラブルに巻き込まれるのは稀な国家。
薬物に溢れておらず、人々の笑顔で満ちている国家。
どれ1つとってもありえない事だ。
本土に執拗なまでの空襲を受け、尽くの民間人と民間施設を焼き尽くされた。
軍人のみならず、銃後の人々ですら虐殺された。
それでも復興どころか、発展まで遂げる脅威のバイタリティ。
もし日本という実例がなければ、夢物語としか言いようがない話だ。
どんな歴史家だって、そんな事はあり得ないと言うだろう。
ちょっとした路地裏に入ったり。
慣れない土地を1人歩いたり。
そうした瞬間に、そこを縄張りとするギャングやマフィアから、ナイフや銃を突き付けられる。
多くの日本人が「マンガじゃあるまいし」と言ってしまう様な光景。
それは諸外国では至って普通の光景だ。
窃盗・強盗は、日常茶飯事なのだ。
例えば外国人の多くは、自転車のサドルを持ち歩く。
自転車の盗難を避ける為だ。
チェーンで施錠しろって?
2,3分もあれば、アイツらはチェーンカッターで、切断して持って行きますが何か?
あとついでに、そこら中でゴミが捨てられている。
綺麗な町並みがデフォルトなのは、日本ぐらいだ。
そもそも意識からして違っている。
そして普通に生活している分には、薬物なんて生活に絡まない。
若者は楽しそうに笑いながらおしゃべりに興じている。
そんな光景は普通でないのだ。
未来は閉塞感に満ちていて、若者はどいつもこいつも無愛想。
ヘラヘラ笑って声を掛けてくるとしたら薬物中毒者。
そんなものを普通の光景だと、日本人に思えるか?
日本は、全世界が憧れる夢の国家だ。
………。
ありえない。
ナーナという疑似神格を作成する事で。
最も得をしたのは誰か?
イマジナリーフレンドという、心理学の言葉がある。
子供は時折、誰もいないにも関わらず、楽しそうにおしゃべりに興じる事がある。
そして実在しない友達の名前を挙げる事がある。
言葉通り『空想の友人』だ。
想像できなかったライバルという存在を得。
想像できなかったマスコットという存在を得。
想像したとおりの同年代の友達を得。
最も得をしたのは誰か?
シャーシャだ。
シャーシャの魔法の才能があれば。
疑似神格を作るのだって造作もないだろう。
グラッ。
独特の浮遊感と共に。
床全体が動き出す。
「え、なにこれ?」
「ぬ?何なのだ?」
「うわ?」
「………?」
昇降機が起動した。
機動兵器を格納庫から飛行甲板へと運搬する為の。
「止まった?」
「広いところに出た様なのだ!」
ミミカカとグララは辺りを見回している。
「………」
「………」
ナーナとシャーシャは、俺を見ている。
「天鳥船級魔道戦艦1番艦、天鳥船の飛行甲板へようこそ」
そんな2人に向けて、自信を持って紹介する。
「………?」
「天鳥船だって?」
「いかにも。地上の統治を天に返す為、高天原より遣わされた武威の象徴」
そう!
さっきの金属の部屋の正体は!
この天鳥船の船体内部だ!
「天鳥船級魔導戦艦の飛行甲板は、装甲空母の様に堅牢だ」
そして今、起動した昇降機によって、広い飛行甲板に運ばれた俺達。
「ここでなら他に遠慮は要らないし、邪魔建ても入らない」
ここが決戦の地だ。
「………お兄、ちゃん?」
信じられないといった顔のシャーシャ!
そんな様子のシャーシャを、奇跡の魔法少女を睨みつける!
お前は、俺にとって最大の脅威!
「俺の故郷を………日本を返せ………」
………神代の世より続く?
………一系の大君を頂く?
………そんな国家が存在する?
そんな事は到底ありえない!
あるとすればそれは正に奇跡だ!
この異世界中、くまなく探して?
そんな国が何処にある?
ちょっと考えたらわかるだろ?
夢。
幻。
妄想。
そう呼ばれる類のものだ。
俺の愛した祖国。
その存在を証明する方法が。
この地獄の様な異世界には。
何処にも存在しないのだ。
世界5分前仮説だ。
世界が生まれたのは、ほんの5分前の事なのかもしれない。
人が記憶している、5分より以前の記憶というのは、何の意味もない。
それは、5分以上過去の記憶を植え付けられた状態で、人が作り出されただけの事だ。
人の過去を証明する方法は、何処にも存在しない。
………ならば。
俺は誰だ。
ありえない記憶を植え付けられて生み出された。
俺は誰だ。
ありえない俺を生み出した。
それは誰だ。
世界各国の神話には、普遍的な共通性が見られる。
文化的交流がない地域同士でも、神話には何故か一定の共通性がある。
その事を説明する為に、普遍的無意識は生まれた。
人は無意識下に、いくつかの典型的な『イメージ』を持っている。
神話の元型となったのは、このイメージで。
このイメージが、人類共通のものだから、神話には共通性がある、と。
そしてその典型通りに。
グレートマザーの様に。
オールドワイズマンの様に。
シャドウの様に。
アニムスの様に。
トリックスターの様に。
ペルソナの様に。
性格付けられた、哀れな男がいる。
ナーナを作れる以上。
俺を作っていない保証がどこにある?
奇跡の魔法少女?
お前がそんな上等なものか!
お前の正体は魔女だ!
あぁ!
こうして考えてみりゃよくわかるぞ!
お前は俺が教えた事なら、何でもできる様になった!
それも当然だ!
お前は自分が望んだままに、世界を捻じ曲げられるんだからな!
どうりで炎が酸素を必要としない筈だ!
どうりで俺がお前にだけは親切な筈だ!
どうりで故郷の記憶がありえない筈だ!
全てお前の都合で作られたものなんだからな!
お前が生きている限り、俺は何も言えねぇ!
俺の思う言葉!
俺の考える事!
全てが妄想となる!
俺の記憶すら、故郷すら、存在すら!
「俺を返せ………この魔女がぁああああああ!」
18/1/27 投稿・文章の微修正