記憶
俺はどこにでもいる普通の人間だ。
オフ会というものがある。
ネット上の、オンラインの集まりを。
オフラインで行う。
だからオフ会。
あれは2年前になるか?
某オンラインゲームで。
ごく、小規模なオフ会が開かれた。
そのゲームはいわゆるMMORPGだった。
外見のカスタマイズが割りと充実していて。
何か暇つぶしになるゲームを探していた時に、新規参入向けへのキャンペーンを行っていた。
そのバナーを見つけてプレイを始めた。
特段面白いゲームというわけでもなかった。
しかし面白くないゲームというわけでもなかった。
惰性でプレイを続けるには悪くなかった。
そんなゲームだった印象がある。
ごく少量の課金だけ行い、プレイを続けていた。
俺は剣士職の男キャラを使っていた。
黒髪で。
着流しを着ていて。
刀を装備していた。
剣士の中でも所謂サムライと呼ばれる。
重装備ができず、前衛職の中では打たれ弱い。
その代わりに攻撃性能が高い。
純アタッカータイプの職業。
このオンラインゲームには多分に漏れずクラン、という制度が存在した。
冒険をともにする、最小の単位がパーティ。
そのパーティの集まりがクラン、といったところだろうか。
一応クランに所属する事で、得られる利点というものもあった。
しかし俺は参加していなかった。
リアル業務の関係上、休みが不定期で。
プレイ時間も日によってバラつくからだ。
大手ギルドはノルマがあったし。
小さなギルドは人間関係が煩わしい。
とてもクランに参加する気にはなれなかった。
なので俺はソロプレイが多かった。
しかし、人間1人でやれる事は限りがある。
昔のゲームは自分1人で大軍を、自らの手足のように操れたと言うのに。
今のゲームは自分1人では、自らの手足しか操れない。
ゲームの進化が、収束の方向に向かっていると感じつつ。
どんどんプレイそのものにも限界を感じつつあった。
この手のゲームは、運営側が多人数プレイを推奨するからだ。
人間関係が広ければ広いほど、課金の機会が増える。
一緒にプレイする人間がいるというだけで、ログインする機会が増える。
ログインする機会があれば、付き合いができる。
一緒にあのガチャ回してみようぜ、だとか。
一緒にプレイしてる奴が、少額の課金で強力なアイテムを手に入れた、だとか。
そういう小さな誘惑が、課金の機会となる。
例えば課金額が僅か100円だったとしても。
それが100人いれば1万円。
課金額が1万円のプレイヤーが100人いれば100万円。
1万人だったなら1億円だ。
時々、課金要素そのものを批判する、嫌儲け厨とかいうのがいる。
全く愚かな事だ。
ボランティアでもしろと?
お前1人で好きなだけ、大好きなチャリティ活動でもしてろよ。
人のやる事にいちいちいちいち、やれ間違ってる、こうした方がいい。
全く気持ち悪い。
お前はどこの誰で、何様なんだ。
お前は絶対君主制の最上位者か。
そうでないなら口出しするな、無関係の赤の他人がいちいちやかましい。
こういう、『俺は貴重な意見を言ってやってる』と思い上がるバカが、一番嫌いだ。
意見を言うぐらい、バカでもできる。
多少ためになる意見であろうと、言うだけなら殆どの奴にできる。
聞いてもいない『貴重なご意見』様は五月蝿いだけで、何一つありがたくもない。
そんなにご立派な意見とやらを公表したいなら、ハードカバーの本にでも書き連ねて自費出版していろ。
………まぁそれは関係ない話だが。
とりあえずソロプレイには肩身が狭いものだ。
例えば、クエストの参加資格が2人以上のパーティのものなど典型だ。
ある日こういうクエストの中で、報酬に欲しいものが入っているものが出た。
さて困った。
この為にサブ垢を作ってまでプレイする気はない。
そこで他のソロプレイヤーに適当に声をかけた。
俺と全く同じ理由で、困っている奴だっているだろう、と思ってのことだ。
そしてそういう奴はもちろんいた。
それが年の離れた俺の友人となる相手だった。
そいつはですます口調でしゃべる女キャラだった。
黒髪のポニーテールで着物。
無論獲物は刀。
俺が声を掛けた理由は、ソロプレイしているのを何度か見かけた事があったのと。
何よりその和風な見た目に惹かれての事だった。
別にお互い凄腕のプレイヤーという訳でじゃなく。
それでいて同じ程度の育成具合だった。
同じ職業なので欲しいものも似通っている。
俺達は助け合える良いパートナーだった。
話してみると、実に機械的な感じだった。
とにかく聞いた事は、そのまま答えてくれた。
会話が途切れないので、割りと根堀葉掘り聞いた気がする。
そして電車の駅を2本の距離に住んでいる事がわかった。
だから聞いてみたんだ。
「よかったら会ってみないかと」
俺は人間関係が希薄で。
学生時代には友達がいなくはなかったが、卒業してからは連絡すらも取らなくなった性質だ。
適当に遊べる相手が欲しかった。
………あと、少し欲目もあった。
俺の学生時代、ネットでは恋愛小説が流行っていた。
痴漢から助けた事で芽生えた恋愛だとか。
もしかしたら、このポニーテール侍との出会いも、恋愛の始まりかもしれないと。
そんな、ネットゲオフ会に出る人間なら、誰もが1度は妄想するシチュエーション。
俺はちょっと気合の入った服を着て、オフ会の待ち合わせ場所に、早足で出かけていった。
道すがらいろんなことを考えた。
美人だったらどうしよう?
俺はナンパなんてしたことはない。
どうしたらいい雰囲気というのは作れるのだろうか?
不細工だったらどしよう?
俺は面食いで、妥協なんてしたことはない。
どうしたらいい雰囲気でフェードアウトできるのだろうか?
ネカマだったらどうしよう?
俺は純情で、弄んた奴を許したことはない。
どうせそもそも弄ばれたこともないが。
美人局だったらどうしよう?
俺は小心者で、大金はもってきてはない。
どうせなので携帯も身分証明書も置いてきた。
いいことも悪いことも考えながら、集合場所に向かっていった。
俺は5分早く目的地に着いたが、待ち合わせの相手らしき人物も既についていた。
上下真っ黒の服を着ていると言っていたし、該当する人物は1人だった。
黒いサラサラの髪。
つり目がちで、パッチリした瞳。
色白で、スラッとした体つき。
どこからどう見ても美形で、20代前後。
それだけならドストライク案件だった。
惜しむらくは、機嫌が悪そうに引き結ばれた口元と。
何よりも、勘違いしようがないぐらい、同性だった事。
っていうかよく考えたら、相手は別に自分が女であるとは言ってない。
ただ女のキャラを使い。
ですます口調でしゃべってただけだ。
関西圏なのでですます口調なのは珍しかったが。
ただ丁寧に喋ったのを、性別を偽っているというのは、難癖に過ぎるだろう。
気を取り直して声を掛けると、ゲームでのやりとりそのままだった。
機械的に、事務的に聞かれた事に、丁寧な口調で答える。
どこか精気のない顔つきが印象的だった。
さて、待ち合わせてオフ会を開いたのはいいが。
この後何をするかはノープランだった。
そんな俺達はとりあえず、大きな家電製品店に入った。
ウィンドウショッピングしつつ、会話をしていた。
幸い、相手が答えを返してくれるので、会話が途切れる事はなかった。
だが、相手からは何かを聞かれる事はなかった。
そんな会話だったので、聞く事も当然減ってくる。
店に並ぶゲームソフトを手にしたり。
シリーズの続くアニメのロボットのプラモデルを手にしたり。
それらを話題にしてみるが、これはお気に召さなかったようで、話が続かない。
なので、個人的な話を掘り下げて聞いていく事になった。
………面食らった。
彼は、聞けば聞くほど淡々と話してくれる。
その口調の割りに、話の内容はヘビーだった。
彼は父親と母親の3人家族だった。
親が20代前半で生んだらしく、父親と母親が若いことが、彼の自慢だったらしい。
父親は端的に見て、背が高い美形で。
母親も端的に見て、髪の長い美形で。
見目麗しい家族だったようだ。
父親はその容姿に相応しい自信家で、自己評価の高い人間だったらしい。
母親も似たようなものだとか。
彼が小学校にあがる前後、彼の家族は幸せだったらしい。
居間で一緒にテレビを見て。
クイズ番組で盛り上がり。
父親が多く答えてみせて。
それを息子に『凄いだろ』と誇ってみせる。
そんな恥ずかしいぐらい、どこにでもありそうな家庭だったそうだ。
彼を取り巻く環境が一変したのは、小学校高学年に差し掛かったときだ。
それまでは普通に友達がいて。
お互いの家に行って、遊んだり、発売されたゲームの話題を共有したり。
ごくありふれた小学生らしい生活を営んでいたらしい。
しかし、ある日を堺に………というほどハッキリした日付はなかったらしいが。
とにかく段々と友達と疎遠になっていったそうだ。
ゲームの攻略と、アニメのストーリーにしか興味のない小学生だった彼には、何故そうなったのかわからなかったという。
小学生にありがちな、理由のないいじめかと思って聞いていた。
が、どうも思い違いだったらしい。
理由のあるいじめだった。
18/1/6 投稿・文章の修正