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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の確信
127/154

日本男子、牙を剥く

 俺は今、冷静に観察していた。


 小高い丘の様な地形を中心にこの町―――タセは広がっている。

 この丘には、大人が二列縦隊で歩いても、余裕があるぐらいの幅の横穴が開いている。

 ………メートル法で説明しろ?

 別に厳密に測定してないからわからないが、目測3mないぐらいってところか?

 人の手が入っていない、天然の洞穴といった風情だ。


 高さは俺が直立して歩けるぐらい高い。

 屈んでいかなければならないと辛いところだった。

 しかし手を伸ばせば天井に手が届く程度には低い。

 武器を使った戦闘だと、周囲に気を付ける必要があるな。


 そう、これがダンジョンの入り口だ。

 ファンタジーRPGでしか、見かけた事のない様な洞穴が今、俺の前にある。

 俺も男の子(20歳)なのでちょっと心躍る。


 ちなみにこういった洞窟で気をつけるべき事は何か?

 無論色々ある。

 例えば足元。

 どこかから水が流れ込んでいて、滑りやすくなっていたり。


 お年寄りの怪我は、転んだ事が原因というのが多い。

 骨が脆くなり折れやすくなったご老人。

 転んだ表紙についた手がポッキリ折れてしまうという事はよくあるらしい。

 では、年若く健康な肉体であれば、転ぶ事に危険性はないのか?

 無論そんな事はない。


 例えば小学校の頃に、着席しようとした時に、椅子を急に引かれて、尻餅を付かされた事はないだろうか?

 一見他愛ない子供の悪戯と思うかもしれないが、実際は大変危険な行為だ。

 最悪の場合は、下半身不随といった重度の障害の原因と成りかねない。

 それほどに無防備に体勢を崩すという事は危険なのだ。


 想像して欲しい。

 自然の洞穴。

 未整備の地面。

 そして何より観光地の様に、常備灯が設置されている筈がない。

 中は真っ暗なのだ。


 先頭を行く人間には光源が必要だ。

 この時代の尤も一般的な、携行可能な光源。

 持って回った言い方をしたが、要は松明の事だな。

 メラメラと燃える火を灯した松明。


 こんなもの、体の何処かにくくりつけるか?

 火達磨になるぞ?

 まぁ普通、手に持つだろう。


 片手が常に埋まった状態で、不安定な場所を進む。

 言葉にすれば簡潔だが、想像より遥かに厳しいものがある。

 余程強靭な足腰がなければ、まず転ぶだろうな。


 そしてもう一つ気をつけるべき事がある。

 これも転ぶ事と若干関係がある。

 それは擦り傷を作る事だ。


 洞窟の奥。

 そんな得体の知れないところで擦り傷を負ったら?

 傷口から得体の知れない細菌が侵入する事になる。

 過擦り傷がそのまま致命傷と成り得るのだ。


 特に三種混合ワクチンなんてものが存在しない異世界。

 もし無防備に晒した肌を、草葉や岩肌で切りでもしたら?

 破傷風があるのか知らないが、それに類する細菌に冒されれば、一撃ノックアウトである。


 更に地形との接触以外にも気をつけるべき事がある。

 露出した肌に蚊が食いついたら?

 かの有名なマラリアという病も、ある蚊を媒介として感染するのだ。

 脅威は地形や蚊に限らない。


 毒液をかけられたら?

 毒針を飛ばされたら?

 毒牙が襲いかかったら?

 血に汚れた凶器を振るわれたら?

 露出した傷口に汚物が付着したら?

 肌を晒すというリスクは、予想を遥かに超えている。


 無論ダンジョンにトイレというものはない。

 催したらどうする?

 革袋の中に()()()()、外に持ち帰って捨てる?

 そんな真似をする危篤な奴は、おそらく世界中探したっていないだろうな。

 ダンジョン内は糞尿が垂れ流しということだろう。


 先に下の話をしてしまったが、それだけにとどまらない。

 倒した化物の死体。

 斃れた冒険者の死体。

 死ぬまで至らずとも、傷を負い撒き散らし、垂れ流された血。

 ダンジョン内は極めて不衛生であると思われる。


 ちょっと脱線するが。

 グールという魔物が、RPGにはよく登場する。

 時々アンデッドとして分類されているが、俺の知る限りそれは過ちだ。


 一見すると悍ましいと思う。

 しかし不死者(アンデッド)ではない。

 死肉を好んで食す、()()()化物、屍食鬼だ。


 むしろ死肉を好んで食うというのなら?

 生きてる人間には、それほど目を向けないのではないだろうか?

 それどころか彼等は万病の元となりかねない、不衛生の源を食い尽くしてくれるのだ。

 益虫ならぬ益化物と言えないだろうか?


 見かけから忌避されがちだが、害虫を駆逐する益虫である蜘蛛に近い気がする。

 特にその習性から言えば、幾多の戦場を制した『軍曹』を彷彿とさせる。

 まぁグールの場合、生きてる人間を襲って、主食に変える場合もあるので完全に同じではないが。

 『軍曹』は偉大である。敬礼!


 ………何の話だったか?

 あぁー、お外は不衛生だねって話だ。

 よって正しい冒険者ルックとは?

 手足を包み隠し、落下物や事故から頭を守る姿を表す!


 見よ!我が陣営を!

 1人は純白のお嬢様ブレザー!

 1人は赤いタテセタと黒ニーソ!

 1人は真っ赤なゴスロリドレス!

 1人は異様なフリルソックス!

 100点満点中0点の重装備具合である!


 ………ってか、改めて見たらなんだよこのイカレポンチの集団?

 特にあのフリルソックスはひでぇ!

 どんだけ浮かれてたら、あんなフリルソックスを履こうなんて思うんだ?

 間違っても冒険する格好には見えないぞ?


 シャーシャちゃんは転んだときに、真っ先にぶつけやすい膝が露出している。

 彼女はオーバーニーソックス等という、安っぽい萌えアイテムを使わず、膝下までのハイソックスを履いている為だ。

 むしろ清楚なお嬢様ブレザーと相まって、そっちの方がポイントが高い。


 フリルソックスデビルに至っては問題外だ。

 脚がほとんど出てる。

 なんでコイツ、森林地帯出身なのにこんな肌露出してんだ?

 別に亜熱帯出身という訳でもないのに?

 やっぱこんなフリルソックスを履く奴の考えはわからん。


 肌の露出率でいうと、グララが1番控えめだ。

 脚は厚手のタイツで包まれ。

 手はレースの手袋に包まれている。

 安心安全のフル装備。


 しかし、誰もが頭を守ってない。

 冒険なめんなルックである。

 よくフィクションの登場人物は、鎧を纏っていても、頭部を露出している。

 かなり無防備だと思う。

 鉢金(ハチマキのおでこのところが板金で補強してある防具)ひとつ有るだけでも、いろいろ違いそうだが。


 ………。

 ここまでの話でわかったとおり、俺達は一見すると、無防備極まりない浮かれポンチ集団だ。

 しかし俺達は本当に只のイカレポンチなのか?

 俺は何の対策もせずに、手をこまねいて見ているだけだったのか?

 見縊らないでいただきたいな。


 運動能力とバランス感覚に優れた、奇跡の魔法少女とそのライバルという幼女2人。

 俺達3人が履いている、濡れた床でもグリップ力抜群の安全靴。

 更に俺とナーナは空を飛べる。

 ナーナちゃんは奇跡のホバー移動がある。

 そもそも、転ぶという前提を除外できる人間が多いのだ。


 あとグララ。

 運動神経が皆無で、1番危なっかしい彼女。

 彼女は手足の露出を抑えてある。

 頭を打つのだけは気をつけてもらいたいが、擦り傷からの破傷風コンボは防いでいる。


 そして、世界で唯一つの逸品、巨大でんでん太鼓がある。

 登山するのには、杖が有るのとないのとで大違いらしい。

 杖と統廃合して生まれた、巨大でんでん太鼓は無論、杖の機能を内包している。

 大型化していて取り回しは不便だが、案外グララは器用に、でんでん太鼓を使いこなしている。

 魔法使いである事にこだわった彼女にとって、象徴である杖の扱いは、お手の物なのだろう。


 巨大でんでん太鼓を持って、ドンドン音を打ち鳴らしながら、次々珍妙なポーズを取っていたのを思い出す。

 一見では理解できなかったが、杖の取り回しを確認する動作だったのだろうと思い返せば思う。

 お陰で鈍臭い印象のあるグララの割に、でんでん太鼓をぶつけられて不快な思いをしたという事はない。

 ちょっと意外だ。


 まぁそんなこんなで案外、転ぶ危険の少ないメンバーなのだ。

 ………え、誰か忘れてる?

 白いヒラヒラとギラギラを身に着けた浮かれポンチ?


 おいおい、俺達はダンスパーティーに行くんじゃないんだぞ?

 そんなフリルソックスデビル、居る訳ないじゃないか?

 居たとしても捨て置け!


 臭いものには蓋の理論で、弱点を無視した俺は、ダンジョンの入り口を目指している。

 え?

 俺達はダンジョンの入り口に居たんじゃないかって?

 実はまだ町に入ったばっかりだ。


 シャイな俺は、人に道とか聞くのが恥ずかしい。

 だから望遠視点(メアリー)でダンジョンの位置と、入り口を確認したのだ。

 俯瞰的に空から町を見下ろし、めぼしい所をズームして見つけた。

 こうして動かずして、一足先に目指す地点を下見していた。


 ………というか、煩わしい。

 基本的に俺は、人と接触するのが嫌いな質だ。

 可能な限り、接触を断ちたいと思う。

 よく『彼女とか欲しくならないの?』とか『結婚する気ないの?』とか聞かれる。

 逆に聞きたいんだが………そんなもの欲しいか?


 自分の生活環境に、赤の他人がいる。

 俺のプライベートスペースに、侵略者がいる。

 そんな事に耐えられるのか?

 少なくとも俺には、とても耐えられそうにない。


 実際、()()()()()()()()()()




 4人を引き連れて、ダンジョンに真っ直ぐ向かう。

 ダンジョンに近づけば近づく程、人通りが増えていく。

 その人通りを眺めるだけでも、異国情緒溢れているのが面白い。

 一攫千金・立身出世を夢見た様々なヒトが溢れているのだ。

 人種のるつぼというやつだろうか?


 例えばナーナちゃんは人の身体に只、ケモ耳を載せて、ケモ尻尾を付けた様な、安っぽいデザインをしている。

 ではこれが、典型的な獣人の姿なのかと言えば、そうではない。

 獣人の姿は、もっと多岐に渡っている。


 例えば皮膚が毛に覆われている、全身もふもふタイプ。

 本格的ケモナーには、たまらないデザインだろう。

 尤も俺は、その筋の人じゃないから、いまいち良さがわからないが。

 なんせ毛で覆われていて、オスなのかメスなのかもわからないのだ。

 俺はまだ悟りを開いてないので、可愛ければ男でも可、とか言い出す境地に至っていない。


「おい、ナーナちゃん」

 呼びかけるとケモ耳ロリータが、背筋をピーンと伸ばして一瞬停止。

「なーに、お兄さん?」

 その後、しっぽを上向きにウネウネ、ケモ耳をこっちにクイーっと向ける。

 取ってつけたようなケモノパーツだが、動きは本格的な事に感心しつつ聞く。


「色んなタイプの獣人がいるが、ナーナちゃん的にイケメンなのは、どんなタイプなんだ?」

 せっかく本場の獣人がいるんだ。

 興味本位で聞いてみる。

 やっぱ毛並みがいいとか、体が大きいとか、獣人視点ならではの見所があるんだろうか?


「んー?」

 俺に聞かれて周囲を見渡す。

「1番はお兄さんだねぇ。お兄さん大好き~」

 だが、直ぐに興味を失って俺に向かって、両手を広げて跳んでくる。


「うおっ、危ねっ!」

 とっさに身をかわす!

「にゃーっ!?」

 着地点を失ったナーナちゃんが、空中でクルッと1回転!


「ちょ、お兄さん!避けるとか酷いじゃないのさ!」

 アクロバティックに着地すると同時に、猛抗議してくる。

「いや、いくらなんでも学習しろ。この前、足折れたの忘れたか?」

 俺は衝撃を反射するボディアーマーを着ている。

 あんな勢いで飛びつかれたら、そのまま相当な威力で弾き返してたぞ。


「むー!」

 ナーナちゃんは不満顔で、細かく尻尾を振っている。

「スキンシップができないじゃないか!」

「いや、ゆっくりなら問題ないんだぞ?」

 なんでコイツは毎回勢いをつけようとするんだ。


「え、ゆっくりって………こう?」

 おずおずといった様子で、俺の方に手を伸ばしてくるナーナちゃん。

 ゆったりと俺の銅に手を伸ばし、ギュッと抱き付いてきた。


「勢い付けないでやんの………なんか恥ずかしい」

 俺の胸元より、ちょっと下の位置で顔を埋めてモゴモゴ喋る。

 しっぽもなんかモダモダしてる。

 あー、恥ずかしいから、勢いをつけて、ごまかしてたところもあんのか?

 案外普通に可愛いところもあるんだな。恥じらい重点。


「ってか、ナーナのお眼鏡に叶う奴は居なかったのか?」

 ネコ科っぽいのとか、イヌ科っぽいのとか。

 その中でもライオンっぽいのとか、長毛種っぽいのとか。

 色んなタイプの獣人がいたが、眼中にないっぽい。


「だって、みんな毛並みは汚いし、臭いし、弱そうだし………何の魅力もないよ?」

 まぁ冒険者なんてやってる連中だし、身なりはお察しだな。

 臭いもこの世界では嗅ぎ慣れた、すえた様な臭い。

 獣人って事で、一見たくましそうに見えたんだが、腕っ節の方もアウトらしい。

 総じて魅力なし、と。バッサリだな。


「その点言ってお兄さんでしょ。髪の毛サラサラだし、臭いもしないし、強いしさ」

 なんか知らんがナーナ杯記念レースの単勝馬は、ホマレヤマトーだったらしい。

「おい、ガキ」

 すると突然声をかけられた。


「お兄さん、かわいいケモ耳美少女と、子作りする予定はないにゃん?」

「語尾ににゃんとか付けちゃう、ヤバイ人と関わっちゃいけないって、ママに言われてるから」

「お兄さん、かわいいケモ耳美少女と、子作りする予定はないゴリ?」

「語尾にゴリとか付けちゃう、類人猿と関わっちゃいけないって、本能が訴えかけてるから」

「おい、無視すんなガキ!」

 意図的に無視してんだから察しろよ。


 ナーナちゃんが尻尾を垂らして、無言で振り返る。

 すると何人かの、獣人のお兄さん方が凄んでいた。

「ガキが生意気言ってくれてんじゃねぇかオイ」

 あーあ、さっきの酷評を聞かれたのか。

 獣人だし聴覚も鋭いんだな、多分。


「それに、俺達がこんなヒョロい、人族のガキより弱ぇだと?」

「おい、不用意な発言のせいで、絡まれたじゃねぇか」

 なんか牙を剥き出しにして俺を睨んでる。

 

「女の子的に、こういう時に日和る男の人は、マイナスかなぁって」

「男の子的に、こういうトラブル起こす女の人は、マイナスかなぁって」

 半目になって牽制する俺達!

 躊躇なくお互いに向けて手を伸ばす!


「無視してんじゃ!?」

 お互いの背後から、伸ばされていた手を掴みとり、捻り上げる!

「いでぇっ!」

 そして鏡合わせの様に、お互いの位置を入れ替えつつ、同時に向き合う!


「「ていっ!」」

 そして、掴んだ相手をぶん回す様に、ナーナちゃんの方へ投げ飛ばす!

「「ごっ!」」

 向こうも同じ様にしていたので、ゴッチーンと獣人のお兄さん同士が熱烈キッスした!

 ナーナちゃんはニヤっとした、悪戯っ子の笑顔をしていた!


「「てめぇ!」」

 ここで終われば綺麗だったのに。

 怒り心頭といった様子で、ぶつけた獣人2人が起き上がってきた。

 まぁ多少勢い良くぶつけただけだしな。

 そりゃすぐ起き上がってくるか。


「ナーナちゃん?」

「ん、なーに?」

 全然緊迫感がないので、間延びした返事が来る。


「シャーシャちゃん?」

「………わたし?」

 特に何もしてなかったシャーシャちゃんにも声をかける。

 争いに巻き込まれてなかった3人は、少し遠巻きにコッチを見ていた。


「一罰百戒という言葉があります」

「………イッバッヒャッカ?」

「1人を厳しく処罰する事で、100人への警告とするって意味の言葉だね。昔アニメで見た」

 ナーナちゃんが得意気に説明する。………見たアニメって多分アレかねぇ?


「その通り。今後、この手の犬っころどもに、いちいち吠えられるのも煩わしいですからね」

 まぁそれは置いておいて、意味が正しく伝わって嬉しい限りだ。

「二度と目を合わせられない様に、この機会に躾けてやります」

 だから次は、意図を示す。


「躾けだぁ?」

 さっきぶん投げた獣人が、グルグル唸りそうな目で睨んでくる。

「ほら、痛い目に遭いたくなかったら、仰向けになって腹を晒せよ?うまくできたら撫でてやるよ、オイ?」

 そんな様子を、心底馬鹿にして煽る。


「てめぇっ!」

 素晴らしいドサンピンぶり!

 早速殴りかかってきた!


「シャッ!」

 それに合わせる様に、鼻先(ノズル)の長い顔面を、猫手にした手で思いっきり張る!

 パシーン!という様な綺麗な音はしなかった。

 只の打撃音、くぐもった音がした。

 しかし、辺りは途端に静かになる。


「ええぇおうおあいああぁあ………あ?」

 悪態をつこうとした事で、漸く異変に気付いた様だ。

 己の鼻先が吹き飛んでいる事に。

 波紋の型で力任せに顔面の一部を、骨ごと抉り取ってやった結果だ。


「ヒヒヒヒヒヒヒッ!お座りぃっ!」

「えぅうううう!」

 そして波紋徹しで、恐慌状態の相手を殴り飛ばす!

 笑いが止まらない!


「伏せぇっ!」

 吹っ飛んで転がる相手を、更に踏みつける!

「伏せっ!伏せっ!伏せっ!伏せっ!伏せっ!」

 何度も何度も執拗に踏む!


「いえぇ!あえぇ!いぃいいいいい!」

 大の男が泣きじゃくりながら、頭を守る様にして丸くなる!

「なんて言ってんのかわかんねぇよ!躾けが足りねぇのか!」

 力を振りかざす、独特な全能感に酔いしれながら!


 何度も!

 何度も!何度も!

 何度も!何度も!何度も!

 動かなくなるまで!

 蹴りたぐる!


「アヒヒヒヒヒャハハハ!ハーウスッ!」

 波紋の威力を載せて、虫の息の男を蹴り飛ばす!

「よぉくできましたぁ!お利口さぁん!」

 お座りも伏せもハウスも、こんなにボロボロになりながら、全て従順にこなした!

 涙ぐましい話じゃないか!笑いなくして見てられない!

 惜しみなく拍手を送ろうじゃないか!


「イーッヒッヒッヒッ!ヒヒヒハハハハハハ!」

 おかしくてたまらない!

 そんな陽気な様子で、何度も手を叩きながら嘲り笑う!


「………」

 おやおや。

 名前も知らない愛犬の、渾身の芸を見せてやったのに。

 皆さんお気に召さないご様子。


 色を失った様にこっちを見てる連中が目に入る。

「あァ?何ジロジロ見てんだよ?てめぇも躾けられてぇか?」

 ちょっと脅すと途端に、蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。

「お利口さぁんだぁ!アッヒッヒッヒッヒッ!ヒーッハッハッハッハッハ!」

 無様な姿を目にして、悪辣に笑い飛ばす。


 同行者一同まで色を失っていたが、まぁ些細な事だろう。

 力を示す必要がある。

 俺が上位者であると、突き付けなければ。

 シャーシャちゃんの俯いた顔を横目にそう思った。

17/12/16 投稿・誤字の修正

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