シャーシャ、日本男子へ近づく
わたしの名前はシャーシャ・ホマレー。お兄ちゃんの妹。
「ねぇ、シャーシャちゃん」
「………なに、ナーナちゃん?」
シャーシャちゃんがボショボショってないしょ話してきた。
たくさん増えたお兄ちゃんが町の人を助けたから、もうわたしたちは町にいなくていいんだって。
だからわたしたちはまた歩いてた。
ダンジョンってところに行くみたいだった。
そこにはすごい宝物があるんだって。
「共同戦線を張らないかい?」
「………共同戦線?」
「うん、そうさ。ライバルのボクらだけど、共倒れは本懐じゃないのはお互い様さ」
ライバルってことはお兄ちゃんの話だ。
わたしはお兄ちゃんが好きだった。
ナーナちゃんもお兄ちゃんが好きだった。
だからわたしたちは友達で、ライバルだった。
そんなナーナちゃんが、いっしょに戦おうって言ってきた。
ライバルはむずしかった。
ライバルは戦うけど、ナーナちゃんは友達で。
でもライバルのナーナちゃんが戦わないって言ってきた。
「………なにかね、あったの?」
ってことはナーナちゃんは、なにかに困ってて、わたしに助けてほしかったんだ。
「うん、そうなんだよ。正直、かなり想定外なんだよねぇ」
ナーナちゃんは酸っぱいのを食べたみたいな顔で、しっぽを下げてにょろにょろ動かしてた。
「ボクは短期決戦で勝負を決めるつもりだったのさ」
「………短期決戦?」
お兄ちゃんとすぐなかよくなるの?
「そう。人はね、学習する生き物なのさ。まぁ人と言っても、ボクはご覧のとおり獣人だけどさ」
いたずらするときみたいな笑い方で、ネコみたいな耳をピコピコ動かした。
ナーナちゃんは『人』ってことばを聞いたら、よく『ボクは獣人』って言ってた。
「………学習する?」
短期決戦はどこにいったの?
「初めて挑戦した事で怪我をしちゃったら、自分はこれが苦手なんだって、苦手意識を持っちゃったりさ。人は第一印象とか初遭遇の体験っていうのを、とても大事にするものなのさ」
「………うん」
「これはね、人の関係にも言えることなのさ。最初にヤな人だなって思ったら、それからその人のことを、ヤな人って覚えちゃうから、ヤな人としか思わないのさ。その印象を変えるには、何度も会って、その人の事を知らなきゃいけないのさ」
んー?
わたしがちょっと考えたのを見てた、ナーナちゃんが笑ってうなずいた。
「でも、ヤな人って思ってるから、なかなかうまくいかないって訳さ。誰だってヤな人になんかわざわざ会いたくないもんね。だから第一印象は大事なのさ」
「………うん」
わたしはさいしょにヤなことをされた人とは、たぶんなかよくなれないって思った。
「………じゃあ逆なら?」
わたしが聞いたら、ナーナちゃんがさっきみたいに笑った。
「そうだね、シャーシャちゃん。最初にいい人だなって思ったら、いい人って覚えるよね」
さいしょに会ったときに、その人をどう思うか決まるんだから。
そういえばお兄ちゃんが、前言ってた。
ミミカカさんにどんな人が好きかって聞かれたとき。
出会い方、とくに衝撃的な出会いがだいじって言ってた。
空から落っこちてくるって、あのときは言ってたけど。
はじめて会ったのが、空から落ちてきたときだった人を、わたしはどういう風に思っただろ?
たぶん、どんな人かな、なにがあったのかなって、いっぱいいろんなことを考えると思った。
その人がすごく気になるって思った。
さいしょはわからなかったけど、空から落っこちたって、ほんとうに大事だったんだ。
「人間関係はね、最初が大事なのさ。だからボクはお兄さんとチューしたんだよ」
「………チュー」
ナーナちゃんがチュって、くちびるを突き出した。
「多分だけどさ………」
「………多分だけど?」
「お兄さんのファーストキスはボクがもらった!」
「………ファーストキス?」
「そうさ、ファーストキス!お兄さんは多分、彼女とかいないっぽい!」
「………そうなの?」
「だって、お兄さんは神国ニホの人だよ?なのに今は旅してて、周りに女の人はいない」
うん。わたしたちといっしょに旅してるし、彼女はいなかったのかな。
「それに、お兄さん………キスしたとき、固まってたしさ。多分初めて、そうでなくとも慣れてないはずさ」
「………んー?」
固まってたって………お兄ちゃん、なんかバタバタしてたけど。
でも、そういえば、魔法を使ってなかったな?
「つまりお兄さんがキスを思い出したら、いっしょにボクのことを思い出すって寸法さ!」
「………それが短期決戦?」
「そうだよ、シャーシャちゃん!」
シャーシャちゃんがうれしそうに言った。
「恋愛は乙女の戦争なのさ!戦いである以上、先制攻撃あるのみ!前進前進、また前進!勇み励みて進めよや!」
どうしよう、ナーナちゃんがなんか元気。
「例えば、初体験の人が同性だったら、その人は戦争の相手は同性って意識しちゃうらしいのさ」
と思ったら、急におちついた。
「………え?」
同性?
男の人と男の人、女の人と女の人ってこと?
「実際に行為を学習して、学習結果が次回にも反映されるのさ。だから、つまり、最初っていうのは大事なのさ」
「………最初にナーナちゃんとチューしたから、お兄ちゃんは次もナーナちゃんとチューする?」
「そういうこと。そしてファーストキスを橋頭堡に、既成事実を重ねて行って、ゆくゆくは1姫2タローの、ラブラブ夫婦生活」
「………1姫2………タロー?あのね、タローってなに?あとね、お姫さまがなんで出てくるの?」
「姫っていうのは女の子のことで、タローっていうのは男の子だよ。古来より神国ニホでは、まず男の子が2人生まれて、それから女の子が1人生まれてくるのが、理想的って言われてるのさ」
「………なんでなの?」
「お兄ちゃんが2人いるとね、お互いをライバルだと思って、競って妹を可愛がるんだって。妹も可愛がられるから素直に育つのさ」
「………へぇー」
「逆にお姉ちゃん2人と、弟1人は最悪だね。お互いをライバルだと思って、お姉ちゃん2人は喧嘩するし、弟をいじめるときだけ協力するし、仲が最悪になるって言われてるね」
「………へぇー」
女の人2人のなかがわるいのはわかった。
わたしは双子の姉が嫌いだったし、双子の姉もわたしが嫌いだった。
でも男の人2人はライバルだけど、なかがよくなったみたい。
やっぱりライバルってむずかしかった。
「まぁそれはともかく、計画通りだったら今頃、お兄さんはボクにゾッコンラブラブで、四六時中所構わずただれた関係性を見せつけてる筈だったのさ」
「………ふんふん」
「でもお兄さん、ボクを押し倒そうとしないんだよねぇ」
「………うん」
「ボクもシャーシャちゃんも、こんなパーフェクツなボデーなのに」
「………パーフェクツ?」
わたしたちはまだ大人じゃないし、むねとかもないのに?
「わかってないなぁ、シャーシャちゃん。ボクたちは既にパーフェクツボデー、つまり完成形なのさ」
「………完成形?わたしたちね、まだ大人じゃないよ?」
「ふふふ、シャーシャちゃん。シャーシャちゃんは思ったより、古い考えをしてるんだね?」
「………古い考え?」
「胸が大きいとか、お尻が大きいとかね………そんなのは所詮古い価値観なんだよ」
「………うん」
シャーシャちゃんがなにをいうのかわからなかったから、続きを聞こうって思った。
「年を取って、体中にお肉が付いて、円熟する事でやっと完成する肉体………そんなの時間がかかりすぎる。そう思わないかい、シャーシャちゃんはさ?」
「………時間がかかりすぎる?」
そんなの思ったことなかった。
「例えば、人間の成長が30歳を頂点として、後はどんどん衰えていくだけだったとしようか」
「………うん」
「だいたい人の能力と年齢の関係はへの字になるのさ」
シャーシャちゃんが地面に『へ』って書いた。
高さが能力で、横が年齢なんだって。
地面の絵を見たら、30歳ぐらいのところが、1番高くなってた。
「これを見て、なにか気づくことはないかな、シャーシャちゃん?」
「………気づくこと?」
ナーナちゃんはなんて言ってた?
『人はだいたい30歳で頂点』
『そんなの時間がかかりすぎる』
30歳になるまで、ずっと最高じゃないまま生きてる?
それに30歳になったら、すぐに線がどんどん下がってる?
「………短いね」
「そうだよ、シャーシャちゃん!短いのさ!人が最高を保っていられる時間はね、あまりにもさ!」
わたしが答えたら、ナーナちゃんは口をパカって開けて笑った。
「だけどね、シャーシャちゃん、生き物は進化してるんだ」
「………進化?進化ってなに?」
「進化はね、生き物が、環境に適したように変化することだよ。最初人間は、海の中の魚だったんだ」
「………お魚?」
「そう、お魚。海の魚は『陸に上がりたいなぁ』って思ったのさ。だから足を生やしたんだよ」
「………足が生えた?」
「今度は陸に上がったら、高いところにあるものが食べたいって首を伸ばしたり、早く走れるようになりたいって思ったり。色んな進化をしていったんだ」
「………人もね、そうやって進化したの?」
「うん、人は太古の昔、猿から進化したって言われてるね。どっかの胡乱な宗教は、人は神様が作ったものだとかいう、アイデー説とかいうのを必死に唱えているけどさ」
シャーシャちゃんがバカを見る目だった。
「それは置いておいて………人類はお魚の進化系であり、そしてまだ、発展途中でもある」
「………発展途中」
「まだ人っていうのは、完成してないんだ。さっきシャーシャちゃんも答えてくれたでしょ?」
「………短すぎる?」
「そう、短すぎる。ピークタイムをごく短時間しか保っていられない、不完全な生き物。それが旧人類だ」
「………旧人類?」
「ところでさ、お兄さんをどう思うかな?」
「………お兄ちゃん?」
急にお兄ちゃんの話にもどった。
「お兄さんは何歳か覚えてる?」
「………20歳」
「そう、20歳。なのにさ………若いと思わない、シャーシャちゃん?」
「………うん。若い」
お兄ちゃんは20歳。
20歳なのに、ひげも生えてなくって。
手とか、足とかもツルツルで。
顔はわたしたちと同じで、こどもみたいだった。
「それはね、お兄さん………というか、ニホコクミが新人類だからなんだ」
「………新人類?」
さっき、『短い』人を『旧』人類って言ってた。
じゃあ『新』人類は………?
「………長いの?」
「そう、進化した人類であるニホコクミはね、ピークタイムが長いんだ!わざわざ30年も待たない!もっともっと若い頃から、人間として完成してるのさ!」
シャーシャちゃんは、お兄ちゃんそっくりな、いじわるそうな笑顔でうんうんうなずいてた。
「あの子供みたいな顔を見たらわかるでしょ、シャーシャちゃん?お兄さんは昔からあの顔で、これからもあの顔なんだよ!もう完成形なんだ!若い内から即戦力!仮に能力が衰えるのが30歳なんだとしても、20年もピークタイムのパフォーマンスで、力を発揮できるのさ!」
「………それが新人類なの?」
じゃあお兄ちゃんは、わたしより小さいころから、あんなに強かったんだ?
「そしてシャーシャちゃんもね、新人類なんだよ?」
「………え、わたし?」
ナーナちゃんはわたしを見てた。
あのいじわるそうな笑顔のままで。
「そうだよ、シャーシャちゃん。シャーシャちゃんは自分がその辺の大人なんかより弱いと思うかい?」
「………思わない」
ブンブン首を振った。
「だろうね。実際シャーシャちゃんより強い大人なんていないよ。つまり進化した新人類、ニホコクミってことなのさ」
「………新人類、ニホコクミ」
「ボクらニホコクミは、体としての機能が、もう完成してるんだ」
「………それがパーフェクツボデー?」
「そう。こういうのは幼形成熟―――ネオテニーっていうんだ」
「………ネオテニー?」
「ネオテニーを起こした生き物はね、体が完成しても、見た目が若いのさ!かわいいって言ってもいい。お兄さんって、ヒゲも生えてないし、いかつい顔もしてないし、かわいい顔してるでしょ?」
「………うん」
お兄ちゃんは、ほかの大人みたいにこわくなかった。
「アレがネオテニーの完成形、ニホコクミ究極のヒーロの姿だよ。大人になっても若いまま。お兄さんはずっと前から、神国ニホを支え続けてきたわけさ。そしてボクらもあぁなるんだ」
「………あぁなる?お兄ちゃんみたいに?」
「そう!ボクらも子供なのに強いでしょ?もっと若いころのお兄ちゃんそっくりに!ボクたちもお兄さんと同じ、ネオテニーを起こしたニホコクミだからね!」
お兄ちゃんはニホコクミで。
こどものころから最強のヒーロで。
わたしたちもニホコクミで。
まだこどもで最強のマホショージョで。
「そしてね、ネオテニーを起こした生き物の特徴は、お兄さんを見たらわかる」
「………特徴?」
「ネオテニーの特徴は、性的な機能が完成した時点で、体に幼さが残ることなのさ」
「………性的?」
「つまり、ボクらはもう、相手さえいれば子供が産めるんだよ」
「………こども?わたしがね、赤ちゃんを産めるの?」
「すごい力があって、子供だって作れる!そう、ボクらはもう完成してる!だからパーフェクツボデーなのさ!」
わたしがこどもを?
そんなの考えたことなかった。
「年を取ってからの魅力とか、そんなのまやかし、ごまかし、だまくらかしさ!生き物としての究極は、若さの中にある!生き物としてピークタイムが長い!これが完成形と言わずして何という!ボクらこそがパーフェクツ!世界で1番完成された人間の形!」
シャーシャちゃんがあの笑い方で口を開いた。
なにかにかみついて、飲み込みそうな笑い方で。
「お兄さんと結ばれるのは、ボクらの他にはありえない!むしろ結ばれなきゃ、世界の損失さ!」
「………損失?」
「そうだよ!進化したニホコクミの中でも、更に進化したのはボクら3人しかいないんだ!」
「………さらに進化?」
「ネオテニーはね、説明した通り、体そのものは幼いままなんだ。ボクたちの手は短い。足も短い。体がちっちゃい。何もかも小さい」
「………うん」
「普通に考えて、体が小さいってことは、そのまま弱いってことだよね?」
「………うん」
わたしは体が小さいから、お父さんにも双子の姉にもいじめられたし。
「でもボクらは違うよね。体が小さくとも、大人より強い。それってなんでかな?」
お兄ちゃんといっしょに走ったし、キトレしたし、ナイフの使い方も習った。
でも一番強くなれたのは………。
「………魔法をね、使えたから?」
「そう!ボクたちは魔法を使える!全てを圧倒する魔法の力!それこそ体の幼さなんて関係ない!若さを手に入れたのがニホコクミなら、若さと魔法を手に入れた男の人こそがヒーロ!」
「………若さと、魔法を手に入れた女の人が、マホショージョ………新人類の、新人類なの?」
ナーナちゃんはしっぽが上を向いて、楽しそうに揺れてた。
「新人類の新人類!そうだよ、シャーシャちゃん!いいこと言った!ボクらは進化の最先端にある存在なのさ!」
「………だから損失?」
シャーシャちゃんの目がいつもより光ってた。
「そう、損失!環境により適応した、優れた生物!そんなボクらが、子供を残さないのは損失なのさ!それに………」
「………それに?」
「進化した生き物は、古い生き物を駆逐するのさ」
「………駆逐?」
「同じ場所で生まれた生き物だから、生活圏が同じ!同じ環境で争ったなら、優れている方が必ず勝つ!それはつまり進化の勝利!生物史において進化した生き物は強い!」
ナーナちゃんがわたしを見て言った。
「特に新人類は必ず、旧人類に勝つのさ!それが太古の昔より、未来永劫、永遠不変の真実………ボクらはね、ボクらだけの完璧な世界を作る事ができるのさ」
「それに………」
ナーナちゃんはあのいじわるそうな笑いかたでわたしを見てた。
「気付いてるんでしょ、シャーシャちゃん?」
「………」
「あの町に住んでた人は、もういないって」
ナーナちゃんは、わたしが知ってたってわかってたみたいだった。
「………うん」
シトーのユ・カッツェは、いろんなことを教えてくれた。
知らないこと、わからないことも教えてくれた。
レーダーっていう魔法で、まわりにあるものを教えてくれた。
そのユ・カッツェのレーダーに、町に住んでた人が映ってなかった。
「………新人類は、必ず、旧人類に………勝つ」
「そうだよ。旧人類が、いくら束になってもボクらには勝てないんだからさ」
ナーナちゃんがきらきらした目でわたしを見てた。
その目に映ってたわたしの顔。
わたしの顔も笑ってた。
17/9/9 投稿