日本男子、覚醒する
俺は今、町の人達を殺していた。
………。
うん、またなんだ。
俺はまた町の人達を殺していた。
なんでかって?
アイツら毛唐共にわざわざ、救いの手を差し伸べようとしたのが間違いだった、ただそれだけだ。
事の起こりを語ろうか。
お前が聞いていてもいなくとも関係はない。
自己正当化という面でも必要な事だからな。
”分身!ヤマトー”。
俺の分身体を生成する魔法だ。
分身体は俺の持つ能力を限定的に再現している。
俺を元にしている為、背嚢から無限に食事を供給できる。
まず俺はこの分身体を大量に作り出した。
これも街の復興の第一歩を目指した筈だった。
古今東西。
何らかの計画が焦げ付いた時に有効とされる対処法は何か?
速やかなマンパワーの投与である。
1人でやって24時間かかるなら!
2人でやれば12時間!
3人でやれば8時間!
4人でやれば6時間!
………という実に浅ましい発想で実行され、往々にして計画はそのまま大炎上を迎える。
パレートの法則というのをご存知だろうか?
2:8の法則などとも言ったりする。
ある成果に対して貢献するのは、全体の僅か一握り、という法則だ。
例えば働き蟻の内、巣に大きく貢献するのは、全体の僅か2割であり、残り8割は対した働きをしていない、というやつだ。
現代社会に於いても、大きく適用される法則性であったりする。
商品全体の売上だとか。
所得税だとか。
そういったものはなんか、全体の2割の人が大部分を担っているらしい。
まぁ、詳しく知らない分野なのでこれ以上は語らないが。
要は100人いれば百人力というのは、1人=一人力という訳ではないという事だ。
パレートの法則風に言うと、100人いればその内の20人で、80人力の力を発揮する訳だ。
残り80人は20人力の力を発揮するだけ。
つまり投入する人数に比例して、1人前の力を発揮しない人が、どんどんどんどん増えていく事になる。
結果思う様に能率は上がらず、人件費だけが爆発的に増えて、改善されることなく計画は火を噴く訳だ。
個人的になんか皮肉げな感じがして好きだ。
そういう計画に参加したいとは、到底思えないが。
なんせ参加する身となれば、忙しい上に成果は出ない。
現場はピリピリしてて、空気は悪い。
実に非生産的だ。
無関係な立場から指を指して笑っていたいものだ。
まぁそういう訳で本来、問題が起こった時に、マンパワーの集中投入で、解決しようとするのは悪手だ。
人同士は集団になると、派閥が別れる。
派閥が別れると、主導権争いが発生する。
そうなると、本来の目標に向かう力のベクトルは分散し、あろうことか互い同士を攻撃し、より能率を下げる。
そこまで激しくなくとも、牽制等の無駄な行動にリソースをとられる。
しかし分身体達は違う。
彼等は決していがみ合わない。
ただ目標に向かって邁進する。
全く理想的な労働力だ。
という訳で、いくらあっても困らないどころか、あればあるほどいい。
それだけスムーズに食事が行き届く。
俺は全くの善意で、無償で分身体を配置した。
ところで、この分身体の作成にあたって、1つだけ気を付けた事がある。
それは分身体のルールだ。
分身体は上位モデルである、疑似神格の神通達とは違い、個性を持たない。
ロボットの様に決められたルールに従って行動する。
例えばお金を差し出されたら、代わりに背嚢から取り出した食事を渡す、という行動を取る。
公共事業に従事した者に対して、労働内容を評価し、十分な日給を支払う、という行動も取れる。
本当にプログラミングされたロボットになら、そもそも”公共事業に従事した”とはどういう事なのか、1から厳密に定義する必要がある。
それを決めなければ”公共事業に従事した”を認定できなくなるからだ。
その上で、労働を賃金に換算するルールも策定しなければならない。
何をどれだけすればいくらになる、というルールがなければ報酬を算出できないからだ。
が、俺はそんなもの取り決めていない。
疑似神格の言動を見れば分かる通り、彼等は曖昧な指示でもきちんと理解して行動するのだ。
だから”公共事業に従事した者に日給を支払う”と定義すれば、いい具合に、ファジーに、適当に、処理する。
まぁそんなこんなで町を復興するツールとして、分身体に必要なルールを決定した。
その中で取り分け気を付けたルールが有る。
安全性についてだ。
俺は元プログラマーだ。
いまいち世間一般の人からしたら、具体的に何をする人なのかわからないかもしれないが。
まぁ今さっき分身体にやったのと、同じ事を日常的にしている。
即ち自分が作る物の、ルールを決めている。
例えばエレベーターを制御するプログラムを作成するとしよう。
各階でボタンが押されたらどうする?
その階まで移動する。
その階についたらどうする?
ドアを開ける。
エレベーターに想定以上の人数が、乗り込んだらどうする?
ブザーを鳴らして、最後に乗った人が降りる様にアナウンスする。
想定以内の重量に収まる人が、無事乗り込んだらどうする?
目的の階に乗り込んだ人達を運ぶ。
まぁそんな感じでエレベーターの動作を、ケースバイケースで1つ1つ決定して、それを機械が実際に実行できる様に、プログラムで実装する。
それが俺達プログラマーの仕事だ。
そんな俺達の仕事に、もしもミスがあったらどうなるか?
様々な大変な事が起こる。
例えば押されたボタンと、違う階に移動してしまったらどうする?
例えば目的の階についても、ドアが開かなかったらどうする?
これがいわゆるバグというものだ。
プログラムの実装方法が誤っており、仕様通りに動かない事を言う。
しかし、それ以外にも怖い事がある。
そもそも想定するケースが漏れていた場合だ。
例えば、人を載せ終わり、ドアを閉めている最中に。
閉まるドアに滑り込もうとした人を、誤って挟んでしまったら?
そして、そのケースが想定されていなかったら?
………それが実際に起こったのが、一昔前に世間を騒がせた殺人エレベーターだ。
人を挟み込んだケースを想定せず、正常なケースと同じ動作をした為、大変な事故を起こした。
これは仕様の考慮漏れとか、単に仕様漏れとかいう。
まぁそれら言葉の定義は置いておいていい。
大事なのは事態の想定と、その対処を誤れば、最悪の場合には人命に関わるという事だ。
プログラマーというのは職人だ。
ものづくりを行う職業の1つなのだ。
そうである以上、制作物に誇りと、責任を持っている。
いい物を作る事を心がける職人なのだ。
そういう職業倫理を持っている。
ここで分身体の話に戻ろう。
彼等は俺の制作物だ。
それも多数の人間と関わる事が想定される。
そうである以上、安全性の追求は第一義なのだ。
自分が作った物が原因で、事故が発生したりしてはいけない。
そこで俺はかの有名な、ロボット三原則を採用した。
ご存知だろうか?
今や古典と言える領域に足を踏み入れつつある、古いSF小説に出てきた設定の話だ。
極稀に勘違いされている方もいるが、実際にそういう原則が存在している訳ではない。
1つ、ロボットは人間を傷付けてはならない。
2つ、ロボットは1項に反しない限り、人の命令に服従しなければならない。
3つ、ロボットは1項と2項に反しない範囲で、自己を保全しなければならない。
この原則は、先程の職業倫理の話の観点からも、よく出来ていると思う。
実際にロボットというものが、社会に出たとしたらどうなるか?
それを突き詰めて、簡略化すれば、こうなるだろう。
現実的な思考の帰結する先とも言えよう。
そんなロボット三原則を分身体達は遵守した。
………なんでそれで人死にが出る話になったかって?
想定外の事故によって、死傷者が出たか?
そんな事はない。
分身体達はきちんと命令を守り、町の奴らには何の被害もなかった。
町の奴らには。
他には被害が出た。
他ならぬ分身体達だ。
分身体達が街の復興作業に従事して、僅か数分の事だった。
食事を配給中に、武器を持った人間に襲われた。
剣や斧は疎か、大きな石や廃材といった思い思いの獲物で、後頭部を叩き割られた。
最初は散発的な事件だった。
しかしそれはすぐ全体に波及した。
町の至る所で分身体達は襲撃された。
殺害された分身体は身ぐるみを剥がされた。
背嚢を奪われた。
複製とはいえ神刀を奪われた。
そして、衣服すら奪われた。
後に残されたのは、頭をかち割られて、全裸で倒れ伏す分身体だけだった。
潤沢な食糧を持ち。
潤沢な金銭を持ち。
装備を含めて俺の姿を、そのままコピーしている為、輝く刀身を持つ逸品、神刀の複製を持つ。
そして、決して人を傷つける事がない。
分身体達は………町の人間というハイエナにとって、ノーリスクで腹を満たせる宝の山だったのだ。
………俺の悔しさがわかるか?
町が荒れた原因として、その復興を担おうと意気込んだ。
正直俺に利点なんてものは1つもない。
全くの善意から尽力したのだ。
だというのに。
その善意は踏み躙られた。
お前に、頭をかち割られて、衣服すら奪われた、無残な自分の姿を目の当たりにした、俺の気持ちがわかるか?
俺は自分が日本人である事を痛感した。
和をもって尊しとなす。
協調性を重んじる。
天皇陛下を光と永久に頂き、誇り高く生きる世界有数の偉大な民族。
しかし、日本の普通は、世界の普通ではないのだ。
夜のコンビニに、ラフな姿で1人で出かける。
そんな日本で当たり前の光景は、日本だけの光景なのだ。
犯罪大国でそんな事をすれば、命の危険という話になる。
年若い女がスカートを履いて出歩く。
そんな事ですら、日本以外では当たり前ではないのだ。
よくて男から「誘ってるのか」とからかわれる。
悪くて男に………まぁ尊厳を散らされる。
大げさだと思うだろうか?
もしもお前が年若い女なら、インドにでも行って、1人で出歩けばいい。
まず1週間と経たずに、性犯罪に巻き込まれるに違いない。
………軽く体を触られる程度の事だと思うなよ?
女でなくとも不用心にしていれば、同じく犯罪に巻き込まれる。
道端であっという間に男たちに取り囲まれて、金銭を要求される事になる。
日本は奇跡の国だ。
地政学的な理由から、大和民族という世界有数の優れた民族が住んでいる。
それがどれほど恵まれた、尊い事なのか。
改めて痛感した。
しかし、簒奪者共は、直ちに報いを受ける事となった。
複製とはいえ神刀は神刀、つまり疑似神格を宿している。
意図されない、所有者の変更に反応して、自動的に発現し反撃を試みたのだ。
軍艦をモチーフにした彼女達は、どうやら艦砲射撃の様な攻撃を、魔法で再現できるらしい。
簒奪者共は衝撃波を伴う凄まじい攻撃で、地形ごと原型を留めずに粉砕された。
自分の制作物たる分身体の、運用結果を知る為、空間把握でモニターしていた。
その為に一部始終を目撃する羽目になった。
心機一転した俺は、分身体を再作成した。
ロボット三原則など必要ない。
分身体の周囲一定距離以内で、規定以上の速度で動いた場合。
分身体の手の平以外に触れた場合。
分身体の持ち物を、分身体以外が手にした場合。
攻撃を受けたと見做して反撃を開始する。
更にはその時点で、周囲の分身体が集合する。
そして対象者を袋叩きにする。
私刑だ。
ひたすらに蹴り砕く。
四方八方からひたすらに蹴り続ける。
骨が折れ。
内臓が破裂し。
その生命が潰えるまで。
いたぶり抜いて殺す。
最後に首を刈り取り、晒して放置する。
只の見せしめだ。
蛆が湧き、腐乱し、悪臭を放つ様になる、その時まで晒し続ける。
疫病が発生しようと知った事か。
自業自得だ。
救いの手をお前らは跳ね除けた。
報いを受けろ、屑共が。
………。
一応、食事の配給機能、労働の評価機能は据え置きだ。
また、本来より遥かに過剰だが、治安維持も担っている。
それで俺の義理は十分果たせているだろう。
最低の屑共が。
せめて恭順を示せ。
権利を持った者のみ助けてやる。
ほとほと愛想の尽きた俺は、町から出る事を決めた。
俺は基本的に人が嫌いだ。
嫌いだというか………何を話していいのかわからない。
友達というのがいなかったお陰で、対人スキルが壊滅している。
例えばあまり会話をした事のない人と2人きりになったら、お前ならどうする?
多分共通の話題とかを探るべきなんだろう。
が、俺はそういう時に、考え事をする。
その時差し迫っている事がなくとも、相手を無視して考え事を始める。
会話をする迫った理由がない限り、まず相手を気にする事はない。
俺は友達がいなかった。
その為趣味も1人でできる、内向的なものとなった。
概ねオタク趣味と言われるものだな。
それも昨今流行りのものというのには、あまり魅力を感じない。
日常系とか、人が死にもしない話の何が面白いんだ?
いわゆるレトロ系というのだろうか。
少し古いアニメ・ゲームに明るい。
唯一の友達が一回り年上だからな。
という訳で同年代でも話は合わない。
それに年上でも、趣味の話はしにくい。
俺は内向的で、興味が狭いところに集中している分、細かいのだ。
世代を超えて知られる有名ロボットアニメも結構詳しい。
この場合詳しいというのは全話見たとかそういうレベルではない。
設定上このロボットは、このロボットの系譜で、この意匠にその名残があると思うとか。
そういう細かい考察を考えるレベルで詳しい。
考察厨というのだろうか?
同じ傾向にある人と、意見交換できたりすると、考察を深められたりして楽しいんだが。
まぁただアニメを見ただけの人は、俺の考察を語られたりしても、まずまともな返事等できない。
という訳で共通の趣味が、共通の趣味として殆ど機能しないのだ。
これもクオリアの一種だろうか?違うか?
もしも「アニメなんて見て何の役に立つの?」とかいう短絡的な奴がいれば、俺が言ってやろう。
社会に出てから、共通の話題として役立つ事がそれなりにある。
まぁ俺は細かくて、共通の話題として使えなくなってしまったが、結構世代を超えて話にできたりする。
学校の成績という通り一辺倒なものより、趣味や話題が広い事の方が余程に役立つ。
むしろ学校の勉強しかしなかった、という奴でまともな奴を見た事がない。
そういう奴は人から注意されると、直ぐに「俺は高学歴なんだぞ」と逆ギレするというのが常だ。
お前が高学歴な事と、注意を受ける事になんか関連性があるのか?
高学歴だったら許されると、免罪されると?
経営の神様とも称される、かの松下幸之助はいわゆる低学歴だ。
この事からも学歴というのが、何の指標にもなってないのがわかる。
人として聡い事と、学歴が優秀な事は全く別物なのだ。
あ。
一応言っておこう。
別に、だから俺自身が聡いんだ、という話ではない。
むしろ俺は概ねアホだ。
ん?
なんかすげぇ悲しい結論に達したが、何の話だ?
………あぁー、人との接し方か。
まぁ、今回の件でわかった通り、俺は多少、潔癖なところがある。
対人関係を円満に築けたという経験に乏しい為、他者を許容するキャパシティにも乏しいのだ。
おそらく、学校生活というのは、そういうものを学ばせるところなのだろう。
多様な人間の中に放り込んで、それぞれの立場だったり、関係性を学ぶという。
振り返ってみれば納得できるが、当時の俺にはひたすら苦痛だったなぁ………。
まぁ学校生活をスクールカースト最下層の、いわゆる陰キャラというのか?
そういうものとして灰色の青春を過ごした。
とはいえ。
そんな1人をこよなく愛する羽目になった俺だが、人と話せるというのはそれなりに嬉しいのだ。
かけがえのない友達とだったり。
彼は俺と話が合う、希少な人間だ。
あとはナーナちゃんだったり。
そう、ナーナちゃんだ。
俺にとって彼女の存在は相当に貴重といえる。
例えば俺、しりとりすらできないのだ。
………俺の脳がそこまでヤバいのかとか、心外な事を考えてないだろうな、お前?
お前が俺を見てる事ぐらいわかってるんだからな?
フン………。
リンゴ、ゴリラ、ラッパ………ほら、しりとりぐらいできるさ。
問題は、ここが異世界なことだ。
例えば今のしりとりを、英語にしてみるか。
Apple、Gorilla、Trumpet………うん、しりとりとして全く破綻してるな。
俺の異世界語翻訳機能は、自動で発動する。
で、ある以上、さっきの全く繋がってない、珍妙なしりとりが完成する。
脳内では日本語で単語を思い浮かべている為、異世界語としてしりとりが成り立たない為だ。
日本語で思考し、外部への出力が自動で異世界語に変換されるのだ。
普段は気にしなくていいが、やっぱり細かく困るところはある。
俺は対話スキルが致命的に低く、自己完結的な人間だ。
軽薄な性格である為、結構浮ついて茶化した冗談も多い。
そういう独りよがりな人間である為、漏れ出る言葉も人に理解されにくい傾向にある。
シャーシャちゃん達は時々、俺が何故そのタイミングでその発言をしたのか、理解できなくて困る事があるのだ。
例えばこの間あったやりとりを振り返ろう。
「清貧を旨とする」
「ぶふ、清貧を胸とするって」
俺は日本の同音異義語の洒落に、意表を突かれて笑っていた訳だ。
だが日本語以外に訳した時、モットーと聞いてバストと返して笑ったのでは、意味が全く通じまい。
シャーシャちゃん達にも、俺が突然笑いだした理由がわからなかった事だろう。
突然胸と言い出した関連性は誰にも理解されなかったのだ。
………只1人、ナーナちゃんを除き。
彼女は俺にとって、唯一話の通じる、気の置けない人間という事だ。
17/8/26 投稿・文章の修正