シャーシャ、日本男子に縋り付く
わたしはシャーシャ・ホマレー。お兄ちゃんの妹。
わたしたちは今、どうしたら町の人を助けられるか、お兄ちゃんから教えてもらってた。
「こーきょーじぎょう、ですか?」
「うん、公共事業。主に採算が取れない様な事業の事だね」
「はーい、ヤマトーお兄さん。採算が取れない様な事業って、やっても損するお仕事ってことだよね?」
やったら損する仕事?
「え、ヤマトーさん?やったら損する仕事って、そんなのおかしくないですか?」
ミミカカさんもおかしいと思ったみたいだった。
「おぉ、ミミカカちゃん、いいところに気付いたね」
お兄ちゃんは質問されてうれしそうだった。
お兄ちゃんはよく、むずかしいこととか、わたしたちがわからないことを聞いてきた。
でも、それを質問したら「よく気付きましたね」って、笑ってほめてくれた。
お兄ちゃんに教えてもらうと、むずかしいこともわかるようになったし、ほめてももらえた。
「その通り。公共事業は基本的に赤字が発生する、不採算事業なんだよ」
「ねぇ、ヤマトーお兄さん?なんで損しちゃうのに、そんなお仕事をするのかな?」
「ぬ!おかしいではないか!わざわざ損をする為に事業を行う等と!」
みんなそんなのおかしいって言ってた。
ナーナちゃんだけはわかってたみたいだけど。
「うんうん、そうだねぇ」
お兄ちゃんはうでを組んで、目を閉じてうんうんってうなずいてた。
「でも、必要な事なんだ」
そしてニヤって、いじわるそうな顔で笑った。
「さて皆、どうして必要なのかわかるかな?」
やっぱり問題だった。
ナーナちゃんもニコニコ笑ってた。
しっぽも楽しそうにゆらゆらしてた。
「え、損するのに?なんで?」
ミミカカさんがまゆをギュってして考えてた。
「ぬー!訳が分からぬのだ!」
魔法使いの人がぬーぬー言ってた。
………ぬって、よく言うけど、ちょっとヘンだって思った。
「ふふふふ、ちょっと難しいかな?」
「そうだね、ヤマトーお兄さん。答えはすぐにはわからないかも」
「この問題に答えられないと、ブーメラン党とかいう連中と同程度って事になるから、是非頑張ってほしいな」
「ブーメラン党?それって何なの、ヤマトーお兄さん?」
「神国ニホの転覆を狙う、悪の秘密結社の事であると同時に、史上最低の反動勢力ともいえる」
「アメリカの事かな?」
「アメリカとはまた別口の組織なんだよなぁ。アカの下部組織だし。まぁ全ての平和を愛する人間にとって、不倶戴天の怨敵であるという意味では確かに同じだな」
「っていう事はお兄ちゃんの敵だね」
「うむ、その通り。特徴として、アメリカ共は直接的に蝕もうとするが、アイツらは間接的に蝕む」
「間接的?それってどんな事するの?」
「国力の弱体化だな。有能な指導者を悪辣なレッテル貼りでこき下ろして、権力を簒奪した挙句、国益を損なう数々の政策を実施する事で、神国の国威を地に貶めんとした者達だ」
「全く許せない話だね」
「あぁ。アイツらは我らニホコクミそっくりに擬態した、地球侵略を企む悪の宇宙人達が正体だった。悪の首領ルーピー星人、眠れる巨悪フォーナイン星人、欺く二枚舌ナショナリー星人とかな。今も神国に向けて毒電波を照射している筈だ。残らず駆逐せねばなるまい」
お兄ちゃんはすごく怖い目になってた。
………?
答えられなかったら、ブーメラン党と同じって言ってた?
お兄ちゃんの大嫌いな、アメリカと同じブーメラン党と?
お兄ちゃんは「敵」をぜったい許さない!
ちゃんと答えられなかったら、お兄ちゃんに殺される!
考えないと!
損するのに、その仕事をする?
………損するのに?なんで?
やればやるほど損しちゃうのに?
なんでそんなことするの?
「えー?だって損するんでしょ?」
「ぬー!何の為にその様な事をするのだ!」
2人もわからなかったみたいだった。
「やっぱり難しいか」
お兄ちゃんは目を細くして笑ってた。
「じゃ、仕方ない、か」
そのままの顔で、仕方ないって言った。
お兄ちゃんはわたしにとてもやさしかった。
いつもわたしのことを心配してくれた。
うまくできたらほめてくれた。
うまくできなくても、どうしたらいいか教えてくれたし、怒らなかった。
お兄ちゃんはミミカカさんにもやさしかった。
わたしといっしょにいろんなことを教えてた。
お兄ちゃんがやさしくするのは、大人の人の中じゃ、ミミカカさんだけだった。
でも。
でも、そのミミカカさんは。
あのとき、殺されかけてた。
お兄ちゃんはすごい人だ。
剣を持ったらなんでも斬れた。
魔法を使ったらなんでもできた。
どんなことでも知ってた。
お金だってたくさん持ってたし。
いっぱいごはんを食べさせてくれた。
そんなにすごいのに、お兄ちゃんはわたしにやさしくしてくれた。
もしだれかに「世界で1番すごい人はだれ?」って言われたら、それはぜったいお兄ちゃんってわたしは答える。
だって、わたしを怖がらなかった。
わたしは強かった。
剣で戦ってもお兄ちゃんに負けなかった。
お兄ちゃんの剣をマキャーゲして、ふっ飛ばしたこともあった。
自分より強い人。
もしも怒らせたりしたら、殺されるかもしれない相手。
そんな強い力を持ってる人がいたら、怖いと思った。
もしもお兄ちゃんが、わたしを怖いと思ったら?
あんなに強くてすごかった、お兄ちゃんにも捨てられたら?
わたしといっしょにいてくれる人が、もう世界にはいなくなっちゃうかもしれなかった。
怖くなってお兄ちゃんを見た。
「シャーシャちゃんは強くなりましたね」
………なのにお兄ちゃんは、わたしを怖がらなかった。
なぐってわたしに言うことを聞かせようってしなかったし、おびえたりもしなかった。
お兄ちゃんはいつもどおり、頭をなでてくれた。
でも、それは、お兄ちゃんに魔法があるからかなって思った。
剣でわたしに負けても、魔法があるからまだわたしより強かったって。
あのあと、シトーのユ・カッツェが、影の魔法を教えてくれた。
どんな人でも当たったら死ぬ魔法。
今度こそ、お兄ちゃんはわたしを怖がるのかなって思った。
「シャーシャちゃんは強くなりましたね」
………なのにお兄ちゃんは、やっぱりわたしを怖がらなかった。
うれしそうにわらって、頭をなでてくれた。
わたしは強くなったって思った。
剣でも、魔法でも。
でもお兄ちゃんはもっと強いみたいだった。
「アタシ、ヤマトーさんと同じ魔法が使えるようになったんですよ!シャーシャなんかよりもすごいでしょ?」
そんな強いお兄ちゃんを、ミミカカさんは自分と同じって言った。
わたしより弱いミミカカさんが、お兄ちゃんと同じって。
「たかが猿真似だけで俺と並んだ?お前如きがシャーシャを超えただと?図に乗るなああああああっ!」
バカにされたと思ったのかな?
お兄ちゃんは、すごく怒った。
………でも、ミミカカさんは生きてた。
お兄ちゃんは、わたしの影の魔法から、ミミカカさんを助けた。
それがなんでなのか気になった。
「………ユ・カッツェ?」
「御用でありますか、シャーシャ殿!」
「………お兄ちゃん、なんて言ってたのかわかった?」
「お安い御用であります。指向性音波収集による、会話傍受の結果はこちらであります。
『今日のミミカカは………言いたくないが、最低だった』
『さい、てい………』
『そうだ。ありとあらゆる点で最低だったと言える。殺すつもりは最初からなかったが、怒ったのは本気だ』
………」
殺すつもりは最初からなかった?
そんなのウソだってわかった。
だってお兄ちゃん、笑ってたし。
お兄ちゃんにはいくつかの笑い方があった。
つまんなそうに「フン!」って笑ったり。
わたしをほめてくれたときとかに、目を細くしてやさしく笑ったり。
イタズラが成功したときに、イジワルな顔をして笑ったり。
そして、いつものお兄ちゃんとはちがった、すごい笑い方をしたり。
この笑い方をしてたとき、口はゆがんで、目も右と左で開き方がちがってて、すごく怖い顔をする。
でも、ナーナちゃんと話してて楽しそうなときにも、こういう風に笑ってた。
お兄ちゃんが本気で笑ってるときはこの笑い方なのがわかった。
「お上手お上手!ホラホラ危ねぇぞオイ!ヒヒヒヒヒハハハハハハハ!イヒャヒャヒャヒャヒャ!フフフ!フフフフフフフ!」
あのとき、お兄ちゃんは笑ってた。
ミミカカさんをいじめて、楽しそうに笑ってた。
わたしといっしょに大事にしてた、ミミカカさんを。
じゃあ?
わたしも?
お兄ちゃんを怒らせたら?
ミミカカさんと同じになる?
お兄ちゃんは、最後にミミカカさんを許したし、助けた。
でもあのときから、お兄ちゃんがミミカカさんを見るときの、顔が変わってた。
お兄ちゃんの顔から、なにを思ってたのかを、考えるのはむずかしかった。
でも、あの顔は、冷たい顔だった。
もうミミカカさんは、お兄ちゃんからしたら、大事な人じゃないんだってわかった。
『この問題に答えられないと、ブーメラン党とかいう連中と同程度って事になるから、是非頑張ってほしいな』
ブーメラン党はお兄ちゃんの大嫌いなアメリカと、同じぐらい悪いやつのことだった。
お兄ちゃんはアメリカを、ぜったい許さなかった。
『じゃ、仕方ない、か』
仕方ないから、なんなんだろう?
仕方ないから、殺す?
答えられなかったら、わたしはアメリカと同じになるの?
わたしの幸せ!
ようやく幸せになれたんだ!
なくすなんてぜったいやだ!
考えなきゃ!
『その通り。公共事業は基本的に赤字が発生する、不採算事業なんだよ』
損するのに仕事をする?
なんで損しちゃうのに、わざわざそんな仕事をするの?
何度考えてもわからなかった。
「やっぱりこんなもんかねぇ」
お兄ちゃんはニヤニヤ笑いながら、なやんでるわたしたちを見てた。
こんなもんって言ったってことは、お兄ちゃんがガッカリしてる。
ってことは、お兄ちゃんに捨てられる?
「むずかしいー!ヤマトーさん、ヒントないんですかぁ?」
ミミカカさんがお兄ちゃんにお願いしてた。
「あー?ヒントねぇ、ヒント………損するってどういう事か考えてみたらいいんじゃないかな」
「損するのがヒント?うーん………」
「やはり訳が分からぬのだ!」
損するってどういうこと?
どういうことって………損することじゃないの?
………おちついて、順番に考えよう。
お兄ちゃんはなんて言ってた?
『でも、必要な事なんだ』
『さて皆、どうして必要なのかわかるかな?』
うん、必要だって言ってた。
なんで損しなきゃいけないのかって言ったら、それは必要だからなんだ。
じゃあ、なんで損する事が必要なの?
損するってどういうこと?
必要ってことは、なんかの意味があるんだ。
損するってことは、お金とかをいっぱいとられちゃうってことだけど、それが………あ。
「………わかった」
「おや?シャーシャちゃん、まさか答えがわかったんですか?」
「………うん、たぶん」
お兄ちゃんがビックリした顔だった。
「え、ウソ、わかったの?」
「ぬ!真なのか!」
「へぇー、さすがはシャーシャちゃんだね」
みんなもビックリしてたけど、ナーナちゃんはニヤニヤしてた。
「さて、解答はいかに?」
「………損したらね、得するの」
お兄ちゃんを見たら、目を開いてわたしを見てた。
「正解、だね………まさか、答えられるとは思わなかったよ」
やった、あってた!
「流石です、シャーシャちゃん。いつも驚かされていましたが、今回は特に驚きました。やっぱりシャーシャちゃんは世界で1番の宝物です」
わたしの前まで来て、しゃがんで頭をなでてくれた。
わたしはお兄ちゃんにギュって抱きついてみた。
お兄ちゃんはちょっとビックリしたみたいだけど、わたしを抱きしめてくれた。
「なんで損したのに得なんですかー?」
ミミカカさんがよくわかんないって顔してた。
それに、わたしがお兄ちゃんに抱きついたのを見たから、イライラしてるみたいだった。
「ぬ!どういう意味なのだ!」
魔法使いの人もだった。
「損するっていうのはね、人によって見方が違うんだよ」
「はーい、ヤマトーお兄さん。見方が違うってどういう事なの?」
いつもみたいにニコニコしてたナーナちゃんが手を上げて聞いてた。
「例えばね、ナーナお姉さんが僕をだまくらかして、わずか銅貨10枚で身ぐるみを全部剥ぎ取ったとするよね」
「なんか凄まじく悪意を感じる例え話だね」
ナーナちゃんのニコニコ笑顔がちょっとヘンになって、まゆげがピクってしてた。
「僕は大損しちゃったね。神威溢れるニホ製の装備は、どれ1つとっても、どんな大金を積まれても、その価値が釣り合わないから………」
お兄ちゃんはそこで息を吸い込んだ。
「でも、得をした人もいるね」
「うん、銅貨10枚でお兄さんグッズをゲットしちゃったボクだね」
「あ」
「ぬ!そういう事か!」
ミミカカさんと魔法使いの人が、目と口を開けて、そっくりな顔をしてた。
「自分からしたらお金は使ったら失くなるけど、消えてなくなっちゃった訳じゃないんだよ。お金を持ってる人が変わったってだけなんだ」
「だから損すると、得する人がいるんだね」
「うん。ここで話を戻すけど、だからこその公共事業なんだ。ここまで聞いて、何の為に公共事業をするか、わかったかな?」
町はボロボロになった。
お金で買うものもなかった。
お金をもらう仕事もなかった。
町の人を助けるのにやるのが公共事業だ。
公共事業は損する仕事だって言ってた。
損するのはだれ?
それはお兄ちゃん。
お兄ちゃんが損して、得する人はだれ?
それは町の人みんな。
それに、お兄ちゃんは食べ物をあげるんじゃなくって、お金で買えるようにするって言ってた。
「………町の人にね、お仕事をあげて、お金をあげるから」
「正解だよ、シャーシャちゃん」
わたしが答えたら、お兄さんはうれしそうにわらってくれた。
「あー、だからこうきょうじぎょうっての、やるんだ」
「ぬー!納得なのだ!」
お兄ちゃんがなんで公共事業しようとしてるのかわかった。
「………でもね、お兄ちゃん?」
1つわからなかった。
「なんですか、シャーシャちゃん?」
お兄ちゃんの顔がすぐ近く、目の前にあった。
いつものなにかをにらんでた顔じゃなくって、ちょっとだけ目を細くして、口が笑ってる、わたしの大好きなやさしい顔。
「………町の人はね、得するかもしれないけどね、お兄ちゃんはね、損しちゃうんでしょ?」
なんでそんな事ができるの?
なんの関係もないわたしを助けてくれたり。
悪い人をやっつけたり。
町の人を助けたり。
なんでお兄ちゃんは、人を助けるんだろう。
お兄ちゃんはただやさしいんじゃなかった。
嫌いな人はすごく嫌いだし。
大事にしてたミミカカさんのことだって、怒ったらいじめた。
わたしはどうしたらお兄ちゃんといっしょにいられるの?
「平和の実現、災害救助、復興支援。それらができるのは圧倒的な力を持った者のみです。それは即ち、世界を背負い立ち、牽引する者である、ニホコクミに他なりません。こちらの世界で該当する言葉は貴族の義務でしょうね」
お兄ちゃんはすごい人だから、困ってる人を助けた?
………それはダメだ。
わたしは、もう困ってる人じゃなかったから。
お兄ちゃんといっしょにいられなくなる?
お兄ちゃんといっしょにいるから、わたしはしあわせなのに?
それに、お兄ちゃんがわたしを助けてくれたのは、義務だから?
やらなきゃいけなかったから、助けてくれたの?
そう聞いたわたしは、むねがすごくギュってなって、苦しくなった。
17/7/29 投稿