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ネコでもできるVRMMO  作者: 霜戸真広
出会いと旅立ち
8/83

目にいたい男を引っかいてみた

このあたりから話が動き始める予定です。

次回は閑話ですが……。

 姐さんたちから逃げてきたポチは、さっさと人ごみに紛れてしまおうと思って、路地をさっさと抜けて大通りに出た。大通りに出ればいつでもプレイヤーが多くいて、そこらで会話しているから耳も目もいい猫たちから逃げるにはうってつけだった。


『あれ?』


 大通りに人が少ない。全くいないわけではないが、その多くは頭の上に名前の浮かばないNPCだ。プレイヤーが操作していないキャラクターをNPC・ノンプレイヤーキャラクターと呼ぶのだと、ポチは甲斐に教えてもらっていた。

 おかしいな、何かあったのかとポチが思っていると、どこかから興奮した声が聞こえてくる。


「キャー、ユーリス様よ」

「おい、トッププレイヤーの一人ユーリスだぜ。あの『聖騎士(パラディン)』が始まりの街に何の用だ」


 その声のする方に向かうと、そこには大きな人だかりができていた。

 猫の小さな体を活かして、人の股下を潜り抜けて何とかその中央まで進む。なるべく女性の足元を選んで。


「きゃっ!」

「今私の足に何かが触った!」

「私も!」


 背後から若干の悲鳴が聞こえたが、ポチはまったく気にした様子がない。やっと抜けてきた人ごみからの解放に一旦深く息をついていた。

 人だかりの中心にいたのは光り輝く騎士だった。光り輝くというのは比喩ではなく、何か魔法でもかけられているのか鎧などが淡く光っているのだ。それによって照らされることで金髪も透明感のある光沢とともに光を放っていた。

 つまるところ、キラキラして目に痛い男だった。


(帰ろう)


 馬鹿馬鹿しいと思って再度人の足元を駆け抜けようとした時、ポチの体はふわりと持ち上げられた。


「あれは二つ名に『聖騎士』と冠されたユーリスよ。久しぶりね、ポチ。あなたが人ごみに入ってくるのを見て追いかけちゃいました」


 首を倒して背後を見ると、そこにいたのはローズだった。今日もにっこりと笑っている。

 この一週間ポチがログインすると毎回一度は会っていた。それもどこか待ち受けているようでもある。

 どこかで監視していたりするんだろうか。


『聖騎士ユーリス?』


 何故抱き上げられているのかとは思ったが、とりあえずは目先の事が気になる。いつのまにかローズに抱かれている状態になったポチは、疑問をこめて鳴いてみた。しかし、当然のことながらローズは不思議そうにしているばかりで反応がない。こういう時、本当に猫は不便だった。


「おい、ユーリス様っていうとあれだろ、騎士の中の騎士とか呼ばれてる」


 猫の耳になって音が良く拾えるようにはなっていたが、調節が難しい上に今のようにざわざわ騒がれていては上手く聞き取ることが出来ないようだ。

 ポチはゲームを終えたら甲斐に聞くことにして、今は前のピカピカ野郎に注目することにした。


「おお、他のプレイヤー諸君。僕のためにこれだけお集まりいただいて光栄だ」


 ユーリスと呼ばれた男は大仰に手を広げたかと思うと、まるでどこぞの劇のように一礼した。

 それだけで周囲の女性から黄色い声が飛んでいる。

 よく見てみれば中々豪華な格好をしている。

 鏡面と見間違うほど綺麗に整備された美麗な鎧――ポチは知らないが希少金属のミスリルとオリハルコンの合金――をまとい、フェイスの代わりに幅広の白い帽子をかぶっている。左手に獅子の顔が彫られた体ほどの高さの盾を構え、真っ白なマントを纏い、長い金髪を背中で揺らす。顔も青い瞳がきれいでその姿はまさしく貴公子であり、そして紛れもなく騎士の姿だった。

 二つ名が『聖騎士』というのも頷けるものである。ただあまりにもピカピカしすぎて目に痛いが。

 何故か握手会を始めた彼らを尻目に、ローズもこういう奴が好きなのかとポチは首を反らして確認してみる。


「ふふふ、ポチは可愛いな。抱き心地もいいし、お持ち帰りしたいぐらいだよ」


 ……俺にメロメロだった。

 ローズといい姐さんといい、俺のどこがいいんだろうね。

 ポチが呆れているのもそっちのけで、ローズはポチをかいぐりかいぐりする。ローズに撫でられるのを見られてから、ポチは他の女性プレイヤーからも頭を撫でられることが増えた。

 ポチに今モテ期が来ているようだった。

 ポチが幸せな気分に浸っていると、


「これはこれは、名高き麗しのローズ嬢ではありませんか。ここで出会ったのも何かの縁でしょう。どうか私がそのお手に口づけすることをお許しください」


 ぐるりと回って順番が来たのか、ピカピカ野郎ことユーリスが声をかけてきた。他の者にしたのとは違って、片膝をついて手を差し出す。修道女に騎士が愛を誓うような光景の美しさに、周りを囲む者たちからうっとりとした雰囲気が伝わってくる。


「私はあなたに興味がないので」


 ローズはユーリスに目線を合わせることもなく、きっぱりと拒絶した。

 美しい光景が、それによって一瞬で喜劇に変わる。ローズのあんまりな言葉に、皆茫然としつつ、幾人かは笑いをこらえている。

 この一週間で分かったことがもう一つ。ローズは怖い。ポチを相手している時以外ではという条件が付くが。いつも怒ったような顔をしているローズが、ポチを抱いている時だけ笑っているのだ。

 ユーリスも差し出した手を所在なさげにして硬直している。


「ポチ、行きましょうか」

『分かったー』


 ローズがポチを抱きしめたまま去ろうとした時、


「少し待たないか、ローズ嬢」


 強引にローズを自分の方に向けようと、ユーリスはローズの腕をつかんだ。


「つっ!」


 かなり強い力なのか痛そうにローズが顔を曇らせる。


「そのような猫などよいではありませんか。トッププレイヤーたる僕が声をかけているんですよ」


 ユーリスは少し焦りを含みながら、それでも優しい響きで声をかけてきた。周りの女性プレイヤーたちはその声でまた黄色い声を上げる。しかし、ローズは顔を背けたまま、どうにかユーリスに掴まれた手を外そうとしている。

 我慢しきれなくなったポチは、ピカピカ野郎の顔に伸ばした爪で引っかいた。

 ちなみにこの技も姐さん仕込みである。


「何っ!」


 驚きの声と共にユーリスの手がローズから離れた。しかし、まだレベルが一つも上がっていないポチの攻撃では驚かすのが精いっぱいで、再度ユーリスの手が伸びる。


「やめないか! 騎士を目指す者らしくないぞ、ユーリス」


 落ち着いた女性の声が響いて、その手はローズに届く前にとまった。

 そして皆の視線がその声を発した方に向くと、誰からともなく一歩下がってその道を空ける。


(おお、モーゼみたい)


 ポチは他人事のように感動していた。


「久しいですね、刹那。ああ、そういえばローズ嬢はあなたと同じパーティーでしたか。しかし、僕は失礼なことをした覚えはありませんが」


 ユーリスが話しかけた先にいたのは、エルフの女性だった。ただし、魔法職としての側面が強いエルフでありながら、その手には杖の一つも持っていない。綺麗な緑の髪は背中で束ねられ、服装は着物を上品に崩しており、極めつけに腰に提げているのは刀である。珍しいエルフの侍がそこにはいた。

 何も言わずに近寄ってくるとローズをユーリスからかばうように立つ。


「嫌がる女に手を出すのが、失礼じゃないと言うのか」


 透明度の高い声だが、口調は男らしい。本来ならちぐはぐさを生み出すはずだが、彼女の場合色っぽさが増していた。


「なるほど。確かに騎士として無理強いは良くない」


 ユーリスはそう言うと、またローズに近づく。ポチが両手から爪を伸ばし、威嚇するがユーリスはもう気にする様子はない。


「ローズ嬢、今度会った時には必ずその手に口づけを」

「断固拒否します」

「ふふ、恥ずかしがる必要はないのに、可愛いお嬢さんだ」


 ユーリスの言葉に嫌悪感バリバリの顔を返すと、ローズはポチを抱きかかえたまま、刹那と呼ばれた女エルフ侍と共にその場を後にした。


「お前が欲しいものは私が持っている」


 刹那さんがローズにも聞こえないだろう小さな声でそう言うのが、ポチの猫の耳にははっきりと聞こえた。

 その声にポチがさっと振り向くと、何事も無かったかのように歩く刹那の後ろで、ユーリスがじっとポチたちの方を見ていた。

 優雅に笑みを浮かべているはずなのに、ポチはぞくりとした視線に捉えられた様に感じた。


***


 二人と一匹は以前ポチがローズに膝ベッドをしてもらった公園で別れることになった。

 どうもこれから狩りに出かけるところにポチを見つけたローズが、仲間たちを置いて走り出してさっきのようなことになったらしい。刹那は元々ローズを連れ戻そうと追いかけてきたらしかった。

 ローズたちは5人でパーティーを組んでいる。ローズたちはその武装一つ見ても洗練されており、ポチから見ても上位ランクらしいことが分かる。いつもにこにこポチの頭を撫で続けるローズの様子からは想像できないが。

 ちなみに現在プレイヤーの最高レベルはシグナス大佐の八十五である。先のアップデートで上限が九十まで上がっているので、どのプレイヤーもレベル上げに余念がない。彼女たちも平均レベル八十を誇っている。

 そんな高位レベルプレイヤーがわざわざ始まりの街からスタートするのは、ローズが所属する教会がここにしかないかららしい。


「うぅ~ポチ、またね~」

「はいはい、さっさと行くよ。ローズは本当にポチのことになると性格が変わるんだから」

『いってら~』


 ローズの仲間であるリオンが子供ほどの背丈に似合わない怪力を発揮して、嫌々と駄々をこねるローズを引っ張っていった。彼女はドワーフ族から進化したエルダードワーフで、身の丈を越えた棍棒を振り回す。

 バイバイと振られた手に一声鳴いて、ポチはこの公園で日向ぼっこする場所を探すことにした。


***


『おめでとうございます。今回のゲリライベントの優勝者はあなたです。この後、優勝賞品の授与のために、ピクシー07が参りますので、ログアウトせずにお待ちください。繰り返します。今回のゲリライベントの優勝者はあなたです。この後、優勝賞品の授与のために、ピクシー07が参りますので、ログアウトせずにお待ちください』

「何だこれ?」



読んでいただきありがとうございました。

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