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ネコでもできるVRMMO  作者: 霜戸真広
出会いと旅立ち
7/83

猫に言い寄られてみた

ポチと街の猫との関係を描いてみました。



 利久がゲームを始めてからはや一週間が経っていた。現実世界は未だ梅雨真っ盛りで、洪水警報が全国各地で絶賛発動中という有様だ。

 そんな中でいつでも気にせず日向ぼっこができる場として、仮想世界は最高だった。


『甲斐の言う通りってのは癪だけどなぁ』


 リアルの雨とは関係なく、じりじりと熱い日の光が照り付ける街。

 行きかう人々は足元の黒猫には目もくれず進んでいく。時々下を向いていた者が、道の真ん中を歩く猫を不思議そうに見下ろすだけだ。

 全身鎧を着こんだマッチョマンの股下をさっさとくぐり抜け、安い安いと繰り返している肌色成分多めのお姉さんの露店をちら見と言い訳してじっくりと堪能し、裸の上半身に真っ赤な上着を羽織っただけの如何にも危なそうな奴とは目も合わせない様に逃げた。

 そうして向かっているのは最近お気に入りの日向ぼっこ場所。足は以前に比べて格段に歩くことに慣れていた。もう初めの頃の様に倒れることも無いし、走ることだってできる。


 そこにおいしい魚の焼ける匂いがした。

 『休日の楽園』には空腹値というものが設定されており、空腹値があるラインを割ると様々なバッドステータスを生む。だから、街にはプレイヤーを目当てにした飲食を扱う露店も多い。しっかりと五感の再現されたこのゲームでは、その匂いも味も本物以上に本物らしい。そして、今体が猫になっているポチは、嗅覚が鋭くなっている。特に、美味しそうな匂いには敏感だ。

 だからついつい足が勝手にそちらの方へと向かうのもしょうがないと言えるだろう。リアルではそれほど魚が特別好きではないのだが、精神が体に引っ張られているのだろうか。

 これぞまさしく頑固おやじというアバターにわざわざ身を包んだプレイヤーの屋台である。足がどう見ても十五本以上はあるだろうイカらしきものを、香ばしいその匂いは醤油なのだが、どう見てもポーションにしか思えない緑の液体につけて鉄板の上で焼いている。


「しっし、これは売りもんだ」


 ポチが寄ってきたのを見て店の親父は露骨に嫌な顔をしたかと思うと、手に持っていた団扇で叩こうとする。


(すげなく追い返さなくてもいいだろうに)

『業突く張り!』


 振るわれた腕から逃げながら捨て台詞を吐き捨て元の道に戻ると、食欲が削がれたせいか一気に眠気が襲ってくる。

 少し近道をしようとポチは路地裏に入ると、ジャンプして家の垣根に跳び乗って、そこをゆっくりと歩く。ここもいい感じに日が差してお昼寝にはちょうどいいのだが、お気に入りの場所まで我慢だ。


 家の間にぽっかりと空いた空地。石造り風のヨーロッパ的建築が周りを囲み、少し行くと女性の精霊像を中央に据えた綺麗な噴水もある。そんな場所にある空地に置かれているのは、ピラミッド型になるように組まれた三本の土管。この街のグラフィックを考えた奴が悪乗りしたに違いない場所で、どこか昔懐かしの日本を思わせる雰囲気が周囲から浮いているのがポチにはツボだった。

 ぴょんと土管に跳び乗って、体を丸くして眠る。ポカポカ陽気に暖められた土管の温さが、そこで横になる者たちを一気に眠りの中へ導く。


(この温かさがゲームの中の作り物とは思えないよな)

「ああ、猫さんがお昼寝してる!」


 片目を開けると、こっちを指さす子供(おそらくNPC)がいた。

 ふあ~あ。

 子供にあくびを返して、このアバターを使ってからいい加減慣れた動作、後ろ足を使って首のあたりを掻いた。

 甲斐に笑われるのもおかしくないほどに、ポチは『休日の楽園』に嵌まっていた。


『どうだい、少しは慣れてきたかい』


 丸くなっているポチに声がかけられた。ねっとりとした妖艶さを含む良い声だ。と言っても普通のプレイヤーからすれば猫がただ鳴いているようにしか聞こえないのだが。


『姐さん。すいません。こんな状態で』

『いいさ。猫は自由なのが商売だからね』


 ポチが姐さんと呼んだのはこの辺りのシマを仕切っている白い美猫だ。しみ一つない綺麗な毛に、意思の強く宿った目が油断ならない女らしさを漂わせている。力が全ての猫世界で雌ながらに何十という猫たちを従え、その面倒見の良さでも猫界隈では有名だった。

 文字通り歩き方さえ知らなかったド素人のポチを、自分で動いて飯を探せる程度にまで育てたのも姐さんだ。姐さんに旅の黒猫として紹介してもらったおかげで、ポチはこの街で何不自由なく猫ライフを堪能できている。


 ちなみに、ポチが猫の言葉が分かるのはスキルに【猫語】を所持しているからである。これはローズと別れてから一週間で判明したことの一つだ。猫の鳴き声では誰にも相談することも出来ない上に、ゲーム初心者のポチはヘルプという機能すら知らなかったのだ。

 それはそれは地道な確認作業だった。


 右足をさっと動かすと自分のプロフィールを確認できる。これはローズが魚屋でやっていた行動を真似たものだ。そこにはアイテムボックスなどが並んでいて、そこのスキル欄に【猫語】はあった。他にも【猫の目】と【軽業】といった初期スキルが並んでいる。

 これは猫特有のスキルで、一般的なプレイヤーの初期スキルはその種族によって異なり、人間ならほとんど持っていない代わりに後から取得しやすく、獣人なら選択した動物特有のスキルが与えられ、エルフなら最初から【魔法才能】などの初期スキルが与えられる。


 しかしアイテムボックスとスキル欄以外は猫のポチには使えない物も多かった。お金は猫の姿では使い道もなく、現状レベルを上げる予定もない。フレンドコールなども猫語でする訳には行かない。日向ぼっこの場所をメモする地図機能ぐらいしかポチにとって有能なものはなかった。

 他に収穫と言えば街を歩き回る過程でいろんな猫たちと知り合えたことで、良い昼寝場所を知ることができたぐらいだった。ただ、どうにかよちよち歩きの時に姐さんに会えたことは、ポチにとって運が良かった。しかし、姐さんには一つだけ欠点があった。

 ポチは上機嫌に尻尾をぴんとさせながら、今度こそ体を丸めて寝ることにする。


『ポチ……ちょっと、話があるんだけど……』


 姐さんはそう言いながら突然隣に座った。それも体を極端に寄せ、自分の真っ白な尻尾をポチの真っ黒な尻尾に絡ませてくる。


『実は最初にあんたを見た時から……』


 そう、姐さんは惚れっぽいのだ。本能に忠実と言ってもいい。

 これはやばい。そう直感的に感じたポチは、リアルの身体に冷や汗が流れるのを感じた。


(何で俺は猫からアプローチされてるんだろう)


 はっはっは……。逃げよう。

 そう考えたポチの動きは速かった。


『だから子作……』

『すまない、姐さん。用事があるのを思い出した。話はまた今度で』


 ポチはさっと土管の上から降りて走る。背後からいけずと言う声が聞こえたが無視する。

 しかし、路地に逃げ込む前にポチは足を止めることになった。


『どいてくれませんか、赤の兄貴、青の兄貴』

『すまねえな、これも姐さんの頼みでな。渡世の義理ってやつさ』

『おめえ、姐さんから言い寄られておいて逃げるとはどういう了見でい! 雄なら雌をないがしろにするもんじゃねえぜ』


 ポチの前を塞ぐように立ったのは色違いの二匹の猫。右側が赤の兄貴と呼ばれた猫で、長毛種らしいふわふわの毛がまるで炎のように赤く、落ち着いた雰囲気を発している。左側の青の兄貴と呼ばれた喧嘩腰の猫は、スリムな体躯だが大きさは普通の猫の二倍ほどあり、透明感のある青い毛と瞳が印象的だ。

 ポチは目の前の二匹から目を離さないようにしながら、逃げ場を探す。しかし、どこも塞がれてしまっている。屋根の上や塀の上、路地裏の影にも隠れているが猫の姿があった。

 完全に包囲済みである。

 しかも、赤の兄貴以外の猫は姐さんを狙っている雄猫らしく、ポチを見る目に殺気が籠っている。


『どうにか通してもらえませんか』

『すまねえな。何度言われても答えは変わらねえんだ。姐さんは惚れっぽいが、飽きるのも早い。少しの間だ、付き合ってもらえねえか』


 唯一言葉を聞いてくれそうな赤の兄貴に声を掛けるが、どうしてもどいてもらえなさそうだと、ポチは覚悟を決めた。姐さんを受け入れる覚悟、ではなくてどうにかここを抜け出す覚悟だ。


『すいません!』


 一言謝ってからポチは目の前の兄貴たちを避けて逃げ出した。大通りにすぐに出られる右側の路地に向かおうとするが、ぱっと飛び出したポチの足が何かに驚いたようにぴたりと止まった。

 なぜなら肉球の可愛らしい前足を焦がすように、突然現れた炎が立ち塞がったからだ。

 さらに、こっちがダメならとポチは翻って逃げようとするが、今度は水の壁がその足を遮った。

 ポチは片頬を引き攣らせながら、兄貴たちの方を見る。赤の兄貴の毛は熱気を帯びてゆらゆらと逆立ち、青の兄貴の頭の上には水球がぷわりと浮かんでいる。

 ポチは知らなかったが、赤の兄貴はレッドキャット、青の兄貴はブルーキャットと呼ばれるれっきとしたモンスターである。初心者が相手するような弱いモンスターであるが、それぞれ火と水の簡単な魔法を使うことができる。プレイヤーに倒されそうになっていた二匹を姐さんが助けたことで、今では姐さんの用心棒になっている。二匹は『女主人の赤虎・青虎』として名を馳せているのだ。


『あんたに怪我はさせたくないんだ。逃げないでもらえねえか』

『痛めつけらてえなら、話は別だけどな』

『あんたたち、そんなにポチをいじめるんじゃないよ』

『『はい、姐さん』』


 背後からゆっくりとやって来た姐さんが声を掛けると、兄貴たちは攻撃態勢を解いた。しかし、ポチへの睨みは変わらずだ。


『ポチ、すまないね。みんな、あたしを思っての事なんだ』


 そう言ってポチに再度擦り寄り、首筋に頭を擦りつけながら、色っぽく鳴いてくる。

 ぎらり。

 そんな音がしそうなほど殺気のこもった視線の熱量が増大した。姐さんは慣れているのか気にしていないようだが、ポチは冷や汗が止まらなかった。


(うおー、怖っ! 何だ、どうしてこうなったんだ)


 緊張に耐えられなくなったポチは、逃げ出した。たださっきと違うのは姐さんの首部分を甘噛みして一緒に逃げたことだ。慌てただけの行動だったが、姐さんが壁になって兄貴たちは魔法を使うことができない。

 すぐに取り落としてしまったが、それでも逃げるのには十分だった。


『追え! 逃がすんじゃねえ』


 青の兄貴は一目散に逃げていくポチを追わせるように、隠れていた数匹の猫たちに叫ぶ。

 しかし、それは予想外な所からの声で止められる。


『お前ら、追わなくていいよ』

『姐さん、いいんですか! あの野郎、姐さんがせっかく……』

『今日はいいさ。ふふ、噛み付きなんて久々だよ……』


 姐さんはその白い体をくねらせて、逃げていくポチを見つめていた。


読んでいただきありがとうございました。

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