閑話 無口な王子様(女)と豪快なお姫様(女)
遅くなりました。
そして、すいません。タイトルで分かる通り、閑話です。
新キャラちゃんの現実の話が少し書きたくなったので、書きました。
作者が百合好きなので、少しだけそんな感じにしてます。
一つの仕事が片付いたら、四月からは学校始まって忙しさが消えてくれません。できればもう少し更新頻度を上げていきたいと思っていますので、温かく見守っていてください。
ベッドの上に身体を横たえていた少女が、まるでスイッチでも入ったかのように目を開けた。寝ていたのだとしたら、とんでもない寝起きの良さであるが、彼女は別に寝ていたわけではなかった。
彼女の顔はヘルメットのような物で覆われていた。それはVR世界に入り込むための機器で、つまり彼女は今までゲームの世界、『休日の楽園』にダイブしていたのだ。
するりとヘルメットを外した彼女は、喉の渇きを覚えたらしくベッドを降りた。彼女はこんな時のために机の上に水を用意していた。
「はう……」
立ち上がった瞬間、彼女はため息をついた。視線の先にあるのは大きな姿見。そして、そこに映る自分の姿だった。
少しハネのある黒髪をショートボブにし、整った顔付きもどことなく男らしい。さらにすらりとした立ち姿は手足が長くモデルの様で、少し丈の合わない可愛らしいパジャマからはみ出た腕のかっちりとした様子のギャップが目にまぶしい。
彼女、八賀平和は見た目完全な王子様であることをコンプレックスに思う少女であり、『休日の楽園』ではコロッポクル族のリライン・パックスとしてプレイするプレイヤーでもあった。
(あの黒猫さんの事、明日になったらランちゃんに言わないと……)
先ほどまで体験していた冒険を思い出して、和は顔をほころばせた。
***
京条女子と呼ばれる女子高の朝は時折黄色い歓声で彩られる。
「きゃー、和様よ! 今日も惚れ惚れするかっこよさですわ」
「(あ、あの)」
「ああ、今、私の方を見ましたわ」
「何を言っているの。あれは私を見たのよ」
「(えっと、ど、どいて欲しいなあ……)」
校門に集まった少女たちがぎゃーぎゃーと騒いでいるのだった。少女たちの中心にいながらその中心にいる人物の姿は傍からでも良く分かった。なぜなら、一人だけ飛び出て大きいからだ。
つまるところ、和はそのルックスから女子高の王子様的存在になっているのだった。本人は、
「(あの、話を……聞いて……)」
誰にも聞こえないような小さな声を口の中でだけもごもごと繰り返すだけだった。その何も言わずに背筋を伸ばした姿が、和の男前度をさらに上げているのだが、本人は気付いていてもどうにもできないのだった。
(ランちゃん、助けて!)
いつものように和が心の中で叫んだ時、ばっと誰かが和の手を握った。
「大丈夫?」
それは美しいという形容詞が無理なく添えられる声だった。ただ、美しいのは声だけではない。長い金髪にビスクドールのような白さを持つ肌、冷たくなり過ぎない程に切れ長な目が綺麗な少女だった。和と比べなくとも圧倒的に小さな体躯が、さらに人形のような印象を与えていた。
しかし、その儚い印象は、和の困った顔――困った顔をしてもイケメン過ぎて少女たちは離れてくれないのだ――を見て、瞬時に変わった。
目がキッと、細められる。
「あんたら! カズちゃんが困ってるでしょうが。さっさとどきな!」
先ほどの美しい声で放たれたのは、美しさの欠片も無いどすの利いた言葉だった。
ぎゅっと和の手をさらに強く握りしめた金髪の少女は、目の前の少女達を押しのけて和を引っ張って行こうとする。残念ながら体が小さすぎてその用をなしてはいなかったが。
むーと、力いっぱい引っ張っていこうとする彼女を見て、和はふわりとした笑みを浮かべた。そして、空いている方の手で周囲の少女をどかすと、金髪少女に手を引かれて校舎に向かうのだった。
「……ありがとう、ランちゃん」
「ふん、いつものことだから気にすんなよ」
結局役に立たなかったと拗ねた様子の金髪少女の名前は、九垂乱。無口な王子様と呼ばれている和と同様に、豪快なお姫様と呼ばれている少女だった。
ちなみに、京条女子には二人のファンクラブが存在する。会員は不定期に校門前で行われる『王子様を助けに来るお姫様イベント』に参加が可能だとか。
二人はそのことをまったく知らず、何度も同じ目に遭っているのだった。
放課後、二人は被服室にいた。いまだ明るい太陽の光が薄いカーテンを透かして入ってくる。乱の金髪がその薄い光をきらきらと反射していた。
「それで、話って何よ? ゲーム関連?」
「(こくり)」
「ふーん、カズちゃんの方からなんて珍しいね。いつも恥ずかしがってしゃべりたがらない癖に」
乱は黙々と針を動かしていた。授業で終わらせることができなかったぬいぐるみを作っているのだった。細かい作業が得意な和は、時折間違いを指摘している。
ただ、指摘していると言ってもほとんど言葉になっていないのだが、幼馴染である乱には分かるらしい。和は体に合わない可愛い声もコンプレックスで、人と話すのが苦手だった。ゲームを始めたのもそれがきっかけだったのだが、結局モンスターと会話する時以外は現実と変わらなかった。
「まあ、それだけ面白そうな話って事だよな。ほら、早く話せよ」
「手」
「話を聞きながら作業なんてこと私にできる訳がないでしょうが。さっさと話しを聞いた方がましよ」
「……分かった」
和の方も話したかった事だけに、乱が手を止めることを認めるようだった。そして話し出すのは昨日のゲームでの事。
老竜の生まれ直しの事。守ってほしいと頼まれた事。プレイヤーに襲われた事。危ない所を妖精と黒猫のコンビに助けられた事。口下手ながらに頑張ってしゃべろうとする姿は、イケメンの雰囲気からは外れていたけれど、随分と可愛らしい様子だった。
それを聞いている乱は時折相槌を打ちながら、気になる事でもあるのか舌打ちをしながら頭を掻いていた。
そして、最後竜が仲間になったところで話は終わった。
「中々に面白いじゃない。とりあえず、カズちゃんを襲った奴らは一度お説教だな」
「何か言った?」
「ああ、気にすんな。まあ、竜の話は正直ヤバいかもな。今の所竜をテイムした、いや、ごめん、お友達にしたなんて話は聞かないからね」
テイムという言葉を使った所で、和が睨んできたので乱は謝りながら話を続けた。
「ただ、カリグラ平原の老竜みたいなお助けキャラみたいなのが、姿を消してきているって話は少しお客経由で耳にしてんだよね。今の攻略も大詰めだから、運営が何か企んでんのかもな。カズちゃんも気を付けた方がいいかも」
「(こくん)」
「それと、あー、こっちの方が重要なんだが、その黒猫の事なんだけどな。実は店で見かけたことがあってよ」
「八百屋のこと? あれは、始まりの街……だよね?」
「ああ、それそれ。妖精を連れてる黒猫って、あのポチしか知らないんだよねえ。街を出たって話も聞いてたし。ああ、重要なのはここからでな」
乱はその噂を告げた。
「ふぁっ!」
それに驚いた和は、荷物を持って被服室を飛び出した。昨日の冒険の事を思いだしているのかもしれない。何かおかしなことを言っていなかっただろうかと、赤面しながら廊下を走って行った。
それをどこか寂しそうに乱は見送った。
「私も、カズちゃんと一緒にゲームしたいなぁ。……別キャラ育てっかな」
一人残された乱は、先ほどまで和が座っていた丸椅子を眺めてそう呟いた。
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