話しかけられてみた
ちらっと新キャラが登場します。
ガッツリ出てくるのはもう数話後になると思います。
ちっこくて可愛いはやっぱり最高です。
クエストを終えてからのポチはシェルナーラを歩き回っては日向ぼっこをしていた。ボスによるお墨付きをもらったおかげで、他の猫たちから様々な情報をもらっていた。先ほどまで日向ぼっこをしていた場所も、他の猫から聞いた場所だった。
『うーん、太陽の光で温められたひさしの上って発想はなかったなあ』
『温かくてよかったなの』
人だったら寝ることができない場所で寝ることができるという猫の強みを感じた瞬間だった。ポチはその寝心地を思い出して、ニヤニヤと笑う。ここ数日で見つけたいくつもの日向ぼっこの場所を思い出してはさらに笑う。
『……猫さん、気持ち悪い顔をしてるなの』
ナナにそんなことを言われるほど顔は緩み切っていた。
それも当然だろう。学生の身では中々遠出することも難しく、家の周りで日向ぼっこできる場所は調べ切ったのだ。新しい場所を開拓する喜びにポチはつつまれていた。
どこかふわふわとした足取りでまだ寝ていた時の幸せに浮かれた調子のポチ。しかし、ナナは気にした様子もなく、自分の欲望を口にする。
『寝たらお腹すいたなの。何か食べるなの~』
『……とりあえずログアウトする前に、何か食べるか』
『やったなの。昨日は海鮮焼きそばだったから、今日は串焼きがいいなの!』
『はいはい。どうせナナに買ってもらうことになるからな。俺の分も忘れずに頼むぞ』
一旦人目のないところに移ったポチは、アイテムボックスを操作してお金を取り出すとナナに渡した。
『行ってくるなの~』
『絶対に俺の分を忘れんなよ』
ポチは元気に飛び出して行くナナに前足を振った。
ナナの帰りを待ちつつ、他の屋台を見て行く。やはり魚が獲れるからか、魚を使った屋台が多い。昨日ポチたちが食べた海鮮やきそば以外にも焼き魚や焼きハマグリなんかがならんでいる。ただ、その魚や貝はほとんどモンスターであるため、色が派手な原色だったり、貝殻がサッカーボールよりも大きかったりしている。
『あれも上手そうだ……』
ポチが食欲を誘われたのは、二十歳程の真っ赤なエプロンがまぶしい女性型NPCの屋台。人気の店なのかさっきからひっきりなしにお客がやってくる。彼女の前に置かれているのは巨大な鍋。そこから漂ってくるのはエビや貝、魚と言った海鮮系と、酸味のきいたトマトの香り。それはまさしく漁師町らしいブイヤベースの香りである。
想像しただけで涎が口の中に溜まるのが分かった。
しかし、問題が一つ。
『食べたくても俺じゃ買えないんだよなぁ』
ナナの帰りを待つか、ケットシーの姿になるか。
ナナを待つのが一番正しいが、それでは売り切れてしまいそうだ。
ポチは鍋を前にして、首をひねる。
『これが食べたいんですか?』
『ああ。ただこの姿だとお金を渡して買う訳にもいかなくて困ってるんだ』
『えーと、ちょっと待ってください。ちょっと、頼んでみますね』
『ああ、ありがとう。お金は渡……ん?』
そこまで話してポチは気がついた。何気なく言葉を交わしていた相手が、ナナではないという事に。
恐る恐るといった形でポチは横を向く。
『玉ねぎは使ってないそうですから、えーと、ポチ君でも食べられますよ。熱いから気を付けてくださいね』
まったく気負った様子も見せず、少女がブイヤベースの入ったお椀を差し出していた。にっこりと笑う彼女はポチに比べれば当然高いが、プレイヤーとしてはかなり小さい部類だった。それこそ目の前の大鍋にすっぽりと入ってしまいそうである。そして、極めつけに特徴的なのは、頭の上で揺れている小さな葉っぱだった。
まだ情報を整理しきれていないポチは、差し出されたブイヤベースと少女の顔を何度も見て、そしてその場を走り去った。
『やっちまったぁぁぁぁあああああああああああ』
自分がプレイヤーだとばれたと思い、高らかに鳴きながらポチは逃げた。片手にお椀を持ったまま寂しそうにしている少女を置いて。
『猫さん、どこ行ったなの~』
ついでに串焼きを手にパタパタと飛んでいるナナも置いて。
***
「それは災難でしたね」
あの後人気のない場所でログアウトした利久は、夕食を準備していた甲斐に先ほどの事を話していた。聞きながら甲斐は、火が通りやすいように真ん中をくぼませたハンバーグをフライパンに入れていく。ジュウ、と良い音がした。
「話しかけられたことなんて今までなかったからな。つい、逃げちまった」
利久はしくじったなあと、テーブルに突っ伏している。その様子をちらりと見た甲斐はため息をつく。
(泰然自若としているようで、変に兄さんは打たれ弱いんですよね。この前の巨大モンスターに襲い掛かっていく雄姿がかすれてしまいそうです)
甲斐はハンバーグの火加減を気にしながら、利久の方をちらちらと心配そうに見る。やはり利久はテーブルに額を押し付け、元気がなさそうに見えた。
実際はさっき食べ逃したブイヤベースと串焼きに思いを馳せているだけなのだが、甲斐は気晴らしにでもなればと話を続けた。
「実は普通の言葉で話していたという事はないんですか?」
「ん? ああ、いや、そんなことはなかった……と思う。ちゃんと猫語で話していたし、相手の言葉もちゃんと猫語だったはずだ。だからこそ何も気がつかずに話を続けたわけだしな」
「猫語……ですか?」
どこかで聞いたことがあるかのように、目をつむって甲斐は首をひねる。そして何かを思いついたように、目を開いた。
「兄さん、ちょっとフライパンを見ててもらっていいですか!」
「ああ」
片面が焼けてきた頃のハンバーグを利久に任せると、甲斐は自室に戻って何かを持って来た。それは『機密』と書かれたA4サイズのファイルである。中には印刷されたレポートのような物が何十枚と挟まれている。
甲斐はその中から一枚を取り出した。
「これは僕が集めたスキル情報の一覧です」
「おお、びっしり」
見せられた紙に書かれた文字量に利久は圧倒される。しかも甲斐が言うにはこれはまだ一部なんだとか。
「ここを見てください」
甲斐が指さしたところに書かれていたのは、まさしくスキル【猫語】。その横には詳細が書かれている。
「珍しいスキルですから、逆に記憶に残っていました。これは『調教師』専用のスキルです」
「テイマー?」
甲斐の言葉にぴんと来ていないのか、利久の言葉の最後にはクエスチョンマークがついた。
しかし、甲斐は説明する前にファイルを利久に渡すと、フライ返しを持ってフライパンの前にたった。焼き加減を見ながら綺麗にひっくり返す。
「良い焼き色ですね」
「美味そうだ……」
しばし時間を忘れて二人でハンバーグを見つめる。
裏面も焼けてハンバーグを皿に移し替えた後、ようやく話がテイマーに戻った。
「最初ゲームを薦めた時に見せた映像を覚えていますか?」
思いがけない質問に利久は一旦考える。梅雨で腐っていた時の事で、なんとなくだが覚えていた。
「どこかの草原でのボス戦だったか?」
「そうです。その時に獅子のモンスターに乗っている女性が出てきました。あれがテイマーです」
ぼんやりと思い出す記憶の中に、確かにそんなプレイヤーもいた。
「つまり、動物、というかモンスターを操って戦うスタイルの事なのか?」
「そうです。モンスターを飼い慣らして、仲間にするのがテイマーという職業ですね。と言っても、モンスターを仲間にするという条件がまず厳しいので、プレイヤーとしての人口がかなり少ない不遇職ですね。最近はモンスターをその場その場で召喚する『召喚士』の方が人気ですね」
甲斐はファイルからまた別の紙を見せる。それは独自に調べた上位組のプレイヤーの職業率らしい。剣士や魔法使いなどがやはり多く、サモナーはその内数パーセントにも満たないが、
「テイマーは?」
「その他ですね。実際あの映像の子ぐらいしか上で通用するプレイヤーはいないのが現状です。それに後押しされる形で、まず絶対数が少ないんです」
理由としてはいくつか挙げられる。甲斐が言ったように、まずテイム自体自力でどうにかしなければならない事。テイムしたモンスターが敵を倒してもテイマー自身に経験値が与えられないため、レベル上げに手間がかかる事。あまりレベル差があると、モンスターが命令を聞かなくなる事。一度死んだモンスターは蘇らない事。こういった要因のせいでテイマーは人気がなかった。
サモナーはその点、自分のレベルに応じたモンスターしか召喚できない代わりに、経験値の問題や命令無視などを気にしなくてよいのである。それゆえに今はサモナーの方が数が多かった。
「それで。どうして【猫語】がテイマー限定スキルなんだ?」
「どうやらテイムしたモンスターと話すことを可能にするスキルという扱いらしいですね。猫系モンスターをテイムしたら【猫語】、犬なら【犬語】を習得できるようになるそうです。ただ、習得している人は見たことがないですけど」
「何でだ? 命令する時に便利だろうに」
利久は本当に不思議そうに聞いた。
「基本的にテイマーは【命令】というスキルを取りますからね。これで十分にテイムしたモンスターと意思疎通できるらしいです。それに語学スキルって軒並み習得のためのSPが多いんですよ。わざわざそこにSPを払う必要があるなら、他の有用なスキルを取った方がいいって考えるんでしょう」
「そういうもんなのか」
「そういうものです。つまり、今日兄さんに話しかけてきたプレイヤーはかなりの変わり者という事ですね。まあ、気になるならまた別の街に移ればどうですか? ちょうど最前線のテリタワ火山の攻略が進められるのに合わせて、他の所でも新しいクエストやイベントが起きているみたいですから」
そして、テイマーの話から逸れて、甲斐はテリタワ火山の話に移って行った。
利久は適当に相槌を打ちながら、そういえばブイヤベースの分のお金を払っていなかったなと、頭の上の葉っぱが可愛らしい少女の姿を思い出していた。
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