閑話 闇丸の暗躍
闇丸の話を書きたくなって書きました。
もっと後半も詳しく書こうと思ってたんですが、思ったよりも文字数増えたので最後の方は尻切れトンボになっています。
次の話はとりあえず一週間ぐらい後になると思います。
甲斐はゲーム内では闇丸として情報屋をプレイしている。黒猫のポチを怪しいと思ったのは、ポチの噂が流れてすぐの事だった。
「ポチという名前の黒猫ですか……」
VR世界に没入させるためのヘッドギアを外すと、自室の机に置かれた写真を見る。そこには、家の玄関を背景に幼いころの甲斐と一匹の黒猫を抱えた利久が写っている。写真自体は何の変哲もない。問題なのは、その黒猫の名前。
利久に抱えられながらあくびをしているその猫の名前も、ポチというのだった。
写真に写っている黒猫は母親が昔から飼っていた老猫で、甲斐が小学生に上がるころに天寿を全うした。その時は兄弟二人して夜通し泣きつくした。
「猫にポチと付ける感性が受け継がれていないといいのですが……」
母親が即決でつけた猫らしくない名前を思いながら、甲斐は少しポチの情報を集めることにした。
***
「お願い! ポチの居場所を探して! それで毎日教えて!」
「えっと……。情報を聞きに来たのは俺の方なのだが……」
目しか出ていない黒ずくめの闇丸のアバターに身を包んだ甲斐は、道の真ん中でいきなり下げられた頭に困惑を隠せないでいた。
ポチの情報を手に入れるために闇丸が訪れたのは、ポチに最初に接触したと考えられるプレイヤーの元だった。
元々高校の先輩でもあるため会うことが容易だったという事もあり、話を聞く事自体は簡単だった。問題はいつもクールな先輩が、会った途端に土下座を辞さない勢いで頭を下げたことだ。
勿論、頭を下げているプレイヤーというのは、『死出誘う乙女』が誇る『杖を振るう者』ことローズである。つまり、周囲からは黒ずくめの男が、純真なシスターに謝らせているように見える訳で。
「何、あの男。女に頭を下げさせるとか最低ね」
「あんな可愛い子に言い寄られて嫌がるとか、男の風上にも置けねえな」
「いじめじゃね?」
「あれ? あのシスターって、ワルキューレの……」
徐々に周囲がざわついてくる。
ここで話を続けることは無理そうだと判断した闇丸は、ため息を一息つくとアイテムボックスから何かを取り出す。
「ローズ。とりあえずここから離れますから、話はそこで。ではっ!」
未だ頭を下げたまま、何事かを呟いているローズに一言告げると、手に持っていた物を地面に叩きつける。
それは衝撃で弾けると、一気に煙を撒き散らした。驚く人々が見つめる中、煙が晴れた道には黒ずくめの男もシスターもいなくなっていた。
その消えた二人はというと、闇丸の隠れ家の一つに場所を移していた。どうにか頼み込んで頭を下げさせることは止めさせたので、テーブルを挟んで普通に向かい合う形である。
「ごめんなさい。少し取り乱しました。猫の事になるとつい……」
「いや、もう終わったことだから大丈夫だ。あの程度なら噂も立つまい。立ったとしても……」
ローズの謝罪を受け入れつつ、闇丸は先ほどの事が噂に立つようなら全力で火消しにかかるつもりらしい。そのためか、先ほどからウィンドウ越しに掲示板を眺めて、噂が流されていないかを確認している。
「ん……」
一瞬唸ったかと思うと、指が凄まじい勢いでウィンドウをタップした。どうも先ほどの事が話題に上がったらしい。そのまま無言で指を動かし続けていたが、少しして指が止まった。どうやら話題を他の事にすり替えたらしい。
そしてようやくといった体で、ローズに顔を向ける。
「これでやっと本題に入れそうだ。ローズから情報を買い取りたいだが、よいだろうか」
「そうですね。先ほどのお詫びもありますし、一つ仕事を請け負っていただけるなら、今後も無料で情報を流しましょう」
請け負う仕事というのはおそらく道の真ん中で頼んできたことだろう。どうせ調べることになるのだから、断る理由はなさそうだ。
闇丸はそう考えて、頷いた。
「では、私の方から話しましょうか。それでヤミ君は何を知りたいの?」
「……その呼び方は止めてもらいたい」
「ヤミ君って可愛い呼び方でしょ?」
二人は昔パーティーを組んでいたことがある。その時はまだ駆け出しだった闇丸はローズに色々と教えてもらっており、ローズに頭が上がらないところがある。その一つが名前だった。
大人の男をイメージして製作したアバターが闇丸だ。可愛く呼ばれるのは甲斐の本意ではないのである。
(とは言っても、ローズは頑固だからなぁ)
ちらりと見るが、にこりともしていない怒ったような顔――怒ってはいないのだが――で可愛いと言われても信用できない。皮肉られているとすら感じる。
(本心から言ってるのは分かるけど、やっぱり顔で損してるよなあ)
そう闇丸が心の中で頷くと、
「今、何か変なこと考えなかった?」
「いえ、考えてないです。はい」
同じにこりともしていない顔のはずなのに、一気に周囲の温度が下がったかのような錯覚に陥った。本当に怒っている顔である。そのため、闇丸もキャラ作りが壊れて、丁寧語になってしまっている。
「まあ、いいわ。それで私は何を話せばいいの?」
「ああ、ゴホン。ローズに話してもらいたいのは、最近顔を見せているポチという猫の話で……」
「ポチっ!」
その変化は一瞬だった。
闇丸がポチと言った瞬間、あれほど硬かった表情筋が見事にほぐれたのだ。いつも睨んでいるような目が緩み、不機嫌そうに吊り上った口元が笑みを浮かべている。まさしく豹変していた。
そんな驚く闇丸を置いてきぼりにして、ローズはポチについて話し始めた。
「ポチと出会ったのは、二日前の始まりの街の中央広場だったわ。何気なく歩いていた時に、目に入ってきたの。すっきりとした足とピンと伸びた背中のラインの美しさに、私は見惚れてしまって……。スクショを撮りまくりながら見ていたのだけど、まるでぎこちないような歩みで、こてんって、こてんって倒れたの。私は即座に飛び出して、怪我がないか確認しようとしたわ。でも、倒れようとも何度も挑戦する姿が可愛らしくて、ずっと見守り続けて――」
それから続く、ローズによるポチ語り。結局二時間に渡って闇丸はその話を聞くことになった。そして、その勢いのまま毎日ポチの居場所をローズに教える契約を結ばされるのだった。
「それにしても、ポチが現れた日と、兄さんがゲームを始めた日が一致するのは、偶然なんでしょうか……。嫌な予感が……」
リアルに戻った甲斐は、机の上の写真を見ながら、可愛らしい見た目からは似合わない深いため息をついた。
***
それから少しの間はポチの居場所をローズに教えるだけの日々だった。
それが一変したのはとあるイベントの後。ポチが怒弩努に襲われた時だ。
これはローズに報告した方が良いだろうと、闇丸は遠くから商店街で暴れるポチの様子を見ながら連絡を取った。
それからしばらくしてローズが仲間を連れて乱入。更に面白いことになっている。
「これはポチの周りでさらに面白い事が起こるな。ポチにつける監視を増やすとするか。スキル【蠱中の天】」
闇丸がスキル名を唱えながら、空中に円を描く。そこから出てきたのは一つの壺。何の装飾もされていない、いたって普通の壺だ。
「さあ、お前たち頼んだぞ」
そうして開けられた壺の中から出てきたのは、蚊のような小さな虫。どうやら二種類いるらしく、片方は目がギラリと光り、もう片方はまるでパラボラアンテナのような姿をしている。
闇丸は蟲使いだった。それも戦闘用ではない小型の蟲を好んで使っていた。今回の蟲もそうだ。目が特徴的な方は撮影虫。その名の通り映像を記録することができる。もう一種類の方は録音虫。こちらは音を記録する蟲である。闇丸は様々な場所にこういった蟲達を放って情報を集めていたのだ。
そして今回放たれた蟲たちは、ポチの情報を届けてくれることになっている。
その日から、闇丸はポチを影から支援するようになる。なぜなら、ポチの日向ぼっこしている姿が、ある人のそれと重なったから。
「ゲームに誘ったのは僕ですから。ちゃんとフォローしてあげないと」
照れ隠しのようにそう言って、闇丸の姿となった甲斐はゲーム世界を動き回った。
ポチが追いかけられるようになれば、ローズに密告して反対勢力を作ったり、ポチが街を逃げ出そうとすれば追いかける側を邪魔したり。
最終的にはユーリスの証拠集めにまで駆り出されることになったのだった。
読んでいただきありがとうございました。
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