アバターを作ってみた
やっとアバター制作です。ここからようやく話の舞台がゲーム世界になります。
「おお、本当に現実と変わらないんだな」
甲斐の準備が終わって、利久はゲームの世界へと入っていた。
といってもまだ最初の段階で、何もない暗闇の中、そこだけぽっかりとスポットライトによって丸く区切られたような場所である。
「この姿も俺と寸分の違いもないし、違和感もないし、今時の技術ってすごいな。俺が日向ぼっこしている間に世は動いていたという事か」
うんうん、とうなずくアバターは現実世界の利久と瓜二つである。
いきなり体の大きさを変化させると負担が大きいため、最初はスキャンした自分の姿になるのだ。また、自身の性と違う性に設定することは出来ない様になっている。
「えーと、まずはアバターの設定だったか。目の前に自分が映るとか甲斐は言ってたけど……」
少しするとまるでそこに鏡がある様に利久の姿が映し出された。そして手元には何千もの体の特徴やパーツが選択できるようになっている。課金が必要ではあるが、より複雑に設定することもできるようになっている。
「それで最初は種族から選ぶのね。えっと、人族、獣人族、ドワーフ族、エルフ族……意外と多いんだな」
指で触れてみるとそれぞれ説明が飛び出してきた。
【人族】 特化した能力を持たない代わりに汎用性は高く、進化によって高次の種族になりやすい。
【獣人族】 敏捷性などの身体能力に特化。猫人、犬人など選ぶ動物によって能力は変化する。進化によってより大きく獰猛な獣を選択可能。
【ドワーフ族】 力や頑丈性に特化。指先が器用で、生産に関してプラス効果を持つ。進化はしにくい。
【エルフ族】 魔法攻撃力、魔法防御力に特化。芸事に関してプラス効果あり。進化はしにくい。
ざっと見るとこんな感じ。それぞれの歴史とかそういう設定についても書いてある。
で、どの種族を選ぶかなわけだが、
「ここは獣人、それも猫人一択でしょ」
喜々として利久は選択した。
夢の一つに、猫になって暖かい日の光の下で時間も気にせず丸くなって眠ることというのがあったからだ。
「面倒だと思ってたけど、意外とゲームもいい物かもしれない」
現金なことだが、興味ないと今までずっと突っぱねていた態度を一瞬で反転させる。
後は適当に姿を決めるだけ。現状は利久の姿に猫耳、猫尻尾がついただけで、違和感バリバリである。
「目はもっと丸くして、瞳孔を縦に割ったりとかできないのかな。猫っぽく三本ひげ付けて、肉球も欲しいよね。そうだ、体大きいのも邪魔だし、子供サイズにしとくか」
あっちを変えてはこっちを変え、出来るだけ猫成分が高くなるようにして、でもそうするとバランスが悪くなるからまたリセットして。と、そんな操作をもうどれだけ続けただろうか。
利久は全然納得できないアバターに、いい加減立って操作するのも疲れてきたのか座りながら操作していた。ゲームの中でも疲れるんだという軽い驚きを感じながら、ポンポンといろんな項目をタッチしていく。
そして一番下に見慣れぬアイコンを発見した。
「さっきまでこんなのあったか?」
選んでみると、それがどういったアイコンなのか説明が浮かび上がる。
「……完全獣化アイコン? 一度選択したら変更不能。基本的な能力全て低下。まず普通にゲームをプレイすることは不可能です……だと」
何だか物騒な事ばかりが並んでいた。製作した側は何を考えてこんなものを作ったのか。ここまで書かれて誰がこれを選ぶ――
ぽんっと、画面を押す音が利久しかいない空間に響いた。
「天邪鬼な自分が恨めしい。でもまあ、日向ぼっこするのに能力低下とか関係ないし。どうなるか楽しみだな」
少し待つとホログラムの姿が一瞬ブレておおきく変わった。それはもう、利久が望んだままの姿といって過言ではない姿に。
それからはアバターの姿を調整するのに時間はかからなかった。欲望の具現と言っていい完璧な姿が作り上げられていく。
「よし、やっとゲームの世界へGOだ!」
これで完璧だと、両手を高く掲げて利久は吠える。その様はまるっきり子供だった。 そして勢いよく決定ボタンが押された。
……あれ?
「押したけどゲームの世界に行かないぞ?」
画面を見てみると、まだ色々決めることが目白押しだった。アバター作りでこんなに時間をかけている場合ではなかったらしい。
「面倒だ。寝たい……」
文句を言いつつ全てを機械的にこなし、最後のプレイヤーネームを入力して全てが恙なく終了。
「今度こそ、俺のまったり日向ぼっこライフが……」
と思ったら、どこからともなく曲がかかって、映画のエンドロールの様に文字が上から流れていき、このゲームの世界観などが説明され始めた。
「おやすみ」
時間がかかりそうだったから、BGMを子守唄にひとまず寝ることにした。
とりあえず一時間後に起きます。
「ふあ~あ、うん。終わってるな」
もう文字は消え、小さくBGMだけが流れている。目の前の表示にはチュートリアルをしますか、と出ている。
確か甲斐は必ずチュートリアルを受けてください、とか言ってた気がする。理由は……寝たら忘れた。
ちらりと表示を見て、絶対ですよ、と念押ししてきた甲斐の顔を思い出す。
よしそれじゃ……『NO』で。
「ようこそ、『Feriatus Paradisus』へ。あなたに良き旅路があらんことを」
優しい声が囁かれ、利久は光に包まれた。
***
誰もいなくなったその空間に、すっと光り輝くものが降り立った。
「あの方は少し注意をしておいた方が良いかもしれませんね」
その光は先ほどまで利久がいた場所を見つめると、落ち着いた声でそう呟いた。
お読みいただきありがとうございました。