告白を聞いてみた
刹那さんに過去を少し語ってもらいます。
ワルキューレ達の話もどこかでまた書きたいですね。
「君を襲い、君の友人を倒したのは……『聖騎士』ユーリスだ」
刹那が上げた名前は突飛な物だった。ポチは信用できないと、刹那を睨む。
他のメンバーが何も言わないという事は、彼女たちは一度聞いているのかもしれない。
「あいつは光を用いて虚構を生み出すことが出来る特殊スキル、【虚光魔法】を持っている。それで私の姿に成りすましていたのだ。どうだ、ポチ君。君を襲った者は声を変えていなかったか」
刹那の言葉で、襲いかかって来た刹那が口元にバンダナを巻いて声をくぐもらせていたことを思いだした。あの時感じた違和感の正体はそれだった。
しかし、まだポチは警戒を緩めない。
「何故そんな事を知っている。もし俺がユーリスならそんなスキルを誰かに教えるなんてことはしない」
「そう考えるのは当然だろう。理由は単純だ。私とユーリスは昔、パーティーを一緒に組んでいたことがあるのだ」
刹那はアイテムボックスから一枚の写真を取り出した。そこには六人のプレイヤーらしきものが写っている。何故そんな曖昧な言い方をするかというと、四人は黒く塗りつぶされているからだ。残った二人は服装こそ違っているものの、その顔は刹那とユーリスである。
そのパーティーはエルフでありながら侍を目指す刹那ともう一人のモンクを前衛に、回復や魔法を使う後衛が三人、そしてオールラウンダーである騎士ユーリスが中衛となり全体の指揮とサポートをするという布陣だったらしい。
「この六人のパーティーは上手く回っていてね。全員がトッププレイヤーに名前を連ねていたよ。仲もよく、楽しくこの世界を遊んでいたのだ。それが変わったのはあの悪魔の武器、『透過刀鎧通し』が手に入った時だ」
ユニーク武器『透過刀鎧通し』は防御を無視する暗殺者垂涎の武器。さらに相手の防御力に比例してその攻撃力を上げる。
それを手にしたのはユーリスだった。
「そんな程度のことで何か起きたのか」
ポチの疑問に刹那は辛そうな顔をした。鋭い目がますます鋭くなる。
「このゲームはなりたい自分になれるというのが謳い文句なのは知っているな。中でも騎士を目指した者たちは多くいる。それだけ騎士は憧れる対象だった。だからユーリスは人一倍騎士たろうとしていた。そんなあいつを私は尊敬していた」
ガツンと、刹那は床に拳をぶつけた。びりりと、床を通してポチの体が震える。
「だが、あいつは自分の心に負けたのだ」
刹那の言葉は重く響いた。
「ユーリスは透過刀鎧通しを手に入れてから暗殺者としてのスキルも上げていたのだ。自ら目指した騎士の重さに耐えられず、いつも完璧を強いられる騎士から逃げて、暗殺者として誰からも見られず、ストレスの発散にPKすることを覚えたのだ。私はそれを知らず、あいつの隣で笑っていた!」
そう怒鳴った顔は怒りというよりも、悔しさで歪んでいた。その凶行を止められなかった自分のことが情けなくてたまらないのだろう。
「私は仲間としてあいつの悩みに気付いてやれなかった!」
もう一度、刹那は拳を床に叩きつける。破壊不能オブジェクトに設定されている家の床は、殴りつけた刹那の拳にダメージを与えているはずだが、痛がる様子は一切見せない。
刹那は俺と同じなのか。
もう取り返しのつかないものへの後悔。もしかしたら自分の力で止めることが出来ていたかもしれない事への無くならない無力感。
刹那はそれをずっと感じてきたのかもしれない。
「そしてあいつは騎士として認められるために、誰かを貶めることを覚えたのだ」
初めはユーリスとライバル視されていたプレイヤーに悪い噂が立つ程度だった。最後にはそのプレイヤーは悪名となり、ユーリスとの一対一で敗れ去った。すべて自作自演だが、確かにその一件からユーリスの勇名が噂されるようになったのだ。
「ひどい……」
「ああ、仲間たちも自分のことを知っているという理由でユーリスによって悪質ないじめにあい、一人また一人とゲームをやめて行った。残っているのは私だけだ。それに、今はもう気に入らないというだけで、似たようなことをやっているらしい。最悪なことにな」
さっきの黒く潰された人が映る写真はそういう事だったのか。いや、でも……。
「私はあいつを止めてやりたい。もっと早くに止めてやりたかったが、今からでもあいつを元の本当に騎士だった頃に戻してやりたいんだ」
そう思っていたから、刹那はGMにこのことを言わなかったのだ。そして、それが分かっているからユーリスの方も彼女を放っているのだろう。
「ただようやく私はあいつの泣き所を手に入れたのだ」
そう言うと、刹那は何か操作を始める。どうやらアイテムボックスから何か取り出そうとしているようだ。
「これが私のとっておきだ」
そう言って刹那が目の前に取り出したのは光り輝く大剣だった。本来ならユーリスが持っていなくてはならない、その剣の名は、
「聖剣エクスカリバー」
「そうだ。これが、ユーリスが絶対に手に入れなくてはならない物。今はまだ【虚光魔法】で誤魔化しているが、本物は口から手が出るほど欲しいだろう。私がこれのことをほのめかしたらすぐに食いついてきたからな。効果のほどは皆も知っているだろう」
ここ最近の刹那を貶める噂の数々はそのために起こされたことだった。お前が欲しいものは私が持っている。初めてポチがユーリスと会った時に刹那が呟いたのはそういう意図があったのだ。
ポチは目の前に置かれた剣を見つめる。そして、刹那の目を見つめる。
ポチを襲ってきた刹那とは目つきが違っていた。目の前にいる刹那の目に濁りはない。
「……分かった。お前の話を信じる。……だから俺に敵討ちの機会をくれ」
ポチは頭を下げた。もし猫でなかったら土下座をしていただろう程に、しっかりと地面に額をこすりつける。
刹那はさっと正座のまま後ろに下がると、ポチに負けぬほどに深々と頭を下げた。
「私がもっと早く動いていたらポチ殿の友人らを助けることが出来ていた。頭を下げるのは私の方だ。すまない。そして、こんな私の話を信じてくれてありがとう」
残りのメンバー全員はにやにや笑いながら一人と一匹の土下座を見ていた。
「もちろん、あたし達も混ぜてくれるよな」
「そりゃそうでしょ。ここまで話をしといて蚊帳の外は嫌だぜっ」
「……参加……希望……」
「私だって刹那さんとポチの役に立ちたいです」
四人の言葉に、刹那とポチはまた頭を下げた。
「では、話を白虎、モモの件に戻すことにしよう」
リーダーだけあって落ち着いた雰囲気を醸し出す刹那さんが話を切り出した。
周りのメンバーは異論がないのか頷いている。
と、ポチは気になっていたことを思いだしていた。
「そういえば、俺はどうやってここに。ここはローズたちの拠点なんだよな」
その疑問に答えたのはリオンだ。
「ああ、お前が急に飛び出した後、あたしとローズとでお前を追ったんだ。ただ途中で見失ってな。もしかしたら森に行ったのかも、とローズが言うんで行ってみたらまさしくあんたが倒れていたって訳だ。最高ランクの麻痺に、体中無事なところがないほどだったから、ローズがその場で【三神の絶対なる癒し】で治療して、ここに連れてきた」
「よく、あんな奥にまで入って来れたな」
ポチが最後に倒れた場所は、現在の高レベルプレイヤーが挑むことができる範囲の中でも最奥のゾーンだ。現れるモンスターの強さは生半可な物ではない。いくらリオンとローズでも二人では相当困難だったであろう。
あそこに無事に向かおうとすれば可能なのはボスモンスターであるモモに引率されるか、斥候や暗殺者のような気配を絶つのが得意な高レベルプレイヤーのみだろう。真っ向から戦闘を行うのは厳しいはずだ。
もし、モモが呪いを纏いダメージを受けていなければ、プレイヤーにとって未知の領域まで戻ることができていただろう。そうすれば、さしもの襲ってきたユーリスも追跡を断念していたはずだ。
それ程の奥まで入って助けてもらった事にお礼を述べようとするポチに対して、リオンは不思議な回答を返した。
「いや、森の入り口にいたぞ」
「えっ?」
それはつまり誰かポチをそこまで運んだ者がいるということだ。
そしてそんなことをするのは一人しかいなかった。
「ちょっとすみません」
そう断って、ポチはウィンドウを開く。コールという部分を開きその名前を探すと、確かにそこに書かれていた。すぐさま選択すると、すぐに相手に繋がった。
『よかった。ポチ様ですね。もう戻ってこないかと思っておりました』
それは心配と安堵が入り混じった様子が伝わってくる声音だった。
「ああ、心配かけたな、ミミ」
三日前まではいつも聞いていたその声に、ポチは少し涙ぐみそうになった。
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