励まされてみた
長くうじうじさせるのも嫌なので、すぐに立ち直ります。
こういう時甲斐君が使いやすい。
あれから三日が経った。あの日から利久は『休日の楽園』にログインしていない。
「せっかくの夏休みだぞ。ゲームなんかしてないで、外で日向ぼっこでもしていた方がいいさ。ああ、そうだ。ゲームなんか……俺には関係ない」
家の近くを歩きながら、そんなことを自分に言い聞かせていた。死んでしまったと言ったって、ゲームのキャラクターじゃないか。学習を積み重ねたと言っても、人ではない。
人じゃないんだ!
がん、と電柱を殴りつける。打ち付けた拳からは血が流れ、痛いはずなのに痛みは感じられない。
この夏見つけた日向ぼっこにちょうどいい、涼しげな川の畔の遊歩道に来て横になっても、まるで眠ることが出来ない。
「……帰るか」
結局は何もしないで家に戻った。
待ち構えていたのは、甲斐だった。
「兄さん、最近どうした……って、その手どうしたんですか。血塗れじゃないですか」
甲斐は利久の様子を確かめようとして、その手の惨状を見て驚きの声を上げた。
「ああ、さっき、電柱を殴った」
思い出してみると、急に痛みを感じる。でも、涙も出ない。
「ああもう。早く中に入ってください。消毒しますから」
利久は大人しく治療を受けることにした。
「ここ数日ほど『休日の楽園』やってないですよね」
甲斐のその質問に、利久は顔を歪めた。拳の皮がむけた部分を消毒しながらだから、痛みによるものだと勘違いしてくれたと思う。
「何も答えなくていいです」
弁解しようと開いた口は、その言葉で再び閉じられた。
「知らないでしょうからゲームの情報を教えてあげます。西の森の守護獣白虎が討伐されました」
「うっ……」
「どうかしましたか?」
「いや、傷が少し痛んだだけだ」
甲斐は利久の事を、ポチの事を知らない。だから反応を返してはいけない。そう思ったのに、声が出た。だから、嘘をついてそのことを隠す。
甲斐はこちらを見て、その様子に気づいているだろうに無視して話し出した。
「討伐者は名乗り出ていません。まあ、白虎はこちらから攻撃しなければ襲ってこないですし、お助けキャラのような扱いでしたから。暗黙の了解という奴で、倒してはいけないという空気がありました。わざわざ誇示する奴もいないでしょう。それと」
新しい白虎ももう出て来たようです。
「ッ!」
その言葉によって心の奥底から現れた何かに押されるようにして、利久は椅子を蹴飛ばし立ち上がった。
会いたい。ただそれだけを思う。
だけど、ポチのことを友だと言ったモモはもういない。
AIはリセットされ、あの森に今立っているのは別の、モモではない白虎なのだ。
「兄さんには全然関係ないことかもしれませんが」
甲斐はわざわざそう前置きした。そして、立ち上がって動けないでいる利久の前にしっかりと立つ。そうすると身長差のため、甲斐は利久の顔を見上げる形になった。
甲斐は利久の何かに耐える顔を見て、また話しだす。
「白虎が討伐された日から、ポチの姿を見かけた者はいません」
それもまた爆弾だった。
どきりと、心に刺さる。思い浮かぶのは細くしなやかな手足。人である時よりも圧倒的に低い視界。異常に発達した目と耳。
ポチとしての記憶に、消えて行った者の影を思い出す。
「ポチ=白虎説が上がっていますが、僕はそうだと思いません。僕の調べで二匹の仲の良さは分かっています。おそらくはポチは囮にされ、白虎は罠にはめられたのでしょう。確認したところ呪いの類が発動された痕跡が森にありました」
「そうか、良く調べてるな……」
甲斐の言葉に利久はどこか疲れた声音で相槌を打った。
甲斐の真剣な目は弱った利久をそれでも捉えて離さない。
「ただ討伐者に関しての情報はほとんどなし。『死出誘う乙女』のリーダー、刹那さんの目撃情報多数。ただし、刹那さんの戦闘パターンと呪いがかみ合わないため犯人であるかは疑問。ただし、この人物が何かしら情報を持っている可能性はあります。行方は未だに不明」
最後に治療は終わりましたと言うと、まだ立ち尽くす利久を尻目にリビングを出て行こうとした。
「なあ、ゲームの世界で死んだ奴の敵討ちに意味はあるって思うか」
利久は自分の感じているもやもやを、中途半端にでもどうにか言葉にする。
「ゲームは自分がしたいことをする場所です。兄さんがやると決めたなら、誰も文句は言いませんよ。意味なんて考えるもんじゃないです」
甲斐の言葉に、利久は再び体に力が戻るのを感じた。
「それと、関係のないことかもしれないですが、スマホで自分のプロフィールとか確認できますよ。ユニークモンスターの初討伐の時は、討伐者以外にも褒賞がもらえることもあるみたいです。兄さんには関係ないかもしれないですけど。それに、誰かの足を引っ張ってしまったなら、次はそうならない様に出来るのがゲームの楽しいところですよ」
「かっこよく決めたと思ってるかもしれないけど、せめてあと十セ……十五センチ身長が高かったら良かったのにな」
何か背伸びして大人びようとしている子供みたい。とまでは言わないけど。
「なっ、兄さんはそんなこと言うんですか。人がせっかく――」
「ありがとうな、甲斐」
利久のまっすぐな礼の言葉に、勢い込んでいた甲斐は口をパクパクさせている。
そんなに驚くことだろうか。
「今度、俺が少し落ち着いたころに、お前にとっておきの情報を教えてやるよ」
照れ隠しにそう言ってみる。流石にまだ正体を言う気にはなれないけど、甲斐にはちゃんと自分の口から伝えたくなった。
「待ってます。……それとちゃんと確認してくださいよ」
甲斐はそれだけ言って自分の部屋に戻っていった。
それを見届けて、利久は大きく深呼吸した。そしてどっしりと椅子に座る。
「そういえば、自分のプロフィールを確認……か」
スマホを操作して現れた自分のページを見る。そういえば利久が甲斐の言ったことをきちんと聞いたのはこれが初めてかもしれない。アイテム欄を見ると、一つ見慣れないアイテムが入っていた。
「モモっ!」
利久はそこに書かれた名前を見て、つい叫んでいた。
そこには『白虎モモの心結晶』の文字があった。
「はは、そんなに、そんなに俺の付けた名前が好きだったのかよ」
また、涙が出そうになる。この三日、思い出すたびに流していたくせに、枯れるという事を知らないらしい。
でも、もう泣けない。甲斐の前で大見得を切ったのだ。弱音は吐かない。
普通のゲームなら、ポチというプレイヤーがいなければ何も進まない。でもVRMMOはポチがいなくても進んでいく。
だからこそ自分の意志で進まないといけないのだ。
今、湧いてくるのは悲しみではなく怒り。モモたちを殺した刹那ではなく、利用され最後まで足を引っ張った自分自身への怒りだ。
俺はけじめを付けなくてはならない。
利久は気合を入れて、三日ぶりにヘルメットを被りログインした。
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