囮にされてみた
少しポチが落ち込む展開をしますが、ちゃんと立ち直るのでこれからも読んでやってください。
「おっと、守護獣様のお出ましだ。おー、怖い怖い」
ボスモンスターの中でも最強の一角である白虎を見て、刹那は奇妙にも軽口をたたく余裕があるようだった。しかし、それでいて距離を取るかのようにポチの元から離れる。
その動きは刹那を知っているポチにとって、どこか違和感を思わせるものだった。
『大丈夫かい。今、回復させる』
刹那が離れたことで、モモは結界を無理やり破壊してポチの元に跳び込んできた。そしてすぐさま回復の術式を練り上げはじめる。
慌てた顔をしてこちらを見下ろす姿を見て、ポチは分かってしまった。何故自分が呼び出されたのか。何故もう呼び出した目的は済んだと刹那が言ったのか。
これはきっと罠なのだ。ポチを囮にモモをおびき寄せる罠。
それならここにはきっと何かが仕掛けられているはず。だから早く逃げなくては。
『……だ。これ……な……』
麻痺のせいで口が回らない。早く伝えなくてはいけないと焦っても、ポチの口は満足に言葉を紡ぐことが出来ない。
『安心して。麻痺も直せるから』
違う。そうじゃないんだ。
今のポチのHPはギリギリ。もしかしたらモモがここから咥えて逃げ出そうとしただけで、HPは0になりかねない。
(ここまで、ここまで計算していたのか)
モモによって回復が行われるその瞬間、無防備になったその瞬間こそを刹那は待っていたのだ。
「《呪え》」
それはきっと起動キーとなる言葉。
その声と共に響き渡った術式の名は、特殊スキル【黄泉平坂】。
黄泉平坂とは黄泉へ通ずる入口の名だ。
不吉な文様がモモたちを包むように浮かび上がると、そこから黒い手のような物が幾重にも現れてモモに纏わりついた。
「何だっ! これは呪いの類か!」
モモを護る雷を無視してその手はモモの体に絡みつく。守護獣として持つ神性を発揮しようとしているようだが、ポチを回復中だったためそれも上手くいかない。あっという間にモモの体は黒い手で覆い尽くされた。
「ふふふふふふふ、あははははははは」
初めはこらえるようだった笑いが、一気に弾けた。ポチを嘲った時よりも増して刹那は笑っている。回復されきっていないポチはそれをただ聞いていることしかできない。
「こうも上手くいくとは思わなかったぞ。他にもいろいろと仕掛けは用意してあったのだが、無駄になったな」
「むぐぅ! ぐう」
モモが暴れるがその拘束が緩んだ感じはしない。
「そんなに慌てるな。呪いは対象者に対して強烈なバッドステータスを与える。特に私の用意した【黄泉平坂】は、お前みたいなボスモンスター用に開発した特別性だ。一度はまれば抜け出せない。まあ、本来なら名前通りこれだけでお前を地獄送りに出来たら最高だったのだがな」
先ほどまでポチを切り刻むのに使っていた刀を構えると、ポチによく見ていろと言って、その刀を今度はモモに対して振り下ろした。
(やめろ、やめてくれ!)
声はもう口から出ることがない。ただ荒い呼吸音だけが漏れる。
ポチは何度も刀を振るう姿を睨みつける。
「ほら、よく見ろ! お前のせいでこいつは死ぬぞ! あのボスモンスター白虎がっ! お前のせいで!」
一太刀毎に叫ぶ。耳を抑えることも出来ないポチは、その言葉を聞くしかなかった。抵抗するように、大きく首を振ろうとするが、まだ麻痺は抜けきらないためその動きは緩慢だ。
「ああ? 何でそんなに有用な呪いが出回ってないかって思っているのか?」
ポチの睨みをどう解釈したのか、刀を振る動作は鈍らせることなく刹那はしゃべり続ける。
「特殊スキルに分類される呪いは、基本的に魔術的文様をその場に刻み込む必要がある上に、威力を高めれば高めるほどその規模は大きくなる。この【黄泉平坂】の文様をこの場所に埋め込んで置くのにどれだけ時間がかかったか。それに人を呪わば穴二つって言うだろう。それと同じで、呪いに失敗したら呪いが発動者の下に跳ね返るんだよ。最悪の形でな」
刀がモモに突き刺さる。いくら呪いがかかろうと、いまだ雷の守りは残っているはずなのにまるで何もないかのようにぐさりと、刀は突き刺さっていた。
「流石ボスモンスター。HPは無尽蔵だな。っと、おいあぶねえな」
モモはどうやったのか、振り上げた前足で刹那を攻撃した。
ギリギリで躱したように見えたが、布を切り裂く音がした。しかし、着ている和服には一つの傷も無い。
「どれだけタフなんだよ。だが、拘束を外しただけで呪い自体を打ち消したわけではないようだな。そうでなければ流石に白虎の一撃をくらってダメージなしとはいかなかっただろうからな」
どうも呪いを打ち消す神性を足だけに集中して、どうにか動けるようになったようである。しかし胴体部分に黒い手がしがみついているのは変わらない。
「満身創痍に変わりなしだな。ははは、その弱い猫ちゃんを放っておけばこうはならなかったのに。どうせ死んでも蘇るんだぞ、そいつは」
「僕はただ……友を守りたい……だけだ」
体に巻き付いているもの以外は剥がれたが、白くふかふかして美しかったモモの毛は無残な姿になっていた。黒く汚れ、所々爛れた部分があり、腐臭を漂わせている。
しかし、それでもモモは守護獣としての威厳を見せる。いや、守護獣などモモにとっては関係ないかもしれない。
今、モモを支配しているのは、ポチを守りたいという想いだけだった。
(モモ、お願いだ。俺のことはいい。逃げてくれ)
声を発することも出来ずに、ただ涙を流すポチをモモは優しく見つめる。
どうして、どうして。死んでも蘇るのに。何故。
『僕がポチに死んでほしくないんだ』
(俺だってモモに死んでほしくない!)
ポチは心の中で叫んだ。
「仲良しこよしはこれでお終いだ」
刹那は何の躊躇もなく刀を振りかぶった。もうモモには何もできないと思ったのか、隙だらけともいえる姿だ。
「守護獣筆頭白虎を舐めるなよ。人間風情が!」
それは咆哮。ポチが一度ストークウルフで見たそれと同系統の技だろうが、威力は桁違いだった。雷を纏った空気の砲弾が無防備だった刹那の体を貫く。そのまま悲鳴も上げずに吹き飛ばされた。
『ここはまずい、逃げるよ』
それだけ言うと、モモはポチを口にくわえた。若干HPバーが揺らめくが、すぐに死んでしまうほどではない。呪いによってモモはかなりステータスダウンしているようだった。
モモは一目散に逃げ出した。もう体力も残っていない上に、速力もダウンしているためいつもの姿を知っている身としてはとても遅く感じた。
あらすじに注意を付け足しました。
感想でゲームの設定が甘い(要約)というご指摘を受けました。
著者はゲーム知識が薄いので、どうしてもおかしい部分が出ると思います。ただ、書きたいこと――例えばいつでも日向ぼっこするためにゲームを始めるや、AIで動くモンスターとの友情とか――の都合上ゲーム設定を外せないので、緩い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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