呼び出されてみた
さあ、シリアスな雰囲気を出していきます。
内容を少し変更しました。
チロリロリーン。
『チャットが届いております』
鈴の音と共に聞こえてきたのは、猫をロールプレイしているポチに届くはずがない物だった。誰にも自分がプレイヤーだと教えていないはずなのに、他のプレイヤーからチャットが届いたのだ。
(こ、これは……!)
「きゃっ!」
ポチはチャットに流れた言葉を見るや否や、ローズを押しのけるようにして腕から抜け出すと走り出した。
「どうしたの、ポチ」
その叫びを背後に、目指したのはこの街の西。
モモやナナがいる『迷いと誘いの森』だった。
『ポチ君
私は君の秘密を知っている。
しらばっくれても無駄だ。
チャットを送ることが出来たのが何よりの証拠だろう。
まったく。君がプレイヤーだとは驚きだ。
このことを他のプレイヤーに知られたくなかったら、私の指定する場所に来い。
どんな正体を言えない秘密があるのかは知らないが、もしばらされたら君はもう普通にこのゲームをプレイすることは出来ないだろう。
もし、ばらされても良いと考えても、会いに来た方がいい。
さもないと、君の小さな友人がどうなるかは保証しない』
チャットにはそのような文面と、一枚の画像データ、『迷いと誘いの森』の中で奥まったところの位置が指定されていた。
画像データに映し出されていたのは握りしめられているナナの姿だった。
(どうして。どうして俺のせいでナナが危ない目に遭わないといけないんだ!)
森目がけて走るポチに募ったのは言い知れぬ不安と恐怖。
そして後悔。
自分の事を誰にも言ってこなかった。
それは猫をロールプレイする事を簡単にするための方法だったが、それは本当に正しかったのか。
モモやナナ、ミミ達にだけ知られていて、ローズやリオン、弟の闇丸に教えないのは何故だ。
(優越感に浸っていたのか、俺は……)
このゲームに一匹しかいない白虎や、妖精との繋がりを持つことに対して優越感を持っていたのだ。ポチのことを本物の猫だと思い接してくる人々を心のどこかで見下していたのかもしれない。
だからずっと、いつでも言えたはずなのにずっと、自分のことを黙っていたのだ。
ポチは甘えていたのだ。モモやナナに、他のプレイヤーと話すことが出来ない分。会話を求めていた。
そしてそれが今の状況を生んだ。理由は分からないが、ポチのせいでナナが被害を受けている。
駄目駄目だ。良いところが全然ない。
ポチは一目散に走りながら、何度も頭を振る。まるで頭の中に浮かび上がってくる嫌なもの全てを放り出そうとしているかのように。
(変わろう)
自然とポチは思っていた。
このチャットを送ってきた奴に言ってやる。俺は自分のことをみんなに告白すると。だからその脅しは意味がないと、笑ってやるのだ。
相手の出鼻をくじくように。
そして、絶対にナナを助ける。
走って森に向かう間に、ポチは覚悟を決めていた。
ほぼ全力疾走することで、ごく短時間で指定された場所に来ていた。どこか息が切れた様な倦怠感があるが、これは走ったからそうなるとポチ自身が認識しているにすぎない。HPは万全。もしもの時でも戦える状態にある。
しかし、その場所には誰もいなかった。森に開いた穴のように丸く開かれた土地に、まずゆっくりとポチは近寄って行った。見える範囲に罠らしきものは存在しない。
そしてそいつは現れた。先ほどまで誰もいなかった場所に。突然。
「来たな。ポチ」
『せ、刹那さん!』
現れたのは印象的な緑の髪を尖った耳にかけ、和服を上品に着崩したエルフの侍の姿。会った事はローズを迎えに来た時の数回ほどではあるが、ポチはこれほど特徴的な人を他に走らなかった。唯一差異を述べるなら、口元を隠すように巻かれたバンダナだろうか。しかし、それでも目の前の人物は明らかに『死出誘う乙女』のリーダーである、刹那だった。
ポチは刹那が暗殺をしているという噂が流れている事を思い出していた。
一瞬虚を突かれたものの、それでもポチは自分のすることを変えるつもりはなかった。
スキル【猫騙し】を用いて、ポチは自分の姿を変える。自分が決めたルールである人の言葉を話さないと言うスタイルを守りながら、それでも相手に自分の覚悟を伝えるために。
ポチはケットシーであるニールの姿を借りていた。ケットシーは猫の妖精で、人の言葉を話すことが出来る。これが人の言葉を話さないと決めたポチの最大限の譲歩だった。
「ああ、お呼びに従って来てやったぞ。俺は刹那さんの脅しには屈しない。俺は自分の正体を周りの奴らに打ち明けることに決めたんだ。早くナナを今すぐ解放しろ。俺がここに来たんだ、人質はもう要らないだろう」
「……」
刹那は無言を返してきた。
俺が意表をつくようなことを言ったから、戸惑っているのか?
それにしては動揺の色がないように見える。未だにその目は強い光を放ち続けている。
「くっくっく」
最初に聞こえてきたのは漏れ出てしまったと言わんばかりの笑い声。
途中から隠す気も無くなったようで、それは次第に大きくなった。それは明らかな嘲笑だった。
刹那は笑いを止めて、ポチを見下ろした。
「お前の覚悟がどうかは知らないがな。私の目的はお前をここに誘いだせたというだけで、十分なんだよ。ナナとか言う妖精なんざ、最初からいないのさ」
「何っ! じゃあ、あの画像は……」
「商店街であの妖精が捕まったことがあっただろ。あの時に撮ったやつを加工しただけの偽物さ。偽物に釣られてのこのこやってきて、馬鹿な猫だな。お前がどんな覚悟を決めようが、ほざこうが関係ないんだよ」
その言葉にポチは足に力をこめ、臨戦態勢を整える。
言葉じゃ止まらない。実力行使しかないと、ポチは直感的に思った。
ただここで一瞬思考がぶれる。立ち向かうべきか、逃げるべきか。思考にかかったのはそれでも一秒ほどで、普通なら隙とも言えない時間。そのはずだった。
パチン。
飛び出しかけたところに、侍とは思えない細い指が鳴らされた。鳴ると同時に現れたのは『結界』。ポチと刹那を遮るように出現したそれは、そのままポチをその内に囲い込む。
もしもう一秒早く動いていればギリギリ抜けられたかもしれないが、今となっては完全に閉じ込められてしまっている。強行突破をしたいところだが、強力な攻撃を持たないポチではそれも難しかった。
「ああそうだ。ログアウトしようとか思うなよ? そしたら、今度こそ妖精を斬るからな。安心していい。逃げようとしなければ、大丈夫さ」
そう言いながら、刹那は抜いた刀をヒュッと軽く振るって調子を確かめている。
まずは相手の次の動きを見て、そう思った時足から力が抜けてポチは地面に横倒しになった。足は震えるばかりで立ち上がることは出来ない。
「おい、安心したからってそんなにリラックスすることはないだろ。それにしても、やっぱりこの剣では満足にダメージを与えられないな。障子紙並の防御力に感謝するといい」
敵はいつの間にかポチの背後にいた。振り下ろされた刀が背中から腹まで体を貫いている。ただそれだけの攻撃を受けたというのにHPバーは一割ほども減っていない。ただし、横に黄色い雷のようなジグザグなアイコンが浮かびあがった。
(麻痺か!)
おそらくポチの体を今も貫く刀に毒が塗られているのだろう。状態異常を知らせるアイコンはその色の濃さで段階を示す。これは紛れもなく現在最高ランクの麻痺毒だった。
(つまり自力での回復は無理)
痺れる体を懸命に動かそうとするも満足に体を動かすことが出来ない。それにもし動かせたとしても麻痺を治せるようなアイテムを持っていないのでは意味がない。猫をロールしている弊害で、ポチは店でアイテムを買えないのだ。
「もう少し歯ごたえがあると思ったのだがな、まあいい。計画通りだ」
ずるり、そんな音を立てて刀が引き抜かれる。これはゲームであるため痛みは感じない。だけど刀が体を通り抜ける違和感も、それが行われる恐怖も、全て本物だった。
何とか振り返ると、身長差をカバーするためにしゃがみこんでいた刹那の顔が瞳に映り込んだ。目がぼやけているからか、刹那の顔が一瞬別人のように見える。
「それじゃ、待っている間は楽しませてもらおうか」
刹那はポチを片手でつまみ上げると、空中にそのまま放り投げた。そしてポチが地面に落ちてくる間に、刀が都合三十七回振られた。顔に十七、胴体に十二、足に八。その数だけポチの体に傷がつけられた。
「もう一回だ」
その言葉と共に、地面に落ちる寸前のポチの体を足の甲で受け止め、再度空中へと跳ね上げる。そして訪れるのは剣戟の時間だ。
これだけの凄腕の攻撃なら一振りで十分に殺せるだろうに、どのような技かは分からないがポチへのダメージはかなり小さかった。
「ほら、もう一回だ」
その痛みからビシビシと伝わる感情があった。悪意だ。刹那にはポチを害そうとする強い悪意があった。
恐怖と屈辱と諦念と、様々な感情が巡っては消えていく。早く、早く終わってくれ。少ないはずのHPが中々減っていかないことにポチは苛立ちを覚えた。
まるで一生の責め苦に苛まれる地獄の様だ。
体中傷の上に傷が重ねられ、もうよく分からないことになっている。ひげはもう一本も残っていない。片眼は潰れ、耳は途中から切り落とされ、尻尾も無くなってしまった。
「ほら、お前のナイト様が来たぞ」
もう音を聞き取ることも難しくなっていた耳にそう囁かれると、今度は足でキャッチされることも無く地面に叩きつけられる。
一気にHPバーが赤色に変わった。
やっと死ねる。そう思った時、雷鳴のような怒りの声が響いた。
「僕の友達に何をしているっ!」
それはモモだった。体に纏う雷光はいつも以上にバチバチと音を立て光っている。体から発せられる威圧感も今までがお遊びに見えるほど強大だった。
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