コロッケを取り上げられてみた
ここから二話ほどで日常回が終了し、一気に物語が進みます。
シリアスになっていくと思います。
抗うことができない力という物がある。
それをどう言い表すかは人によってまちまちだ。
運命という名前を付けるものがいるかもしれない。運命を信じない者は偶然と呼ぶのかもしれない。神の奇跡だと祈る者がいれば、名状しがたい何かとだけ言葉を濁す者もいるだろう。
しかし、どこかで人はそれを感じることがあるはずだ。
そして今この瞬間のポチにとって、それは間違いなく彼女だった。
「ああ、ポチ。本当に可愛いです。最近会えてなかったから、心配していたんですよ。怪我はないですか。森に毎日入っているって聞きましたよ。あそこには高レベルモンスターもいるんですから、ポチが入って行くのは危険すぎます。ああ、やっぱり。舗装されていない場所を歩いたから肉球に少し傷がついています。今すぐ癒してあげますね」
この間、ポチは無言。ローズの言葉の勢いに呑みこまれていた。
「《眠りし神の子らよ。我が祈りを聞け。吐息一つで原初の混沌を解きほぐす、風と清浄の男神アウレラよ。手をかざすだけで病に倒れし万民を快癒させる、癒しと祝福の女神ルストラよ。人の運命を見通し、紡ぎ、彩る、幸福と不幸の女神サーラよ。その加護を我に授けたまえ。生なる者を生へ。死なる者も生へ》」
【三神の絶対なる癒し】
詠唱が終わった瞬間、ポチの体がとてつもないエネルギーを持った光に包まれた。その光が包んだ先から体に力が湧いてくるのが分かる。
そしてほんのちょっぴり傷ついていた肉球がぴかーんと光るほどキラッキラになった。
「うん。成功」
どう見ても周りの人たちがポチたちを見てドン引いていた。
どう考えても過剰回復だろ。そんなツッコミと驚きをすべて合わせて一声高らかに鳴いてみたけれど、
「ふふふ。喜んでくれたみたいですね。よしよし」
ローズが言葉を分かる訳がなかった。本当に現実とのギャップが激しい奴だった。
なすがままにかいぐりかいぐりされつつ、ポチは心ツッコミを延々繰り返していた。
「何をやっとんだぁあああああ!」
それを見ていたリオンが大声と共にツッコミを入れるまで周りからの視線にさらされ続けた。
「おら、お前ら、こっち見てんなよ!」
リオンが自分の武器である鉄棒を振り回したところでようやく観客はパラパラと立ち去っていく。
「痛いじゃない~」
思いっきり殴られた腹部――リオンはエルダードワーフのため身長が低いので、攻撃位置が低い――を自分で回復しながらローズは文句を言った。
まだしつこく見ている奴らに、がるる、と何故か威嚇まで始めていたリオンは、ローズの方に向き直ると、今度は頬を思い切りつねった。
背が足りないせいで背伸びをしているのが可愛らしい。
「いはい、いはいれす」
「人の目につくところであんな大技使うんじゃねえよ、たくっ。まだ正式な蘇生魔法がないこのゲームで、現状唯一低確率でも蘇生させることが可能な魔法なんだぞ。はあ、本当にローズはポチといるとおかしくなっちまうんだから」
『申し訳ない……』
自分のせいという訳でもないが、なんとなく頭を垂れて謝ってしまうポチ。
すると、ポチの落ち込む姿に気がついたのか、リオンは慌てたような姿を見せる。そしてアイテムボックスから何かを取り出したかと思うと、ちょっと強めに頭を撫でてきた。
「ポチ、悪いのはお前じゃない、全部ローズのせいだ。だからお前がそんなに悲しそうに鳴かなくてもいいんだぞ。えっと、さっきそこで買ったコロッケがあるんだ。これでも食べて元気を出してくれ」
不器用そうにリオンは大きめのコロッケを一口大にちぎってポチの口に運んでくれる。
猫の姿のポチがVR世界で食べたものは、生魚や野菜といった物ばかりで、調理した物は一つもない。せっかくくれるなら貰っておくのもいいかもしれない。
そう思ってポチは口を開いたが、コロッケはポチの口に入る前に一つの手で止められてしまった。
「だめよ、リオン。食べさせちゃ」
それはローズの手だった。ポチの口を片手で押さえている。
「猫に玉ねぎは駄目なのよ。だから玉ねぎが入っている可能性がある料理は食べさせないで」
ポチは驚いてぱっと口を閉じた。リオンも知らなかったらしく、手に一口大のコロッケを持って止まっていた。
「現実でのことだからこの世界でもそうとは限らないけど、もっと注意してよね! そうじゃなくてもリオンはそそっかしい所があるんだから。猫に対する敬意が足りないのよ」
その剣幕に押されて、さっきまでは怒っていた側のリオンが何故か謝ってしまう。
「お、おう、すまない。ポチにも悪いことしたな。また次には上手いもんを用意しておくから」
そう言うと、ぺろりと食べてしまった。ああ~、俺のコロッケ……。
「ニャウウウウウウ」
ポチは悲痛な叫びをあげた。
***
もう今日はローズとリオンの二人に付き合う事に決めたポチは、ローズの胸に体を埋めるという至福を味わいながら街の中央通りを進んでいった。
(ローズには俺の正体を教えられないなあ)
教えた瞬間こっちでも、リアルでも殺される予感がした。想像したポチは、ブルリと身体を震わせた。
今日の目的はローズがPKされた時になくしてしまったメイスの代わりを用意することらしい。材料は大方揃っているから、エルダードワーフであるリオンが製作するのだ。
戦闘と鍛冶を高レベルでこなすというリオンに尊敬の念を込めてニャーと一声鳴く。リオンにもその気持ちが伝わったのか、褒めてくれるのか、と言って頭を撫でる。頭に感じるその手は小さく、それでいて力強い。
意外と気持ちのいいその撫で方に、つい目を細めてリラックス状態になるポチだったが、次の瞬間体を潰されるほどの圧力がかかった。
「ポチが……他の人にも……デレデレと」
リオンが撫でてポチがリラックスするほどにローズの機嫌は悪くなっている。ポチのことを取られたくないと体を締め付ける力がどんどん増えている。正直なところ痛い。ここはPKが許可されていないので何をしてもHPの変動はないが痛い物は痛いのである。
それに呟く声が呪詛の様で怖い。
「ニャッ」
だから、ここは自分の為にも心を鬼にしてリオンの手を跳ね除け……、跳ね除け……られなかった。最近はトレーニングとレベルも上がったおかげで筋力値も増えて、体重差が何十倍もあるモンスターとも互角に渡り合えるほどになっているはずなのだが、小さな少女の手一つ跳ね除けることが出来なかった。
「ああ、じゃれてくるなんてポチも可愛いな」
じゃれているの一言で片づけられた! どれだけ力が強いんだよ、リオン。
「じゃれ……、私のポチが……じゃれ……私の……」
ローズはローズで怖いことになってるし、誰か助けてくれよ。
ローズの腕が更に締まり、完全に鯖折りが極まった。
ポチの断末魔のような声が道に響いた。
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