ボスに挑んでみた 本番
ボス戦のはずだったのに、ネタを突っ込んだせいでバトルしてない……。
ネタを書くのは楽しいからいいけど。
ふー。
一息つく。体をグンと伸ばしストレッチする。使いっぱなしだった体の筋肉が痛いような気がした。
最後は楽勝な雰囲気で首を落としたが、ここまで上手くいくとは正直ポチも思っていなかった。
『どんなスキルも使いようだな』
そう思ってスキルを確認すると、確かに【爪とぎ】の熟練度がグンと上がっていた。
金属で出来ているならモンスターの皮膚でもスキルが発動できるんじゃないかと試してみたが、これほど上手くいくとはポチも思っていなかった。
どうもこのスキルは最大限まで砥いだ時、砥いだモノ以下の固さのモノを爪で切ることを可能とするようだった。
【爪とぎ】最強説である。
『にしても、ボス戦前にこれは辛いぞ』
正直攻撃を延々避け続けるのは精神的に来る。しかし、ここから脱出する方法もないし、ここまで来てボスに挑まないのももったいない。
ポチは扉を開け次に進むことにした。
『おじゃましまーす』
扉を少しだけ開けて、こっそりと中を覗くとそこには二人の剣士がいた。他にはモンスターも何もいない。そしてよく見てみると、その二人の剣士は全く同じ顔だった。いや、顔だけじゃない。装備も剣の構えも全て同じである。まるで鏡を見ているようだった。
(情報通り。あれがミラー・ザ・クラウンか)
よく見ると違う点が一つ。片一方の上にはプレイヤーネームが浮かび、もう片一方には何も浮かんでいない。
甲斐の解説によると、この森のボスモンスターであるミラー・ザ・クラウンは決まった体を持たないモンスターだ。能力は一つで、相手の姿になる事。この時見た目や装備の質まで全てをコピーしたうえで、動きに若干の補正が入り必ず敵より強くなるのである。ドッペルゲンガー種の中でもトップの性能を持っている。
倒すためには自分を見つめ直し、自分の弱点を知り最適な動きが出来る必要がある。その意味でも訓練としては最高のモンスターらしい。
と、情報を思い出している内にプレイヤーの方の剣士が倒された。デスペナルティとしてアイテムが一瞬散らばり、それもすぐに消えて行った。
「つギハ、オ前か」
まるで音と音を繋げただけのような、聞いていると気分が悪くなるような声がかけられた。
こっそり見ていたポチに気付いていたようである。ポチは堂々と胸を張ってボスの間へ入った。道化を意味するクラウンをその名に冠するからか、洞窟とは思えない派手な物が至る所に落ちている。
「ひとデはナイな。ねコカ?」
疑問の声を上げた瞬間、ミラー・ザ・クラウンの体が縮んだ。それはまるで水銀のような、金属のような光沢を持つ不定形になっていた。この『不形の洞窟』はドッペルゲンガーやゴーレム、スライムといった不定形のモンスターが生息するダンジョンなのである。
「オまエ、何もノ。わたシ、オ前」
そう呟いたかと思うと、ぶくぶくと膨れ上がった液体金属の体がある形をめざし変化していく。
それはすぐに終わった。
そこにはポチと全く同じ姿の一匹の美しき黒猫が立っていた。
「たタカウ。おまエ、殺ス。ワたし、おマエ、なる!」
その叫びが戦いの合図であり……終了だった。
「アれ?」
ミラー・ザ・クラウンは盛大にこけていた。戦闘モードになり、体の毛を逆立て相手の出方をうかがおうとしていたポチは、呆気にとられて動くことが出来なかった。
「タてない」
ミラー・ザ・クラウンは立ち上がることも出来ず、じたばたと脚を動かしている。
ポチはそれをただ見つめている。
流石に無抵抗な敵に攻撃をしかけるのは気分の良い物ではないが、これも戦いの世界。
『すまん』
ポチは伸ばした爪を一閃。自分と同じ顔をした首が宙に舞った。
久々のレベルアップのファンファーレを聞きながら、どこか空しい気持ちでポチは今日の冒険を切り上げるのだった。
***
ポチは知らなかったが、ミラー・ザ・クラウンは敵の姿を模倣するが中身までは模倣しない。故に体の動きは人工知能が行う訳だが、その初期プログラミングで敵が四足歩行の場合を想定していなかったのだ。
だから猫の姿になったのはいいものの、そのアバターを使いこなすことが出来ずに倒れてしまったのだ。
しかも倒されるたびにAIはリセットされるので、四足歩行を覚えることも無い。
「つまりポチ様にとって、ミラー・ザ・クラウンはよい鴨だという結論になります」
ミミの説明に、ポチはどこかミラー・ザ・クラウンに罪悪感を覚えるのであった。
***
「ようやく状況は整ったか」
どことも知れぬ闇の中に声が響いた。もしそこに誰かがいたとしてもその声の主がどこにいるかは分からなかっただろう。
その人物は闇に包まれたかのようにその姿を気配ごと隠していた。
ぱっと光が現れた。光魔法の応用によって隠し撮りした映像が、その部屋の中心に映し出されたのだ。
几帳面さが窺える部屋の中央に浮かび上がったのは人の姿ではなかった。まるで揃えられたかのように前足の片方だけ全身の色と違う、二匹の猫。一匹は小さな黒猫。もう一匹は巨大な白虎。
「ははは、楽しみにしていろよ」
勢いよく右手が振られると、映し出されていた猫の映像に大きく×が付けられた。
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