洞窟に潜ってみた
ここから数話だけですが、ダンジョンっぽい雰囲気を出していく予定。
ゲームっぽくなるはず。
白虎が守護する『迷いと誘いの森』は大きく三つに分かれている。
外縁から低レベルゾーン、高レベルゾーン、妖精たちが暮らすゾーンである。ただし一つ目と二つ目の間に大きくレベル差が設置されているため、この森だけで延々レベル上げ出来ないように設定されている。ちょうどストークウルフがこの二つの中間に位置している。つまり初心者プレイヤーたちはここで多対一、もしくは多対多の戦闘を覚えたころ他のフィールドに移っていくことになる。ボスとまではいかないが、ストークウルフがその役割を担っている。
そして最後のゾーンには現在のプレイヤーのレベルでは太刀打ちできないモンスターが設置され、妖精との接触が絶たれるように設計されていた。ここのボスはもちろん白虎である。現在白虎を倒した者はいない。白虎の特徴は身体に纏った雷による高い防御力と攻撃力に、安定した戦闘法による弱点のなさ。プレイヤーにとっては未だ越えられぬ大きな壁として立ちはだかっていた。
そういった理由もあって、この森でボスモンスターと言った時には、高レベルゾーンのボスのことを指す。慣れるまでは意外と倒しづらいことで有名で、レベル上げ、熟練度上げに用いられることが多かった。
ポチはそのボスを倒すことを今日の目標にしていた。
『ボスモンスターか楽しみだな』
夏休みに突入してからもう一週間ほどがたっていた。
現実世界の熱い日差しの中で、脱水症状と戦いながら日向ぼっこする生活を送りながら、『休日の楽園』にポチはログインしていた。
やっていることはこの森の探険と日向ぼっこの場所探しも兼ねたランニングや、モモとの戦闘訓練などで夏休み前と変わりばえしないが、時間が増えた分内容はより濃密になっていた。
たまにイライラしていたローズを慰めるために始まりの街をうろついたりもする。モモに聞かせてやる話も用意しないといけないからだ。
ここ最近はリアルでローズこと七海に会う事も多くなった。同じVRMMOをプレイしている気安さからか、甲斐と三人で話すことも多い。その度に居眠りを注意されるのだが、利久はまったく反省した様子をみせない。
街にはまだ暗殺者の噂が流れていた。緑髪のエルフの侍、刹那が斬捨て御免と言って人を斬っているという噂だ。人の噂も七十五日というが、ゲームでもそれは通じるものなのか。いい加減消えてもいいはずだが、まだ噂は流れていた。
『まあ、その辺りは甲斐の領分か。俺の口を出すことじゃねえわな』
ポチが目指しているのは『不形の洞窟』である。魔物道を辿る形でポチは森の奥まで入り込んでいく。しかし、洞窟らしい場所は現れない。
『見渡す限り樹ばっかりで、方向感覚が……』
流石は『迷いと誘いの森』。さっきから同じ場所を回っている気分になってくる。
『ショートカットできる道を教えてあげよう』
ニールのその言葉につられた自分が恨めしい。信用できないと知っていたはずなのに。最初に会った時と同じ結末を辿っていた。
まず巨木の所を通り過ぎると、巨大な巣と美味しい蜂蜜をつくるモンスター、熊蜂の大群に襲われる。黒い物に群がる習性があるらしい。
水辺の近くを通れば、剣技に長けたリザードソードマン、魔法を使えるリザードメイジ、筋肉とその鱗による強靭な頑強さと膂力を誇るリザードナックラーという、リザードマン種のモンスターパーティーと遭遇し戦闘になる。
そこを抜けて行くと、今度は豚頭に張り出した見事なお腹が特徴のオークが数匹たむろしていた。その手には重そうな棍棒や剣なんかが握られていた。
熊蜂はスキル【猫被り】で白描にその姿を変えたうえで、小さな体を活かし茂みに隠れることでやり過ごした。リザードマンたちとは、まず【猫騙し】で攪乱した後、後方に隠れて魔法を準備していたリザードマンメイジを【招き猫】で無理やり前に引っ張り出して伸ばした爪で首を刈った。これで面倒な遠距離攻撃はなくなり、修行の成果でぐんぐん上がった敏捷性を発揮して敵の攻撃をかわしながら懐に入ると、やはり一撃で首を刈るを繰り返した。オークの時も基本的にやることは変わらない。敵の攻撃をかわし、逆に入り込んで首を狩る。
これがポチの必勝パターンになっていた。
【首狩り】が種族設定ではなく、武器に設定されたスキルだったのが幸いした。そうじゃなければ、攻撃に何の補正も入らず戦うことになり、基本値の低いポチにはきつかっただろう。
『自分でも思うけど、これはかなりピーキーだよな』
正直な所、特筆して言えるのはその敏捷性の高さのみ。それ以外は中級レベルプレイヤーに達するかというほどしかないのだ。特にHPと防御の値が低い。だからポチにはかわすという選択肢しか残されていなかった。
『まだ、攻撃方法があった分だけましだけど。これはミミのおかげだな』
【爪とぎ】獣専用スキル。爪とぎを行う事で爪撃の威力上昇。爪を砥ぐ対象の耐久値により、上昇率アップ。
このスキルをミミが認証してくれなかったら、ポチはその攻撃力の低さによってモンスターと戦うことに苦戦する羽目になっていただろう。
準備万端整えて進んでいると、木々の姿が目の前から消えた。そこに見えるのはごつごつとした岩肌である。
『あいつ嘘はつかないんだよな……』
ニールの言うとおりに行くと目的地にはたどり着ける。ただし、その途中でどんな嫌がらせがあるかは分からないだけだ。
とりあえず周囲をぐるりと回ってみることにする。この森をずっと走ってはいたけど、この辺りは初めてで少し新鮮だった。
ちらっと岩の壁を見る。
自分の爪を見る。先ほどの戦いで少しだけ欠けているように見えた。
『……ちょっとだけ』
伸ばした爪を岩壁に立てる。そしてぎぃいいい、という嫌な音を立てさせながら、爪を砥いでいく。耳障りな音が背筋を駆け抜けてゾクリとする。耳を押さえてしまいたい弱気に打ち勝ちながら、爪を砥ぐ行為をポチは止めなかった。
何とも言えないが、爪とぎは楽しくてたまらないのだった。爪がその鋭さを取り戻していく瞬間がとても愛しい。これも精神が体に順応してきた証なのだろうか。
岩程度ではもう攻撃力の増加は微々たるものなので、さっさと終えてこの岩壁のどこかにあるという秘密の抜け穴を探してみることした。
『これか……確かに小さいな。人間には』
抜け穴とニールが呼んでいたのは、洞窟の壁が少し崩れたところだった。地下へと開いたその穴の大きさは子供がやっと通り抜けられるほど。小人族のような特殊な種族でない限り、人間がここから入り込むのは難しそうだ。
猫のポチには関係ないことだが。
『行ってきます』
誰もいないにもかかわらず、一言断ってからポチは跳び下りた。
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