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ネコでもできるVRMMO  作者: 霜戸真広
出会いと旅立ち
21/83

狼と闘ってみた

ついにモンスターとの初戦闘です。


『ついた!』


 そこはニールが言った通りの場所だった。そこだけ鬱蒼とした森から切り取られたかのように開けていて、燦々と日光が降り注いでいる。また近くに水辺があるらしく、川のせせらぎにも似た音が耳を打った。さらに素晴らしいことに、中央にはでんとその存在を主張する切株がある。樹齢を数えたら千年ではきかないだろうという大きさで、ベッドとして活用するのに最上という感じだった。おそらくこれが切り倒されたことで、ここだけ大きく開けているのだろう。


『疑って悪かったかな』


 モンスターではなく妖精という事であったし、それほど気にする必要はなかったかも。同じ猫なんだし、こんな森の中で出会ったとはいえ仲間は仲間。次会った時にはちゃんと謝らないと。

 そんなことを考えながら、ポチはぴょんと一跳びで切株の上に跳び乗る。そこは日の光で暖まりながらも、木の冷たさも同時に感じられた。ちょうどよくいい風も吹いてきて、そこはかとなく獣臭いにおいが……。

 獣臭い?

 寝る気満々と閉じていた眼をそっと開いてみると、切株を囲むようにして狼系モンスターであるストークウルフがぞろぞろといて、ポチの方を完全に睨んでいる。

 どうもここは彼らの縄張りだったようだ。


『どうも』

「バウ!」

『そうなりますよね!』


 群れの中で一際大きい個体の掛け声によって、にこやかに挨拶してみせたポチ目がけて一斉に跳びかかって来た。

 ポチは小さな体を活かし、その俊敏性と小回りの高さで何とか狼たちの間を抜け出した。


「ニャニャニャー」


 走る、走る、走る。人間の頃なら気にもしなかったような下草を、まるで壁であるように感じながらポチはその間を抜けていく。後ろを振り向く余裕なんてない。ちゃんとした言葉を発する余裕も無く、本当の猫のような悲鳴を上げるばかりである。

 はっはっ、という背後から聞こえる息遣いがまだ追われているという事実を突きつけてくる。しかも、複数の息遣いが聞こえていた。

 足の速さならレベルの高いポチが勝っているのだが、土地勘も無ければ整備もされていない場所を四足で走るのは初めてなため、思ったように全力が出せない。それに、


「ガウ」


 一気に逃げてやろうとした瞬間を見計らうようにして、嫌がらせの様に横合いから一匹が飛び出してくるのだ。

 大きさは大型犬程度だが、ポチからすれば巨大な化物である。鋭くとがった牙を光らせ、その毛皮は鈍い光沢を放っている。この森では中堅に分類されるストークウルフの特徴は、狙った獲物が弱いところを見せるまで延々尾行してくる執念深さと、群れによる狩りだ。

 幾つもの新人パーティーが調子に乗ってストークウルフの縄張りに入り、森の外に出て油断する瞬間まで追跡され、背後から狩られるという事が度々起きている。

 ポチはそんなことは露も知らず、ニャーと悲鳴をあげながらその敏捷性を活かして逃げ回っていた。


(ああ、もう。今度会ったらニールの奴、絶対に許してやらねえからな)


 追ってくる奴らは減るどころかどんどんその数を増やし、包囲網を狭めている。どうもどこかにおびき寄せられている感じがした。

 だからといって、


「ガウガウ」


 方向を変えようとするとこうだ。目の前にポチの頭どころか、体の半ばまで食いちぎりそうな口が現れる。

 もしここでHPが0になって死んだ場合、ポチは始まりの街の大神殿という所に戻されることになっている。それは非常にまずいのだ。死んだ場合アイテムや装備品がランダムでドロップするが、装備できる物がない上にアイテムを購入できないポチには関係ない。問題は、大神殿での復活の方だ。

 始まりの街にはもう行きたくないんだけどな……。

 諦めがポチの胸中を満たしていた。

 やっぱり痛いのかな。ああ、生きたまま喰われる感覚とかしないだろうな。

 弱気を吐きながらそんなことを考えて走っていたが、このままではいくらなんでも体力が尽きる。少しでも体力があって、まだ戦うことが出来るうちにどうにかした方がいいかもしれない。

 ポチは逃げることをやめ、迎撃に出ることにした。


『やったるで』


 急停止したことに驚いたのか、ストークウルフはその動きを止めた。流石ストークと名付けられているだけはあり、目の前にいる個体以外は猫の敏感な五感でもってしても隠れた場所を特定しきれない。

 ぐっと体に力を入れる。震えはじめる足に叱咤を入れる。

 こんなもの前に見たローズたちの戦いぶりに比べたら屁でもない。

 臨戦態勢を整えたポチに目がけ、まず二匹が跳びかかって来た。


「きゃん?」


 そいつらは可愛らしい声で不思議そうに鳴いた。

 それもそうだろう。さっきまで黒猫だったはずが、一瞬の内に二本足で立つケットシーに変化したのだから。驚いた状態で一瞬動きを止めた右側の敵目がけ【招き猫】を発動させると、左側のもう一匹に勢いよくぶつける。前までのコケさせるほどしかなかった威力は、プレイヤーに追いかけまわられる中で格段と上がっていた。ストークウルフほどの大きさなら、空中を飛ばすことが可能なだけの威力がある。


「「ぎゃん!」」


 左から聞こえた悲鳴を無視して、今度は自分の方から突っ込んだ。何が起きたか分かっていない今が一番の勝機。できればこのまま逃げ出せるとベストだ。

 突っ込んだ先には五体のストークウルフ。ポチの急な動きに素早く対応した一匹が、木の表面を容赦なく削り取る鋭利な爪でもって襲い掛かる。それは間違いなくポチの頭を捉え、そしてすり抜けた。

 敵が攻撃したのはスキル【猫騙し】で作り上げた幻影である。ここでもプレイヤーから逃げるために作り上げた特殊スキルが活かされていた。

 今回は囮役として使った。幻影に目が行った瞬間、別の方向へと逃げ出す。

 しかし、思った以上に敵の数が多い。どうも戦闘を行わずに済ますことはできなさそうだ。

 逃げた先には数匹のストークウルフが待ち受けていた。その中には一際大きく、顔に大きく刀傷を負っているものがいる。きっとこの群れのボスだろう。


「ガウ!」


 ボスが大きく吠えると一気に前に出て襲い掛かる。

 ただの猫と、巨大な狼。勝負は一瞬でつくと思われた。

 まるで丸呑みにするかのように大きく開かれた口がポチを襲う。目の前にはぎらぎらと輝く牙がはっきりと見えた。硬直しそうになる体に鞭を打って、襲い掛かる敵を無視して前へと走り出した。

 ボスの勢いよく噛んだ顎には何の手ごたえもなく、ガチンと歯と歯がぶつかる大きな音を立てた。

 【猫騙し】による詐術だった。自分の姿にかぶさるように幻影を乗せ、その陰に隠れるように自分は姿を隠す。ポチは一瞬でボスの背後をとっていた。

 自分よりも大きい敵という根源的な恐怖に直結する姿を目の前にして、しかしポチは止まる訳にはいかなかった。

 爪を伸ばし、周囲に幻影を配置し、ポチは威嚇の声を上げた。


***


『やって……やってやったぞ、犬ころが!』


 一対一に応じてくれたボスとの戦いは長丁場になった。その大きさに似合わない速さでもって繰り出される爪撃は完全に避けきることが出来ず、ポチの体にはいくつもの血の噴き出る部分があった。合間合間に【ネコパンチ】による回復がなかったら倒れていたのはポチだったろう。

 全てを出しきった戦いだった。スキルを使用するための体力もほとんど残っていない。

 遊びで作った【能ある猫は爪を伸ばす】がなかったら、間合いというアドバンテージで負けていただろう。

 さらに敵が最後に見せた岩をも砕く咆哮。もし【招き猫】で敵のバランスを崩せなかったらあれでやられていたかもしれない。

 しかし、ポチは勝った。スキルを使いこなし、たった一人で自分の何倍もの大きさの敵を倒したのだ。

 HPが0になって消えていくストークウルフのボスを見送って、ポチは立ち去ろうと……。

 目の前を一匹のストークウルフが遮った。

 その狼を見て、方向を変更して立ち去ろうとすると……。

 また別の一匹が。

 あれ、これやばい。


『群れの一番上を倒せば崩れるって思ったのに……』


 ポチはそうため息をついて、周りを囲むストークウルフたちと再度絶望的な戦いを繰り広げるのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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