森に入ってみた
やっと街を出ました。
これから話が大きく動いていくはずです。
ガタガタ、ゴトゴト、ガタガタ、ゴトゴト。
そんな音を立てながら馬車は進んでいた。流れていく景色は牧歌的である。
今まで始まりの街から出たことのないポチは、今日初めて街を出た。馬車の荷台に乗って寝るのも乙な物で、向かう場所は街から西の方角にある『迷いと誘いの森』。同じ様な姿の木々が薄暗い空間を作り出すその森は、下級から上級までのモンスターが揃っており、様々なレベル帯のプレイヤーが顔を出すエリアである。
せっかくなら街中以外の自然の多い場所でも日向ぼっこがしたいと考えていたポチにとって、ちょうどいい場所だった。
(決して逃げ出したわけじゃないからな)
ポチは必死に自分の事を追いかけてくるプレイヤーの鬼気迫る姿を思い出し、体中の毛をぞわりと逆立てた。
『新天地へ!』
気分一新一声鳴くが、それに反応する者はいない。妖精はみだらに街の外には出られないので、ナナは今近くにはいないのだ。
目立つナナがいないだけじゃなく、逃げ出すためにポチは特殊スキル【猫被り】を発動させてもいた。
このスキルによってポチは今、希少価値の高い雄の三毛猫の姿になっている。ナナが側に居る街の中ではあまり意味はないが、ナナがいない状況でなら誰もポチであると気付くことはないだろう。そう考えて作り出した特殊スキルだった。
他にもただ爪を好きなように伸び縮みさせる【能ある猫は爪を伸ばす】というネタスキルなんかも製作している。
くっくっく、と心の中で笑いながら、ポチは馬車の揺れを楽しんでいた。
頭の上にポチという名前が表示されているので、同じ名前の三毛猫が森に向かっていると噂されるとは思ってもおらず、これで逆に注目されていた、とポチが気付くのはもっと先の事である。
『ここが……迷いと誘いの森』
馬車が森の前で止まると、ぴょんと荷台から跳び下りた。お金は払っていないから、無賃乗車である。
森の入り口を前にして、ごくりとつばを飲み込む。
森の中へと続く道は確かに見えるが、その暗がりのせいで全く中を見通すことが出来ない。同じ馬車に乗っていた他のプレイヤーたちはポチに不躾な視線を寄せてくる。だが、その中にはポチを血みどろになって探すような者たちはいなかったようで、数人ほどはポチの頭を撫でると目の前に食料を置いていった。不思議に思いながら、ポチはとりあえずアイテムボックスにそれらをしまっておく。
『いつまでもここにいるわけにもいかないよな。行くか』
ポチは誰かを確認するように、ちらりと横を向く。しかし、そこにナナの姿はない。
うるさいのがいなくなって清々したってなもんだ。
ナナがいることが当然になっていると気付き、若干の寂しさを感じたポチは、そう強がりを言って森の中にゆっくりと入って行った。
森に入っても意外と暗くは感じない。ポチは猫になってから闇夜でも見通すことが出来るようになっていた。初期スキル【猫の目】の効果である。
さっさと進んでしまおうと道をどんどん進んでいくが、他のプレイヤーが至る所にいて満足に進むことが出来ない。会って追いかけられてしまったら元も子もないからだ。
ついに誰もいない方に歩いていくのも難しいと思われたとき、ポチは小さな道を発見した。
右へと折れ曲がる道の真正面、小さな足跡とともに少し踏み固められている場所があった。おそらくは獣道である。
『これぐらい小さい道なら、もしモンスターと鉢合わせても大丈夫かな』
ポチが通れるほどしかない道幅だ。相手もそれほど大型じゃないだろう。
少し逡巡した後、ポチはここを通ることにした。
上にかぶさってくる大きな葉っぱは視線を奪い、足元にごろごろと転がる石は肉球に突き刺さり、突き出た木の根が壁のように通せんぼする。人ならば無視できる程度の物がポチの行く先を遮る。
どこかに日向ぼっこにちょうどいい場所があるはずだと歩き続けて数十分。スライム(某ゲームのプルンとした雫型ではなく、どろりとした緑の液体状)に体をめり込ませかけたり、人サイズの大型昆虫モンスターが上を飛んで行ったりすることが何度かあった。
人にとっては小さな水たまり程度のスライムも、猫からしてみれば体を丸ごと呑みこめるほど大きい。それが地面に広く飛び散っていて、欠片を踏んだ瞬間ポチ目がけて集まってくるのだから、毛が逆立つとかのレベルじゃない。ちょっとしたホラー体験である。
虫にしたってそうだ。普通サイズの虫ですら猫になり体が小さくなっている状態では十分に巨大化したように感じられるのに、それが人サイズにまで大きくなれば、踏み潰される恐怖すら感じるのだ。
ハハハ。
そんなビクビクしながら進むポチの耳に、笑い声が届いた。かすかなその音は頭上から聞こえたようだ。
『ありゃ、見つかったかな』
そう【猫語】でしゃべって降りてきたのは一匹の長毛種の猫だった。四足ではなく、手慣れたように後ろ足で立っている。
『モンスターか?』
『いきなり不躾だね。新入り君は。どうも初めまして。ケットシーのニールというものだよ。お見知りおきを、旅猫君』
そう言ってまたハハハと笑って、猫のくせに気取った様子もなく右前足を差し出してきた。どうやら握手のつもりらしい。
ポチが何もしないでいると、早くと目線で促してくる。とりあえず断る理由もないため、自分の名前を言って、前足を差し出す。残念ながら猫の手ではお互いの手を握ることはできず、肉球をぶつけ合う結果に終わってしまったけれど。
『いや、猫の噂に聞いていたポチ君にこんなところで逢えるとはね。ああ、さっきの質問に答えるとしたら、僕は妖精だよ。知っているかい。ケットシーのシーは妖精という意味なんだ』
目の前の二足で立つ猫はまるで人の様に動いた。今も右前足を器用に使って顎のあたりをさすっていて、その様はかなり人間臭い。
『結局何の用なんだ』
『ああ、別に用はないよ。すこし噂に聞いた君に会ってみたかったのさ。ちょうど僕のテリトリーであるこの森に来ると聞いたもんでね』
一言で言うなら好奇心という奴だよ。そういってニールと名乗ったケットシーはまた笑った。
『好奇心、猫を殺すって言うぜ。気を付けな』
それじゃ用がないならもう先を行かせてもらう。そう断ってニールの横を通り抜けようとした。
『ああ、満足だ。満足ついでに一つとっておきの場所を教えよう。ここを右にまっすぐ行くと、太陽の光が気持ちいい場所に出る。それはそれは気持ちいいところさ』
ポチが日向ぼっこできる場所を探しているという事を、猫の噂というもので知っていたらしい。良い情報だったろう、と笑いながらニールはポチを見ている。
今一番欲しかった情報だ。どこか神経を逆なでする所はあるけど、意外といい奴なのかと思いながら、ポチはありがとうと一声鳴いた。
本当のことを言っていない可能性もあるが、元々運任せだったのだ。気にするほどではない。
ニールが指さした方向へと、ポチは草をかき分けて進むことにした。
背後からハハハ、また笑い声が聞こえた。
『どっちが好奇心で死ぬのかな』
ニールが何か呟いたようだったが、揺れる草々のすれ合う音でポチはよく聞き取ることが出来なかった。
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