プロローグ② 花畑で戦ってみた
二つ目のプロローグです。
始まりの街を西に抜け馬車で一日ほど走ると丘が見えてくる。ここを越えれば次の町があるため旅をするプレイヤーにしてみれば一つの標識となっている場所である。
アクティブモンスター――プレイヤーを見つけ次第襲ってくるように調整されたモンスター――もおらず、注意すべきは丘のふもとの花畑に出る小型犬ほどの雑食の蜂型モンスター程度である。
そのため誰もが次の町を思って足早に進む場所なのだが、荷物を載せた馬車に乗った二人のプレイヤー――その装備品や馬車からすると冒険者スタイルではなく、商人プレイをしている模様――は馬を止め、花畑の方を胡乱気に見ていた。
「ありゃ、何だ? AIの故障か何かか?」
「ああ、バグかもですね」
二人の見た先には注意すべき子犬大の蜂型モンスター、パピービーが数匹と、その数匹と闘っている一匹の黒猫の姿だった。
右手だけが白いという可愛い黒猫は威嚇というには可愛い声を上げながら、自分の周りをうるさい羽音を鳴らして飛び回るパピービーに対して伸ばした爪を振り回していた。残念ながら躱されていたが。
その姿はまるで猫じゃらしを前にして手を伸ばす猫そのものの動きだった。
「まあ、じゃれてる分には報告もいらねえだろ」
「駄目ですよ。こういうのは見つけたら報告しないと。とりあえず何かのクエストかもしれないですし、お得意様の冒険者たちにでも情報流しときますよ。良い情報なら後から情報料をもらえるかもですしね」
「はあ、がめついね、お前は」
「……商人プレイを押しつけたお前が言うか? いいんだぞ。この前のお前が出した赤字分の借金を今請求しても……」
「よし、さっさと町に行って後ろの商品売るぞ!」
通りすがりの商人たちはこんな会話をして、動きを止めていた馬に鞭を入れた。そこらの草を食んでいた馬は、一瞬振り向いて嫌そうな顔をしてから鞭に従ってゆっくりと町へと進み始めた。商人たちの頭にはもう次の町での商売のことで頭が一杯で、あの黒猫の事は綺麗さっぱり無くなっているのだった。
***
そんな忘れ去られてしまった黒猫の方はというと、
『おお、また数が増えた! ひい! 近くで見ると蜜蜂の口ってコワッ! うおおお! 子犬サイズだからと思って正直舐めてた。よく考えれば子犬大でも猫の俺より大きいのは当たり前じゃん。なんだよ、パピービー(子犬蜜蜂)って可愛い名前に騙されたなっ! これはこの花畑のボスかもしれないな』
可愛らしい泣き声で盛大に喚いていた。数匹だったパピービーは気付けば十匹を超え、それぞれの個体がキューキューと口元をざわめかせては黒猫目がけて突進を繰り返しているのだ。
この今にもモンスターに食われそうになって喚いている黒猫こそ、このVRMMO『休日の楽園』唯一の獣型アバター、つまりは唯一の非人間型のアバターを選択したプレイヤーなのだった。プレイヤーネームはポチ。
色々あって始まりの街を出たポチは良い昼寝場所を見つけたと思い花畑に駆け込み、そのまま蜜を採取中のパピービーに突撃。攻撃されたと思ったパピービーが仲間を呼んで、今に至っている。ちなみにこのモンスターは攻撃方法が噛み付きだけの低レベルモンスターである。決してボスだったりはしない。
「キューキュー」
一際大きく鳴いたかと思うと、敵はポチに対して一気に攻勢に出た。今まで様子を見るように一匹ずつ攻撃していたのを、二匹、三匹と数を増やしていく。
それに対してポチがしたことは、
『スキル【招き猫】』
そう呟いて前足で空を掻いただけだった。見ている者がいたら、避けろ、と叫んでいるような状況を分かっていないかのような行動だった。次の瞬間、突進によって倒されるポチの姿は……なかった。
何故か、飛んでいた他のパピービーが突撃する別のパピービーの進路上に飛び出して同士討ちしてしまったのだ。それはまるでいきなりポチの方へ引き付けられたかのような、急な軌道を描いての割り込みだった。
その良く分からない状況に、知能も低い昆虫型モンスターであるパピービーの動きが止まる。
『スキル使わないとやっぱり無理そうだ』
ポチのその一言は傍から聞いていたら、ただ「ニャー」と言っているようにしか聞こえなかったけれど、それでもその瞬間ポチの雰囲気が変わったのは分かっただろう。パピービーもそれは分かったが、逃げるという考えを持てるほどに知能は高くなかった。
良く分からないと結論付けた蜜蜂たちは、自分よりも小さい生き物を捕食しようと何も考えず突撃を再開した。それが悪手だとも知らずに。
***
『はあ、これでやっと寝れそうだ』
ポチはため息とともにそう言うと、暖かな太陽な光を感じながら花畑の中で丸くなった。
周囲には死亡エフェクトの光をまき散らしながら消えていくパピービーが、頭と胴体とに断ち切られて落ちていた。
ポチが丸くなって数秒、静かになった花畑には風が花を揺らす音と、小さな寝息だけが響いていた。
お読みいただきありがとうございました。