本当に鬼ごっこしてみた
新しいスキルを出すことが出来て満足でした。
ポチはお屋敷を抜け出した。
誰にも見つかるなと願いながら、なるべく狭い路地裏や屋根の上なんかを選んで進んでいく。しかし、見つかることなく逃げ切るには無理があった。
「いたぞ、あそこだ!」
その叫び声が契機となって、ネコとプレイヤーの鬼ごっこが始まった。
見つかったのはお屋敷と外に出るための門との間の三分の一地点。残り三分の二をどうにか走破しなくてはならなかった。『ポチを健全に保護し見守る会』に見つかっても、町の外に出られるわけではないから、ポチはほぼ独力で成し遂げないといけないわけだ。
それと、流石に目立ちすぎるのでナナは今回不参加である。
『思ったより早く見つかったな。このままだと追いつめられるか……。一回撒かないとな』
ポチはネコアバターになって過敏になった感覚を活かし、プレイヤーが路地を包囲し始めたのを察知した。そしてこのあたりの地図を頭に思い浮かべながら、逃げられそうな場所を探す。
日向ぼっこ場所を探し歩いたポチの頭の中には、この街の道や建物なんかがインプットされているのだ。
『さあ、新しいスキルのお披露目だな』
吹き抜ける風を感じながら、ポチはざらついた舌で唇を潤した。
***
ポチを包囲しているのはギルド『風の騎士団』の面々。人数、平均レベルともに中級といわれる程のギルドである。ギルド名通り風属性を扱えるプレイヤーが多く、『騎士団』という名前に反して風魔法を使った特殊スキルによる情報収集を得意としている。ポチを真っ先に発見したのも、このスキルによるものだ。
「ジンナイ、こちらは路地を抑えた」
「了解。風の結界を張るのも忘れるなよ。相手はネコだからな」
「了解。屋根に上られて気づきませんでしたじゃ、笑い話にもならないからな」
白い軽鎧を纏い、風をイメージしたギルドの紋章が刻まれた長剣を腰につるしたギルドリーダーであるジンナイは、仲間からの連絡を受け、注意を促しながらも笑みを浮かべていた。彼の手元に広げられたマップには赤いマーカーが一つと、緑のマーカーが複数浮かんでいる。
風系特殊スキル『ウィンドサーチ』。魔法で生み出した風によって、仲間や敵の位置なんかを把握するスキルだ。特にこういった見晴らしのきかない場所や、入り組んだ迷宮系ダンジョンに有効で、勝手にマッピングも行ってくれる優れものだ。デメリットは、これを発動中はその場所からほとんど動けないことだ。
ちなみにこのゲーム、地図機能はあるが、自分たちで書きこまないとほとんど意味がない。地図職人という職業に就くプレイヤーも少ないがいるのだ。
「ブラッシー、お前の所に行くぞ」
「了解」
ジンナイの目の前のマップでは赤色のマーカーが路地を曲がり、仲間が待ち伏せする位置へと走りこむのが見えていた。そのマーカーがほぼ重なったところで上手くいったとガッツポーズしかけたジンナイは、その目を疑った。重なったマーカーはそのまますぐに離れてしまったのだ。
「おい、ブラッシー! 何やってる。早くそこの黒猫を捕まえろ!」
「リーダー、間違えてないか?」
「何を間違ってるっていうんだ。早くしないと、『ウインドサーチ』の把握できる範囲を超える。すぐに追ってくれ」
ジンナイ自体も追いたいところだが、動くにはスキルを一旦切らないといけない。そうすればもう一度ポチを把握するのに時間がかかってしまうのだ。焦っているジンナイに、ブラッシーと呼ばれたプレイヤーはとんでもないことを言った。
「でもよー、今通り抜けて行ったの三毛猫だったぞ」
「はあ?」
ジンナイは情けない声を返した。
***
『変な風がやんだ……。どうやら、撒けたみたいだな』
『風の騎士団』がいた路地裏を抜けた三毛猫が、商店が多くみられる場所まできてそう言うとふうと一息ついた。
『ははは。この姿じゃ俺がポチだってわからないだろ。あいつらは右手が白い黒猫を探してるはずだからな。でも、新しいスキルがなかったらやばかったかもな』
三毛猫の姿が一瞬ぶれると、そこにいたのは三毛猫ではなくプレイヤーが追いかけるポチの姿になっていた。
【猫被り】。ネコ専用スキル。一度触れたことのある猫の姿に変身することが出来る。変身した相手のステータスの何%かを自身のステータスにプラスする。この効果は変身中続く。
このスキルでポチは姿を変えていたようだ。ただし、熟練度が低く、まだ維持できる時間は数分もない。一瞬目をくらませることを目的としたスキルだった。
さらに今回に関しては風の騎士団が生み出した探索用の風に猫特有の敏感なひげで違和感を覚えたというのもプラスに働いていた。現在も路地内を探す風の騎士団によってプレイヤーの注意がそちらに向いているのも、ポチにとっては僥倖だった。
次が来る前に少しでも移動しようと、ポチはすぐさま走った。大通りの人込みを潜り抜けることができれば、プレイヤーも追ってこられないだろうと、考えて行き交う人々の足元を通っていく。
「いたぞ! あそこだ!」
『もう追いついてきたのかよ! 勘弁してくれー』
そうそう甘くはいかないらしい。またすぐに発見され、前方の道をふさがれてしまう。
(温存しておきたかったけど、そうも言ってられないか)
ポチはここでもう一つのスキルを使うことに決めた。全体を見渡して一番良いタイミングを狙う。向こうには網や袋を構えた様々な装備のプレイヤーたち。後ろからもNPCを押しのけて迫ってくる集団。数は少ないが側面からもポチを狙う手が伸びる。絶体絶命な状況でポチの目に飛び込んできたのはNPCが御者を務める馬車だった。
(ここだ! スキル発動、【ネコ騙し】)
馬車の下に潜り込んだポチがスキルを発動した後、その馬車の下から一匹の黒猫が飛び出した。上手くそこらに置いてあったものを台にしてプレイヤーたちの頭上を跳び越えていく。
「追え! 逃がすな!」
「あの猫は俺たちのものだ! 他の奴らに渡すな!」
物騒な声が響き渡り、走り抜けていったポチをプレイヤーたちはものすごい勢いで追い始めた。
先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように静かになったころ、馬車の下からポチが顔を出した。
『うまくいったみたいだな。スキル【ネコ騙し】。時間制限つきで自分の分身を生み出せる』
そう先ほど馬車の下から飛び出していったのはポチではなく、スキルによって生み出された幻影だったのだ。攻撃を食らえばすぐに消えてしまうものの、生け捕りにしようとしている今の状況なら時間稼ぎにはもってこいだった。
もう外へ出る門までは少し。また路地裏に戻り、人の目を避けながらポチはゴールを目指すのだった。
***
ポチは体中の毛が逆立つのを感じた。
プレイヤーに追いかけ回される中でも感じなかったその感覚は、ブチ切れたローズが垂れ流していたそれに近かった。
つまり、殺気である。
(殺される)
その思考と行動は一瞬だった。狭い道が左側に見えた瞬間、ポチは左側に無理矢理跳びながら、自分と入れ替わるようにスキルで作り出した分身を前へと走らせた。
ジャンプの勢いで狭い道へと自分の体が吸い込まれていくのを意識しながら、ポチの目に映ったのは突如現れた黒い影が容易く分身の首を切り落とす瞬間だった。
やばいと考える前にポチの体は生存本能に従うように逃げ出した。もう一度黒い影が横なぎにした刃がポチのしっぽの毛を少し刈り取った。一瞬でも逃げるのが遅かったら、確実にポチの体は二つになっているところだった。
一目散に逃げるポチに向けて、黒い影は感情を抑え込んだような声を出した。
「これでは終わらないぞ」
ポチの耳にその声は届かなかった。
この日ポチはどうにかプレイヤーに捕まることなく始まりの街を抜け出すことに成功した。あの黒い影がなんだったのかと、首をかしげながら。
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