戦乙女が暴れるに任せてみた
今日二つ目の投稿です。
メイスを握りしめて戦乙女が笑っていた。
ポチを襲う男どもどころか、ポチや観客たちの背中にもひやりとしたものが流れた。
『うわっ!』
恐怖で緩んだのか、ポチの体は赤モヒカンの手から滑り落ちる。
ポチは流石猫といった風に、くるんと一回転して四足で見事に着地した。
「猫さん、すごいなの」
まだ男に捕まえられた状態でナナが拍手をしている。首に剣を突き立てられながら意外と余裕がある。
すると、男たちや観客の間でざわざわと声が上がった。
「おい、あれ『死出誘う乙女』じゃないか」
「嘘だろ。あの戦狂い達がこんなところに来たってのか」
『死出誘う乙女』? 戦狂い?
時折見かけた彼女たちの姿からは想像できない呼び声にポチの思考はその言葉を繰り返すだけで止まってしまう。
そのせいでポチは背後から迫る男の手に気付くのが遅れた。
『くそっ』
しかし、叫んだ声はむなしく消えた。なぜならポチの体に男の手が触れることはなかったからだ。
「にしし、ローズお気に入りの猫ちゃん、大丈夫かにゃ?」
ふざけた口調の女獣人がポチの首根っこを持って男より先に持ち上げたのだ。ローズのパーティーメンバーのリアン。服装は金属部分のない革鎧を申し訳程度に身に着けているだけのへそ出し肩出しの軽装である。ただ腰にはいくつもポーチがぶら下がっている。
「ほら、この子と一緒に隠れてな」
「お、お前、いつの間に!」
そう言って差し出されたのは目を丸くして、自分とリアン、そしてポチを交互に見ているナナだった。猫になって鋭敏になったポチの五感ですら感じ取れない隠密をリアンは行って見せたのだ。いつのまにか手から消えていた妖精に、敵の親玉も驚きで声を上げていた。
ポチと彼女たちはレベルだけは並んでいたが、やはり経験の差、技量の差というのが両者の間には歴然としてあった。
ナナと共に地面に降ろされたポチは、今度は観客の側に立った。
いつの間にか握っていた妖精を取られていたリーダーが怒って他からさらに仲間を呼んだらしく、リーゼントや上半身裸に長ランとかさっきまでいなかった男どもが増えていた。本当にどういう集まりなのか気になる所だ。
ここに至って賭けの対象は死出誘う乙女vs怒弩努に変更されていた。オッズは聞くのも愚かという感じだった。
「あなたたち、私のポチに手を出したんですから、どうなるか分かってますよね」
「にしし、ローズがぶちぎれてるとか珍しいぞ。お前ら運が悪いな」
「ほら、リアン。さっさと終わらせるぞ」
異様な雰囲気を漂わせているローズの隣で、リアンは伸ばした爪を擦り合わせながら楽しそうに笑い、リオンは二人の好戦的な様子に嘆息気味ながらアイテムボックスから取り出した鉄棒を肩に載せた。残った一人リューリューは背後でめんどくさそうにあくびをしている。
その風格は流石に一流プレイヤー。数は完全に怒弩努の側の方が多いと言うのに、負ける様子が想像できなかった。
「くっ、舐めやがって。お前たち、女だからって構う事はない。本気で襲え! 押し倒してもいいぞ」
その明らかに負けフラグなボスの言葉がきっかけとなって、そこからはローズたちの独壇場だった。
ちなみに自由度が高い『休日の楽園』とは言え、十八禁行為は出来ない。
「《弾けろ》【火炎弾】」
「《光よ、貫け》【レイ・アロー】」
最初に動いたのは驚くことに怒弩努の方だった。最初から準備していたのだろう、後方に位置していた男たちが四人目がけて魔法を解き放ったのだ。低位魔法ゆえに威力は低いが速射性に長けている。まずは魔法を連発してローズたちの動きを止める策なのだろう。流石に戦い慣れている動きであった。それが、彼女たちでなければこれで十分に勝機をつかむことができたかもしれない。
「はっ! 豆鉄砲もいいところだな」
ぶおん!
その啖呵を聞き取れた者はどれだけいただろうか。体を浮かせるほどの風が吹き抜ける音に、その声はかき消されていた。そして、目を丸くしたのはその風がリアンがただ振り下ろした鉄棒一つによって起こされたことだった。
「嘘だろ……」
それはその場にいる者たち全ての心の声の代弁だった。
「わはは、あのちっこいお姉ちゃん、凄いなの! 棒をびゅん! ってやったら、風がぶわっ! ってなって、魔法が吹き飛ばされたなの。凄いなの! ナナにも出来るなの?」
『お前がちっこいお姉ちゃんとか言うと、すごい違和感な』
ポチの言葉を分かる者がいたら、突っ込むところはそこなのか、と文句を言っただろうが、残念ながらこの場にはいない。ポチはまるで他人事のようにしていた。
「……『落とし穴』」
その意識の間隙をつくように、背の低い魔法使いがぼそぼそと何かを呟くと男たちの足元に突然穴が開いた。ただ深さはそれほどではないらしく、腰ほどの高さまでしかない。しかし、それは十分に男たちの動きを止めていた。
「ふふふ、いい高さに頭がありますね」
「や、やめ、ぎゃあっ!」
地面から抜け出そうとした男たちに待っていたのはローズによる鉄槌。上から下へとそのメイスの重さを最大限まで活かした一撃は、決してHPが低くはない前衛職のチンピラでも、二、三発で光へと変えていく。
「おい、ヤス! 早く全体ヒールだ! ボス戦だと思え。数の利を活かして闘うんだ」
「へ、へい。ボス」
ボスはやっと力の差が分かったのか、何とか落とし穴に落ちなかった者や抜け出した者たちを集めて隊列を組む。
『初心者の俺でも分かる。遅すぎるな、動きが』
「遅いなの?」
『ああ、この前の俺がそうだったけど、強い敵が相手なら逃げるが勝ちだよ』
ポチの言葉はその通りになった。
数を活かして前衛のリオンを抑え込み、回復職のローズや後衛のリューリューを狙い始める怒弩努だったが、その策は最初から一つも機能していなかった。
「いくらドワーフ族だからって、硬すぎんだろ! 攻撃が通らねえぞ」
一つ目の悲鳴は前衛から。防具をほとんどつけていないその肌へと振り下ろした刃がダメージを与えていない事への叫びだった。
「なんで、回復職に接近戦で押し負けてるんだ! 紙装甲じゃねえのかよ」
二つ目はローズを襲う遊撃手。素早い動きとそこから繰り出される手数の多い攻撃を繰り出そうにも、ガードも無視して振り回されるメイスに容赦なくHPを削られていた。
「……!……?」
三つ目のリューリューを狙っていた者たちは悲鳴を上げる間も、何が起きたかも理解する事なく、体を麻痺させて動きを止めていた。
ちなみにリアンはポチたちの隣で暇そうにあくびしている。きっとポチ達を護っているのだろう。彼女が参加するほどもないほど一方的な戦いになっていた。ただ今日は和服エルフの侍はいないようだった。
「うちの仲間たち強いっしょ、にしし」
「にゃー(確かに)」
リアンはさっとポチの前足の下に手を入れて持ち上げると、そう言った。ポチも一声返す。
掲げられたその先では、リオンの無造作に振り回したようにしか見えない鉄棒がモヒカンもスキンヘッドも関係なく、男たちを吹き飛ばしていく。リューリューがぽつりと唱える度、ヒーラーや魔法使いがその動きを止める。
しかし、彼女たちの中で一番恐ろしかったのはローズだった。
「私のポチに触れたんだから、楽に死ねると思わないでくださいね❤」
ハートマークを最後につけてそう呟きながらメイスを一振りすれば男ども数人が飛び、ヒールをかけて回復させては再度吹っ飛ばす。そのあんまりな有様に全員ドン引きである。
「ニャ、ニャゴロ(俺、ローズの物になった覚えないぞ)」
「ああ、ポチが応援してくれてる。私やるからね」
ポチの方を向いてそう言う時だけは可愛い笑顔を見せていた。
前を向いた瞬間悪鬼の如き形相になると、その落差が激しい。今も、自分が睨まれたと思った商店街の客が悲鳴を上げていた。
「あのお姉さん、怖いなの。鬼なの、羅刹なの、01なの」
恐怖心なんか持っていなさそうなナナも震える恐ろしさである。最後の01はおそらくナナの上司の事だろう。鬼や羅刹よりも後ろに呼ぶほど怖いらしい。
そして気がつけばあれだけいたチンピラどももほとんどいなくなり、男たちで残っているのはもうリーダーと赤モヒカンのみ。二人ともごっつい体で抱き合って震えている。恐怖からログアウトするという事も忘れているようだ。
「これで終わりです。《処女の腕の如く荊を伸ばし、処刑者を棘で優しく抱きとめよ。血塗れの薔薇よ、咲き誇れ》」
【薔薇の処女】
その呪文が言い終わった瞬間、地が細かく揺れた。人なら気がつかないほどの小さな揺れも、ポチはしっかりと感じていた。
その揺れが次第に大きくなって、大地から四本の荊が飛び出した。少女をかたどったその荊は抱き合っていた男たち二人に絡みつき、その体にまるで針のように細く鋭い棘を容赦なく突き立てていく。
「んぐぐっ」
顔まで巻き付かれているためくぐもった声だけが、時折荊の間から漏れ聞こえる。現実世界の拷問道具の一つ鉄の処女同様に、その棘は急所を外し微ダメージしか与えていないようだ。長い長い呻き声と共に大きな白い蕾がいくつも現れたかと思うと、付け根から次第に血のような赤へと色を変えていき、真っ赤に染まりきったところで美しい薔薇は咲き誇った。
呻き声が消えた瞬間、中の男たちが死亡したことを告げる光が荊の隙間から漏れだしていた。
「ポチ、大丈夫ですか。私、怖いけどポチのために頑張りました」
真紅の血薔薇を一身に浴びて、ローズは笑った。
怖いは嘘だろ!
『死出誘う乙女』の女たち以外の全員が心の中でそう叫んでいた。
***
ん?
お開きお開きという感じで元の商店街にその姿を戻しつつある中、ポチはぴりりと背筋の毛が逆立つのを感じた。
何とも言えない、コールタールの様に粘ついたように張り付くそれはおそらく視線。得体のしれないものに見られている感覚。
さっと背後を振り向くが誰もいない。
「どうかしたの」
さっきから抱きしめては離してくれないローズに、ポチは何でもないと一声鳴いた。
粘りつくような視線は気付くと消えていた。
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