襲われてみた
楽しく書いてたら長くなりました。
バトルシーンっていいですよね。
微妙に長くなったので、二つに分けてあります。
もう一話は12時に投稿を予定してます。
「《氷の檻よ、目前の敵を封じ込めよ》【アイスケイジ】」
一瞬の寒気が商店街を走った。次の瞬間には氷でできた堅牢な檻が降りてきた。そうと気付いた瞬間、ナナを口でくわえてポチはその場を飛び退いた。
尻尾にひやりとした物が触れる。背後を見ると、氷の檻ギリギリのところを尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「どうだ。捕まえられたか」
おそらく先ほどの魔法を使ったやつの仲間だろう。狙いはポチかナナのどちらなのか。もしくは両方をねらったものだったかもしれない。
自分一人で逃げるべきか、ナナを逃がすべきかでポチは躊躇するが、気付けば逃げ出すのが難しい状況になっていた。
「いや、逃げられちまったぜ、ボス!」
「何をしとるんじゃっ! あの猫捕まえて新クエストは俺らが独占すんじゃ。お前ら強引にでも捕まえたれ。せっかく手に入れた情報を無駄にすんな、お前ら」
リーダーと思しき野太い声に応える様に、周囲から何人もの男どもの声が聞こえた。状況がつかめていない他のプレイヤーを押しのけて、ポチたちの方にやってくる。
どうも標的はポチの方らしい。ナナをぺっと遠くに放って、ポチは周囲を囲む奴らを見る。
いかにもワルですという格好の奴らばかりだ。とりあえず近いのは三人。右から赤モヒカン、青モヒカン、スキンヘッド。どいつも世紀末に活躍しそうな雰囲気である。良い声で叫びそうだ。
「おら、猫ちゃん。悪いことしないからこっちきな」
「おまんま喰わせてやっからよう。こっちにこい」
本人は猫撫で声のつもりなのかもしれないが、図太いガラの悪い声だった。魔法を放っておいてよく悪いことしないと言えたものだ。
周りを巻き込まない様にしようとポチはそう考えて周囲を窺うが、いつのまにか全ての露店が食いもの屋に変わっていた。何故かイスとテーブルが用意され、気の早いプレイヤーは酒を頼んで楽しそうにこっちを見ている。
八百屋のおばさんを見ると、いつの間に作ったのかポチと書かれた鉢巻をしていた。
このゲームは基本的にPKが許可されている。『休日の楽園』は何にでもなれる。それは悪でも構わないという方針からだ。
ただその例外の一つが始まりの街で、初心者保護のためにNPKゾーンになっている。ただし、例外の例外も少ないながら存在する訳だ。
この商店街は街中にあるPK、PvP(プレイヤー対プレイヤー)許可エリアの一つなのだ。他はスラム街とか路地裏など危険地帯と設定されたところにしかなく、娯楽として見ることが出来る場所はここを含めてそれほど多くはない。
だから誰が呼んだか決闘商店街。店の経営者のほとんどがプレイヤー。それも上級レベルじゃないとやっていけない場所である。そうでないと、盗まれても文句は言えない。
「もう締め切るよ。ほら賭けた賭けた」
向かいの店からはそんな声が飛んでいた。見てみるとポチvs怒弩努と書かれた板が張り出され、名前の下にはオッズも書かれている。怒弩努というのが、敵のパーティー名なのだろう。もう完全に娯楽と化していた。
「ははは、よく分からないが、暴れてもよさそうだな。囲んじまえ」
「へい!」
その言葉通り男たちが肉の壁になってポチを囲む。
こうして大量レベルアップ、さらに特殊スキルを獲得してからの初戦闘が始まった。
と言ってもポチがやったのは、
「おい、そっちに行ったぞ」
「くそ、股下抜けやがった」
「どこ狙ってやがる。俺達に魔法を当てる気か」
ただただ逃げ回ることである。
今でもたまにニュースになるが、街に逃げ込んだ猿とかの捕獲に多くの警官が動員されるあれだ。上を下を跳びまわる動物を人が捕まえるというのはそれだけで難しい。
ポチは右から跳びかかる男の手をさっと避けると、腕を上って肩から背中へと抜ける。その背中を踏み台にして、さらに背後にいたスキンヘッドを跳び越える。
「痛ぇっ!」
ついでにその防御力の低そうな頭に爪を立てておく。
基本的にお互いの身長差から攻撃は上からしか来ないから、戦闘慣れしていないポチでも何とか避けることが出来ていた。レベルによって上昇したであろう猫の敏捷性の高さもそれに一役買っている。
(それに何だか相手の動きが良く見える!)
ただこれだけだと敵を倒すことが出来ないので、そこはちょっとスキルを分からない様に使っていた。
捕まえると言っていたはずが、頭に血が上ったのか赤モヒカンが殺す勢いで剣を振り下ろす。見た目の下っ端感の割に手慣れたその動きに乱れはなく、このままだとポチの体に剣が食い込むだろう。
だからポチは手をくいっと動かした。
「おおっ?」
するとまるで何かに引っ張られたかのように赤モヒカンが前に倒れそうになり、踏ん張るため足を一歩踏み出してしまう。そして運よくというか悪くというかポチを狙った剣は頭上を通り抜けて背後の男に突き立ったのだ。
スキル【招き猫】を使った同士討ち狙いの攻撃である。
「同士討ちしてんぞ、あいつら」
「猫一匹捕まえられないのかよ」
ぶつかった奴らを見て、観客は大笑いだ。
「ニャーゴ!」
ポチは調子に乗って観客受けを狙って片手を天にあげ格好つけてみる。
わあああああああ。
酒の入った観客はまだ昼間だというのに大盛り上がりである。ゲーム内では酔えないはずであるが、これもロールプレイの一種だろう。
「猫さん、頑張るなの~。勝て~なの」
若干一名お酒が入ってないのに、テンション高い妖精がいる。興奮しているのか、くるくると空を飛んでいる。
囃し立てている観客の声に苛立ったのか、奥に引っ込んでいたリーダーらしき男が出てきた。一番ごつい装備に、一番ごつい武器を持っている。
「く、くそ。馬鹿にされてんぞ、お前ら。猫なんかに舐められてんじゃねえぞ。人質でもなんでもいい。その猫の動きを止めやがれ」
一瞬沈黙が走る。そして次に広がったのは笑いだった。
「猫に人質だってよ。おい、胴元。あいつらがこんな玉無しだと思わなかったぜ。今からでも猫に変えられないか」
「おお、俺も俺も」
そう言ってまた観客が爆笑した。
怒弩努の側が可哀想になるくらい、馬鹿にされている。そしてこういう輩は、馬鹿にされたら何をするか分からない。それはゲームも現実も変わらないらしい。
よく分かっていないだろうに爆笑していた馬鹿な妖精が、いつの間にかリーダーの男の手に収まっていた。それも首元に剣を突きつけられた状態で。
「おい、猫。この妖精を助けてほしかったら、大人しく捕まれ」
「ああビックリなの。ナナ、捕まったなの? ……猫さん、助けてなの~」
緊張感のない声が響いた。
……見捨ててもいいだろうか。
そう思いながらちらっとナナを見ると、潤んだ目がポチを見つめている。
さっと、ポチは目線を逸らした。
「猫さん、無視しないでなの。ソウルメイトを見捨てるなの?」
『誰がソウルメイトだ!』
ただの猫だと思われているはずだから逃げてもいいんだけど、どうしようかとポチは頭を抱えた。そして無抵抗を示すために腹ばいになる。
「リーダー、流石にそれは……」
「うるせぇ。つべこべ言わずに捕まえろ」
周りのガラの悪い奴らも流石に引いているようだったが、リーダーに言われたことは絶対らしい。
ぎくしゃくした動きながら赤モヒカンがそっと腹ばいになった黒猫を抱き上げる。
「ぶべらっ!」
瞬間、スキンヘッドが吹っ飛んで行った。勢いよく露店にぶつかってその動きを止める。
全員の目がスキンヘッドが飛んできた方向に向かう。
そこには凶悪な棘がびっしりと生えたメイスを振りぬいた形で立つ少女の姿があった。無表情ともポチを前にしての笑顔とも違う、凶悪な笑みを張り付けた顔でローズは睨んでいた。
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