スキルを使ってみた
ナナをアホに書くのが楽しいです。
『う~ん。何だろう。このカオス』
「な、なの~」
小さな俺の上を火の玉が飛んだり、金属と金属がぶつかって火花が散ったりしている。あちこちで怒号が飛び、それ以上の攻撃と悲鳴が返される。まさしく戦場。
隣ではおろおろとした様子で辺りを見渡すナナの姿。
気を抜けば、
ドゴン!
「悪い、猫ちゃん」
「ちょっとリオン、気を付けてください」
目の前の地面が誇張なしに吹き飛んだ。ポチの足の先数センチ先がクレーターの端である。
気を抜けば、数秒後にはお陀仏すること間違いなしの戦場がそこにはあった。
小さな体であったことが利点になっていて、的が小さいおかげで、ポチとナナは何とか生き残っていると言っても過言じゃない。
でもどうしてこんな事態になったのか。
ポチがナナに誘われる形で、昨日作成した特殊スキルを使ってみようと思ったのが始まりだった。
***
「せっかくだから特殊スキルを使ってみるなの」
待ち受けていたかのようにログインした先にナナはいた。昨日と変わらぬ羽衣スタイルである。狭い路地だからか、羽を閉じていて昨日とはまた少し雰囲気が違う。
「違うなの。昨日よりもピンクが入ってお洒落なの」
「ニャー」
「あれ、しゃべれないなの? 昨日の猫さんじゃないなの?」
今日は街も通常モード。ログインした際の場所は、猫ほどの幅しかない路地の人から見えない位置に設定してあるため、誰かに見られることはないが声を聞かれる可能性はあった。だから、ポチは「ニャー」としか言わないのである。
ちなみにこの機能は初日にローズが、猫さんとの思い出の場所とか言ってやっているのを見て覚えたものだ。
ナナはポチがニャーとしか言わないから、別人(別猫か?)と勘違いしたんじゃないかと慌てている。そして、一度ポチの方に一礼した後、エイなのっ、と変な掛け声をして飛び立とうとした。
しかし、一気に広げた羽が路地の壁にぶち当たった。キラキラとした何か、まるで蝶の鱗粉のような物が羽から飛び散った。
「うう、痛いなの~」
痛いのと慌てているのとで、ナナはふらふらと体をよろめかせる。それに合わせて羽衣が右へゆらゆら、左へゆらゆら。右へゆらゆら、左へゆらゆら……。
ぱしんっ!
「はう! なの」
猫的本能で手が出た。これがあれか。ねこじゃらしに跳びつく的な衝動か、とポチは自分の手を見て驚く。
ようは見事なネコパンチだった。
「あれなの? 羽の怪我が治ってるなの!」
パンチされた方は何故か叩かれた部分ではなくて、背後の羽を触っている。確かに光沢が最初の時の様に戻っているような気がする。
『何でだ?』
「やっぱり、猫さんは昨日の猫さんなの。今のスキルがその証拠なの」
不思議そうなポチを無視して、自分だけ分かったようにそう言うと、ナナはまた勢いよくその柔らかい猫の身体に抱き着いてきた。昨日と同様に意外と隆起した胸がポチの身体に当たっているが、毛皮越しのせいかダイレクト感がない。
どうにかこの毛皮脱げないものか。そう残念がるポチだった。
「ふふふ、モフモフなの」
頭のねじが緩んだ妖精が【猫語】のスキルを習得することを思いつくまで、ポチはその方法を考えていた。
『やっぱり猫さんは猫さんだったなの』
『俺にはポチって名前があるんだ。猫さん猫さんって呼ぶな』
『分かったなの、猫さん』
うん、こいつはきっと一生分からないんだろうな。
これ本当に人工知能なんだよな。自動で学習していくんだよな。
ポチがそう疑いの目を(猫になって日が浅いため、表情で感情を表すのはまだ苦手)向けると、子供っぽい純真な笑顔をナナは返してきた。
よく分かってないで、とりあえず笑っとけと思ってる様がありありと伝わってくる。その様子は東洋系美人顔に極めつけに似合っていない。
狭い路地の真ん中というのも話すには向いていないから、2匹は移動しつつ話すことにした。この街は猫の足には広すぎて、まだ全体像がつかめてない。今日もまた新しい日向ぼっこの場所を探す予定だった。
『今日は東の方を探索してみるか』
『出発なのー』
当然と言った顔でナナはポチの背中に跨った。
『振り落とされても知らないぞ』
『大丈夫~~な~~~の~~~~~』
『軽い。体が軽い。ナナが背中に乗っているとは思えないほど軽い。これがレベルアップの効果か!』
『ね~こ~さ~ん~。目~が~回る~なの~』
背中から弱弱しく聞こえてくる声は無視。自分の体の限界性能を知ろうと、ポチは全速で駆け抜けたり、二階建ての建物の屋根に跳び乗ったり、逆に跳び下りてみたり。元々猫の身体ゆえに体を動かす能力は高かったのだが、それが更に格段と上がっているようだった。今なら、赤と青の兄貴たちからも楽に逃げ回れるだろう。
満足するまで走り回ったころ、ちょうどよく喉が渇いたところで噴水を発見。そこで休憩することにした。
『気持ち悪いなの~』
水を飲むポチの隣で、妖精は口元を押さえてへばっていた。
『それでナナはさっきの怪我が治った現象が何なのか知っているのか』
ポチは噴水の縁に寝転がり、ポチを枕にするようにナナも寝転がった。このまま寝てしまいたいところだが、ここは日向ぼっこのベストプレイスというには通行量が多い。話を終えたら別の場所を探す必要があるだろう。
『それなら、特殊スキルなの。スキル欄を確認なの~』
まだ目が回っているのか、ナナの言葉はどこか覇気がない。
言われた通り、さっと右手を振って画面を出して見てみると、おなじみとなった【猫語】の下に【ネコパンチ】と【招き猫】が加わっている。
【ネコパンチ】ネコ専用スキル。パンチした相手を癒す。
【招き猫】ネコ専用スキル。手招きすることで任意の対象を引き寄せることが可能。
『癒されたなの』
『ああ、なるほどね……』
精神的にほっこりする意味で癒すという言葉をポチは使ったのだが、それが回復スキルとして扱われたようである。有用そうなことには間違いなかったが。
首を背後に曲げて、ポチはじっとナナを見つめてみる。
不思議そうにするナナ目がけて、軽く【ネコパンチ】を放った。
『ビックリなの。猫さん、何するなの』
痛くはないらしい。攻撃と共にダメージを回復させているのだろう。
『私が頑張ったおかげで、猫さんは良いスキルを手に入れられたなの』
そう言って寝転がったままドヤ顔するナナに、ポチはとりあえず【ネコパンチ】しておいた。
スキルは何度も使用することで熟練値が溜まり、熟練値が高いほど能力が上がる。
だから何度も何度もナナを【ネコパンチ】した。これは別にイライラしたからじゃない。熟練値の為だ。そう自分に言い聞かせて、まるでボタンを連打するかのように前足を動かす。
『猫さんの肉球柔らかいなの』
ただし、やはりずっと回復し続け、攻撃は全然効いてないようだった。その腑抜けたナナの顔を見て、ちょっとだけ爪を出してやろうかと、ポチは物騒なことを考えていた。
にこにこ笑いながら居眠りを始めたナナを恨めしげに見ながら、せっかくならスキル【招き猫】も使ってみたいとポチは馴染みの店に顔を出すことにした。
目をこすりこすり飛ぶ駄目妖精を連れて八百屋に向かう。ここは珍しくプレイヤーが経営していて、売れ筋は朝狩ってきたばかりの植物型モンスターという変わった店だ。しかもアバターをわざわざ腹の出た中年おばさんにしていて、本気っぷりが伝わってくる。
決闘商店街の肝っ玉母ちゃんと呼ばれているのだ。
「あら、ポチちゃん。今日は可愛い子連れてるのね」
「えへへ、ナナ可愛いなの~」
『調子に乗せないでください』
もちろんおばさんにはポチの言葉は伝わっていない。これ食べるかいと言って、ナナは売り物のストロングべリー(苺型のモンスター。ムキムキな腕と足を除けば美味しく食べられる)を食べさせてもらっていた。
「おいひいなの~」
苺とは言えモンスターなので白菜ほどの大きさがあり、荒めにカットされた苺に顔を突っ込むようにしたナナは、顔面を汁まみれにして食べていた。
本当に残念系美人だ。
ポチもいつもここで売れ残りとかを食べさせてもらっている。今日はそのお礼をしようと考えたのだ。
「ニャーオ」
一声鳴いて、右手を上げて降ろす。まるで招き猫の様に。一人で歩いている魔法使いっぽい男を狙う。
スキル【招き猫】発動。
「ん?」
何か疑問の言葉と共に男はこちらを向いた。何故か背中の服を確認したりしている。
こっちにこい、こっちにこい。というポチの願いは叶わず男は行ってしまった。
まだ熟練度が低いのかもしれない。
「猫さん、何を、もぐもぐ、やってるん、もぐもぐ、なの」
今度はまた別のモノを食べさせてもらっていた。その上目的も頭から抜けている。
とりあえずポチは何度も試してみることにした。何度も何度もスキルを発動させる。
また魔法使い。ダメ。
女剣士。成功。
巨漢。ダメ。
と、何度も繰り返していくと、次第に引き付けられる率が上がっていく。
「あらあら、本当に招き猫みたいね、ポチ」
とおばさんから言われた。
よし、これで最後だ、と剣士目がけて大きく前足で招いた。
「おお、何だ!」
剣士は急に引っ張られたようになって倒れた。
……ん?
もう一回別の奴を狙う。こっちも何かに引っ張られるようにして倒れた。
おかしいなと言って、二人は汚れた部分をはたいている。
「熟練度がいっぱいになって威力が上がったなの」
『い……威力が上がった?』
はいなの、とナナに大きく頷かれた。
つまり、スキル【招き猫】は手招きすることで精神に訴えかけて店に来やすくさせるものではなく、物理的に対象を引き寄せる力として設定されたようだ。最初の頃、狙った相手が服や髪の毛と言った場所を気にしたのは、おそらくそこを弱い力で引っ張っていたのだろう。
それが調子に乗って使いすぎたせいで、熟練度が上昇。威力が上がって、人を転ばせるほどになったという訳だ。
これ以上は使わない方がいいかもしれないとポチは判断して、ここを離れることにした。
『おい、ナナ行くぞ』
「は、はいなの~」
ポチは野菜が置かれた台から跳び下りたその時、露店の立ち並ぶ商店街に呪文が響いた。
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